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joplus

Author:joplus
「もっと世界を見てみたい!」
という単純な理由で、
世界経済危機をものともせず…
否、ただ歯止めがかけられず、
会社を辞めて旅に出た浅はかな男。

でも、いつ終わるかわからない人生、
やりたいことをやりたい時に、
楽しめるだけ楽しまないと♪
…と、勝手に開き直ってる若造です。

たくさんの「違い」に出会うため、
風と気の向くままに歩き回ります。
キーワードは、「自然体」。
できるだけナチュラルな心で、
「違い」で溢れた世界に浸って来たいと思います。

(画像 : photo by たびかめ氏)

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高山から南国へ
あづぃ~…。
あぢいよぅ…。

雲南省南部にある、景洪(ジンホン)の町。
10月も既に後半。ここに住む人たちにとっては序の口の暑さなのでしょーけど、
こちらはつい3~4日前まで3,000~4,000mの高地をフル装備で歩いていた人間でして、
それがTシャツ短パンサンダルで汗だくになってしまうこの気候、
まさに冬から夏にワープして来たような感覚なのでございますよ。
同じ省の北には6,000m強の雪山があって、南には南国。
何度も何度も感じてきたことの繰り返しだけど、まったくなんちゅう広さだこの国は…。

考えてみれば、これだけ一気に違う気候帯に移動すれば、体の適応も追い付かなくなるわな。
どうやら風邪を引いてしまったらしい。
旅の初め、トルコで多少喉を痛めたことがあったが、それ以来ということになる。
ここまで半年以上も健康体で来れたのは、逆に奇跡かな…?

香格里拉を出る頃から、少々喉の調子が悪く咳や痰が出ていたのだが、
例のモース探究家から追撃を受け(僕が彼に移したという説もあるが…)、
さらに徳欽から南下するバスで寒風を受け続けたのが効いたと思われる。
カーブ連続の荒々しい道に気分が悪くなった人々がいたため、
クソ寒い朝でも窓が全開にされていたのだ。
それでなくとも、中国ではやたら窓を開けたがる人が多いんだけどね。
今回は僕の防寒が甘かった。反省。

雨崩から徳欽に戻って来た僕は、
翌明け方発のバスで南の維西(ウェイシー)へと向かった。
ここで第一寒波を喰らったわけだが、
まだ維西に着いた時点では、何か美味いものを探しに町へ繰り出す元気があった。
しかし、ここでパワーを付けようと食い過ぎたのが逆効果。
特に最後に食べた炒面の油の多さで気分が悪くなり、腹も下してさらに体力を落としてしまった。
そして翌朝、維西から大理(ダーリー)へと向かうバスで第二寒波を受けたのだが、
昼にはTシャツ1枚で歩けるポカポカ陽気に。
大き過ぎる気温の変化に体が追い付かず、これがトドメになった。

バスの昼飯休憩の頃から悪寒を感じ始めたが、
これは気合で抑え込んだ(?)ため、幸い発熱には至らず。ただ、体全体がダルい。
困ったのは、食欲が出ないこと。
前日に気分が悪くなった味が頭に残ってしまったのも要因だろうが、
こういう風邪の際には、中国の(特にこの地域の)油っ濃く辛めの味付けはツラい。
あれほど食欲をかき立てられていた食堂の香りが、むしろ苦痛に思えてくる…。
旅に出て、初めて本気で日本の食べ物が恋しくなった。
(ちなみに頭に浮かんだのは、納豆ごはんと味噌汁と冷や奴…。)

…なんて無いものねだりをしてても仕方ないので、
中国の食べ物で何か食べられそうなものが無いか考えたところ、一品だけ浮かんだものがあった。

白族粥(バイズーズォウ)。
白族粥@大理
真ん中に見えてるのは、野菜の和え物(ちょっと辛みがあるけど、混ぜれば気にならない程度)。
見えないけど、中には細切り豚肉や皮蛋(ピーダン = アヒルの卵)も入っていて、栄養満点!
ちなみに、僕はゆで卵(鶏の卵)同様に皮蛋も本来は苦手なのだが、
しっかり煮込んで味が染み込んでいたので、これはOK。(←我ながら、境界線がわかりづらい…)

これは沁みた。ジワァーッと体に沁みた。
病で弱った体に、これ以上の薬は無いんじゃないか?
実際、これは抜群に効いた。
中国のメシには何度も元気を貰ってきたけれど、また今回も助けられた。

ちなみに「白族」とは、大理周辺に多く居住する少数民族なのだが、
その名を冠したこの粥が本当に白族独自のものか否かは不明。(美味かったから何でもいい!)

翌日、再び元気を取り戻した僕は、久々の寝台夜行バスに乗り込み、さらに南の景洪へ。
ちなみに、大理も雲南を代表する観光地の一つなのだが、
僕は風邪の回復に専念しつつ、黙々とネットで先々の情報収集に明け暮れて滞在終了。
見どころである旧市街の中心はツーリストで溢れて賑やかだったが、
例によって例のごとく、そういう場所はあまり興味無いのよね…。
それを知っていながらこの町に寄ったのは、単に乗り継ぎ地点として便利だっただけ。
もし時間と体力に余裕があれば、香格里拉のように郊外まで出掛けてみたかったけどね。

しかし、この暑さ…、
考えてみれば、同じ暑さでも「蒸し暑い」のはかなり久々なのだ。
今まで歩いてきた国々では、いずれも気温は高くとも乾いていたため、
この汗だくになる嫌らしい暑さは、実に1年以上振りということになる。
体調は回復してきたはずなのに、今度は暑さにバテて食欲が落ちてきた。
…いかんいかん、ここで音を上げていては、この先の東南アジアの旅が思いやられる。
慣れなきゃ…。慣れるよね…?慣れてくださいワタシノカラダ…。

さて、この景洪の町は、西双版納(シーシュアンバンナー)タイ族自治州の州都にあたる。
西双版納。この名前はよく耳にしてたけど、どこに何の見どころがあるのかはさっぱり。
実は元々来る予定も無かった場所で、ほとんど下調べもしていなかった。
きっと自治州内の郊外へ出れば、まだまだ未開発の少数民族の村なんかもあるのだろうけど、
少なくとも景洪に関しては立派な中国の町。
歩いていても、「見せ物」以外で民族衣装を着た人は見かけない。
ただでさえ暑いのに、車も人も多くて騒がしい…僕にとっては最も避けたい類の町である。

とりあえず体を慣らす意味でも景洪では2泊することに決めていたが、
ここにいてもますます疲れを溜めてしまいそうなので、2日目は日帰りで郊外へ繰り出すことに。
…と言っても、どこへ行こうにもアテになる情報が無いので、
バスターミナルの路線図を見ながら、片道1時間程度で行けそうな場所を適当に選んで出発!

景哈(ジンハー)という町に着いた。
…うん、田舎の町だ。見事なまでに何も無いぞ。(苦笑)
じっくり眺めてきた路線図によると、ここに至るルート上に、勐罕(メンハン)という地名があった。
景哈からそう遠くなさそうな位置で、
勐罕から景洪までのバスも頻発しているのはわかっていたので、
そこを目的地に散歩するのが良いかなと思っていた。
ただ、来る途中でそれらしき町を見かけなかった。違う道を通って来たのかな?

何人か地元の人に勐罕への道を尋ねてみると、
まずは「2kmほどあっち(来た道を戻る方向)へ行け。」との話。
確かに2kmほど先には小さな集落があったのだが、ここはまだ景哈の区域内だろう。
再度聞き込みをしてみると、「あっちの川向こうが勐罕だ。」との話。
なるほど、集落のすぐ東側には、瀾滄江(ランツァンジァン = メコン川)が悠々と流れていた。
そして、ちょうどここがフェリー(と言うより、小舟)の発着ポイントだったのだ。
間に河があったから、地図上では近いのに町が見えなかったのね~。納得。

メコンの渡し舟。
メコンの渡し舟@景哈

この河とは、きっとこの先また何度も出会うことになるんだな…。

向こう岸に着くと、すぐ丘の上に勐罕の町があった。
帰りのバスはすぐに見つかったが、せっかくなので町の周辺をぶらぶら。

南国パーム・ロード。
南国パーム・ロード@勐罕

南国バナナ・ロード。
南国バナナ・ロード@勐罕
両サイドは全てバナナの木。
こういう一本道が大好き。(ただし、ここももちろん暑いが…。)

涼しげな場所。
涼しげな場所@勐罕

とある家の屋根。
象もどき@勐罕
象の鼻みたいだけど、象じゃない…。なんだコレ?

南国フラワーズ。
南国の花①@勐罕
南国の花②@勐罕

ここもまた何も無いっちゃ何も無い場所と言えるけど、こういう何も無さは好きなんだな。
よくわからず来てしまった西双版納、
見どころはもっと他にあるのだろうけど、僕はこれで満足としちゃおう。

オマケ。景洪のスーパーで発見した和風ラーメン。
和風ラーメン?@景洪
「うえで重要なミネヌルを多く」だそうだ。
中国のスーパーでお菓子コーナーを覗いてると、こういう面白さもある。

これは本物(たぶん)!…って、別に上のもニセモノではないか。(笑)
中国アミノサプリ@景洪
中国ではお茶が好きなのでほとんどジュースは買ってなかったのだが、
同じくスーパーで見つけて、思わず手が出てしまった。
スポーツ飲料系では好きな味で、日本に住んでた頃にちょくちょく飲んでたんだけど、
これ、まだ日本でも売ってるのかな?

------------------------------

西双版納郊外をぶらついた日に、27歳になった。
これで3年連続、中国で誕生日を迎えたことになる。

ほんの数年前まで、中国どころか海外で歳を取る日が来るなんて、考えたこともなかった自分。
それが色んな偶然に流され流され、今こうしてここにいる。
もちろん、流れに身を任せるかどうかは、自分の意思も働かせてきたつもりだけど…。

はてさて、来年28歳になる僕は、どこでどうしてその日を迎えているだろう?
また今は想像も付かないような流れに乗っかっているかもしれないな。

ここ数年、去年までは歳が1つ増えることを喜べていなかったのだが、今年はちょっと違う。
特別嬉しいとは思わないけれど、そんなに嫌でもない。
これはたぶん、スイスに行ったおかげ。
心身共に元気なまま歳を重ねるという、目標と楽しみができたから。
これから10年後も、20年後も、自分で自信を持って「元気だ!」と言える体でありたい。
ちょっと風邪を引いたりもしたけれど、27歳の誕生日は元気に迎えることができた。一歩前進!

そして明日、いよいよ2ヶ月以上も歩いた中国を抜ける。
この旅の6分の1にあたる長時間を割いたのに、
地図を見ると、まだまだこの国のほんの一部しか歩けていないことにガッカリしてしまう。
本気で中国を見て回ろうと思ったら、1年あっても足りないね…。

中国では楽しいことばかりではなかった。
ここでも時々書いた公安との揉め事もそうだし、
ここには書いてないけど、地元の人と口論になることもしばしばだった。

自分の常識とは違う、その土地の習慣や文化を受け入れよう。
…そう頭では考えていても、この国に関しては未だに慣れない部分も多い。
現在世界で通用している常識から見ても、やはりこの国は特殊なのだろう。
多くの外国人が、中国の人らを指して「クレイジーだ」と言っているのを耳にしてきた。

クレイジーかどうかはともかく、この国が他と比べて特殊であることは、僕も否定しない。
色々例を挙げ出すと長くなってしまうので省くけれども、
この国の人たちの多くが欠いているものを一言で表すなら、「他人への心遣い」か。
こう書くと彼らが非常に冷たい人のように聞こえてしまうけど、
別に彼らに悪気があるわけじゃなく、それが当たり前になってしまっているだけ。
それに、「他人」でない人に対しては、彼らはむしろ優しかったりする。

それを知っていながらも僕がつい頭に来てしまうのは、悔しさもあるかもしれない。
本当はほとんどがイイ人達なのに、外の人間から「クレイジー」とバカにされている。
だから「クレイジー」と言われるような行為が僕に向けられた時、
「そんなんだからバカにされるんだよ!」と思ってしまう。

念のため断っておくと、僕は別に漢民族の人だけを指して言っているわけじゃない。
言っちゃ悪いが、少なくとも中国内で見る限りは、チベット族の人も同じだった。
彼らの多くは漢民族を嫌っていた(もちろん、これは政治的な理由が大きいと思われるが…)けど、
「何が違うの?あんたらだって一緒じゃん?」って言いたい時が何度もあった。

「中国が好きか?」と問われたら、
残念ながら、今の僕は自信を持って「好き」とは答えられない。
ただ、3年も続けて誕生日を迎えることになった場所だ。ちょっとした思い入れはある。
今の僕らと並ぶ若い世代を見る限り、徐々にではあるが、この国は着実に変わり始めている。
まだまだ時間はかかるだろうけれど、いずれは心から「好き」と言える国になるだろうと信じている。

それから、好きとか嫌いとかは別にして、
慣れないことも全部引っくるめて、僕にとってこの国はやっぱり面白い。
もっともっと知りたいし、知らなきゃいけないとも思う、お隣の国だ。
だから、必ずまた来る。今はあくまで、しばしのお別れ。
再見(ザイジェン = またね)!

…おっと、忘れてた。
次は、ラオスに行って参ります!

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旅日記-中国② | 15:15:05 | トラックバック(0) | コメント(2)
モースと湖の2日間
カワ・カルポパワーで既に「今日も満足モード」だったが、まだまだ日は上り始めたばかり。
次なる目的地は、雨崩(イゥブン)。
ちょっと不安な名前の村だが、いい天気なので向かってみることにする。
車道が通じていない山奥にあるため、トレッキングでアクセスする。
なんか秘境的な感じじゃない?

…しかし、中国の国家プロジェクト「西部大開発」の魔の手は、ここにも到達していた。
既に雨崩は「風景区」として管理されており、
トレッキングのスタート地点である駐車場に着くまでに、しっかり入場料を取られた。
車を降りると、たくさんの馬と客引きが待ち構えている。
ここに来られるような中国人旅行者は皆さんお金持ち。
こぞって一流ブランドのロゴが入った山用の服(本物かどうかは知らんけど)を着込み、
首にはニコンかキャノンの一眼レフをぶら下げている。(←ちょっとひがんでる)
そして、彼らのほとんどがゾロゾロと馬に乗って行く。
これは四姑娘山でも同じだったが、
自分の足で山を歩く楽しさを知っている人はまだまだ少ないようだ。
雨崩は、20軒ほどの家しかない小さな小さな村だが、
今やそのほとんどが観光客向けの宿を兼ねているようだった。
村の中を歩いていると、何ヶ所か新たに家を建てているのを見かけた。
今後、ますます本格的に整備が進み、訪れる人も増えるのだろう。
ちなみに今回の入場料は85元だったが、数年後には倍ぐらいになるのかも…。
(僕の3年前発行のガイドブックには、入場料について何も記されていない。当時は無かった?)

ところで、雨崩へ至るトレッキングコースでは、途中1つ峠を越える。
出発地点が標高約2,600m、峠が約3,700mなので、高度差1,000m以上を登ることになる。
また、雨崩は約3,000~3,200mなので、その後500m強を下る。
この一連のコースに要した時間が、ゆっくり歩いて約3時間半。
1,000mの上空といえば、日本の関東平野の夏なら雲の中かその上だ。
そんな高さに僅か数時間で到達できるなんて、
人間の足って案外スゴいもんだなぁと、今更ながら感心してしまうのだった。

峠付近、タルチョの登山道。
タルチョの登山道@雨崩

風景区として変わり始めている雨崩ではあったが、のんびりした雰囲気はまだまだ健在だった。
ここからカワ・カルポは見えないものの、宿の窓から、その連山を望むことができる。
なので、朝は布団に包まったまま朝焼けが見られたり…、なんとも贅沢な気分だった。

実はここまで、例の夜行性モース探究家のハンガリー人も一緒に歩いて来た。
彼は雨崩もまた前回訪れていて、その際泊まった宿に案内してくれた。
その夕方、ここでも蛾の採集のため森へと向かうと言うので、
どうせ1人では退屈していた僕は、彼の仕事ぶりを拝見しに付いて行ってみることにした。
プロの昆虫採集なんて、こんな機会でもなければ絶対見ることはないしね。

夕闇が迫る中、彼は1人黙々とセッティングを進めた。
主な仕掛けは2つで、1つはブラックライトを使ったもの。
こちらは夜の間は付けっ放しで放置して、翌朝回収するらしい。
もう1つはちょっと原始的で、特製の甘いジュースをたっぷり浸したロープを使ったもの。
これをまだ明るいうちに適当な枝に結んでおき、
暗くなってから食事にやって来た蛾を彼が直接採集する。
捕獲には薬品(手術時に使う麻酔薬に近いものらしい)に浸したガーゼを詰めたビンを使い、
そのビンの口を蛾に近付けると、不思議と簡単にスポッと入って来る。
1kmほどの範囲に20本ほど張ったロープを何度か往復して確認したが、
この日は蛾の集まりが悪いと見て、20時過ぎには終了した。
その後、暗闇の中でロープを回収しながら戻って行く。
全てを1人でやるにはなかなか大変な作業。
下手に邪魔はできないので僕はただ見学するだけだったが、手伝えるものなら手伝いたかった。
ちなみに、数は少ないながらも収穫内容は良かったようで、彼はゴキゲンだった。
集めた蛾たちを1つ1つ保存用の箱に詰めていく表情を見ていると、
本当に蛾が好きなんだなぁと感じさせられるのだった。

彼は今まで、他にもパキスタン北部(フンザの辺り)、モンゴル、ネパールなどを訪れたらしい。
専門が山岳地方の種とあって、このヒマラヤ周辺地域は彼にとって絶好の採集場所なのだと。
他には、ベトナム北部、タイ北部にも行ってみたいと言う。
じゃあラオスやインドの北部はどうかと尋ねると、
ラオスは交通手段が少ないため採集ポイントへのアクセスが難しく、
インドは虫の採集に関して国が厳しく取り締まっているそうで、やはり難しいのだと教えてくれた。
なるほど、色んな側面があるものだなぁ…。

翌朝になって、モース探究家が風邪を引いた。
薬が欲しいと言うので、僕の手持ちの風邪薬を探していたら、先に正露丸が出てきた。
「もしお腹も調子が悪いなら、コレが効くよ~。」と言って、
僕は面白半分でそのニオイを嗅がせてみた。
果たして、モース探究家の感想は?

