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joplus

Author:joplus
「もっと世界を見てみたい!」
という単純な理由で、
世界経済危機をものともせず…
否、ただ歯止めがかけられず、
会社を辞めて旅に出た浅はかな男。

でも、いつ終わるかわからない人生、
やりたいことをやりたい時に、
楽しめるだけ楽しまないと♪
…と、勝手に開き直ってる若造です。

たくさんの「違い」に出会うため、
風と気の向くままに歩き回ります。
キーワードは、「自然体」。
できるだけナチュラルな心で、
「違い」で溢れた世界に浸って来たいと思います。

(画像 : photo by たびかめ氏)

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そして、これから。
光を待つ人々。
光を待つ人々①@九十九里
光を待つ人々②@九十九里
光を待つ人々③@九十九里
光を待つ人々④@九十九里

2011年の夜明け。
2011年の夜明け①@九十九里
2011年の夜明け②@九十九里
2011年の夜明け③@九十九里
千葉県・九十九里にて。

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ここ数年、「楽しむ」ことを毎年の目標にしてきたのだが、今年からは変えていこうと思った。
新しい目標は、「幸せになる」こと。

海外、日本と1年半以上に渡って歩き続けながら、たくさんの「幸せ」に触れてきた。
そして今改めて、自分にとっての幸せのカタチをイメージしてみる。

キレイな景色を眺めること、気持ちいい汗を流すこと、美味しいビールを飲むこと、
人の笑顔に触れること、僕も声を出して笑うこと、安らかに眠れること…、
具体的に挙げれば、いくらでも出てくる。
それらをどんどん整理していくと、「幸せ」を得る上で最も必要となる条件が見えてきた。

「健康」は、最も重要と言ってもいい要素の一つだと思った。
心と体、両方の健康を保つには、生活する土地環境が大事になってくると考えるのだが、
ところで僕は都会が苦手な人間であることについては、もうお分かり頂けるかと思う。
特に東京は、たまに遊びに来るなら悪くないが、長年暮らす場所としては考えられない。
ここで心と体の健康を保ち続けられる自信が無い。
…と、現在も東京都民でありながら強く思っている。

半年以上に渡り、転々と歩き続けてきた日本の旅には、
実は「住みたい土地を見つける」という裏テーマを初めから設けていた。
僕の場合、自然にその方向は地方へ地方へと向かって行くのだが、
別にただ田舎でのんびり暮らしたいというわけじゃない。
僕は、自分が好きな土地にしっかりと根を下ろすことで、新しい「地元」を作りたい。
そのためには、その土地のことを深く理解し、地域社会に溶け込まなくてはならない。
現代の、特に都会で薄れてきている「繋がり」を持つことは、本来は当たり前のこと。
新しい土地で繋がりを広げていくのは時間と根気が要ることかもしれないけれど、
僕はそういうものを大切に紡いでいくことで、
たとえ小さくても繋がりの強いコミュニティを作っていきたい。

次に、「仕事」。僕の中で、「幸せ」に必要な要素の2つ目。
現状、衣食住を自力で作り出せない以上、単純に「お金を稼ぐ」という目的も無視できない。
でもそれ以上に、働くことによって「社会と繋がる」ことの意義が大きいことを実感している。
もう2年近くもほとんど働くことから離れた生活をしてきたが、
仮にこれからも仕事と長旅を繰り返すような人生を送れたら、それもまた刺激的で楽しいとは思う。
そんな生活は「不安定」かもしれないけれど、
じゃあ今の世の中で「安定」って何だ?そんなものがどこにある?とも思うし。
「安定」を求めるとかではなく、僕はじっくり一つの仕事と向き合うこと自体に意味があると考える。
仕事を共にする仲間や、地域や、社会としっかり繋がっていくことで、
初めて得られるものがあり、同時に生まれる喜びや幸せがある。
それはきっと、「旅」を続けているだけでは得られないだろうな、と。

それから、これも「働きたい」気持ちを強めた理由の一つなのだが、
純粋に誇りを持って働く人が、誰よりカッコいいと思えてきた。
生き生きと仕事をする人達の目は、旅先で何度も印象に残ったことの一つだから。