「Oh, nice!」

…やはりこの男、一般人とはちょっと感覚が違うのかも。
(ちなみに、この後ちゃんと風邪薬をあげました。
日本製の薬が中国の風邪にどこまで効くかは不明だが。)

完全に雨季が終わったのか、飛来寺以来、ずっと快晴が続いていた。
ダウンしたモース探究家は部屋に置き去り(←冷淡)、僕は日帰りトレッキングへ。
目的地は、雨崩から片道3時間ほどの氷湖(ビンフー)。
朝早いうちに出掛けたおかげで、行きはほとんど誰にも出会わず、
恐らくこの日一番手で氷湖に到着。1人で景色を堪能させて頂いた。

ぼんやりミラー氷湖。
ぼんやりミラーレイク@雨崩

今回は、雪山も青空も一緒に納まってくれた。
雪山と氷湖①@雨崩
雪山と氷湖②@雨崩

氷湖の全景。
ぼんやりミラーレイク@雨崩
湖と言いつつも、実は小さな池だった。
なかなか際どいバランスで立っているこの石は、チベット人らが積み上げたものでしょうな。

雨崩からの主なトレッキングコースとしては、もう1つ、聖なる滝を目指す道があって、
こちらはもっと距離も短くお手軽らしい。
氷湖からの帰り道でもあまり人に会わなかったところを見ると、
ほとんどの観光客は滝の方に向かうのかもしれない。
個人的には、人が多いのも嫌なのだが、そもそも滝ってあまり興味が湧かない。
「へ~」で終わってしまう度数としては、遺跡といい勝負かな。
それより、事前に入手した地図によると、
さらにもう1つ神湖(シェンフー)という名前からして神々しい湖に至る道があるようだ。
が、地元の人に聞いて回ってみると、
往復で8~12時間かかる(訊く人によってブレが大きい…が、確実に氷湖よりは遠い)上、
分岐が多くわかりづらいため、ガイドが必要だという情報もあった。
当初はもう1泊しようかと思っていたが、神湖も滝も面倒になってきたのでヤメ!
氷湖へのトレッキングで十分満足できたし、
それに、今僕の気持ちはどんどん東南アジアに向かっている。先へ進みたいんだ。

村への帰り道。
帰り道@雨崩

雪が無くとも、山は美し。
雪無くとも、山美し@雨崩

ひとひらの秋。
一片の秋@雨崩

山火事。
山火事@雨崩
(本当に燃えてるようだった、初日の夕暮れ。)

お別れの朝に。
お別れ前に@雨崩
帽子で顔が陰ってしまった女の子と真ん中のおばさん&子どもは、お世話になった宿の人。
風邪を引いたモース探究家を気遣って夕飯のメニューを考えてくれたり、
出発前の朝飯をサービスしてくれたり、色々ありがとう。
そして左が、どうやらいくらか回復した様子のモース探究家ことMr.バラージュ。
いつか、日本の蛾も研究しにおいで!
でも、ハンガリーで再会もいいな。トカイワイン…☆

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旅日記-中国② | 09:40:33 | トラックバック(0) | コメント(0)
聖山の迫力
チベット自治区西部のカン・リンポチェ(崗仁波斉峰、通称 : カイラス山)は、
チベット自治区入境の困難さと時間の都合から断念。

青海省・瑪沁のマチェン・カンリ(瑪沁崗日、別名 : アムニェ・マチェン)は、
移動手段確保の困難さと時間の都合から断念。

四川省・丹巴のギェルモロン・ムルド(墨爾多神山)は、天気が優れず断念。

いずれもチベットの聖地とされている山であったが、1つも見られずにここまで来てしまった。
次がラスト・チャンス。
雲南省の西端に位置する聖山で、雲南省最高峰でもある、カワ・カルポ。
中国名は梅里雪山(メイリーシュエシャン)だが、
正確には、カワ・カルポを含む山群の総称なのだそうだ。

香格里拉からバスで約6時間、まずは徳欽(ドーチン)の町へ。
さらに、10km程先の飛来寺(フェイライスー)まで移動し、宿を取った。
「寺」と名が付いているが、そこは今や地名のみでゴンパの影も形も無い。
その跡地と思しき場所に、新たにご立派な展望施設らしきものを作っている真っ最中であった。
展望台だけは既にオープンされていて、しっかり入場料を取っているようだった。
…が、目的のカワ・カルポは宿の屋上からも十分眺められるとのことで、値段も調べずにパス!

飛来寺からカワ・カルポは真西の方向に当たるため、午後は完全な逆光で山が陰ってしまう。
よって、勝負は朝。
6時半にセットした目覚ましが鳴り、僕は祈る気持ちで部屋の扉を開けた。

夜明け前のカワ・カルポ。
カワ・カルポ(夜明け前ver.)@飛来寺
扉を開けたその正面に、いきなりコレが来た。
とりあえず日の出前に歯でも磨こうと思ってたのだが、その場で動けなくなってしまった…。

7時半前。カワ・カルポの夜明け。
カワ・カルポ(朝焼けver.)@飛来寺

ワイドバージョン。
カワ・カルポ(朝焼けワイドver.)@飛来寺

梅里雪山連峰の左端。こちらも思わず見入ってしまう。
豪華な脇役@飛来寺

すっかり日が昇った。ミニチョルテンと一緒にカワ・カルポ。
カワ・カルポ(with ミニチョルテンver.)@飛来寺

ところで、徳欽から飛来寺までは4人乗りタクシーを相乗りで移動したのだが、
その際にちょっと面白い出会いがあった。

1人は、浙江省の杭州(ハンズォウ)出身の女の子。
ここからチベット自治区へ入り、1ヶ月ほどかけて自治区内のゴンパを片っ端から巡るらしい。
かなり若く見えたので学生かと思ったのだが、違った。
聞くと、ラブロマンス小説を書いて小銭を稼いでこの旅に出てきたんだって。
1人でチベットのゴンパ巡りをする子がラブロマンスって…、
あまりにもギャップがあったので可笑しかった。(笑)

もう1人は、正確には徳欽までのバスの中で出会ったのだが、ハンガリー人の男性。
若く見えたけど、僕より5歳ほど年上らしい。
彼もまた、変わった仕事の持ち主だった。
聞くと、「バタフライ(蝶)に関する仕事だ。」と言うのだが、
さらに詳しく聞いていくと、特に彼の専門は、山岳地方の夜行性の種らしい。
飛来寺で泊まった夜、彼は夕方からタクシーを捕まえて出掛けて行った。
実はこの辺りに来たのは3回目で、
前回来た時に、バタフライの採集に適した場所を見つけたんだとか…。
21時頃だったか、当然真っ暗な中を帰って来た彼は、嬉しそうに取り集めてきたものを見せてくれた。
夜に蝶がいるのか…?と半ば疑っていたのだが、見て納得。
正しくは、バタフライじゃなく、モース(蛾)のプロフェッショナル!
「どう?キレイでしょ?」と羽をピンセットで広げてみせてくれるのだが、
正直、僕にはその美しさはわからない…。(そもそも、ちょっとトラウマがあって蛾は苦手なのだ…)
そんなわけで、彼は半分は旅行ながら、仕事も兼ねてやって来ている。
ハンガリーの首都・ブダペストには、彼らが集めた蛾たちの博物館があるそうで、
彼も普段はそこで働いているようだ。
いやはや、色んな世界があるもんだ…と感心していたら、
「何言ってんの、日本にも蛾の収集家はたくさんいるよ?
博物館も絶対あるはずだから、調べてみな!」と彼。
早速、この記事を書く前に『蛾 博物館』でGoogle検索してみたが、見つからないな…。
『蝶 博物館』はたくさんあるようなので、そこに一緒に展示してあるのかも。
「蛾の博物館」って言われたら、一般客は入らないだろうしねぇ。

オマケで、徳欽での食事フォト。まずは炒餌絲(チャオアースー)。
炒餌絲@徳欽
エサ(餌)の細切り(絲)って何だ?と思って頼んでみたら、
焼きうどんのような一皿が登場。
普通の麺よりモチモチしてて、この食感が好きな僕としてはかなり好み。
調べてみたら、もち米とうるち米が原料なんだとか。
…つまり麺状にした餅ってことか!そりゃモチモチするわけだ!(笑)
ただ、ちょっとオイリー。食べきった後の皿には、油の池が…。

炒面(チャオミェン)。
炒面@徳欽
炒餌絲を食べた後に、そういえばしばらく食べてないことに気付いたメニュー。
地域や店によって麺も味付けも全く異なるが、ほとんどハズレが無いので、
いつどこで頼んでも楽しめるお気に入りの一品。
直訳すると「焼きそば」だが、さすがに日本のようなソース味は無い。
ちなみに、これは蘭州拉面の店で頼んだもの。
見た目は上の炒餌絲に似てるけど、やっぱり麺が違う。
もちもちとは違うコシがあって、表面はツルっとしてる。
具にじゃがいもやトマトを入れてるあたりは、大好きな新疆拌面(ラグメン)に近い感じ。

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旅日記-中国② | 23:15:15 | トラックバック(0) | コメント(0)
半年振りサイクリング
四川省の稲城から雲南省の香格里拉へ、
昨年乗ることができなかったバス路線を逆行してやって来た。
あの時は悔しかったけれど、
そのおかげで、今回ベストシーズンの稲城亜丁に行くことができたんだよな。
四川から雲南にかけては、8月は雨季に当たる。
仮に昨年あのバスに乗れていたとしても、雨の中を歩いて終わっていたかもしれない。
そう思えば、結果オーライだったのかもしれないね。

さて、香格里拉。
もちろん2回目の訪問になるわけで、特に新たに見たい場所も無いんだな。
香格里拉(シャングリラ)という名前から、
それこそ理想郷のような素晴らしい場所を期待してしまうけれど、
言っちゃなんだが、ありがちなすっかり開発されてしまった後の中国の町だ。
「古城区」とされる旧市街もあるのだが、
実際は「旧市街っぽく」作られた、実にわざとらしい観光街。
そうそう、有名な麗江(リージャン)の旧市街もそんな感じでガッカリしたっけ…。

ただ、町から数km郊外に出れば、
まだまだ(観光客向けでなく)民族衣装をまとった素朴な人々の暮らしがあるし、
その名に相応しい広大な風景も広がっている。
昨年は、車をチャーターして郊外に出掛けたんだっけか。
今と比べたらリッチな金の使い方をしてたなぁ…。(苦笑)

そこまで思い出して、パッと思い付いた。
…自転車!

観光客向けの古城区で、レンタサイクル屋はすぐに何ヶ所も見つかった。
これで郊外をぶらぶら回ったら最高じゃん!
昨年は雨季真っ只中で全く晴れ間を見せなかった香格里拉の空だったが、
今はスッキリと晴れ渡っていた。
ただ乗り継ぎと休憩のためと思って来たけれど、面白そうなことが見つかったぞ☆

初日の夕暮れ。
夕焼け空@香格里拉
昨年来た時は、ここでこんなキレイな空が見られるなんて想像もつかなかったなぁ…。

自転車に乗れることが、たまらなく嬉しかった。
すごく久々な気がしてたら、半年近くも乗ってなかったことに気付いた。
最後がいつだったかと振り返ってみたら、なんとエジプトのスィーワ以来!(→ こちら を参照)
もう遥か遠い昔のことに思える…。

ここでも秋色を堪能。
秋色堪能@香格里拉
空を燃やせ!@香格里拉

草紅葉と牛さん。
草紅葉と牛さん①@香格里拉
草紅葉と牛さん②@香格里拉

湿原の白馬さん。逆光だけど…。
湿原と白馬@香格里拉

秋の湿原に咲いた花。
秋の湿原に咲く@香格里拉

1日走り回った20元のレンタサイクル。
20元レンタルGIANT@香格里拉
GIANTのマウンテンバイク。
値段の割に、いい自転車を貸してくれた気がする。

香格里拉も海抜3,000mを超える高原。
思ったよりキツかったけど、やっぱり自転車で感じる風は最高だなぁ~。
次はどこで乗れるだろう?

オマケ。油条(ヨウティアオ)&豆漿(ドウジァン)。
油条&豆漿@香格里拉
包子や粥と並ぶ中国の朝メシの定番で、
味が無く油っ濃い揚げパン(油条)と、ホット豆乳(豆漿)。
それぞれ片方ずつだと大して美味くもない(と、個人的には思っている)のだが、
このセットが素晴らしいことを最近知った。(理塘で出会ったTさんに教えて貰ったのがきっかけ)
豆漿は、頼むと砂糖を入れて甘くしてくれる。
店によっては元々甘くしてあるのだが、
この甘い豆漿に油条を浸して食べてみると…、幸せが待ってました☆
今後しばらく、僕の朝の楽しみになりそう♪

長かった今回の中国滞在も、いよいよあと僅かとなってきた。
予定では残り2週間足らずか…。
久々に新しい国へ向かって行くのが楽しみでもあり、久々すぎて少し不安でもあり。

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旅日記-中国② | 00:50:05 | トラックバック(0) | コメント(2)
1年越しのトレッキング
ある日、以前住んでいた江蘇省内の町の本屋で、
「中国名景100選」を紹介する分厚い本を購入した。
チョモランマ、九寨溝、桂林山水…、数々の美しい写真が並べられていた中で、
僕が最も心惹かれたのが、四川省・稲城(ダオチェン)の紹介ページだった。
全く聞いたことの無い場所だったが、それはそれは美しい風景の写真がそこにあった。

そして昨年8月、雲南省北部の町・香格里拉(シャングリラ)。
ここから稲城行きのバスがあることは調査済みだった。
しかし、僕はここで初めて、僕は「外国人不可」を経験することとなる。
香格里拉のバスターミナルに到着して早々に、
稲城(ダオチェン)行きの切符を買おうと窓口へ向かったのであったが、
窓口の女性は「外国人には売れない」の一点張り。
理由もわからぬまま、予定外の大回りをして成都を目指すこととなった。
(帰りの飛行機を予約済みだったため、どうしても成都へ行く必要があった。)
結果的には、その分時間ができたおかげで、九寨溝&黄龍へ行くことができたのだが…。

その後成都のバスターミナルの窓口で再度確認したところ、
稲城がクローズされた原因は、まさにこの頃開会した北京オリンピック。
チベット地域に対しての警戒が高められ、
四川省甘孜チベット族自治州に属する稲城も、外国人立入制限の対象になったようだ。

今回は、そのリベンジ。
同じく昨年訪問を断念させられた四姑娘山と共に、何としても訪れようと思っていた。

理塘から約150km南に、稲城の町はある。
ここまでは、朝イチで乗合タクシーを捕まえて難なく到着。
だが、実はあの写真にあった風景は、
さらに南へ120km先の亜丁(ヤーディン)という場所にある。
一般には合わせて稲城亜丁とも呼ばれ、
その美しさを評し、「最後のシャングリラ」とも称されている。

まずは稲城に一泊することにし、翌日朝の車探し。
…が、本来はあるはずの乗合タクシー(ワゴン)が無い。
またまた当局のお達しで、
国慶節期間中はワゴンタイプの乗合タクシーは立入禁止になっているらしい。
代わりに使えるのは、4人乗りの普通のタクシーのみ。
運ちゃんらの言い値によると、4人でシェアしてもワゴン時の倍になる…。
名目上は、1日当たりの入場者数が増えすぎないようコントロールするためのようだが…?
僕が稲城に着いたのは、国慶節連休の終わる8日。
それでも、このお達しが解かれることは無かった…。
(結局、宿の主人が見つけてくれた車で多少は安く行けることに。)

ちなみに、亜丁風景区の入場料は150元。
往復の車と合わせると、300元を超えた…。
ここまで高額な価格設定は九寨溝(入場料&観光車料で計310元)以来である。
さて、九寨溝に匹敵する風景は本当にあるだろうか…?

ここまで絶好調だった僕の山運だが、今回はまずまず。
風景区内には1泊2日滞在したが、
雨が降っていたかと思えば一気に晴れ渡ったり、
朝からいい天気だったかと思えば数時間後には小雪がチラついたり…。

さ、あとは写真でいきましょう。

秋色のお出迎え。
紅葉のお出迎え①@亜丁
紅葉のお出迎え②@亜丁
ひょっとしたら紅葉が見られるかとは思っていたけど、予想以上に見事だった…。
これだけで、既に満足ムードになってしまう僕。

燃えるトンガリ山。
燃えるトンガリ山@亜丁
他にも雪山はたくさん並んでいるのだが、
残念ながらほとんどが雲に隠れてしまっていた中、コイツだけはいつも姿を見せてくれた。

珍珠海(チェンジュハイ)とトンガリ山。
珍珠海とトンガリ山@亜丁

ここ珍珠海周辺も、木々の色付きがピーク。
紅葉珍珠海@亜丁
これは1日目の昼。この後、天気は下り坂に。

こんなところにもゴンパがあった。
こんなところにもゴンパ①@亜丁
こんなところにもゴンパ②@亜丁
こんなところにもゴンパ③@亜丁
誰もいなかったので、じっくり中を撮影させて頂いちゃった☆
(撮影禁止の場所を撮っているわけじゃないですよ、念のため。)

牛奶海(ニウナイハイ)。
牛奶海①@亜丁
牛奶海②@亜丁
「牛奶」とは、牛乳のこと。なるほど、そんな色かな…。

五色海(ウースーハイ)。
五色海@亜丁
この色に出会えたのは、九寨溝以来かなぁ。

牛奶海と五色海、この2つの池が風景区の一番奥地。
2日目の早朝から歩き出してここを目指したのだが、
やっと着く頃になって一気に雲が広がり、
間もなく強風と小雪による極寒コンディションに…。(ちなみに、朝は快晴だった。)
でも、日陰で撮った割にはキレイかな?

しかし帰り道、空には再び青空が☆以下、その散歩道から。
再び晴れた散歩道から①@亜丁
再び晴れた散歩道から②@亜丁
再び晴れた散歩道から③@亜丁
再び晴れた散歩道から④@亜丁

清らか~な水。
水、清らかに①@亜丁
水、清らかに②@亜丁
水、清らかに③@亜丁

清流横の散歩道。
清流横の散歩道@亜丁

そろそろお別れ。天辺まで、もう一息で見えそうなのに…。
もう一息が…@亜丁

最後の最後に、出会いが待っていた。
突然の出会い①@亜丁
突然の出会い②@亜丁

さて、1年越しの念願のトレッキング、満足できたかどうか?
なんて、もう書くまでもないか…☆

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旅日記-中国② | 23:30:50 | トラックバック(0) | コメント(2)
離れられず、再一天。
草原に囲まれた小さな町・理塘。
すっかりここを気に入ってしまった僕だったが、次の町へ向かう予定の朝が来た。

冷え込んだ空気の中、外に出てみると、なんと清々しい青空!
朝日を浴びて、草原が黄金色に輝いている。

…ダメだ、まだ行きたくない。やっぱりここは最高だ。
1日滞在延長決定。

草原の朝。どこまで放牧に行くのかな…?
朝の放牧@理塘

さて、今日も一仕事行こうかのう。
本日も一仕事@理塘

乳母車?
草原乳母車@理塘

草原で子守。
草原で子守@理塘

お母さんの表情が優しい。
温かさ溢れる母子@理塘

ナイスキメ顔。
ナイスキメ顔@理塘

泥遊び。
泥遊び@理塘

そういえば、久々に撮った市場の写真。
久々市場フォト①@理塘
久々市場フォト②@理塘

個室風呂。天然温泉!
個室温泉@理塘
町から5km程の場所に、まさか温泉まであるとは…。
宿で希望者が4人集まったので、タクシーをチャーターして行ってきた。
キレイな浴槽とは言えないけども、
寒い寒い理塘の夜、十分過ぎるほど幸せを頂きました☆

ゴンパには計4回も足を運んだし、町もほぼくまなく歩き回った。
色達と並んで、また訪れたいお気に入りの町になった。

そう思うと同時に、あの気力を無くした時期に訪れた場所を、
同じように楽しめなかったことに悔しさを感じた。
圧倒的な迫力で迫ってきた色達は僕の中でちょっと特別だったけど、
ここ理塘にはそういう強烈な何かがあったわけじゃない。
もし2週間前にここに来ていたら、無気力のままスルーしてしまっていたかもしれない。
たまたま、タイミング良く気持ちが乗っている時に訪れることができただけだ。

だけど、そうやってタイミングの良し悪しばかり言い訳にしてちゃいかんよなぁ…。
気持ちのアップダウンは、きっと人間誰しもあるのだろうと思うけど、
それに左右されすぎて、楽しめたはずのものがつまらなくなってしまうのは勿体無いよね。
もっと感情の起伏をコントロールできる大人にならねば…。

今度こそはお別れ。夕色に染まる理塘の町。
さらば、お気に入りの町@理塘

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旅日記-中国② | 17:00:00 | トラックバック(0) | コメント(0)
チベット世界への帰還
成都の宿に滞在中、悪い情報を耳にしていた。
成都でのリフレッシュ休暇(?)後、最初の目的地は理塘(リータン)に決めていたのだが、
なんでも国慶節10月1日頃に理塘へ向かった日本人が、
手前の検問で「外国人立入禁止」の通告を受け、引き返させられたとらしい。
成都から理塘への直通バスは無いので、まず乗り継ぎのため康定(カンディン)に向かうのだが、
10月1日にバスターミナルへ行った人は、その康定行きの切符すら売ってもらえなかったらしい。
(たぶん外国人なのはバレてたのに、僕はその前日に全く問題なく買えたのだが…。)
また、理塘以外にも、僕が先日までに訪れた数々のチベット地域も、
同様に入れなくなっているという情報もあった。

例によって、やたら国慶節期間を警戒している当局が厳戒態勢を敷いたのだろう。
問題は、その立入禁止のお達しがいつ解かれるのか?
恐らくは、国慶節休みが明ける9日頃か…、
運が良ければ、混雑のピークと予想される初めの3日の後に解放されるか…。
色々予想してみるが、ほとんど気紛れに近い話なので、そのタイミングは誰にもわからない。
最悪は9日前後までどこかで待機する覚悟で、
とりあえずは4日朝発康定行きのバスに乗り込んだ。

康定までは特に検問も無く無難に到着したが、問題はここから。
とりあえず外国人であることを隠してバスチケット購入にトライするか?
でも、結局検問で引っ掛かってしまったら意味が無い。
バス以外にも、理塘までは乗合タクシーが多く走っているに違いない。
仮に検問を隠れて突破するなら乗合タクシーの方が可能性が高いと考え、
まずはダメ元で、あえて外国人だと伝えた上でバスチケットの購入にトライしてみることに。

…え?OK?
でも明日の切符ってまだ残ってるの?あ、それも問題無し?

ということで、色々思案してたのがアホらしくなるほど、あっけなくクリアできてしまった。
僕と公安との相性は最悪(と勝手に思ってる)ので、
まるで期待してなかったのだが、たまにはうまくタイミングが合うこともあるのね。

さて、次なる問題は宿探し。
バスターミナルを出ると、いつになく客引きが張り切って寄って来る。
それは良いのだが、値段を聞くと、やたらと言い値が高い!
いくつか部屋を覗いてみたが、
2週間前なら10~15元で泊まれていたようなシャワー無しのドミトリーで、
あの成都の快適な宿以上の値段を取ろうとしてきている。
連休中の混雑に合わせて値段を吊り上げているのは明らか。
別にどうしても手が出ない値段というわけでもないが、泊まる気になれない…。
かなりの数の客引きと交渉したが、まるで折れてくる気配が無いので、
だんだんこちらも意地になってきた。
…もういい!こうなったら、外で夜を明かしてやる!

こうして、この旅2度目の野宿を余儀無くされ…いや、今回は自爆か。(笑)
まぁ、康定は思ってたよりずっと暖かいので、着込んで寝袋に包まれば大丈夫でしょう。
どうせ翌日は早朝6時発のバスなので5時には起きなきゃだし、
元々寝る時間も少ないんだから、1泊分節約節約!…と自分に言い聞かせる。

中秋節の翌日とあって、月のきれいな夜だった。
雨の心配も無さそうだったので、月明かりの下、
川沿いの少し丘になった場所に見つけた原っぱで寝袋に包まった。
風も無く、気温は実に快適、草はふかふかで気持ちいい…。
誰にも見つかりませんように!というスリルも含めて、野宿ってちょっとクセになるんだよな。
翌朝危うく寝過ごしそうになるほど、ぐっすり眠ってしまった。

バスには無事に乗れたが、最後まで安心はできない。
理塘まであと少しというところで、検問らしき場所が見えた。
一瞬ドキッとしたが、ゲートは開きっぱなしでスルー。
これで晴れて、理塘に到着!

理塘は平均海抜が4,000mの町。
うん、今日は日差しが弱いせいもあるけど、ちょっと肌寒いぞ。
さすがにここで野宿をしたら生死に関わるので、今日こそは宿に泊まらねば。
しかし、ここでは予め調べておいた宿に一発でチェックインできた。値段も上々。

町を歩いてみても、思ったほど観光客は多くない。
ここへ着くまでに、康定&成都方面へ向かって(恐らく、戻って)行く車を多く見かけたが、
既に景勝地の混雑ピークは過ぎて、都市部への逆ラッシュが始まっているのかもしれない。
…とすれば、当初描いていた僕の計画通り。順調順調♪

成都でのリフレッシュ効果も覿面だった。
そんなに長く離れていたわけじゃないのに、
チベットの空気に戻って来れたことが嬉しくて、自然とテンションが上がってしまう。
一時は本気で飽きてきてしまっていたゴンパ歩きだったのに、楽しい楽しい♪

草原のリタン・ゴンパ(理塘寺)。
草原ゴンパ@理塘

なかなか立派な寺院。テンションが上がったのは、僕の気分の所為だけじゃないかな?
ご立派伽藍@理塘

居並ぶ神サマたち。
神サマ整列@理塘

青空の下、読経の時間。
青空読経タイム@理塘

…って、みんな読んでないし!(まぁ邪魔してるのは僕なのだが)
読経中断①@理塘

だから本を読みなさいって…。先生に怒られるよ?
読経中断②@理塘

同じ広場の中、周囲のガヤガヤは気にも留めず、祈りを捧げる。
祈祷集中@理塘

僧侶たちの住処。
僧侶達の住処@理塘

マニ石塚でマニマニ。
マニ石塚でマニマニ①@理塘
マニ石塚でマニマニ②@理塘

パパラッチの新技。
パパラッチの新技@理塘

今回の中国滞在でこのような立派な寺院のあるチベットの町を訪れるのは、
ひょっとしたら、これが最後になるかもしれない。
せっかくまた気分良く歩き出せたところなのだが…、ちょっと名残惜しいな。

このカラフルな色とも、そろそろお別れが近い…?
名残惜しき色@理塘

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旅日記-中国② | 16:40:41 | トラックバック(0) | コメント(2)
1年越しの食い倒れ
ネオンが眩しい…。

成都に来たのは2回目。そこが大都会であることは知っていた。
知っていたのに、驚いた。
都会って、こんなに凄かったっけ?
同じ四川省にこんな場所があることが、なんだか信じられない。
西寧を出てから1ヶ月、都市からかけ離れた世界に長く居過ぎたか?
雪がチラつく4,000m超の峠を超え、その同じ日にこんな場所へ来たら、誰でもそうなるか?

時間は21時を回っていたが、
立ち並ぶ飲食店からは、四川特有の香辛料の効いたいい匂いが立ちこめていて、
まだまだ大勢のお客さんで賑わっている。
コレだコレ、成都に来た目的は、まさにコレだよ!
1年前の夏、同じくこの場所でこの香りに誘われ、
「ここで食い倒れたい!」という欲望をかき立てられた僕であったが、
泣く泣くたった1泊で別れを告げ、「必ずまた来る!」と誓ったのであった。
その場所に、僅か1年で帰って来ることができたことに感謝し、
僕はウキウキしながら予定の宿へと向かって行った。

…が、ここで問題発生。
頼りにしていた有名な安宿は、客が殺到してんやわんや状態になっていた。
なんとか到着日1日はベッドを確保できたのだが、
翌日以降数日間は既に予約でいっぱいとのことで、
その日その日の夜まで待たないと泊まれるかわからない状況。(要するに、キャンセル待ち)
むむぅ…、国慶節休みとは言え、
主に日本人や欧米人旅行者が多い宿と聞いていたので、そこまで影響が出るとは思わなんだ。
しかもこの宿は相当な客室数を持っているのに、それが一杯になるとは…、少々甘く見ていたか。

十中八九キャンセルが全く出ないことは無いだろうとは思ったが、
キャンセル待ちを余儀無くされているのは僕1人だけでは無かった。
と言うことは、空きができ次第、早い者勝ちという状況。
それをいち早く知るには、常に宿のロビーで待機してしつこく確認しなければならない。
…なんてことはやってられないので、ここは諦め、翌日宿探しに繰り出すことに。

そのついでに、バスターミナルへチケットを買いに行った。
前半の混雑のピークになると思われる10月3日までは、
おとなしく成都でのんびりしようと思っていたが、
直前になって売り切れになる恐れも考えて、早めにチケットを買っておこうと思ったのだ。
10月4日発康定(カンディン)行きのチケットは難なく購入できた。
やれやれ、では宿探しに行こうかと思ったその時、
いきなり目の前にマイクが突き出された。
…ってことは、その横には…TVカメラですよね、やっぱり。
アナウンサー?と思しきお姉さんが、何やら質問を仕掛けてきた。(もちろん中国語で)
「どこへ行くのですか?」「何をしに行くのですか?」と言っているみたい。
いちおう、「康定へ。」「旅行で。」と答えたつもりなのだが、
お姉さん、そんな「ハァ?」みたいな顔しないで!
元々ヘタな発音だけど、テンパッてさらに舌が回ってなかったのは自分でもわかってるから!
その後も何やらインタビューを続けようとされたのだが、
もはや聞き取る余裕も無ければ、スムーズに回答する余裕など全くございません!
オロオロしていると、「コイツはダメだ。」と悟って頂けたのか、
次のターゲットを探しに去って行った。
日本でもよく見る、連休前の混雑状況を伝えるニュースか何かだったのだろうが、
あれ、まさか生中継とかじゃないよな?後でカットしてくれてるよな…?
そのまま写ってたとしたら、ちょっとした放送事故だよ!恥ずかしすぎ!
こんなシチュエーション、日本で遭ったとしてもテンパる自信あるぞ?
それが中国でなんて…、ある意味美味し過ぎる。(ネタとして)

結局、宿の方は数ヶ所回った結果、
別のゲストハウスで翌日以降3日夜までの寝床は確保できたが、この日の夜はどこも満杯。
仕方ない、最悪はどこかで一晩飲み明かすか…と元の宿に戻って来たら、
あっけなくベッドの空きが見つかった。
まったくやれやれな1日だった…。

そして翌日、いよいよやって来た国慶節の日。
僕の懸案はただ一つ、街のメシ屋は果たして開いているのか否か!?
…だったが、いざ街へ繰り出してみると、そこはいつもと変わらぬ日常の風景。
繁華街に人が増えている程度で、普通の日曜か祝日と大差無い気がした。
メシ屋も含め、閉められている店舗は僅かで、
旧正月のような爆竹や花火を打ち鳴らしての大騒ぎも全く無く、
ちょっと肩透かしを喰らった気分だった。

それでは、張り切って行こう!
1年越しの念願、食い倒れスタート~☆

担担面(ダンダンミェン)。
担担面@成都
まずは定番中の定番、タンタン麺。
…と言っても、日本のラーメン屋で出されるものでイメージすると、全くの別物かも?
日本で「タンタン麺」と言えば、
辛味のあるスープに挽肉が載ったラーメンが出されることが多いと思うけど、
こちらではタレで食べる拌面(バンミェン = 混ぜ麺)の一種なのですな。
下に見えている麻辣なタレをグァァーッとかき混ぜて頂く。
この店はちょっとした人気店だったらしいのだが、
なるほど、辛さの中にもしっかり旨みがあるタレで、絶品でございました☆

燃面(ランミェン)。
燃面@成都
名前が気になって初トライ。
これも拌面の一種だけど、混ぜ合わせる具材がとってもユニーク。
挽肉にネギ、そしてピーナッツに高菜。
なんとも不思議な組合せだけど、この混ぜこぜが意外とイケる。
担担面に比べ、よりジャンキーな感じの一品。

渣渣面・清湯(チァーチァーミェン・チンタン)。
渣渣面・清湯@成都
この「渣」の発音が、カタカナ表記するには苦しいんだよな…。
まぁそれはいいとして、これも初トライメニュー。
別の字を使った「ジャージャー麺」かな?と思ったのだが、全くの別物だった。
「清湯」とは、澄んだ(要するに、辛くない)スープのこと。
これに対し「紅湯」も選択できるのだが、たまには辛くないのが食べたいのよ…。
辞書によると、「渣」とは、「かす」とか「くず」といった意味らしい。
何が出されるかと思ったら、見ての通り、具無しにも等しいシンプルなものだった。
…が、このスープが秀逸だった。
鶏ガラでしっかりダシを取った醤油スープで、
それはまるで古き良き東京ラーメンの、ふと懐かしくなってしまう味だった。

熱蕎面(ルーチァオミェン)。
熱蕎面@成都
「蕎麦」の「蕎」でわかる通り、なんと蕎麦粉を使った麺があったのだ!
これは、去年成都に来た際に見つけたのだが、
中国の簡体字では「乔」と書くため、
初め辞書を引くまでは何だかわからず、意味を知って驚いたものだ。
麺を口に含むと、風味はそこまで強くないものの、それは紛れも無く蕎麦の味。
しかし、合わせるスープはこれぞ四川風という感じの、香辛料の風味が効いた麻辣な味付け。
日本人の僕から見ると、その組合せが何とも不思議で、
美味いとか不味いとかいう感想が出てこない。ただただ、面白い!

牛肉米線(ニゥロウミーシェン)。
牛肉米線@成都
この白い麺、「米線」ないし「米粉(ミーフェン)」はビーフンのこと。
ちなみに、「線」と「粉」の両方を置いてる店もあるのだが、未だに違いがよくわからん…。
ここから雲南省など、南部に行くほどビーフンを扱う店の比率が高くなっていく。
この米の麺文化の流れは、さらに東南アジアまで続いていくのでしょう。
小麦の麺よりツルッとしてるのでするりと軽く食べられるのだが、
腹持ちがいい気がするのは、やっぱり米だから?

排骨鋪盖面(パイグープーガイミェン)。
排骨鋪盖面@成都
「鋪盖」とは、「(平らに)かぶせる」という意味らしい。
出てきた皿を見て納得。
なるほど、平たく伸ばした麺がスープの上にかぶさってる…。
もはやこれが「麺」と呼べるものなのかどうか非常に微妙なところなのだが、
誰が考えたか知らないけど、本当に色んなものを作るなぁと感心してしまう。
店の看板に「鶏湯鋪盖面」とあった通りで、
スープは上で紹介した「渣渣面」同様、鶏ガラがしっかり効いたスープ。
こちらは「清湯」ではなかったが、この麺にはパンチのある「紅湯」の方が合うかもね。
「排骨」は、日本にもあるのでわかるかもしれないが、主に肋骨部分の骨付き肉のこと。

ここまで麺料理ばかりになってしまったが、実際、麺ばかり食べてたので仕方ない。
この地域は特に麺のバリエーションが豊富なことがわかって、
米を食べる余裕を与えてもらえなかった。
さらに、この辺りでは、麺の量を「1丙(リャン)」単位で注文する店が多い。
1丙 = 50gなので、2丙ぐらいで止めておけば、まだ腹に余裕ができる。
こうして、違う店の違う麺を「ハシゴ」できてしまうのですな♪

ただ、タレやスープ、トッピングで違いを出してはいるものの、
「蕎面」や「鋪盖面」は別として、麺に特徴を出している店は少なかったように思う。
麺のレベルだけ見るならば、
以前にも紹介した「蘭州拉面」の看板を掲げる店の方が勝ってるかな。
こちらはほぼ100%手打ちで、店頭でよく小麦粉の固まりを叩いて伸ばしているのを見かける。
さらに、合わせる具材やスープの種類によって、
麺の太さ形状を実に多彩に使い分けているので、
この店に行くだけで何種類もの麺を楽しむことができてしまう。
恐らく「蘭州拉面」の店は今や中国全土どこにでもあるので、困った時はここへGO!