さて、問題は何を仕事にするか?
「タイムリミット」の時点で、裏テーマの「住みたい土地」はほぼ見えていたのだが、
仕事に関してはハッキリしたものが見つかっていなかった。
ただ、せっかく新しい土地に入って行くならば、いわゆる地域密着で、
仕事そのもので周りと深く関わることができたらいいな、という思いがあった。
また、作り出す商品やサービスが、できるだけシンプルに人のためになる方が、
純粋に誇りや喜びを感じられるだろうと考えた。
何か大きな仕事がしたいとか、たっぷり稼ぎたいという欲はあまり無い。
小さくてもいいから、確実に自分の力を育てられ、社会の力になれる、そんな仕事…。

漠然としたイメージはできても、具体的なことが見えなくて、少々もどかしい日々が続いた。
この厳しいご時世で、贅沢言わずにまず働くべきなのか?とも思ったが、
僕の不器用な性格上、本気で「やりたい!」と思えなければ、
いずれにせよ選考で通らないだろう…。

そうして考えているうちに、とあるイベント会場にて、ひょんなことから出会いは訪れた。
ある仕事をされている方に、その場で直接お話を聞くことができたのだが、
本当に不思議なぐらい、瞬間に「あ、これだ。」と思ったんだ。

その場で、興味があれば実際の職場で体験ボランティアができるという話を頂いたので、
善は急げとばかりに、話を聞いた翌週にも早速飛び込んできた。
そこで、初めのフィーリングがやはり間違っていなかったことを確信した。
あんなワガママで漠然とした希望に沿う仕事なんて、
自分でも見つかるかどうか半信半疑だったのに…、縁というのは本当に面白いヤツだ。
もう自分の運を褒めてやりたくなった。

その後、採用選考の機会を頂いた後、この度その仕事での内定を頂いた。
4月から、僕は北信州の地に暮らすことになる。

前回の記事で、紅葉シーズンの松川渓谷に行ったことを書いたが、
あの辺りを含む北信州地域は昔から惚れ込んできた土地の一つで、
まさしく「住みたい」と願っていた場所だった。
一番好きなのは、美しい日本の四季を最も味わえる場所ということかな。(あくまで僕の感想)

僕を雇って頂けることになったのは、
長野盆地のど真ん中、広大な田園地帯の中にある、障害者福祉の施設(社会福祉法人)。
そこで僕は、「田園福祉」の指導員となる予定。
具体的には、障害を抱えている方々を農業者として育成することを目的とした施設で、
彼らの作業のフォローを行いつつ育成指導を進めることが主な業務となる。

自然と深く関わる「農」の仕事については、
自然好きとして「健康」を考える意味でも、以前から興味深い世界ではあった。
地方に住むことを真剣に考え始めてからは、仕事の選択肢として尚更強く意識してきた。
ただ、できるできないの現実問題は別として、
将来的に農業一本で(要するに、専業として)生きてやろうという気持ちにはなれなかった。
「自然」と繋がる仕事に魅力は感じつつも、同時に「人」とも強く繋がる仕事がしたかったから。
自然と向き合うことで得られるもの、人と向き合うことで得られるものは、
どちらも得難いものだということを、これまで生きてきた中で強く実感してきた。
だからこそ、仕事を通じてその両方と関われるならば、最高にやり甲斐を感じられると思った。

「福祉」については、ほんの最近まで全く意識していなかった世界と言っていい。
まず、資格が無ければできない仕事だと思っていたのが一つ。
(未経験でもやれる仕事があることを、今回初めて知った。)
それから、高齢者への介護的な仕事のイメージの方が強かったのが一つ。
(僕は決して老人嫌いでは無いけれど、人の「世話をする」ということが苦手。)