湯包(タンバオ)。
湯包@成都
肉汁(湯)をたっぷりと包み込んだ、ご存知「小龍包(シャオロンバオ)」の別名。
上海~江蘇省の江南地域が本場なので、四川省はちょっと遠い…。
今回中国に来てから一度も見かけていなかったのだが、
さすがは大都会成都、やっぱりあった!
ちなみに、この10個入りで4元ぐらい。幸せ~☆

蒸餃(ズンジァオ)と…、
蒸餃@成都

瓢香拌面(ピァオシァンバンミェン)。
瓢香拌面@成都
「福建沙県小吃」の看板を掲げた店で頼んだこの2品には、
ちょっとした思い入れがある。

まだ僕が出張で中国を訪れていた頃、
ある取引先を訪問している際に、昼食の時間になった。
気を遣って頂いて、いつもは日本料理の店などに連れて行って頂くことが多かったのだが、
この日は近くで「ゴマラーメン」を食べさせてくれると言う。
行ってみると、それは小さな小さな店で、お世辞にもキレイとは言えない外観。
薄汚れた白いテーブルと背もたれの無いプラスチックの椅子、
テーブルの上には、何やら黒い液体(後に酢とわかる)の入った容器と、辛味ダレの入った器。
今でこそ、そんな店にばかり入るようになってるけど、
当時は、こんなところで食べて腹壊さないかな…?という不安もあった。
でもそれ以上に、初めて庶民的と呼べる店に足を踏み込めたことに、ワクワクを覚えていた。
そこで取引先の方が頼んでくれたのが、この2品だった。

それが中国の小吃(シャオチー = 軽食、ファーストフード)との出会い。
こんな店で(…と言ったら失礼だが)こんなに美味いものが食えるのか!
根っからのB級人間の僕にとっては、
どんな高級中華料理より、魅力的に思える世界だった。

普通の「取引先」の関係だったら、まずあの店に行くことは無かっただろう。
仕事上の立場はあれど、お互いに本音で仕事ができる仲間のような関係があったから、
あの店に連れて行ってくれたのかな、と思う。
そのことが、僕にとっては嬉しかった。

ちなみにこの「ゴマラーメン」のタレだが、
本当はゴマではなくピーナッツを使っているらしい。
「瓢香」とは、「香り漂う」といった形容詞的な意味で、
他の店でも同じ名前で提供されているメニューなのかどうかは不明。
「蒸餃」は名前の通りで、豚肉入りの蒸し餃子。
包子もそうだけど、この木製の蒸し器をを使うと、香りがまたいいんだな☆

「福建沙県小吃」の店は、大きな町ならどこでも見かけるし、
僕が住んでいた町にもあって時々通っていたのだが、
このゴマラーメン改めピーナッツラーメンがそこにあることには、
1年以上もの間ずっと気付かなかった。
それが、まさかこんな場所で再会するとはね…。

湯圓(タンユァン)。
湯圓@成都
たまにはデザートでも。
茹でただんごの中に、こし餡やゴマ餡などが入っているスウィーツ。

食い倒れのシメはこれで!火鍋(フォグォ)!
火鍋の鍋@成都
今回成都で一番食べたかったのがコレ。
今や火鍋屋は中国全土にあるけれど、一度は本場の味を食べてみたかった!
(本当の本場は四川省のお隣の重慶なんだけどね。)
街を歩いていると、至るところで火鍋特有の強い香りが熱烈に僕を誘ってくる。
ただ、こればかりは1人で食べに行けないので、
宿で出会った中国人を誘って、成都最終日の夜に突撃した。

注文した鍋は、外側に紅湯&内側に小さく清湯。
…明らかに紅湯がメインなのが本場らしい。
周りを見ると、清湯無しの鍋で食べている人が多いのも、また本場らしい。(笑)
紅湯の方をよく見ると、表面を埋め尽くすように、小さな粒々がたくさん入っている。
それが全て山椒。…いやはや、さすが。

頼んだ具材(の一部。まだ野菜が来てなかった)。
火鍋の具材@成都
牛肉、豆腐、湯葉、冬瓜、キノコ…などなど。(一部名前が不明)
基本の鍋(スープ)以外は、好きな具を全て自分で注文できるのが火鍋のいいところ。
安い店なら、野菜などは1皿1元~。
鍋代が固定の分、大勢で行った方がお得なり。

で、お味の方は、やっぱり紅湯は容赦無く辛かった。(笑)
けど、結局紅湯の方ばかり食べてた。だって圧倒的に紅湯の方が美味いんだ!
そして、翌日は見事に腹を下した。
火鍋の後はいつもそう。美味さの代償を伴う、諸刃の剣なのだ…。

中国に入って1ヶ月半ほど、いつの間にか辛さに慣れてきてる自分が怖い。
四川の味はたしかに好きなんだけど、確実に寿命を縮めそうだし、
この味に慣れ過ぎると、そのうち日本料理の味がわからなくなっちゃいそう…。

成都に滞在した5泊の間、
自ら「食い倒れ」を宣言したものの、本当に食う以外ほとんど何もしてない!
この町はずーっとジメジメした天気(1年中、そういう気候らしい)だし、
人と車が多過ぎで、空気も悪い。
散歩してもすぐに疲れてしまうので、結局宿でダラダラとネットをしていたり…。
これ以上居たら人間ダメになってしまいそうな気がした。
2泊しかできなかった最初の宿も、次に見つけた宿も、
いずれも素晴らしく快適な宿だったが、
(尤も、成都到着時の僕は、シャワーとネットがあるだけで感動できる状態だったけど…)
どんなに居心地のいい宿があったとしても、
僕はやっぱり、都会でのんびりできるタイプじゃない。
もうリフレッシュは十分!さぁ、再びド田舎へ戻るぞ~!(←変な気合い)

数少ない食べ物以外の写真その1。
毎時毎刻@成都
7~11時なんて言わないよ。いつでも開いてるよ♪

その2。中秋の名月。
中秋の名月@成都
10月3日は「中秋節」でした。
昼はザーザー降りの雨だったけど、奇跡的に夜に雲が切れた。

伝統に倣い、月餅を頂きお月見を堪能。
お月見に月餅@成都
やっぱり、最後は食べ物になってしまったな…。(笑)

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旅日記-中国② | 16:50:03 | トラックバック(0) | コメント(0)
4姉妹との対面
久々に「観光地」へやって来た。
丹巴から乗合タクシーを乗り継ぎ、日隆(リーロン)の町に到着。
ここの町自体には何も無いのだが、
四姑娘山(スーグーニャンシャン)という風光明媚な山々を眺めるトレッキング基点となる場所。

相変わらず、僕と山との相性はよろしいようで、
ここ1週間の悪天候がウソのように、眩しい日差しが照り付けていた。
丹巴の一件があったので、ここも宿探しに苦戦させられるかと思いきや、
乗合タクシーの運ちゃんが教えてくれた一軒目の宿で一発OK。
しかも、他の田舎町と変わらない安さ。観光地ゆえ、多少の値段アップは覚悟していたのだが…。
スムーズに宿が見つかったこの時点で、時計はまだ13時過ぎ。
トレッキングは明日の予定だったが、これは歩かなきゃ勿体無い!

四姑娘山周辺の観光コースとしては、主に3つのルートがあるらしい。
それぞれに入場料が要るのだが、
僕は3ヶ所全てに入場可能な3日間有効周遊チケットを宿のおっちゃんに売りつけられ…、
いやいや、安く譲って頂いた。
チケットに「感恩門票VIP」とあったので、恐らく元は無料で入手したものなのだが…、
2ヶ所行けば得をする値段で売ってくれたので、まぁ良いでしょう。
さて、では本日はどのルートへ行こうか。
宿のおっちゃんの話を聞くと、一番西側のルートだけは、
観光専用車(当然のごとく、車は要別料金)で巡ることになるらしい。
そもそもトレッキングが目的で来てるんだし、ここはパスで決定。
とりあえず今日は時間が時間だし、
宿から一番近場に入口のある、長坪溝(チャンビンゴウ)に行ってみることにした。

長坪溝のコースは、途中までは舗装道で専用バスでも行けるようになっている上、
その後はきれいな木道の道。
トレッキングコースと言うよりはお手軽な散策コースで、
恐らくツアー客などがメインで訪れる場所なのだろう。
山歩きを求めるなら物足りないけれど、翌日のための準備運動と思えばちょうど良かったかな。

ちなみに、バスは観光地料金でバカ高かったのでパス。
その区間約7kmも歩いて往復してみたのだが、
このルート上では、この区間が一番きれいに山を見渡せた。

右から、大姑娘山、二姑娘山、三姑娘山。
3人娘@日隆

そして、一番左の主峰・四姑娘山は…、
4人目の娘、雲隠れ中@日隆
照れ屋さんのため(?)、お顔は隠されておりました。残念!

木道の終点にあった風景。
中国の上高地@日隆

ここ四姑娘山エリアを、「中国のスイス」と例えることもあるらしいけど、
この風景を見る限りは、「中国の上高地」の方が似合ってると思う。

<参考>長野県上高地・大正池。
日本の上高地
写りが良い分、こっちの方がキレイに見えるか…?(2007年8月撮影)

「小さい考えは滑る」
「小さい考えは滑る」@日隆
なかなかユニークな訳だなと感心してしまった。格言みたい。
(本当は、「小心 = 気を付ける」の意味。英訳は正しい。)

そして翌日、僕の「ツキ」はまだ続いていた。
今度こそは美しいお顔が目の前に!
照れ屋さんのお顔拝見@日隆

4姉妹揃い踏み!
4姉妹揃い踏み@日隆

草原を入れて、もう1枚。
4姉妹揃い踏み②@日隆

「四姑娘山」は、この4連山のうち一番高い左の山の名前なんだけど、
一般に「四姑娘山」と呼ばれているのは、これら4連山の総称みたいね。

2日目に向かったのは、海子溝(ハイズーゴウ)のコース。
長坪溝の道を想定してナメてかかっていたら、ここは本格的な山道だった。
コースの名にある「海子(ハイズー)」とは湖のことで、
地図によると、その名の通りコース上にはいくつか海子があるようだ。
…が、歩いても歩いても、一向に湖が見えてこない。
結局、地図上で一番手前にあった「大海子(ダーハイズー)」までで片道4時間!
その奥にも道は続いていたが、日帰りではここまでが限界だった。

大海子。ホーストレッキングのおじさんが1人。
4時間後のご褒美①@日隆

草木の色が秋の色に近付いてる。
もう少し時間が経てば、鮮やかな黄色や赤色に染まるんだろうか?
僕が1年で一番好きな秋の季節、
この先訪れる場所で、日本に負けないような美しい紅葉が見られたらいいな…。

大海子近くで見つけた花。
4時間後のご褒美②@日隆

こんなところでもチョルテン発見!バックに四姑娘山。
四姑娘山 with チョルテン①@日隆
四姑娘山 with チョルテン②@日隆

朝日を浴びて、草を食む食むヤクさん達。
ヤクさま草を食む@日隆

実はここ四姑娘山は、昨年夏に四川を訪れた際にも来たいと思っていたのだが、
成都(四川省の省都)まで来て悩んだ挙句、やむなく断念させられた場所だった。
昨年3月に起こった大震災の影響で、成都からの道が閉ざされていた上、
日隆の町も多大な被害を受けており、
ネットで調べた限り、宿泊場所や観光ルートの問題有無に関して確かな情報が無かったのだ。

念願適ってこの度リベンジを果たせたのだが、今もまだ、成都からの道は通じていなかった。
僕はこの後成都へ向かうのだが、実に倍以上の距離を大回りして行くことになる。
(当然、掛かる運賃も時間も倍前後になっているはず。)

僕が訪れたのは、10月1日からの国慶節(建国記念日)による大型連休前の最後の平日。
ある程度混雑を避けるためこのタイミングを狙ったのだが、
これからベストシーズンを迎えるこの時期、多少の人の多さは覚悟していた。
…が、観光客は僕の予想以上に少なかった。
この2日目のトレッキング中に出会ったのは、20人にも満たない。
しかも、そのうち約半分は、牛の放牧や馬のレンタルなどを仕事とする地元の人。
僕が泊まった宿では、3人部屋をシングルで利用できてしまったし、
町を見渡すと、長いこと閉まったままと見受けられる宿や商店も多くて、
建物によっては、まるで廃墟に成り果ててしまっている。
パキスタンのフンザを思い出してしまった。
個人としては、ゆったり静かな中滞在できて有難いことなのだが、この雰囲気はやっぱり寂しい。
せめて国慶節の間は、お客さんで賑わってくれると良いのだけど…。

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そして現在地、ようやく成都に到着致しました!
青海省の西寧から、直通バス or 列車なら1日の距離に1ヶ月を要しました…。
田舎巡りは一休み、この大都会でしばし休養です。日本語メールも打てます。(苦笑)

都会での楽しみと言えば、食い倒れ!
四川料理の本場を食い倒す!
…と行きたいところなのですが、問題は上にも書いた国慶節休み。
初めて中国でこの期間を迎えるのですが、果たして町中の飲食店は開いてるのか…?

特に今年は中華人民共和国の建国60周年とあって、
テレビでは各局メディアが盛り立てまくっております。
休みの期間も例年より長い8連休(10月1~8日)となるらしく、一体どんな雰囲気になるのやら…。

しかし、休み明け(9日)まで成都で大人しく待っていられるほど余裕は無いのです。
日本の帰省ラッシュと同様、
田舎への移動は前半がピーク、都会への移動は後半がピークと予想し、
後半4 or 5日頃からは郊外の町へ移動開始したいところ。…な~んて、都合良くいくかしら?

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旅日記-中国② | 08:20:33 | トラックバック(0) | コメント(0)
城だらけの谷
中国公安のバカヤロウ!
泊まる場所が無いじゃないかチクショウ!

ぼんやり気力の抜けたまま移動を続け、辿り着いた丹巴(ダンバー)の町。
谷間に開けた小さな町ながら、宿はいくらでもあった。
…が、安宿は片っ端から「外国人受入不可」と断られる。
全て当局からのお達しによるもので、
どうやら来月頭の国慶節(建国記念日)前の特別措置らしい。
この町で外国人が泊まれるのは、一部のご立派なホテルのみのようだ。
パッと見は中国人と同じ顔の僕を、何の疑いも無く泊めてくれようとした宿の人が、
登記(宿泊登録)のために僕が差し出したパスポートを見て、顔を曇らせる。
何も悪くない彼らに、
「不好意思(プーハオイース = ごめんなさい)。」と言わせてしまうことが、とても忍びない。

10ヶ所近く断られ続けたところで、この町の安宿は「全滅」と判断した。
…が、意地でも「ご指定」の宿には泊まりたくない。
半ばヤケになりつつ、看板に6km先と表示されている次の集落に向かって歩き出した。
と、15分程歩いたところで、労働者向けと思われる招待所(安宿の種類の一つ)を発見。
恐る恐る「外国人でもOKか?」と訊いたら、
「何言ってんの?」とでも言わんばかりに、受付のお姉さんに笑われた。
たったこれだけ離れただけで、お達しの範囲外なのか…。
毎度のことながら、実にくだらないことで振り回されている気がする。

しかし、このおかげで目が覚めた。
ぼんやり気力の抜けた状態のまま移動を続けてきたけれど、
どこかでこんな抜け出す「きっかけ」を待っていた。
そもそもは、ただ寺を巡るだけの移動には飽きてきてしまってたのが原因だったんだよね。
こんなしょーもないトラブルでも、久々に刺激的で楽しかったのだ。

この丹巴を含むギャロンと呼ばれる地域は、チベット地域内にあってちょっと異色の雰囲気。
今まで訪れてきた町は、いずれも町内のどこかに立派なゴンパ(僧院)があって、
周りには木造の僧坊群があって、町中でも僧が歩き回っていた。
一方、ここは目立ったゴンパも無ければ僧の姿も見かけないが、
峡谷地形の中に石造りの家が並ぶ、独特の風景がある。

切り立った斜面に並ぶ家々。
峡谷の小さな城たち①@丹巴
峡谷の小さな城たち②@丹巴
峡谷の小さな城たち③@丹巴

そのうちの一軒をアップで。
お城が一軒家@丹巴
普通の一軒家が、やたらカッコいい。まるで城。

中には、こんな望楼が建っている場所も。
城&塔の谷@丹巴

写真でうまく見せられないのだけど、
この家々が並ぶ斜面は、谷底からてっぺんまで高低差1,000mぐらいあるかも?
滞在中は天気がイマイチで、しばしば上の方にはガスがかかっていたのだが、
目を凝らすと、その雲の切れ目にもポツポツと「石の城」が建っているのが見える。
「秘境」というイメージに近い、幻想的な風景だった。
しかし、あんな場所でどうして暮らしているんだろう…。
訪ねてみたいけれど、ちょっとしたトレッキングよりキツい道のりだ。遠すぎる…。

それからもう1つ、ギャロンは「美人谷」と呼ばれるほどに美人が多い場所だという。
その情報に、心躍らせて散歩していたワタクシ。

そして、出会った女性達!
ギャロン美人(?)①@丹巴
ギャロン美人(?)②@丹巴

…美人か否かについては、ノーコメントにしよう。

それより僕が気になったのは、とある食堂で働いていたこの子。
浅田○央 in China@丹巴
某有名フィギュアスケート選手と瓜二つだと思うのだが…、いかがでしょう?

子どもと一緒に早朝散歩。谷をバックに。
峡谷の朝散歩@丹巴

オマケで、久々の食べ物シリーズ。
最近は変わりばえしない物ばかり食べてたから、ずっと写真撮ってなかったんだな。

回鍋肉盖浇飯(ホイグォロウガイジァオファン)。
回鍋肉盖浇飯@丹巴

ぶっかけ飯シリーズの、ホイコーローバージョン。
回鍋肉は、実は四川料理。ちょっぴりピリ辛。
この店ではキャベツの代わりにニラを使うみたいね。
醤(ジァン = 味噌ダレ)を利かせた濃い目の味付けで、ゴハンが進む進む~♪

麻辣豆腐(マーラードウフー)。
麻辣豆腐@丹巴

これまたお馴染みの、別名・麻婆豆腐。
四川料理の定番中の定番ですな。
麻(山椒の辛さ)と辣(唐辛子の辛さ)のダブルパンチにヒリヒリ。
それでも旨みをしっかり感じるのは、本場のなせる業?
それとも、僕が辛さに慣れてきた?
ご飯との相性は言わずもがな。さらにビールも合わせて、最強コンボ!

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旅日記-中国② | 07:30:59 | トラックバック(0) | コメント(0)
ムチャな移動はムダの元
1週間近く、全く写真を撮らない日が続いた。

玉樹を出てから、4ヶ所ほど小さな町を訪れ寺院を巡ったのだが、
欲張ってあっちもこっちも回ろうとし過ぎたかな…と、ちょっと反省。
予定したスケジュールをこなそうと無理に動き過ぎて、
写真を撮る気力も起きない程に、感覚が疲れきってたんだな。

大事なのは、どれだけ多くの場所を巡るかじゃなく、
訪れた場所で何に出会って、何を見て、何を感じるか。
動けば動くだけ、新しい出会いのチャンスが増えるのは確かだけど、
ただ足を動かすじゃダメなんだよね。五感全てを動かさなきゃ。

そんな中で、徳格(ドーグー)という町に向かった時に、
1日で2回、標高5,000mに迫る峠越えを体験した。
道は未舗装で、峠の前後は絵に描いたような九十九折。
麓から降り続いていた雨は、峠の手前から雪に変わった。
もうあと数ヶ月もすると、ここも閉ざされてしまうのかもしれない。
(今思えば、すごい風景だった気がする。なんで写真撮らなかったかな~…。)

この辺りは、町の標高でも4,000m前後ある。
場所によっては満足に水道も通じておらず、
トイレと言えば床に穴が開けられただけの場所で垂れ流しだったり、
もちろんシャワーなんて浴びられない。
旅をするには、過酷と言えば過酷な場所かもしれない…。
車酔いしない体質だったのと、高山病に悩まされずに済んだことは幸運だったと思う。

徳格の宿で同室になった若いチベット僧が、
翌朝発のバスでチベット自治区の中心・拉薩(ラサ)に向かうと言っていた。
そう、ここは四川省と拉薩とを結ぶ川蔵公路(北路)の、四川省側最後の町。
ここから西へ50kmも行けば、その先はチベット自治区なのだ。
僅かそれだけの距離だけど、
そこはパーミット(旅行証)を持たない外国人には踏み込めない世界。
彼は「一緒に行こうよ!」と誘ってくれたけれど、
残念ながらそれには応えられないのだった…。

でも、必ずいつかは、僕ら外国人も自由にチベットの地を歩ける日が来る。
何年先になるか、何十年先かもしれないけど、僕はその日を信じて待ってみるよ。

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旅日記-中国② | 02:40:20 | トラックバック(0) | コメント(0)
ギネス記録更新中
アチェン・ガルの次は、甘孜(ガンズー)という町でバスを乗り継ぎ、一気に北上。
再び四川省を抜け、青海省の南端にある玉樹(イーシュー)という町を目指す。

実はアチェン・ガルに行く際も甘孜には立ち寄ったのだが、
この時もすぐに乗り継いでしまったので、ほとんど何も見ていない。
本当はこの町の周辺にも幾つか見どころがあって、
当初は1~2泊してゆっくり回る予定だったのだが、
予定外にラルン・ガルとアチェン・ガルに時間を費やしてしまったため、
そのツケをどこかで払わなければならなかった。
限られた時間の旅。
「捨て駒」扱いにしてしまった場所には失礼だけど、どうしても、そんな時もある。

玉樹行きのバスで、珍しい旅人に出会った。
アルゼンチン人の兄妹2人で、
お兄さんは四川省の成都在住でスペイン語を教える仕事をしながら中国語を勉強中、
妹さんは薬学科専攻の大学生で、今は夏休みの旅行中。
このお兄さんは僕より1つ年下なのだが、驚くほど語学が堪能。
成都に来て1年程という彼の中国語は、ほとんど日常会話バッチリだし、
本人が「ちょっとだけ」と言う英語も、僕より格段に上手だし、
なんと日本語も話せる。(アルゼンチンで4年間勉強したらしい)
さらに、ポルトガル語とイタリア語もできるとのことで、
母国語のスペイン語を合わせたら、計6ヶ国語を操ることになる。
一方、中国に1年以上も住みながら、彼の足元にも及ばない僕の中国語。
勉強嫌いとは言え、さすがにちょっと恥ずかしくなった。

さて、玉樹の見どころはと言うと、町の東にあるジャナマニ(嘉納麻昵)。
その大きさが世界一と認められ、ギネスブックに認定されている「マニ石塚」。
石や岩に絵や文字が掘り込まれたものを「マニ石」と呼び、
それを積み上げたものが「マニ石塚」。

積み上げられたマニ石。
マニ石が並ぶ@玉樹

チベット人は石を積むのが好きらしい。
仏教伝来以前からそうだったと言うから、元々は信仰とは関係無いのかも。
マニ石塚の大きさは色々で、小さいものは人の背丈より低いのだが…。

世界一の奥行き。
世界一の奥行き@玉樹

参拝する人々。
マニ石塚参拝中@玉樹

道端では石が売られ…、
マニ石販売中@玉樹

また新たに石が積み上げられる。今もなお、ギネス記録更新中!
ギネス記録更新中①@玉樹
ギネス記録更新中②@玉樹

しかし、真剣に参拝していた大勢の人々には申し訳ないのだけど、
仏像や仏塔を前に祈りを捧げるのはまだわかるのだが、
この石の山が有難いという感覚は、イマイチ僕にはわからんかったな…。
ガイドブックの紹介文に、「あなたはその巨大さに感動するだろうか?呆れるだろうか?」とあったが、
僕は後者だったということで。

オマケ。玉樹を発つ朝の1枚。
彩虹@玉樹
おかげで、朝からテンション最高潮!

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最近メールを頂いた皆様へご連絡。
このところ、自分のPCをネット接続させてもらえる店が見つからず、
その上、店のPCは日本語を使えないものばかりでして、
頂いたメールは読めているのですが、返信ができない状況になっております。
遅くとも月末には返信ができる環境になると思いますので、
申し訳ありませんが、今しばらくお待ちを…。
(同じ理由で、ブログ記事に頂いたコメントへの返信も遅れてます。ごめんなさい。)

さて、ならばこの記事はどうやって更新しているのか?
そこには並々ならぬ苦労が…。
(ウソ。事前に作った文と写真データをUSBで持ち込んでコピーしてるだけ。)

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旅日記-中国② | 20:10:01 | トラックバック(0) | コメント(6)
圧巻、再び
いやはや、なかなかどうして…、ここも凄いじゃないっすか。

大僧坊群、再び。
大僧坊群、再び@亜青

アチェン・ガル(亜青寺)。
色達のラルン・ガルに次ぐ規模を誇る大僧院との情報だった。
「まぁ先に一番を見ちゃったからな~」と、少々侮っていたのだが、
この展望に再び圧倒されてしまった。
丘を埋め尽くすラルン・ガルの僧坊群に対し、
平地に広々と連なるこちらの僧坊群。実に好対照。

夕方にこの写真を撮った丘に登ると、
遥か南東の丘から本堂(写真の右端に見える建物)まで数kmに及ぶ距離を、
たくさんの赤い点が線を作り、ゆっくりと左から右へと流れていた。
何千人もの僧が、一斉に丘の上から本堂に移動しているのだった。
恐らく、何らかの修行を終えて戻るところなのだろうが、
何とも言えず、溜め息の出る光景だった。
ここでは毎日この光景が繰り返されるのだろうか?
(間も無く夕立が来てしまい、その模様の撮影は失敗。残念。)

以下は、昼の晴天のうちに撮ったもの。

本堂前の人だかり。(たぶん、午前中の修行が終わった後)
人だかり本堂@亜青
このほとんどは尼さん。
ここの寺院は、圧倒的に尼さんの比率が高い。

同じく本堂前にて。
本堂前にて@亜青

こちらは本堂周辺にて。
本堂周辺にて①@亜青
本堂周辺にて②@亜青

セクシーポーズ☆
セクシーポーズ@亜青
坊主頭だったり帽子を被ってたりでわかりづらいけど、たぶんみんな女の子。

本堂に入れたので、天井を見上げて1枚。
天井を見上げて@亜青
ちなみに、床は脱ぎ散らかした服だらけで汚かった。しっかりしてよ、尼さん!(笑)

飾り付けられた門。
飾り門@亜青
こういうところは女性のセンスが出てる気もする。

白坊主。
白坊主@亜青

ここでも、色んな場所でカラフルタルチョ発見。
タルチョな吊り橋@亜青
垂れタルチョ@亜青
スピーカータルチョ@亜青

祈りの時間。
祈りの時間@亜青

洗濯の時間。
洗濯の時間@亜青

佇む鳥さんパパラッチ。
佇む鳥さん@亜青

ちなみに、ここもガイドブックによると外国人立入禁止とのことだったのだが、
入口に検問所のような場所は見かけたものの、人は無くノーチェック。
しかし、中で1泊した夜に、公安が部屋へ抜き打ちチェック(?)にやって来た。
これにはさすがにヒヤリとしたが、
結局パスポートと宿泊登記の内容を照らし合わせただけで、お咎め無し。
翌日は欧米人の旅人も1人やって来ていたし、ここは既に開放されていたのかも。

それより、ここを歩くにあたって怖いのは犬!
そもそもチベット地域には犬が多いのだが、ここは特に異常。
人と同じ数ぐらいいるんじゃないか?ってぐらい、そこら中をウロウロしている。

割と大人しげな奴を撮ってみた。(群れてる連中には恐ろしくてカメラを向けられない…)
要注意チベット犬@亜青
まさに番犬といった感じのデカい図体でギロリと睨んでくる。怖いって…。

通りを歩いている分にはまず襲われることはないのだが、
ちょっと路地に足を踏み入れかけると、唸り声を上げてくる奴がいる。
写真を見ての通り、僧坊群は迷路のようで彷徨い歩いたら楽しいと思うのだが、
とてもじゃないが踏み込める雰囲気じゃないのだ。
気軽に歩き回れたラルン・ガルと比べ、それだけがちょっと残念だったかな。

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旅日記-中国② | 20:00:43 | トラックバック(0) | コメント(0)
大自然の儀
運良く辿り着くことができたラルン・ガル。
その広大な僧坊群を1日中歩いているだけで、僕は十分に満足だったのだが、
さらにもう1つ、ここで予期していなかったものを見るチャンスを得た。

地元の人は、「天葬(ティエンザン)」と呼んでいた。
有名な、チベットの「鳥葬」である。

チベット(自治区)の西部でそれが見られることは知っていたのだが、
まさか四川省内のこの地でも行われているものとは思っていなかった。
これも運良く、ここへ連れて来てくれた運ちゃんが教えてくれた。

天葬は(恐らく)毎日14時頃から行われていて、
場所はラルン・ガルの僧坊群からは離れた丘にあるらしい。
僕らがラルン・ガルへ着いたその日、
例のポールの友人の軍医さんがチャーターしている車で一緒に行こうという話になった。
(彼女は、前日夕方のうちにラルン・ガルに入って泊まっていた。)

ひとまず彼女と合流したのがちょうど正午頃。
ここで、彼女の友人らと共に昼食を取ることになったのだが、
店に入ったのが既に13時近く。時間が押している。
なのに、ここで中国流接待。
確実に食べ切れない程の品数の炒め料理を頼んだ上に、スープまで注文。
昼時の店はチベット僧の客で大混雑している中、
彼女は何度も何度も「快点(クァイディエン = 早く)!」と店員を急かす。
店員も他の客も、明らかに白い目でこちらを見ていた。
そして当然のごとく、料理は余る。
彼女が悪い人というわけじゃなく、ある意味非常に中国らしい一幕なのだが、
どうしてもこの習慣だけは受け入れ難い…。

ともあれ、ようやく食事を終えて車に乗り込んだ。
…が、今度は天葬場への行き方が誰もわからないとな。
のんびりメシ食う前に調べんかい!
いい加減このペースに疲れてきたので、僕はここで車を降ろさせてもらった。
天葬に興味はあったが、それよりこの時は、
自分の気の向くままにこの僧坊群を歩き回ってみたかった。

こうして、一旦は天葬を諦め、翌日は先へ移動するつもりで乗合タクシーも見つけていたのだが、
夕方に宿で出会った上海からの旅人の女の子が、
翌日天葬を見に行くので一緒に行かないかと誘ってくれた。
ここ数日の回り道で、だいぶ予定をオーバーしているし、
先を考えると移動すべきなのだが…、えぇい、やっぱもう1泊しちゃえ!
なかなか無いチャンスを二度も逃すのも惜しかったし、
何より僕はここが本当に気に入ってしまって、
もう1日でも2日でも泊まってみたい気持ちだったのだ。

珍しく、宿の部屋を撮ってみた。お香もたかれ、なんとも落ち着く…。
尼さんの宿②@ラルン・ガル

宿を仕切る尼さん。
尼さんの宿①@ラルン・ガル
チベット仏教のことを色々教えてくれたり、とにかく親切で優しい女将(?)さん。
この雰囲気もあって、ついつい連泊しちゃったんだな…。

翌日になるとさらに人は増え、
最終的には満員で1台の車をチャーターし、天葬の丘へと向かった。
定刻とされる14時までは、まだ1時間近くあったが、
丘の上では、早くも「エサ」を待ち詫びている鳥共が待っていた。

死に群がる者達。
死に群がる者①@色達

「死体を喰らう」と言うとイメージが悪いけど、ちょっとカッコ良くも見える…?
死に群がる者②@色達
死に群がる者③@色達

14時を少し回ったところで、天葬が始まった。
(以下、少々生々しい表現が入ります。気分が悪くなったらごめんなさい。)

鳥に明け渡す前に、職人が遺体を切り捌く作業を行う。(食べやすくするため)
横たわる遺体は少し痩せており、恐らく男性の老人のものだろうか。
恐らく死後何日か生身のまま保存されたのだろう、遺体は青白く変色している。
職人が背中から刃を入れると、数十メートル離れた僕の場所まで臭いが伝わってきた。
それはもちろん、初めて見る生々しい光景。
でもなぜだろう、「今、人の体が切り裂かれている」という感覚が薄かった。
遺体があまりに変わり果てていて、
それが生きていた時のイメージを抱けなかったからかもしれない。
市場で牛や羊の肉を切り分けるのと一緒にしてはいけないと思うのだが、
この後鳥の食物になるという事実も重なって、
僕にはどうしても、そちらのイメージに近く感じてしまった。

遺体から切り取った肉を一切れ鳥の群れの方に投げ込むと、
それが合図となって、待ち構えていた鳥共が一斉に「本体」に群がる。
いったい何百羽がそこに集まっていたのか…、
凄まじい数の鳥が、凄まじい奇声を上げ、凄まじい勢いで喰い漁る。
しかし、これまた冷ややかな見方かもしれないが、
無数の鳥が一斉にエサの肉塊に群がっている、
何か神聖なものと言うよりは、一つの自然の光景として見ていた。

ただ、この感想はあくまで、僕が第三者の見学者として感じたもの。
もし仮に、これが親しい人の葬儀だったらと思うと、恐ろしかった。
血の繋がった人が死に、その遺体が火に焼かれる時でさえ、あんなに辛かった。
皮を引き剥がされ、肉を食い千切られ、
最後に残った頭を引きずり回されている光景を、僕は直視できる自信が無い。
しかし、後で聞いたところ、
この天葬の場には、遺体の家族(及び、恐らく知人友人も)来ていたそうだ。

彼ら家族は、どんな想いで天葬の光景を見つめたのだろう?
「魂は既に肉体を離れ、転生へと向かっている。既に不要となった肉体は、他の生き物へ。」
この理念の下に、天葬は行われる。
それを信じていれば、果たして平然とあの場に立てるものなのだろうか?

※当然ですが、天葬中の写真はありません。

さて、気分を変えていきましょう。
天葬見学の後は、近くの丘で散歩タイム。

スイス以来の再会!マーモット君。
再会!マーモット君①@色達
再会!マーモット君②@色達
再会!マーモット君③@色達

続いて、高原の花でリフレッシュ☆
癒しの花々③@色達
癒しの花々④@色達

この花も、スイス以来の再会!(だと思う。)
癒しの花々①@色達

これは、エーデルワイス…に似てるけど、きっとニセモノ。
癒しの花々②@色達

青空、草原、そしてカラフルタルチョ。見飽きない、絶妙の相性。
絶妙の相性@色達
見飽きない色@色達

夕暮れ時、輝く川。
輝く川@色達

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旅日記-中国② | 18:10:52 | トラックバック(0) | コメント(2)
回り道の果て、運に導れて…
チベット最大と言われる僧院、ラルン・ガル(喇栄五明佛学院)。
四川省・色達(スーダ)の町の20km手前に、その参道入口がある。
だいぶ回り道をしたが、ようやく辿り着いた。

…が、入口の門をくぐった矢先、検問が待ち構えていた。
ここで、「外国人立入禁止」を告げられてしまう。
実はその話はガイドブックにも書いてあったのだが、
僕はてっきり中の寺(本堂など)に入れないものなのかだと思っていた。
まさか、見ることもできない場所で止められるとは…。

検問の人間に理由の説明を求めてみたが、
答えは、「そういうルールだからだ。」
…もはやまともに相手にするのもアホらしくなってくる。
恐らく、そのルールが作られた理由など知らず、
もしかしたら考えたことも無く、決まりに従って仕事をしているのだろう。
そんなロボット人間と、これ以上話すのは時間の無駄。

ここで、僕と同じく参拝が適わなかったアメリカ人の旅人がもう1人。
(ちなみに、中国人以外の旅行者を見たのは、西寧以来久々のこと。)
名前はポール、中国で薬剤関係の仕事をして15年。
中国語(普通語)は現地人と違わぬペラペラぶり。
そして、彼と同行していた友人の中国人女性が、
広州で軍医副主任を務める他、数多くの肩書きを名刺に連ねるお偉い方。
彼女が、その友人ネットワークを使って、
人民政府側とパーミット(外国人旅行証)の発行を交渉してくれることに。
言ってみれば僕はポールの「オマケ」なのだが、有り難いことだ。
一旦ラルン・ガル入口を離れ、彼らの車で色達の町に向かった。

結果的に、この日の交渉は失敗に終わった。
それでも、偶然出会った僕のためにも、3時間余りもの間粘って交渉を続けてくれた。
さらに、彼女と共に交渉の席に着いてくれた公安の男性が、
その後僕とポールを夕食に招待してくれた上、宿まで確保してくれた。
公安が金を出すわけがないから、全て彼の自腹ということになるのだろう。
嬉しさを通り越して、申し訳ない程の待遇だった。
きれいなツインルーム、ホットシャワー&トイレ付、フカフカのベッド。
こんな部屋に泊まるのはいつ以来だろう?
ひょっとしたら、この旅に出て以来一番の部屋だったかも。
…と言っても、値段を訊いてみたら1部屋120元。
1人60元なら、1,000円にも満たないのか…。田舎価格だなぁ。
この程度のゼイタクなら、たまにはいいかもね。

翌日、可能性は低いが、いちおうパーミット取得に再トライしてみる予定だったのだが、
この日が土曜日であることを忘れていた。
公安や人民政府の事務所に行ってみたが、主要な人間は皆お休み。
これでラルン・ガル行きは諦め、ポールと相談した結果、
色達に来る途中で見たラルン・ガル周辺の風景が素晴らしかったので、
今日1日ぶらぶらトレッキングしながら来た道を戻ろうかという話になった。

とりあえず、乗合タクシーを捕まえてラルン・ガルの参道入口まで行くことに。
車を探す間ポールと2人で歩いていると、
たくさんの人が「ハロー!」と声を掛けてきて、ちょっと驚いた。
まるで、中東諸国やパキスタンを歩いていた時の僕と同じじゃないか。
僕がこの辺りを1人で歩いていて、無条件で笑顔を向けてくれる人が少ないのは、
やはり漢民族の顔に見えるからで、警戒されているということなのかな。
僕が日本人と分かると、途端に表情が柔らかくなる人も多いのは、気のせいじゃないと思うんだな。

さて、無事にラルン・ガル行きの乗合タクシーを捕まえたところで、少々状況が変わる。
とりあえず参道入口近くまでやって来て、
「僕らは外国人で入れないから、ここで降ろして欲しい」旨を伝えたところ、
運ちゃんが「没問題(メイウェンティ = 問題無い)!」を連発するのだ。
彼曰く、検問はされないと言うのだが、現に昨日止められているわけで…。
でも、彼は自信満々だし、周りの客も運ちゃんに賛同している。
…えぇい、見つかったらそれまで!彼らを信じて試してみようじゃんか!
少々不安げなポールは、後部座席に座って帽子で顔を隠した。
(僕は見た目でバレることは無いので、そのままで。)

入口の門をくぐり、昨日検問のあった詰め所の前まで来た。
何人か警官が屯していたが…、こっちをチラ見して終了。
あまりに呆気無く突破できてしまった…。
土曜日だからって、ここもやる気が無いのか?
昨日の苦労は一体なんだったんだ…。

前日に撮った、ラルン・ガル参道入口。
鬼門?(参道入口)@ラルン・ガル
一時は、これが唯一の写真になってしまうかと思ったが…。

そして間も無く、僕がチベットのガイドブックを手に入れてから、
最も見てみたいと思っていたその風景が、目の前に現れた。

大僧坊群。見守る僧が1人。
大僧坊群を見つめて…@ラルン・ガル

あっちもこっちも、僧坊が丘を埋め尽くす。
圧巻の大僧坊群①@ラルン・ガル
圧巻の大僧坊群②@ラルン・ガル
圧巻の大僧坊群③@ラルン・ガル
圧巻の大僧坊群④@ラルン・ガル

圧巻。興奮。感動。
ここに来ることができて良かったと、一瞬でそう思った。

今日乗り込んだ乗合タクシーが別の車だったら、もう一度トライすることはなかったかもしれない。
阿壩から乗ったあのトラックが、
バーストすることも無く、(中壤塘ではなく)壤塘に着いていたら、
もう1日早くあの参道入口に着いていたはずで、
そしたらポール達に出会うこともなく、1人既に諦めて別の町を目指していたかもしれない。
いや、それ以前に、敦煌でこのガイドブックを手にしていなかったら、
ラルン・ガルの存在すら僕は知らずに通り過ぎていたかもしれない。

また今回も、何かに導かれたんだね、きっと。
全ての偶然に、謝謝!