僕が今回飛び込むことになった世界では、「障害者」と呼ばれる人達と向き合うことになるが、
施設にいる彼らと一度接してみて、すぐにわかったことがある。
彼らは、「被介護者」ではないということ。
仕事の立場的には自分が「指導者」になるとしても、彼らはあくまで共に働く「仲間」だと。
彼らの仕事ぶりを見ていると、実に高い能力で作業をこなす人も多く、
世間で「健常者」と呼ばれる僕らが及ばない力や知識を持っていたりもする。
中には知的障害等によって、満足に口頭での会話ができない人はいるのだが、
それも初めから苦ではなかった。
これは、中国での仕事や長旅での経験のおかげだと思う。
言葉が通じない世界でも、「会話」ができることは何度も体験してきたから。
そして何より、彼らの多くは仕事に対して純粋で強い意欲を持っている。
そこには、未知数の可能性を秘められているから、
彼らの力を引き出していくために向き合っていくことは、すごくワクワクさせられる。
また、一方では僕も彼らによって力が引き出されていくのを感じた。
一緒に力合わせて働いていくのに、こんなに頼もしい仲間はいない。

契約上、着任から1年間は試用期間として働くことになる。
全くの未経験から雇って頂けたことに感謝しつつ、
まずは1年後の正社員登用を目指して、バリバリやってやろうと思う。

最後にもう1つ、僕にとっての「幸せ」に必要と考える3つ目は、「家族」。
あくまで私感なのだが、旅先で出会ったたくさんの人達の中で、
僕の目に最も幸せそうに映ったのは、いつも「家族」の姿だった。
どんなに世界を見ても、どんなに名誉ある仕事をしても、どんなに知識を増やしても、
それらによって、どんな喜びを得られたとしても、
自分の大切な家族(奥さんや子ども)と共に人生を歩んでいる(歩んできた)人には、
もう直感的に「敵わない」と感じてしまうのだ。
大切な人だからこそ、共に生きる中で苦も楽もいっぱい生まれてくるはず。
それらを全部ひっくるめて、独りのままでは決して得られない「幸せ」があるのだと信じている。

これから新たに始める仕事が身に付いてきて、
新たに暮らす土地における繋がりが無事に作れてきたならば、
そこで新たに自分の家族を作れたらいいなぁ…。
でもまぁ、それはもう少し先の話になるかな。予定は未定ということで。(苦笑)

---------------------------------

これで、僕の「旅」は一旦卒業となる。
一昨年の3月にイスタンブールへ飛び立ってから今日まで歩き続けてきて、
今ここに至れたことには心から満足できているから、気持ちはとてもスッキリしている。
全ては、旅の中で出会った人達と、温かく見守ってくれた人達がずっと支えになってくれていたから。
本当に本当に、感謝している。

まだ具体的にどういう風にかはわからないけれど、
これからの生活で北信州という土地にしっかり根を下ろすことができたならば、
今度は「地元」に生きる者として、訪れてくれた人をもてなしていけたらと思う。
旅先で僕を温かく迎え入れてくれた人達のように。
支えてくれた全ての人達へ感謝しながら…。

今までの「旅」とは少し違う道にはなるけれど、これで歩みを止めるわけじゃない。
「轍なき散歩道」は、どこまでも先へと続いているから。
その時その時の出会いの縁を大切に、日々の変化を愛おしみながら、
これからも風の向くまま、歩き続けて行こう。

---------------------------------

この記事をもちまして、当ブログの更新は終了させて頂こうと思います。
最後の最後まで長文になってしまいましたが、読んで頂けた方には本当に感謝です。

いずれ気が向いたら、また別の形で情報発信することもあるかもしれません。
ただ、もしブログでやるならば、今度はもっとユルい内容にしようかな…。(苦笑)

最後に書いた「もてなし」の話は、まずは友人知人の皆さんへ始めてみたいと思いますので、
是非時間ができましたら北信州の地へ遊びにおいで下さい。お待ちしております☆

それでは…
長い間、本当に応援ありがとうございました。
そして、これからも温かく見守って頂ければ幸いです。

ではではまた☆

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旅後日記② | 04:30:00 | トラックバック(0) | コメント(4)
あれからの歩み
昨年の5月以来…、本当に長い期間、このブログを放置してしまいました。

海外の長旅の間、なんとか最後まで保ち続けた「書いて、伝える」ことへの熱が、
ついに冷めてしまったというのが一番の理由と感じています。
このブログを通じて応援してくれていた方々には、
ご報告が途絶えてしまい、本当に申し訳ありませんでした。

実は、更新が途切れた後も、しばらくは日本の方々を歩き続けていました。
ここで一度、簡単ではありますが、
写真を中心にダイジェスト(?)でその内容をご報告したいと思います。

---------------------------------

八重山の旅を終えてから、約1ヶ月。
5月も下旬に入る頃に、僕は土佐の国へ降り立った。

時は、龍馬ブームの真っ只中。
龍馬のふるさと@桂浜

例によって例のごとく、アテもなく高知まで来てしまったのだが、
なんとなく、高知のイメージに四万十川があったので、そちらに足を向けてみた。

沈下橋のある風景。
沈下橋のある風景①@四万十川
沈下橋のある風景②@四万十川
どこまでも静かで優しい風景が印象に残る、気持ちのいい道が続いていた。
天気にも恵まれ、数日間に渡って川沿いをぶらぶらと歩いた。

以前四国を訪れた時も感じたが、ここは明らかに本州と違う空気がある。
言葉で説明しづらいんだけど、なんとも居心地のいい穏やかさなんだよな。

「お遍路さん」の文化によるところが大きいと思うのだが、
町の人達が旅人に優しいということも、とても有り難かった。
通りすがりの人が気軽に話し掛けてくれるのはしょっちゅうだし、
ある時には、バックパックを背負って朝の町中をぶらついていたら、
いきなりおばちゃんが駆け寄って来て、
「朝ご飯食べられました?」と言われたのにはビックリした。
結局、そのまま近くの喫茶店でモーニングセットを頂いてしまったんだけど、
ここまでして頂いてしまうと逆に恐縮してしまったな…。
ただ、当のおばちゃんは全く意にも介さず、嬉しそうに去って行ったのが印象的だった。

---------------------------------

5月末日、6月初日着の夜行フェリーで、高知から九州に上陸した。

まずは大分から一気に南下し、宮崎県へと入った。
当時、宮崎県下は口蹄疫が猛威を振るっていた頃で、
消毒用の石灰で道路のあちこちが白くなっていたし、通行止になっている農道もあった。
徒歩の人間も、店舗に入る時などに何度も消毒シートを踏んだ。
たまたまかわからないが、畜産農家の近くを歩いていても、一度も牛の声を聞くことが無かった…。

そんな中、僕は鹿児島県との県境に位置する、えびの高原を訪れた。

朝一番の散歩道。
朝一番の韓国岳@えびの高原
正面には、霧島連峰の主峰・韓国(からくに)岳。(ちなみに、この後登頂)

濃厚ブルー。
濃厚ブルーレイク①@えびの高原
濃厚ブルーレイク②@えびの高原

ミヤマキリシマ、満開。
ミヤマキリシマと韓国岳@えびの高原
九州の高山帯に咲くツツジの仲間で、開花のピークとなるこの時期はハイカー達で賑わう。

装備は今回も、ZERO POINTで。
ZERO POINT!@えびの高原

続いては、さらに南下し、鹿児島の中心部へ。

桜島ハイウェイ。
桜島ハイウェイ
最近、「パワースポット」が人気になっているようだが、
僕はこの山から、力強いエネルギーを確かに受け取った。
「生きている」ってことは、それだけで凄まじいパワーを持っているんだと実感。
たぶん、それは山でも人でも同じ。

夕闇バージョン。
夕闇の桜島
とにかく、カッコいいんです。すっかり惚れてしまった。

お次は北に移動し、熊本県・阿蘇。草原の緑が眩しい。
草原の米塚@阿蘇
大草原@阿蘇
赤とか黄とか、そんな鮮やかな色が無くても、十分に美しいと思わせてくれる。
みずみずしい緑の色は、それほどに力強いものだった。