すっかり気に入ってしまった僕は、調子に乗って境内で宿泊することに決定。
日が暮れるまでここに居てみたかったし、ここで朝を迎えてみたかったから。

夕暮れ時の高台から。これでも、全体をカメラに収めきれない…。
高台からの展望①@ラルン・ガル
高台からの展望②@ラルン・ガル

夕色に染まる…。
夕色染め①@ラルン・ガル
夕色染め②@ラルン・ガル

ラルン・ガルの中心。(時間帯別に2枚)
大僧坊群の中心①@ラルン・ガル
大僧坊群の中心②@ラルン・ガル

本堂前のシンボル。
本堂前のシンボル@ラルン・ガル

大僧坊群をバックに…、バトル中。
大僧坊群をバックに…①@ラルン・ガル

休憩中。
大僧坊群をバックに…②@ラルン・ガル
大僧坊群をバックに…③@ラルン・ガル

家族集合。
大僧坊群をバックに…④@ラルン・ガル

尼さん親子。
大僧坊群をバックに…⑤@ラルン・ガル

見下ろす背中。
見下ろす背中@ラルン・ガル

みんなでダンスィ~ング♪
みんなでダンシング@ラルン・ガル

祠の前で。
祠の前で@ラルン・ガル

ちなみに、境内では僕が外国人と知れてもみんなウェルカム!で、宿泊も全く問題無し。
もしかしたら、普段はチベット僧に扮した警官が隠れてたりするのかもしれないけど…、
きっと土日でみんなお休みだったのでしょう!
まったく、この国は厳しいんだか緩いんだか…。

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旅日記-中国② | 17:15:17 | トラックバック(0) | コメント(2)
165km大回り
「不要謝謝、我们朋友吧?(礼なんて要らないよ、俺達は友達だろ?)」
直訳するとこっ恥ずかしいようなセリフを、さらっと言ってのけるのがニクい。

次の目的地・壤塘(ランタン)へ向かうトラックを阿壩の町でヒッチしたのだが、
大量の荷物と定員オーバーの上、悪路の峠道のため、超ノロノロ進行が続いていた。
さらに追い討ちのごとく、右後輪がバースト。
運ちゃんらが手馴れた手付きでジャッキアップし、スペアタイヤと交換を済ませたは良いが、
その後1時間足らずで、先程交換したタイヤがまさかの2連発バースト。
「スペアタイヤ = 新品」…なんて甘い考えは通用しないのね。
今度はチューブの穴を塞ごうと試みるも、バルブ付近に巨大な穴ができていて修復不可能。
運ちゃんがタイヤ2本を持って阿壩へ修理に戻ることになった。(その足は当然ヒッチで確保)
彼が往復する間、残りの乗客は何も無い山道の途中で4時間を過ごすことに。
その際、木陰にシートを敷いて僕に座る場所を作ってくれた青年達にお礼を言ったところ、
返ってきたのが上の言葉。クサいセリフが、不思議と心地良く僕の中に響いた。

そんないい奴らだってわかってたのに…。

再び動き出した車の中での会話で、
この車の行き先が、僕の行きたい「壤塘」ではなく「中壤塘」であることがわかった。
「中壤塘」は、「壤塘」から約50kmも離れている。
タイヤ交換によるタイムロスですっかり辺りは暗くなっていた。
今日中に、再度「壤塘」に向かう車を見つけるのはまず不可能だろう。
空腹でイライラしていた所為もあり、
僕は半ば怒るように「壤塘へ行ってくれよ!」と無茶を言ってしまった。
乗る時にしっかり確認しなかった自分が悪いのに…。
先程上の言葉をくれた青年の口から「不好意思(ごめん)」と言わせてしまった時に、
自分が取ってしまった態度を激しく後悔した。

中壤塘に関してはガイドブックにもほとんど情報が無くて困っていたのだが、
彼らは、荷物を運んだ商店の主人にお願いし、僕の泊まる場所を確保してくれた。
この主人とその奥さんもまた本当に親切で、
急に夜遅くやって来た僕のためにお茶や酒や朝飯まで用意してくれた上、
1つしかないベッドを貸してくれた。恐らく、普段の彼らの寝床である場所を、僕のために…。
何度かお金を渡そうとしたけれど、彼らは受け取らなかった。
そんな彼らに比べて、自分のなんと小さいことか…。

予定外ながらせっかく中壤塘に来たので、
大僧院の1つであるザムタン・ゴンパ(壤塘寺)を見学して行くことにした。
着いたのが夜でわからなかったが、朝外に出てみると、寺は泊めて頂いた商店のすぐ目の前。

本堂の前には、黙々と五体投地(有名なので、説明省略)で祈りを捧げるおばあちゃんが1人。
それを遠めに眺めながら、本堂からいっぱいに響く経文を読み上げる声を聴く。
寺の写真を撮るのはちょっと飽きてきたりするけど、
この雰囲気に浸るのは飽きないねぇ。

読経の生音声が響く巨大本堂。
特大本堂@中壤塘

壁に注目してみた。
壁に注目@中壤塘

広場にも注目してみた。
広場に注目@中壤塘

チベタンライダー。
チベタンライダー@中壤塘
この辺りの、典型的な若い男の姿。
彫りの深い顔で、色黒、ロン毛。カッコいいんだけど、ちょっと男臭すぎ?

ゴンパの前で2人乗り。
ゴンパ前、2人乗り@中壤塘

店に荷物を取りに戻って来ると、
昨夜店の中で一緒に酒を飲んだ若いお父ちゃん(店の主人の友人)が来ていた。
会話の中で、中壤塘 ⇒ 壤塘行きの車をまだ見つけていないことを話すと、
隣の店に止まっていた車のドライバーと話し、壤塘までの足を確保してくれた。
本当に、ここで出会った人たちには感謝しきりだ…。

ようやく壤塘に辿り着いた。
阿壩からの距離は約165km、順調なら4時間前後の距離に、1日半掛かってしまった。
実は壤塘を目指した目的は、次の色達(スーダ)への乗り継ぎのためだったのだが、
この日は結局壤塘 ⇒ 色達への車が見つからず、さらに足止めを食うこととなった。
でも、それもまた良し!と今日は思える。
今はそこまで急ぐ旅でもない。のんびりじっくり行こうじゃないの。

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旅日記-中国② | 16:45:27 | トラックバック(0) | コメント(0)
マジメな公安さん
その日はコミュニケーションがうまくいかないことが続き、イライラが積もっていた。
人と顔を合わせるのが億劫になり、足は自然と草原の丘の方へフラフラと向かっていた。

阿壩(アバ)の町の西端にあるその丘を上って行くと、
吹き上がって集まった風が、ザァァッと一面の草を揺らしている。
その心地良さにしばらく1人で浸っていたかったのだが…、
丘の頂上には、この国における天敵(?)である武装警官が屯していた。

僕の感情など知る由も無く、当然ながら彼らは寄って来た。
登記をしたいので、パスポートを見せろと言っている。
四川省に関しては外国人非解放地区は無いはずなので、何のための登記なのかわからん。
それに、例えば町の入口などで全員がチェックを受けるならまだわかるのだが、
たまたまこの丘にやって来た僕だけチェックを受けるというのもよくわからん。
素直に応じれば恐らく面倒は無いのだが…、
この時点で機嫌最悪だった僕は、ちょっと抵抗してみることにした。

まず、中国が全くわからないフリをして、英語で説明を求めてみる。
予想通り、彼らは英語がほとんどわからないようだ。
面倒臭くなって解放されるのがベストだったのだが、それは失敗。
町の公安本部に電話し、英語のわかる人間を仕向けて来た。
が、その説明も、「そういうルールだから」という程度のもの。
僕も相手も半端な英語力なので、電話ではそれ以上埒が明かない。
ひたすら「理解できない」と突っぱねていると、ようやく彼らも諦め解放された。

…と思ったら、丘を下りてウロウロしていたところを再び捕まってしまった。
わざわざ先程の英語を話していた人間を連れ出し、4~5人がかりで僕を探していたようだ。
まったくご苦労なことで…。
とにかく登記のため公安まで来いという彼らとしばらくモメていたら、
この辺りで一番大きな寺の前だったため、辺りの僧や参拝客が集まってきてしまった。
ここで関係の無い人たちに迷惑を掛けるのも申し訳ないので、
仕方ない、ひとまず彼らに従い公安まで行くことにした。
但し、パトカー乗車だけは断固拒否。二度と乗るもんかい!

さて、通された公安内の部屋にて、改めて説明を聞く。
登記の内容は、パスポートにある情報の他に、
この町に来た日及び発つ予定日、滞在目的、宿泊場所など。
ちなみに、僕は宿の名前を覚えていなかったので、それを彼らに伝えたところ、
宿まで付いて来て確認していた。
※念のため、前もってこの町に外国人宿泊禁止の宿が無いことを確認した上で付いて来させた。
恐らく僕が外国人だと知らずに泊めている宿の人らが責められるのは避けたかったので。

彼ら曰く、登記の目的は外国人旅行者の安全確保のためで、
宿の確認の目的も、外国人宿泊者が危険な目に遭わないよう宿に注意させるためと言うが…?

この日は既に夕方で、僕は翌日朝に発つ予定。
偶然見つけた外国人1人をここまで追いかけてきた彼らだが、
実に労力の無駄遣いとしか思えない。
こんな仕事、僕を見つけなかったことにすれば、サボれちゃうのに。
サボッていい仕事もあるでしょ。もっと他にやるべき仕事があるんじゃないの?

ただ、恐らく鬱陶しかったろう僕に対しても、しっかり応対してくれたことには感謝したいと思う。
かなり不機嫌な態度で質問をぶつけたが、
(納得できるできないは別として)彼らなりに回答はしてくれた。
僕自身も、「公安 = 嫌な連中」と最初から決め付けるのは良くないなと思った。
(ロボットのように動く連中も多いとは言え)相手も人間。ちゃんと目を見て見極めよう。

今回僕を追いかけたご苦労な彼らがいい例なのだが、
良くも悪くもマジメ過ぎる人が多いんだよな。
彼らは、上から決められたルールをその通りに守って行動した。
それも大事だけど、結果的にお互いに意味があることなのかどうか、
考える作業が抜けている気がする。
きっと彼らだって面倒だったろうし、僕も貴重な時間を取られてしまった。
どっちも楽しくないのに、結局彼らが得られた情報は数時間後に無意味なものとなる。
彼らの暗い表情を見ていて、悲しくなったよ。もっと楽しく仕事すればいいのに。

ようやく本当に解放された僕は、不思議とスッキリしていた。
僕は寂しかったのかもしれない。
この日、相手とちょっとした理解のズレが原因でケンカになることがたまたま続いたのだが、
言葉の理解力の乏しい僕に対し、
「これ以上相手にしても仕方ない」という感じで、途中で投げ出されてしまった。
小さなことで怒ってしまった自分も嫌だったし、その怒りも空回り。
そうしてイライラが募っていたのだが、
ようやく本気で理解し合えるまで相手をしてもらえた、それが嬉しかったんだと思う。

以下は、阿壩周辺の寺院散策の写真など。

セー・ゴンパ(賽格寺)の金色目玉。
金色目玉@賽格寺

尚、当寺院は現在女人禁制なり。
女人禁制@阿壩

ナルシ・ゴンパ(郎依寺)の建築物。
カラフルお堂@郎依寺
本堂@郎依寺
チョルテンへの道@郎依寺
ちなみにここは、チベット仏教ではなく「ボン教」の僧院。
ボン教とは、仏教が伝わる以前からチベットの地にあった民間信仰なのだそうだが、
お堂や仏塔を見る限り、違いはよくわからなかった…。

ナルシ・ゴンパの手前にあった一軒のお宅。
丘の上のお宅@阿壩

阿壩の街の中心、キルティ・ゴンパ(格爾登寺)の大チョルテン。
町のシンボル@阿壩

キルティ・ゴンパの前で。
お遊びタイム@阿壩
休憩タイム@阿壩
彼らと暢気に遊んでたら、探し回ってた公安さんに見つかったんだっけ…。

朝の街中にて。
朝の町を行く@阿壩
リキシャが行く@阿壩

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旅日記-中国② | 16:25:50 | トラックバック(0) | コメント(0)
思い付き寄り道作戦
次の目的地は阿壩(アバ)。いよいよ青海省を抜け、四川省に入る。
…とその前に、ちょっと寄り道を思い付いた。

班瑪に来る際に乗ってきた瑪沁発のバスの終点は阿壩。(地名がややこしい…間違えそう。)
それが毎日走っていることは確認しておいた。
そのバスが、先日降ろされた班瑪への分岐点を過ぎた後、白玉(バイイー)という集落を通る。
そこに、この地域で最大級の寺院があるらしいのだ。

順調なら、バスが白玉を通過するのは恐らく15時前後。
それまでに白玉に辿り着いて、且つ寺を見学する時間を作れるかどうか。
真っ直ぐ阿壩に向かうより面白そうじゃない?

まずは、早朝に班瑪の乗合タクシーの溜まり場へ行ってみた。
阿壩行きの直通は頻繁に出ているが、近道を行くため、白玉は通らないようだ。
まぁ、これは予想通り。
白玉行きの乗合タクシーもあるらしいが、「たぶん11時頃」とのこと。
うん、これはアテにならないと判断。
第一、仮に11時過ぎまで待っていたら、肝心の寺を見る時間が無くなってしまう。

とりあえず、18km先の分岐点を目指して歩き出してみる。
…と言っても、徒歩で行く気はさらさら無い。
どうせ待っていても暇だし、街中より車をヒッチしやすそうな場所まで移動しちゃおうと。
こんな定期バスがまともに走ってない田舎なら、
地元の人も日常的にその辺の車を捕まえて乗っかっているはず。
それに、分岐点まではほぼ一本道だから、
車さえ通ればヒッチは容易だろうと考えていた。
案の定、30分も経たずにヒッチ成功。いぇい☆

な~んにも無い分岐点に戻って来た。
やはりただ待っていても退屈なので、白玉方面にぶらぶら歩き出してみる。
広々とした草原の景色が続く。
これなら、1時間ぐらい歩いててもいいかな…と思っていたら、
10分も経たずに1台目の車がやって来た。
そして、一発ヒッチ成功。11時前に白玉に着けちゃった。いぇいいぇい☆

前情報通り、タルタン・ゴンパ(白玉寺)は確かに広大で立派な寺だった。

立派な正門。
白玉寺正門

本堂ではないけど、立派なお堂。
立派なお堂@白玉

今までに訪れたどの寺よりも多くの僧が集まっており、活気が違う。
そして、みんなフレンドリー。
ぶらぶら歩きながら写真を撮っていたら、向こうからやって来た僧に声を掛けられ、
そのまま寺の敷地内にある家に招待された。
ヤクのミルクティーに、じゃがいもの煮込み、パン、スイカ…、
優しいおばあちゃんが、次から次に勧めてくれる。
「もうお腹いっぱいだよ~!」と言っても、もてなしはなかなか止まらない。
まるで日本の田舎の家に来たみたい。
田舎の温かさ、おばあちゃんの優しさは、どこに行っても変わらないのかな。

お呼ばれした家で、お呼びしてくれた僧の兄ちゃん(と言っても、既に子持ち)。
招かれた家で①@白玉

笑顔優しきおばあちゃん(上の兄ちゃんのお母さん)。
招かれた家で②@白玉

本堂の門は開いていたのだが、中を見学して良いのかどうかがわからなかった。
近くにいた僧を捉まえて尋ねてみると、にこやかに了承してくれた。
しかし、本堂の入口まで来てみると、やはり何となく入りづらい雰囲気。
他の参拝客も、なぜか本堂へは入らずに帰って行っているようだった。
改めて近くの僧に本当に入ってOKなのか尋ねてみたら、
快く了承してくれただけでなく、中の案内役まで勤めてくれた。

堂内案内人。
堂内案内人@白玉

撮ってOKと言われたから、撮っちゃったよ?
撮影許可取得済①@白玉
撮影許可取得済②@白玉

こんなところまで…。メシの時間です。
メシの時間@白玉

実際はきっと厳しいものなのだろうけど、みんな笑顔が豊かなせいか、
田舎の広々とした寺で、のびのびと修行しているような印象だった。
参拝に訪れる人もまた、穏やかな感じ。

マニ車廻廊の前で。
マニ車廻廊の前で@白玉

境内の学校にて。
境内民族学校@白玉

その後、阿壩行きのバスは、予想通り15時ちょっと前に現れた。
寄り道作戦大成功☆

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やれやれ、今日は無事更新できた…。でも、まだ日記が溜まってたりして。
中国にいると、ネタが尽きない?(笑)

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旅日記-中国② | 19:00:58 | トラックバック(0) | コメント(4)
身も空もスッキリ
チベット自治州周遊に入ってから、1日の出費がガクッと減った。
西寧に来るまでは、毎回が広大な大地を行く長距離移動だったために、
何より移動費が高かった。
今いる場所もまだまだ広大な風景が広がってはいるけれど、
小さな町を転々と移動しているために、1日当たりの移動での出費は低くなった。

また、見に行く場所のほとんどはチベット仏教の寺や聖地であり、
いずれも拝観料を取る場所ではないので、観光での出費も減った。
(多少お布施は置いてくるべきかと思っているのだが、
日本のように賽銭箱が見つからないことも多くて、結局無料で拝観させて貰っていることが多い。)

食事は相変わらず10元も出せば腹いっぱいになるし、あとは宿代。
田舎の安宿は、ドミトリー形式で1ベッドあたりで泊まらせてくれることが多いので、
これまた安くなる。1泊10~20元。
決してキレイな部屋とは言えないが、
ベッドに虫が這っているわけじゃなし、ただ寝るだけなら全く問題無し。
客が少なめの宿を探せば、結局1人で1部屋を使えちゃったりする。

唯一難点は、ほとんどの場合宿にシャワーが無いこと。
それを見越して、ささっとどこでも髪が洗えるように短髪にしておこうと、
実は先日西寧に滞在していた間に散髪に行っておいた。
その時に、まだちょっと長いかな?というところでハサミが止まってしまったので、
「再一点(ザイイーディエン = もうちょっと)。」と伝えたところ、
もうちょっとどころじゃなく短くして頂いてしまった。容赦ないね~(笑)
服を替えればそのままチベット僧になれるかも?というぐらい、ほとんどボーズな現在の頭。
まぁ、そんな単純な髪型にも関わらず、
とても丁寧に、しかも楽しそうに切ってくれたし、
笑顔がカワイイ女の子だったので(←ここ重要)、喜んで許しちゃうのです。

常に3,000mを超える高地にいるので、晴れれば日射は強いけど風は涼しい。
汗をあまりかかないので、頭と顔さえ洗っていればシャワー無しでもあまり気にならないのだが、
さすがに5日ほど経つと自分の体の臭いが不安になってきたので、
初体験の淋浴店(シャワー屋)に行ってみた。
さすがにそれを商売にしているだけあって、お湯の出はバッチリ。
ちなみに、僕が行った店は1回10元だった。宿代と変わらん。(笑)
時間制限無し(たぶん)なので、せっかくだから何時に無くダラダラと浴びる。
体を洗うのってこんなに気持ち良かったっけ?と、また一つ有難みを感じた。

パキスタンのフンザにもこんな店があったら毎日通ったのに…なんて。
フンザの宿では電気で湯を沸かすようになっていたのだが、
ほぼ毎日停電するので、ほとんどホットシャワーを浴びられなかったんだよなぁ…。
トレッキングで汗をかくので、我慢できず水シャワーを浴びることも多かったけど、
外は暑くても、氷河直下の水は鬼のように冷たかった…。

さて、その久々のシャワーを浴びたのは班瑪(バンマー)の町。
瑪沁発のバスからは町の手前18km地点の分岐で降ろされてしまったので、
残りはヒッチでやって来た。

その際、一緒にヒッチしたチベット僧のおじ…お兄さん。
ヒッチ仲間@班瑪

町に着いてから気付いたのだが、
ガイドブックによると、班瑪は「対外国人非開放地区」とされている。
約3年前の情報なので、今もそうなのかどうかはわからないが、
町に入る時に検問も何も無かったし、
日本人とわかっても宿は普通に泊めてくれたし、まぁ問題無いのでしょう。
ちなみに、本当に非開放地区の場合は、
公安(警察)に申請 or 旅行会社に依頼するなどして、
パーミット(外国人旅行証)を事前取得するのが正規ルール。

瑪沁に入るまでは、晴れ間が出ることはあれど、
どんよりとした雲に覆われている時間が多かったのだが、
ここに来て秋空のようなスッキリとした晴天に恵まれた。
この辺りの気候がよくわからないのだが、
もし四川省や雲南省(及び、東南アジア)と同様に雨季乾季のある気候に属すのだとすれば、
ちょうどそろそろこの時期が、雨季から乾季に入る変わり目のはず。
いちおう、ある程度そのタイミングを狙って南下を始めているのだが、
うまく狙い通りになったかな?

天気が良いと写真も多くなってしまうもので…、ちょっと重たかったらゴメンナサイ。

町外れの目玉の神様(巨大チョルテン)。
目玉の神様@班瑪

ヤルタンジャ・ゴンパ(阿什姜賈貢寺)本堂。
阿什姜賈貢寺本堂@班瑪

ここにも目玉の神様。三つ目でギョロリ。
三つ目でギロリ@班瑪

目玉の神様に鳥が舞う。
目玉の神様に鳥が舞う@班瑪

下には牛さん。
目玉の神様と牛さん@班瑪

ジャンリタン・ゴンパ(江日堂寺)本堂。
江日堂寺本堂①@班瑪

絵になるので、もう1枚。
江日堂寺本堂②@班瑪

奥行き広し。
奥行き広し@班瑪

色々マニ車廻廊。
マニ車廻廊①@班瑪
マニ車廻廊②@班瑪
マニ車廻廊③@班瑪

携帯マニ車をくるくる。
携帯マニ車くるくる①@班瑪
携帯マニ車くるくる②@班瑪

カラフルテント(タルチョ)。
カラフルテント@班瑪

チベット人の遊び心か?
チベットの遊び心?@班瑪

あ、鼻ホジッてる…。(←罰当たり)
鼻ほじってる…?@班瑪

矢は神聖なり。
聖なる矢@班瑪

吊り橋。
もう怖くない吊り橋@班瑪
あのグルミットの橋を渡った後だと、スリルに欠ける?(笑)
(→ こちら を参照)

青空にタルチョ。
青空とタルチョ@班瑪
よ~く見ると、1枚1枚に経文が書いてあるのがわかる。

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旅日記-中国② | 18:35:07 | トラックバック(0) | コメント(0)
庶民派チベット?
瑪沁(マーチェン)の町外れに、丘一面にタルチョ(カラフルな旗)のはためく場所がある。
タルチョ群@瑪沁

タルチョ群のある丘の麓には、マニ車やチョルテンがたくさん並んでいて、
多くの人が参拝に訪れていた。
勝手にもっと殺伐とした場所を想像していたけれど、
前日のラジャ・ゴンパよりよっぽど活気に満ちていた。

黙々とマニ車を回す人達。
マニ車を回す人々@瑪沁

整列チョルテン群。
整列チョルテン@瑪沁

金の鯱ならぬ…。
金の鯱ならぬ…@瑪沁

青空の中、草原をバックにはためく色とりどりのタルチョは本当に美しかった。
それは、単純にその色のコントラストが美しく見えただけじゃなく、
そこが今も信仰の対象であり、
決して見せ物じゃない、生きた聖地であるから、
尚更美しさを増して見えるのではないか?と感じた。

キリスト教会や、イスラムのモスクもそうだった。
たとえ無名の小さな建物であっても、
今もそこで日々祈りを捧げに訪れる人がある場所には、
何か違う空気を感じさせられる。
それが「神聖」というものなのかどうかはわからないけれど、
僕はその空気が好き。
ここチベット仏教の地でも、やっぱりその空気があった。
タルチョの丘を眺めながら、マニ車をくるくる回しながら、そう感じた。

タルチョの丘を参拝するおばさま達。
参拝するおば様達@瑪沁

犬も参拝。
犬も参拝@瑪沁

ヤクも参拝。
ヤクも参拝@瑪沁

子ども達も参拝?
子ども達も参拝?@瑪沁

ところで、チベットって何か「秘境」とか「神秘」といったイメージが付いてる気がするけど、
実際に生活しているチベット族の人たちを見ていると、
そんなイメージはあっけなく崩れるかもしれない。
例えば、昨日の寺での服の脱ぎ散らかしっぷり然り、
ネット屋やスポーツクジ屋に普通に現れるチベット僧、
気さくに写真に応じてくれるおばちゃん、
お菓子屋の前でニコニコとアイスを頬張っている小坊主、
むしろ庶民的で親しみやすい感じがする。
様々なタブーを擁するムスリムと違って、
戒律で生活を縛られている部分が少ないことも、距離を小さく感じさせてくれる一因かも。
僕は特に秘境的神秘的な期待を抱いていたわけじゃなかったので、
そんなチベットも面白いじゃん?と思ってたり。

泥遊び中の笑顔。
泥遊び中@瑪沁

オマケで、食べ物シリーズ。まずは鍋貼(グオティエ)。
鍋貼@瑪沁
鍋に貼り付く、焼餃子。煎餃(ジァンジァオ)と呼ぶ場合もあり。
四川料理屋だったので、タレが辛かった…。
前に書いた通り、餃子は主食。この店も米飯が無かったのが残念。

蕃茄炒蛋盖浇飯(ファンチエチャオダンガイジァオファン)。
蕃茄炒蛋盖浇飯@瑪沁
ぶっかけ飯シリーズの、トマト卵炒めバージョン。(ちょっと豪快すぎて見た目が悪いね…)
青椒土豆丝同様、定番中の定番の中国家庭料理の一つ。
クセの無い味が日本人に大人気だそうで。
僕はこれを「美味い美味い」と思って食べながら、不思議な気分になる。
昔は卵が嫌いで、親子丼や卵焼きも絶対に食べられなかったのにな~。
(実は未だに、目玉焼きとゆで卵だけはダメだったりして。境界線が微妙なんです。)

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旅日記-中国② | 17:50:40 | トラックバック(0) | コメント(0)
後半戦スタート
チベット族自治州の旅のスタートに選んだのは、興海(シンハイ)という町。
狭い街の中を歩いていると、視線が痛い。
チベット族の人が多いとは言え、まだ漢民族や回族(ムスリム)の人の姿も見かけるから、
外国人であることはわからないと思うんだけどな…。
単純に、ヨソ者の旅行者が珍しいのかな。

しかし、必要以上に警戒されている感じで、
無言でジロジロ見られるのはあまり気持ちがいいものでもない。
そこで、仏教徒らしく見せれば、多少は警戒が和らぐのでは?と考えた。
一番お手頃に身に付けられる仏教グッズ(?)と言えば、やっぱり数珠でしょう。
早速街の民族用品屋に足を向けてみた。
店の兄ちゃんに、「どこから来たんだ?」と訊かれたので、
日本人で、数珠を探していて、ゴンパ(寺)にも参拝に行こうと考えている旨を説明。
すると、奥の方から木製の朱色の数珠を持って来てくれた。
ちょっと埃被っていたけれど、きれいな色だ。気に入った。
値段を訊こうと思ったら、
「送給你(ソンゲイニー = プレゼントするよ)。」と、嬉しそうに渡してくれた。
遠い異国の仏教徒が参拝にやって来たことを歓迎してくれたのだろうか?
本当は仏教徒じゃなくて申し訳ないけれど…、大事に使わせてもらうよ。ありがとう。

さて、ガイドブックによると、興海から約30km離れたセルゾン・ゴンパ(中国名・賽宗寺)までは、
朝早くに乗合タクシーが出ているらしい。
…が、張り切って早起きして探し回ってみたものの、車は見つからない。
タクシーの運ちゃん達曰く、その朝イチの車は「無くなった」ようである。
僕が入手したガイドブックの内容は3年程前の情報なので、まぁそれは仕方ない。
「じゃあ別の時間に出る車はあるのか?」と訊いて回ると、
「夕方に出る」という答えもあれば、「無い」という答えもある。
しかし、仮に夕方に車が出たとしても、今日中に興海の町に戻って来るのは時間的に厳しいだろう。
「寺の周辺に泊まる場所はあるのか?」と聞くと、これまた「ある」と「無い」と真っ二つ。

どっちが正しいのか…、
いや、どっちも正しいのかもしれないし、どっちも違うのかもしれない。
昨日まであったものが今日無くなることもあるだろうし、
今日は無かったけれど明日はあるってことも有り得る。
ここは中国、そんなところ。
どの情報を信用するかは、ほとんど賭けに近い。

しばし悩んだ結果、今回は勝負を避けることにした。
ここで無理しなくても、寺はこの先にもたくさんある。
さ、決めたらさっさと次へ動こう。
次の目的地の同徳(トンドー)行きのバスチケットを買いに行くと、
今度は「バスが故障したから今日は出ない」ですか、そうですか…。

見事な肩透かしを喰らい、トボトボとバスターミナルを出て来ると、
屯していた乗合タクシーの運ちゃん達がわらわらとやって来た。
運良く、同徳行きの車を発見。
値段もバスとほぼトントン、やれやれである。

途中の峠から見た風景。
初めての黄河
これが、実は初めて見た黄河。
曇って少しボヤけているのが、逆に黄河のイメージに合う気がする。

同徳へやって来たのは乗り継ぎのため。
次の目的地の拉加(ラージャー)へは、
瑪沁(マーチェン)行きのバスに乗って途中下車する。下調べは完璧なのだ。
…が、同徳のバスターミナルに行ってみると、壁の時刻表に張り紙が。
瑪沁行きは「暫停」(←読んで字のごとく、休止中の意)ですか、そうですか…。

とりあえず腹ごしらえを済ませ、さて、また乗合タクシーを探すかなと思っていたら、
拉加の手前30kmにある町・河北(ホーベイ)行きのバスがやって来た。
バスターミナルには、河北行きも「暫停」と書いてあったのだが…。
全く、何を信用していいんだか…。(←とボヤきつつ、半分面白がってる自分)
河北は、拉加や瑪沁へと続く幹線道路沿いにある町。
そこまで出られれば、車探しも楽になるだろう。ということで、乗車決定。

バスの発車まで時間が合ったので、同徳の街をぶらぶら。
町外れで見つけたチョルテン(仏塔)。
青空に白チョルテン@同徳

そして、巨大なマニ車。
巨大マニ車@同徳
この中には経文が入っていて、1回しすると経文を1回読んだことになるのだそうな。
大きさは様々で、このような1人で回すのに体力を使うものから、携帯用のコンパクトタイプまである。
ちなみに、チベット仏教では必ず時計回りに回す。

河北に着いたところで、この日はタイムアップ。
日が暮れてきたので、ここで宿を取ることにした。
バスの運ちゃん達が、自分らが泊まる招待所(←中国での安宿の一種)に案内してくれた。
お世辞にもキレイとは言えないが、宿の人も良いし値段も文句無しだったので、ここで決定。
その流れで、運ちゃん達と一緒に夕飯へ出掛けた。

食後に1枚。
食後の運ちゃん達@河北
最初バスに乗った時はみんなカタい顔をしてたのに、すっかり柔らかい表情になってくれた。
中国の(主に漢民族の)人たちの場合、
イスラム圏のように、初めからウェルカムな雰囲気で笑顔を向けてくれる人は少ないけれど、
ちょっと話をするとすぐに打ち解けてくれる人もたくさんいるんだよね。

ところで、地元の人と会話をする中で、いつも回答に困る質問がある。
1つは、「宗教は何か?」という問い。
これは特にイスラム圏で訊かれることが多かった。
以前にも日記に書いたけど、「無宗教」と答えたら、
「Poorな人だ。今からでもいいから、神を信じなさい。」と言われてしまったり…。

そしてもう1つが、「(仕事をしていた頃の)給料はいくらか?」という問い。
今回出会ったバスの運ちゃん達にも訊かれた。
日本の会社で働いていた僕が頂いていた給料の額は、彼らの何倍も多いはず。
ウソは吐きたくない。物価が違う以上、仕方が無いことなんだ。
…でも、なんだか正直に伝えるのは気が引ける。
最近は、正確な額を言わずにはぐらかすことが多いな…。
他の旅人の皆さんは、どう答えているのかな?

さて翌日。思惑は大ハズレ。
朝早くから街道に出て拉加方面への車を探すも、そもそも車通りが少ない。
せっかく捕まえても言い値が高かったり、思わぬ苦戦を強いられた。
結局ヒッチに成功したのは、ようやく車の通りが増えてきた11時頃。約3時間待った。

そして辿り着いた、ラジャ・ゴンパ(拉加寺)。
西寧を出て3日目にして、ようやく初めてチベット仏教の寺院にやって来た。

正面入口。
拉加寺正面門

本堂。
拉加寺本堂
よく見ると、僧の上着が脱ぎ捨てられているのが見えるかと…。
これ以外にも、境内にパイプ椅子や布きれが放置されていたりした。
チベット僧の皆さまは、意外とルーズなのかも?

これもマニ車。ズラーッと並んでいるのを全部回していると、けっこう右腕がくたびれる…。
マニ車整列@拉加

意外に小さな寺院だったので、小一時間で回れてしまった。
まだ時間は昼過ぎ。次の瑪沁まで行けそうだ。
1時間ほど歩いた先の集落で、再び車を探す。
乗合タクシーはすぐに見つかったが、夕方になればバスが通るとの情報もあった。
値段的には、当然バスの方が安い。
しかし、例によって本当に来るか来ないかは運なわけだが、
今回は勝負してみる(バスを待つ)ことにした。
街道沿いの売店のおばちゃんが、自信を持って「17~18時に来る!」と言い切ったので、
それに賭けてみるのも面白いと思っただけ。ほとんど気分で決めている。

ネット屋で暇を潰した後、17時前に街道に戻って来た。
17時半頃まで待っていたら、1人の乗合タクシーの運ちゃんが声を掛けてきた。
どうやらあと1人客が欲しかったようで、特別割引運賃で乗せてくれるらしい。
聞き込みで確認したバス運賃とほぼ同じ値段だったので、乗車決定。
結局バスの有無は不明のまま終わったけど、結果オーライ☆

1つ1つ書いていたらキリが無いので省いてしまっているけれど、
これらの待ちも含めた時間の中で、本当はもっと色んな人と色んなやり取りをしている。
上手くいったりいかなかったり、結果は色々だけど、
そうやって自分の道が繋がっていくのが感じられる。それがすごく楽しい。
ちょうど、「1年まで」と決めた期間の半分が終わった今、
旅の醍醐味の原点に帰れているような気がする。
後半戦も風の向くまま、流れを楽しんでいきましょう!

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旅日記-中国② | 17:20:11 | トラックバック(0) | コメント(2)
野宿明け湖散歩
夜中3時に、運転手の声で起こされた。
目的地の茶卡(チャーカー)に着いたらしい。ここで降りるのは僕1人のようだ。
半分寝惚けたまま外へ出たが、寒さで一気に目が覚めた。

もう少し明け方近くに着くかと思っていたが、思ったより早かったな。
日が出る7時頃まであと4時間近く、待つのはちょっとツラい。
しかし、街道で降ろしてもらったので辺りに宿はあるようだが、看板は全て真っ暗。

仕方ない。こんなド田舎なら、襲われる危険も無いだろうし…やってみるか。
かくして、この旅初の野宿にトライすることに。(駅で夜を明かしたことはあったけども…)
公共のベンチをちょっとお借りして、街道から目が届きにくい建物の軒下に移動して、準備完了。
久々に寝袋に潜り込んで空を見上げると、素晴らしい星空。
木のベンチで隙間があったため、寝袋に包まっても冷たい空気が伝わってきたが、
それでも2時間ほどは眠りに入っていた。我ながら、神経が図太くなったもんだ…。

空が白んできた6時頃、街道を行く人の声で目が覚めた。
急いで寝袋を丸め、ベンチを元に戻そうと思ったが、
街道に出てみると既にちらほら人通りがある。
ここでベンチを運ぶのは怪しすぎるので、戻すのは諦めることに。申し訳ない!
本当に中国は朝が早い。
とりあえず冷えた体を温めたいと思っていたら、ちゃんとこの時間から開けている店がある。
ありがたや~☆

蒸したての包子(バオズ)。温まる~☆
包子@茶卡
お粥と並んで大好きな朝飯メニューの1つ。
今回は、肉と細切りニンジン入り。10個で5元の幸せ。

体が温まったら、茶卡に来た目的である塩湖見物に出発。
この近くに、中国最大の塩湖である青海湖があるのだが、
7月頃のベストシーズンを逃してしまっていたので、代わりにこちらにやって来た。
日本のガイドブックなどでは見かけないのだが、
以前中国内で見つけた「中国名景100選」の本に載っていたのだ。
町から湖までの距離も知らずに来たのだが、
包子屋のお姉さんに聞いたら4km程度とのことだったので、歩いて行くことに。
草原の道を歩いている途中で7時を過ぎ、朝日が昇って来た。
さっきまでの冷え切った空気がウソのように、光と共に暖かさで包まれる。真に太陽は偉大なり。

塩湖風景区への入場料は20元。
割と良心的な値段だが、中はほとんど放置状態。
観光地らしく整備し過ぎるのも好きじゃないが、これで金を取るのもどうかと…。

コスモスがお出迎え。
コスモスの季節@茶卡

ぼんやりミラーレイク。
ぼんやりミラー@茶卡
このテの風景も、そろそろお腹いっぱいになってきたかな…?