日本屈指のドライブコースとされる「やまなみハイウェイ」を北へ走り、
阿蘇の外輪山を抜けると、大分県のくじゅうエリアへと入る。

九重連山を展望。(長者原より)
九重連山展望①@くじゅう・長者原
九重連山展望②@くじゅう・長者原

ミヤマキリシマ、再び。
再びミヤマキリシマ@比治岳

1泊2日のトレッキングで、連山のうち平治岳・大船山の2峰に登頂。
実はこの前に阿蘇の中岳も登ったのだが、
九州の山はいずれも標高2,000m以下で、アクセスも良好の場所が多いので、
片道2時間程度の歩きで楽に登頂できてしまったりする。
僕のような軟弱ハイカーにはお手軽で嬉しいのだが、とは言え登山は登山。
町を歩くような靴や服で山に入る人を散見すると、少々不安な気持ちになった。

6月は中旬に差し掛かる。大分県の日田で迎えた朝。
朝焼けの鏡@日田

その翌日、熊本の港で迎えた朝。
入梅前の朝焼け@熊本港
この鮮やかすぎる朝焼けを最後に、九州は梅雨入りを迎えた…。

これ以降も、長崎県、佐賀県、福岡県、
さらに本州へと渡って山口県、島根県と、半月以上渡り歩いたのだが、
青空と太陽を誰より愛する(と、勝手に自負)僕にとっては、どんより空の下での苦しい旅路となった。
写真もロクに撮っていないので、この間については割愛ということで…。
入梅前に、九州内で行きたかった山岳エリアを全て回れただけでも満足はしている。

そして忘れちゃいけない。なんと言っても九州で夢中になったのは、温泉巡りである!

あえて名前は出さないけれど、入湯の記録(これでも一部)を写真でご紹介。
九州の名湯①
九州の名湯②
九州の名湯③
九州の名湯④
九州の名湯⑤
九州の名湯⑥
九州の名湯⑦
九州の名湯⑧
泉質も、風情も、素晴らし過ぎる湯にたくさん出会った。
東京・埼玉に住んでいた関係で、関東甲信越や東北の温泉は度々訪れて来て、
そのレベルの高さも感じて来たのだが、九州は負けず劣らずハイレベル。
古い木の香りと硫黄の香りが混ざり合った浴室なんて、もはや芸術品じゃないかと。
今回の湯巡りを通じて、露天よりも内湯が楽しくなってきた。

九州もまた、独特の空気を感じさせてくれる土地。
四国と比べると、穏やかさよりはエネルギッシュな活発さが印象に残るかな。
いずれ劣らぬ魅力を持っていることは間違いない。

---------------------------------

7月初旬、今度は一気に空を飛び、北の大地のさらに最北・稚内へと降り立った。
その瞬間、6年前に記憶されていた「北海道の香り」を確かに感じ、1人舞い上がって喜んだ。

まずは稚内の街を基点に、レンタサイクルで近郊を走り回った。

北の果てから始まる、北の大地の旅。
日本・北の果て@宗谷岬
ここは宗谷岬。初めて見るオホーツク海は、夏でも冷たそうな色だった。

地平線へ続く道。
地平線へ続く道@サロベツ
この広さこそ、北海道。
サロベツ原野の西、日本海沿いを真っ直ぐに走る。
ライダー達の憧れの道だそうだが、僕は自転車で。

道の真ん中で…なんてカタいことは言わないで。
道のど真ん中に…@サロベツ

牧草コロコロ。
牧草ロールのある風景①@サロベツ
牧草ロールのある風景②@サロベツ
これも北海道らしいイメージ。

エゾシカ達も散歩中。
エゾシカ達の散歩道@稚内

氷雪のモニュメント。
氷雪の門@稚内

最果ての地に日が暮れる。
最果ての夕焼け@ノシャップ岬

フェリーに日が落ちる。
フェリーに陽が落ちる@ノシャップ岬

利尻山のシルエット。
利尻シルエット@ノシャップ岬

フェリーで海を渡り、その利尻山にも登ってきた。
雲上の利尻富士
島(利尻島)一つそのものがこの利尻山と言ってもいい。
その魅力はなんと言っても、山頂から360度に広がる真っ青な海!

…のはずだったが、この日は360度に真っ白な海が広がっていた。
白海の上@利尻山
でも、これはこれで悪くない。

雲上の楽園に咲く。
雲上に咲く花々①@利尻
雲上に咲く花々②@利尻山
雲上に咲く花々③@利尻

日本のエーデルワイス。
ニッポンのエーデルワイス@礼文
レブンウスユキソウという名で、利尻のお隣・礼文島で見られる。
(礼文では完全に天気に見離されてしまい、これ以外に良い思い出が無いのだが…)

道北の島巡りの後は、稚内から一旦南へ下り、「北の国から」でも有名な富良野を訪問。

7月中旬、花満開。
満開花畑@ファーム富田
ここはラベンダー畑の名所としてお馴染みのファーム富田。
6年前にも一度訪れた場所なのだが、
あの時は8月中旬で、既に花のシーズンが去った畑に寂しい風が吹いていたな…。

ラベンダー畑でパパラッチ。
ラベンダー畑でモデル撮影①@ファーム富田
ラベンダー畑でモデル撮影②@ファーム富田

ここで、お隣の町・美瑛も合わせて(と言うより、元々は美瑛の方がメインで)訪れたのだが、
こちらは後日再び訪れることになるので、また後ほど紹介。

北海道の中央を縦に走る山々を越え、道東へと向かう。

その途中で立ち寄った駅にて…。
1日1往復!@上白滝駅
なんと1日1往復!(石北本線・上白滝駅)
鉄道ファンには有名な駅の一つのようだ。

広~い大地。
広がる大地@斜里
広がる大地@中標津
畑と牧草地の広大さが道東のイメージそのもの。

摩周湖ブルー。
婚期を遅らせる姿@摩周湖
流れ込む川の無いカルデラ湖で、その水は世界屈指の透明度を誇る。
「霧の摩周湖」の呼ばれるほど湖面が見える日が少ないのも有名で、
逆に晴れた日に訪れると、婚期が遅れるという噂が…。

なんて勝手に結婚の心配をしていたら、霧がやって来た。(笑)
霧に包まれていく…@摩周湖
ベールを纏うように霧に包まれていく様子も、
また少しずつ霧が晴れ、その姿を現す様子も、全てが神秘的だった。

秘密の泉。
神秘の泉@神の子池
神の子池と呼ばれる。
摩周湖のちょうど裏側で、湖の水が地下を通って湧き出したものらしい。

ちょっと足を伸ばして、オンネトー。
森の奥の湖@オンネトー
マリモで有名な阿寒湖の近く、雌阿寒岳の麓にある静かな湖で、これも印象的な色。
写真は無いが、近くにある雌阿寒温泉にも入湯。道内でも特に気に入った湯の一つだ。

知床峠を越える道。
羅臼岳展望@知床
正面には羅臼岳。登りたい気持ちもあったが、準備不足で断念。
ちなみに、この道の少し手前で、ヒグマの子供に遭遇するハプニングがあった。
と言っても、ガサガサ草むらが鳴る音で先に気配に感付き、
そ~っと距離をおいてから遠目に様子を見ていただけなので、姿を見たのはほんの一瞬。
カメラを出す余裕が無く、さっさと退散してしまったが…。
ご存知の通りで、昨年は本当に熊の目撃情報が多かったようで、
僕の他にも「見た!」と話す旅人には何度か出会った。
安全なところで見る分には、熊ってカワイイと思うんだけどな…。

日本海側から知床峠を越え、太平洋側に出た僕は、海沿いを一気に南東へ走った。

そして、最東端へ到達!
日本・東の果て(仮)@納沙布岬
この納沙布岬を制したことで、日本の東西南北端全てに立ったことになる。
(民間人の行けない南鳥島と沖ノ鳥島は除外で)
しかし、日本人としてこの場所に立てば、多くの人はこう感じることと思う。
本当は、もっと東に行けるはずなんだよな…と。
すぐそこに、肉眼でも見える先に、次の島が見えているから。
この岬からも近い根室市の町では、
今も北方領土の返還を求めるメッセージが至るところに掲げられていた。

さて、ここはその「仮最東端」の少し手前、霧多布湿原。
霧の無い湿原@霧多布

湿原に広がる町。
湿原に広がる町@霧多布

霧多布の岬に立つバンガロー。
岬のバンガロー@霧多布

岬の端っこ。
霧の無い岬①@霧多布
霧の無い岬②@霧多布
「きりたっぷ」の名前の通り、霧の多いことで有名なのだが、快晴で逆に驚いた。
道内でも特に気温が低いエリアのため、
日本全国猛暑だった昨年の夏にあっても、ここは快適そのものだった。

8月も間もなく中旬。
この辺りでそろそろ、北海道の旅を締めることに決めたが、
悩んだ挙句、本州へ帰る前に美瑛へ立ち寄ることにした。
7月下旬に富良野と合わせて一度回っているので、今回の旅だけで2度目。
今や「美瑛の丘」と言えば道内屈指の観光地となった超有名どころであるが、
それでも僕は、道内で一番どころか、日本でも1、2を争うほどにここが大好きなのだ。
(これはマイナー志向の自分としては、ちょっと珍しいこと。)

ジャガイモの花咲く丘。
ポテトのお花@美瑛

トウモロコシの深緑。
モロコシ・グリーン@美瑛

元気いっぱいの黄色。
ヒマワリ・イエロー@美瑛
昨年の夏、スペイン・アンダルシアのひまわり畑で、
来年もどこかで見たいなぁとしみじみしたことを思い出したよ。

赤麦の丘。
赤麦の丘@美瑛

青い池。
青い池@美瑛
6年前はまだ超マイナースポットだったようで、僕もその存在を知らなかったのだが、
今や町の観光案内図にも載る人気スポットになっている。
奥地にあって人の少ない神の子池やオンネトーと違い、賑わい過ぎるのがちょっと残念。

小屋のある風景。
小屋のある風景①@美瑛
小屋のある風景②@美瑛

風に佇むポプラ。
風に吹かれるポプラ①@美瑛
風に吹かれるポプラ②@美瑛
哲学の木。
数ある美瑛の見どころの中でも、一番好きだと言える場所。
町から最も遠い場所にあるので、比較的人も少なく静けさに浸れるのが有難い。

美瑛在住のりばーせきとばさんに偶然出会ったのも、この場所だった。
今回、また新たな美瑛の魅力をたくさん見つけられたのは、
ご自慢の撮影スポットを片っ端から一緒に案内して頂いた彼のおかげ。
本当にありがとうございました。

僕が感じる美瑛の魅力は、大きく2つある。
まず1つは、その広大さ。
どんなに大勢の観光客が訪れても、十分に分散させられるほど広域に丘が広がっていて、
しかもその全域が見どころであることだ。
観光マップに載っているポイント以外でも、名も無い場所に見事な風景がたくさん見つかる。
自分だけの風景を求めて、宝探し的な楽しみ方ができるのだ。

もう1つは、一度として同じ風景に出会えないこと。
日射、雲の形、空の色、咲く花、作物の種類やその育ち具合と場所、
それらが年によって、季節によって、日によって、時間によって、常に姿を変えている。
だからこそ、一瞬の、一度きりの奇跡の景色に出会うチャンスがあるとも言える。

本当は、「一度きりの風景」が見られるのは、何も美瑛だけではないと思うんだ。
変わらないように思える日常の中でも、本当は何かが変化しているはずなのに、
そこに魅力的な一瞬があるかもしれないのに、捉えられていないだけなんじゃないか。
美瑛という土地は、そんな一瞬の尊さのようなものに気付かせてくれる。
そういう意味でも、素敵な場所だと感じている。

なんと言っても、日本の中で他には無い広がりを見せる北の大地。
そこに、日本ならではの豊かな色彩を持つ自然が加わるからこそ、素晴らしい。
世界を見渡せば、「広さ」のスケールで上を行く土地はたくさんあるけれど、
「美しさ」も含めて上に立てる場所は、そうそう無いんじゃないかな。
今の日本に北海道があることを、僕は誇りに思いたい。

---------------------------------

約2ヶ月に及ぶ長い休息期間を経て、再び動き出したのは10月のこと。
帰国以来ずっと待ち侘びていた「ニッポンの秋」を求め、みちのくの旅に出た。

最大の目的地は、紅葉の名所として知られる栗駒山(宮城、岩手、秋田の境に位置)。
数週間前からネットの紅葉情報をチェックし、狙いを定めて向かったのだが…、

天気に嫌われた…。どんより。
どんより錦秋@栗駒山
まさに「錦秋」と呼ぶに相応しい風景であっただけに…残念。

ここまで来てすごすご帰るのも悔しいので、温泉巡りでウサ晴らし?
みちのくの名湯①
みちのくの名湯②
みちのくの名湯③
みちのくの名湯④
カラフルな湯の色と香りがタマラナイ…。やはり東北地方の温泉もレベル高し!
九州もそうだったが、関東に比べると比較的低料金で立寄り入浴できる宿が多いし、
混雑度も低く、時には貸切状態で楽しめちゃうんだから最高だ。
(こうして無人の風呂を写真に収められているのがその証拠♪)

温泉のおかげで無駄足にはならなかったものの、やはり紅葉を楽しまずに秋は終われない!
出直しで向かったのは、北信州にある松川渓谷。

今度こそは快晴!やっぱり、こうでなくっちゃ~。
快晴の錦秋渓谷①@松川渓谷
快晴の錦秋渓谷②@松川渓谷

モミジの色。
カラフルモミジ@松川渓谷

渓谷の道を上った先には、高原(牧場)が広がる。
高原の色付き①@山田牧場
高原の色付き②@山田牧場

そして、ここでもやっぱり温泉♪
信州の名湯

この松川渓谷を初めて訪れたのは、かれこれ9年前の秋になる。
当時は紅葉の名所とも知らずに訪れ、予想もしなかった見事さに驚き、
強く印象に残っていたのだが、9年振りに眺めても圧巻の風景だった。

日本における紅葉は、世界でもトップクラスに美しいと聞く。
理由の一つに、色付きの多彩さが挙げられるそうだ。
僕はそんな「ニッポンの秋」に生まれた。もちろん、秋が一番好きな季節だ。

こうして、念願の秋を堪能した2010年10月。
ついに、自ら決めた旅のタイムリミットを迎えた…。(続く)

---------------------------------

この後の詳しい話は、次の記事を設けて書くとして…、以下はオマケ。
(「タイムオーバー」で、ちょこちょこ歩き回ってしまった分の写真)

冬が迫る、中信州(安曇野市、松本市周辺)の風景。
北アルプスの麓、秋から冬へ①@安曇野
北アルプスの麓、秋から冬へ②@安曇野
北アルプスの麓、秋から冬へ③@安曇野
北アルプスの麓、秋から冬へ④@松本
北アルプスの麓、秋から冬⑤@松本
日本の北アルプス。
僕は、もしかしたら世界のどんな山より好きになれるかもしれない。
秋から冬へと変わりつつある11月の、冷たくも澄んだ空気が印象的だった。

続いては、こっそり(?)9日間だけ出掛けてきた先での風景。

1年振りの大河。
1年振りのメコン@チェンコーン
1年前と変わらない、穏やかで緩やかな流れがあった。

ビアラオ3兄弟。
ビアラオ3兄弟
これでどこに行ってきたか丸分かりですな。(笑)
そう、個人的に一番リピートしたかったあの国。

小さな村の、ある日の夕暮れ。
真っ赤な夕暮れ@ノーンキャウ

「『ちょこちょこ』どころじゃなく遊んでるじゃんか!」と言われそうですな…。
たった9日間(というのも贅沢な感覚だなと思うが…)ではあったが、
数々の素敵な出会いもあり、新たに感じることもいっぱいあり、また良い旅ができた。
日本に帰って以来、いつの間にか忘れていた感覚も少しは思い出せたかな。

夕夜景。
フジヤマ夕夜景@都庁
フジヤマのシルエット。都内の希少なお気に入りスポットである、東京都庁の展望台にて。

TOKYO NIGHT。
トーキョーナイト①@都庁
トーキョーナイト②@都庁
同じく、都庁展望台にて。

嫌だ嫌だと言い続けてきた東京都心にも、なんだかんだで思い出はいっぱい。
いよいよ離れることになったら、寂しくなったりするのかな?

テーマ:国内旅行記 - ジャンル:旅行

旅日記-日本 | 03:50:29 | トラックバック(0) | コメント(4)
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