湖畔で見つけたカラフルなもの。
湖畔にポツリ@茶卡

湿原に秋の色。
湿原の赤@茶卡
去年は北アルプス・立山でこんな色を見たっけ。1年が経つのですなぁ…。

塩の大地にポツリ。
白い大地にポツリ@茶卡

ぶらぶら2時間ほど湖周辺を歩いた後、町へ戻る途中で、
後ろから来た車から声を掛けられた。
助手席のおばちゃん(以下、「ば」)が片言の日本語を知っているようだ。

ば「日本人ですか?」
僕「対(ドゥイ = そうです)。
ば「1人で来たの?」
僕「一個人的(イーガレンダ = 1人ですよ)。
ば「どこまで行くの?」
僕「(町の方を指差しながら)到那辺(ダオナービェン = あの辺まで)。」
ば「(中国語が)上手なのね。」
僕「謝謝。」

…何だこの会話?
喋る言語が逆だろ、普通!(笑)

例えば日本語を喋る欧米人に対してもそうなんだけど、
どうも異国の人と日本語で会話するのに違和感を感じたりして、
無意識に、下手なクセに英語や中国語を使おうとしてしまう自分がいるんだな。

この後は、青海省の省都・西寧(シーニン)へ移動。
ここを基点に、南のチベット自治州地域を目指す。

その西寧へ向かうバスの中で、青海湖も見ることができた。
バスの車窓から①@青海湖
バスの車窓から②@青海湖
バスの車窓越しに撮った写真だけど…、茶卡塩湖よりキレイかも?
黄色い花は、たぶん菜の花だと思うんだよなぁ。この時期に見られるとは思わなかった。

オマケに、西寧での食事。青椒土豆丝盖浇飯(チンジャオトゥドウスーガイジャオファン)。
青椒土豆丝盖浇飯@西寧
ご飯ものはいつも容赦ないボリューム。具のはみ出しっぷりが食欲をそそる。
「盖浇」とは、「ぶっかける」のような意味なので、
「盖浇飯」ならぶっかけ飯(日本で言うなら、丼かな)、「盖浇面」ならぶっかけ麺になる。
手前には、普段なら大皿料理で頼むような一品料理の名前が付く。
一品料理の種類だけでも、1つの店で数十種類があったりするので、
片っ端から「盖浇」にするだけで素晴らしいバリエーションが楽しめる。
青椒土豆丝は、ピーマン(青椒)とじゃがいも(土豆)の細切り(丝)炒め。
お馴染みチンジャオロースー(青椒肉絲)の肉を土豆に変えたものですな。
基本中の基本料理の1つで、簡単で美味いので僕も時々自炊で作ったりしていた。
ちなみに、これで7元でした。

炮仗面(バオチャンミェン)。
炮仗面@西寧
辞書を引くと、「炮仗」とは、爆竹のことらしい。
こういう意味不明のメニューはついつい頼んでみたくなるのよね。
出てきたのは、細かく刻んだキャベツ、ネギ、トマトなどの野菜と挽肉を、
ドロリとしたスープと共に麺とごちゃ混ぜにしたもの。
拌面(バンミェン = タレと混ぜた麺)と烩面(フイミェン = あんかけ麺)の中間ってところかな。
これはヒットですね~。こういう濃厚ガッツリ系な麺は大好き。体に悪そうだけど…。

羊肉泡饃(ヤンロウパオモー)。
羊肉泡饃@西寧
これは西安の名物だそうだ。
上に載っているのは刻んだパンのようなもので、スープでふやけて麩のようになっている。
スープの具には、羊肉と粉丝(フンスー = 春雨)。
味付けは蘭州牛肉面のような薄めのさっぱり系。
本場では、最初に丸い状態のパンが出され、
自分で千切った後に店員にスープをぶっかけてもらうらしい。
しかし、色んな食べ方を考えるねぇ…。

健康のため、中国の習慣に倣ってお茶を飲もう!…ということで、これを購入。
いつでもどこでもティータイム用@西寧
お茶っ葉は、大好きな鉄観音。
お茶屋さんで500gあたり50元だったので、50gだけ購入。
ちなみに、同じ鉄観音でも高いものは10倍以上の値段。
僕が買ったのは最安から2番目。日本人的な買い方ですなぁ…。
中国の人は、みんなこういう水筒(茶筒?)でお茶を持ち歩いている。
中国のお茶は、4~5回程度はお湯を注ぎ足してもしっかり出るし、
お湯はどこでも手に入ると言っていいぐらいなので、
ペットボトルの水を持ち歩くより、これを持っていた方が便利だったりする。

そうそう、中国はビールも安い(大瓶1本3元前後~)のだが、今回はまだほとんど飲んでない。
理由① : 1人で食事するような小さな店には、ビールが置いていないことも多い。
理由② : かと言って、宿に戻ってからビールだけ飲むのも気が進まない。
中国のビールの多くは、コクが弱くアルコールも低め(だいたい4%以下)なので、
個人的には、濃い目の味の料理と一緒でないと美味しくないと思っている。
理由③ : そもそも、腹にビールを入れる余裕が無いぐらい食べ過ぎ!

ビール好きだからって、いつでも飲んでるわけじゃないんですよ?
中国にいる間は、お茶を楽しみましょ。健康健康♪

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旅日記-中国② | 17:16:21 | トラックバック(0) | コメント(1)
観光ダメでも食えば満足
甘粛省観光のハイライトとされる敦煌の莫高窟。
幅1.6kmに渡る断崖に掘られた約500もの石窟に、壁画や仏像が並ぶ。
世界最大級の仏教芸術の宝庫なのだそうだが、
例によって例のごとく、「ふぅん」の一言で終了してしまった。

僕が遺跡系文化遺産の魅力をイマイチ感じ取れない貧しい人間であることは、ご存知の通り。
ただ、ここの場合は、見学のシステムも難点だと思う。
全ての石窟は、入口に扉が作られ、常に南京錠でロックされた状態になっている。
個人だろうと団体だろうと、見学者は外の入口で小グループに分けられ、
それぞれにガイドが1人付けられる。
ガイドは都度鍵を開閉しながら、グループを数ヶ所の石窟に案内する。
グループを抜けて勝手に歩くことも不可能ではないのだが、
結局石窟の中に入るには、どこかのグループにくっ付かないといけないので、
例えば気に入った場所があったとしても、1人でゆっくり見ることができないのだ。

宗教的な知識はまるで無い僕だけど、キリストの教会やイスラムのモスクは好きだったりする。
中に入って静けさに浸る(ためには、できれば観光客の少ない小さな場所が良い)と、
こんな僕でも不思議と神聖な空気を感じて、心がすーっと澄んでいくような感覚になる。
外界の音から離れたその場所で、しばらく時を忘れてぼんやりと過ごす。
…そんな時間が作れれば、この莫高窟の感想も少しは違ったものになったかもしれない。

莫高窟外観の一部。内部は撮影禁止なので、写真はこれだけ。
160元の入口@敦煌
莫高窟正面外観@敦煌

ちなみに、莫高窟の入場料は外国人料金(英語 or 日本語ガイド付)が180元(=約2,500円)、
一般料金(中国語ガイド付)が160元。
僕は試しに窓口で「一個人(イーガレン=1人)」とだけ言って200元を渡したら、
40元のお釣りが返って来た。
やはり中国人に見えるか…。これは、喜ぶべきところ?
しかし恐ろしく高い中国の観光料金。
日本の有名な寺でもこんな額は取らないでしょう…。
中国における国内旅行は、裕福な人でないとなかなか難しいのが現状。

どうしても値段の高さは満足度と反比例してしまいがちだけど、
こんなケチな僕でも、高額の観光料を払ってでも「行って良かった」と思う場所もあるのですよ。
今や日本でも有名になった、四川省北部の自然遺産、九寨溝と黄龍。
ここは個人で行くと、2ヶ所合わせて入場料だけで500元を超える恐ろしき価格設定になっている。
が、ここは本当に凄かった。
美しく撮られた映像や写真で見る風景に期待を抱き、
実際に行くとガッカリしてしまうのは良くあることで、
ここもそうなることを恐れていたのだが、ここに関しては杞憂に終わった。
あの水の色は、未だ他では見たことが無い。予想を遥かに超えた神秘の世界だった。

僕が昨年夏に訪れた時の写真が↓の「四千年の国」のフォルダに入っているので、
興味のある方はどうぞ!
http://photos.yahoo.co.jp/jo_yaguchi

もし訪れる場合は、四川省の省都である成都(日本から直行便あり)から、
ツアー(バス利用の場合、3泊4日程度)を利用した方が楽な上に安く行けるかも。
競争が激しい人気コースのため、かなり価格が安くなっているとか。
僕は個人でバスや乗合タクシーを使って行ったけれど、
安宿の集まる地域が風景区の入口から遠かったりして、けっこう面倒だった。

以上、長々と宣伝失礼しました!敦煌に話を戻しましょ。
敦煌は砂漠に囲まれたオアシスの町。
町の外れには、砂の大地が連なる風景区もあるのだが、
これも入場料が高いので止めてしまった。砂丘はサハラで十分楽しんだしね。
町の中心部は、今やよく見る他の中国の観光地の町と変わらない感じだった。
そういえば、あのカシュガルの旧市街も、
古い建物を取り壊して新しく「古そうな街」を作っている場所があった。
(イメージ図を載せた看板を見かけた。)
北京の旧市街もオリンピック前に全て新しくしてしまったと言うし…。
そこに寂しさを感じるのは、「古き良き中国らしさ」のようなものを求める旅人の勝手な感覚であって、
今の中国の人たちは、それは別に必要としていないのかもしれない。
でもいつか、全て無くしてしまった後に、その価値に気付いたりするんじゃないかな?
日本の例を見ているだけに、そう考えるとやっぱり寂しくなる。

さて、そんな話はそれはそれで置いといて、楽しむべきは食べ歩き♪

一品目、臊子面(サオズミェン)。
臊子面@敦煌
「臊子」の意味を知らないまま注文した後、辞書を引いて一気に不安になった。
出てきたのは、「獣臭い」だの、「小便臭い」だの、
食べ物の名前に使うには恐ろしい意味ばかり…。
しかし、運ばれて来たのは角切り野菜を載せたさっぱり味の麺。
カシュガルで食べた「哨子面(シャオズミェン)」と音も見た目も似ているので、
同じものなのかもしれない。
変わったことと言えば、香菜(シャンツァイ = パクチー)が入っていたこと。
新疆ウイグルにいる間はほとんど見かけなかった。
(代わりなのかどうかはわからないが、パセリが使われていたりする。)
久々に食べると、けっこう敏感に味を感じるものだね。
辛いものも同様で、元々苦手だったのを中国で暮らす間にだいぶ慣らしたのだけど、
しばらく中東など辛いものをあまり食べない地域にいたら、また元の苦手体質に戻っていた。
この先1ヶ月もすれば、また慣れちゃうんだろうけど…。

続いて、餛飩(フントゥン)。
餛飩@敦煌
お馴染み、ワンタンでございます。
地域によっては、「雲呑(ユントゥン」とか「抄手(チャオショウ)」という名に変わる。
さっぱり小エビのダシが利いたスープ。朝飯にも良いのです。

大肉白菜水餃(250g分)&米飯。
水餃&米飯@敦煌
日本人にとって最高に素晴らしい組合せ?
実は餃子専門店でご飯が頼めるのは珍しい。餃子は主食なのです。
1斤(500g)で16元だったので、半分で頼んでこのボリューム。
餃子の具も肉を変えたり野菜を変えたり色々なので、餃子だけでも毎日楽しめる。

黄面(ファンミェン)。
黄面@敦煌
この地域の名物である、ロバ肉を使った麺とのことで注文したのだが…、
どこにロバ肉が入っていたのか不明。
普通のジャージャー麺と変わらない気がしてしまった。まぁ、美味かったけど。

牛肉面(ニョウロウミェン)。
蘭州牛肉面@敦煌
今や中国全土にある蘭州ラーメンの店のスタンダードメニュー。
スープは鶏ガラがメインかな?しょっぱくなくて、実にシンプルな味。
これは小サイズで値段は3元。
大サイズは0.5元増しなのだが、店によっては殺人的な量が出てくるので、
余程腹が減っている時以外は小を頼むのがベターかも。小でも決して少なくはない。
それと、初めての店や初めてのメニューを頼む時に大を頼むのはかなり冒険。
味でハズレは少ないけれど、油っ濃いのが出て来た場合に大はけっこうツラい…。(経験有り)

オマケ。市場で見つけた肉屋の看板。
放心肉食店@敦煌
肉を食うのに心なんざ要らねぇ!
(本当は、中国語の「放心」は「安心」の意味。)

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旅日記-中国② | 15:10:07 | トラックバック(0) | コメント(2)
+2+12+7+21
イーニンへ向かう道中、昼飯のため、食堂が数軒並ぶ場所にバスが止まった。
僕は何の気無しに一番近い食堂に入り、
手前の広い部屋の座席で麺を食べていたのだが、
ふと気が付くと、同じ部屋で食事をしているのはウイグル族の人だけだった。
バスの運ちゃんを含め、漢民族の人たちは、別の部屋や別の店に入っていたようだ。

そういえば、あれほど大勢の人で賑わっていたカシュガルのバザールや夜市でも、
漢民族の人の姿はほとんど…、いや、僕の見る限りは全く見かけなかった。

これがそのまま、彼らの間にある溝なんだろうか?
町に貼られた「民族団結」の意味を、彼らはそれぞれどんな気持ちで見ているのだろう?

しかし、本当に23時間かかりやがった。
思った以上に眠れたが、逆に体を動かしていないことに疲れている気がする。
よっしゃ、気合を入れていざ宿探し!
…とイーニンのバスターミナルを出たところで、屯していた公安(警察)に呼び止められた。
とりあえずパスポートを一番お偉そうな方に手渡し、しばし待機。
何やら本部(?)と確認を取っているようだ。
ちょっと気になりつつも、手前にいた若い警官達数人が気さくに話し掛けて来たので、
わりと気楽にその待ち時間を過ごしていたのだが…。

本部と連絡が取れたのか、お偉い方が何やら僕に説明を始めた。
簡単に意味を解釈すると、
「今は外国人が泊まれる宿が限られている。これからそこへ案内する。」とのことらしい。
そして、どこからかやって来たパトカーに「乗りなさい。」と言う。
僕は少し躊躇ったが、パスポートは彼らが持ったままだ。とりあえず従うしかない。
パトカーって、日本でも乗ったことが無いような…?

予想はしていたが、パトカーは小奇麗なホテルの前に止まった。
ホテルに入る前に、僕は警官に念を押しておいた。
「とりあえず見て値段を聞くだけですからね。」と。
しかし、レセプションの前に着くや否や、
彼らは僕のパスポートを出し、強引にチェックインさせようとした。
値段は1泊70元(=約950円)らしい。
この見た目にしては安いな…、
でも僕が普段泊まってる安宿は20~30元だし…、
いやいや、そういう問題じゃない!
今まで旅を続けて来て、宿はもちろん、自分の行き先は全て自分で決めてきた。
時には人を頼ったり、人に選択を委ねたことはあったかもしれない。
でも、その「頼る人」も「委ねる人」も、自分が選んできたことだ。
このホテルがどんなに安価で快適であっても、僕は泊まりたくなかった。
「選ぶ自由」を奪われてまで、旅を続けたいとは思わない!
いや、そうなった時点で、それはもう僕の旅ではなくなってしまう。そう思った。

長い長い道のりを経てここまでやって来て、まだ何も見ていない。
けど、たとえ彼らの決めたホテルに泊まり、見たいと思っていたものを見られたとしても、
そこには僕にとって何の価値も感動も無い。だったら…。

未だ強引にチェックインを進めようとする警官としばし揉み合い、
「他の宿を自分で探させろ。それがダメなら、俺はイーニンには泊まらない!」
僕はそう告げた。

当然ながら僕の希望は通らず、
再びパトカーに乗り、ひとまずバスターミナルに戻って来た。
パトカーに乗り込む時と、出る時が嫌だった。
街行く人達から見れば、まるで犯罪者だ。
なんで僕がこんな車に乗らなきゃいけないんだ…?

先程のお偉そうな方曰く、
「お前は日本人だろう?
 日本には日本のルールがあるように、中国には中国のルールがあるんだ。わかるか?」
そんなことはわかってる。
今のこの時期にこの町へやって来ることは僕が決めたことで、
例えば今回のようなリスクがあるかもしれないことは承知していた。
ただ、具体的なルールは知らなかった。そういう意味では、僕も悪い。
それはわかってるけど、それと納得できるかどうかは別問題だよ。

先程話し込んだ若い警官のうちの1人は、英語が話せた。
中国語は使わず、あえて英語で尋ねてみた。他の人間にわからないように。

「If you are me, if you are traveler, is this happy?」

彼の答えは、「No... No, I'm sorry.」

別に彼を責めたかったわけじゃない。
でも、公安の立場である彼からこの言葉を、本音を聞けて良かった。

彼の言葉を聞いた瞬間、もういいかな、と思った。
これで、イーニンに来た意味はあった。
ウイグルでは、まだ2回合わせてもまだ10日にも満たない滞在だったけど、
たくさんのウイグルの人達の笑顔に会えた。
現在の中国が抱える暗い部分も見えた。
そして今、未来に少しだけ希望を感じることができた。
今ここで見たいもの、見るべきものは、もう十分に見られただろう。
ウルムチへ行って、新疆ウイグル自治区を出よう。そう決めた。

僕に本音を告げてくれた彼ら漢民族の若い世代が、いつかこの国を変えて欲しい。
その時、僕はまた来ればいい。
本当に見たかった風景を見るのは、その時でいい。

1人の警官にお供され、僕は再びバスターミナルに入った。
21時発の切符を購入し、ゲートを通り、バスに乗り込むところまで見張られながら、
僕は2時間の滞在を終えてイーニンを後にした。

再び夜行のベッドで眠り、12時間の道のりを経て、ウルムチに戻って来た。
(いちおう、来る時も「通過」はしているので。)
ここで1泊しても良かったが、気持ちが冷めないうちに、移動を続けたかった。
この日16時発の甘粛省・敦煌行きバスチケットを購入し、次は電話屋へ。
一昨日の列車で出会った医者のタマゴの彼は、
朝早いにも関わらず、僕との待合せに快く応じてくれた。
彼が案内してくれたウイグル料理の店で食事をしている時に、
失礼とは思いつつも、1つだけ質問をさせてもらった。

「How do you think about Chinese people?」

彼の答えは、「I don't like.」

もう少し話を進めていると、
彼の「don't like」の対象は、あくまで中国の政府に対してということだった。
だが、最初に僕の問いに答えた時、そこに迷いは無かったように思う。
いくら「悪いのは政府のやり方であって、一般の人間は違う。」と頭では考えようとしても、
そう簡単にコントロールできない部分もあるんじゃないかな…。

バスターミナルまで来てくれた彼に見送られ、僕は敦煌行きのバスに乗り込んだ。
再会を約束した場所は、日本の北海道か、イーニン!
北海道は、彼が行きたい場所。(美味しい魚が食べたいらしい。)
イーニンは、僕がまた行きたい場所で、彼の故郷でもある。
どちらになるかはまだわからないけれど、また会える気がする。

ウルムチの滞在、7時間。
敦煌までは、21時間。
ついに3日連続の夜行か…。風呂に入りたいぞ~!

------------------------------

と言うことで、予定より半月も早く新疆ウイグルを抜けてきてしまった次第です。
おかげでネットができるのだけど…。(ブログちゃんと開けた。良かった…。)

この後の予定ですが、僕はもう1つ、チベット自治区の訪問も諦めました。
恐らく自治区内に入るまでは問題無いと思うのですが、
その後主要なポイントを巡るにあたって、
外国人に対してのパーミット(入境許可証)の取得が以前より厳しく管理されている模様で、
時間と労力を考えて断念しました。
新疆ウイグル同様、いつか状況が変わったら訪れたいものです。

さて、そこで余裕ができた時間を使って、
これよりしばらくは、青海省、四川省、雲南省内にあるチベットの村巡りに行ってみたいと思います。
またまたマイナー路線に突入です。(笑)
運良く、その地域のガイドブックも入手できました。
かなり秘境っぽい場所もありそうだけど、ネット環境はどうでしょうね…?
今の懸案は、10月頭の中国国慶節連休シーズンをどこでどう過ごすか?
できるだけ、人の集まる場所を避けたいものですが…。

もう1つついでに、
旅の最初に考えていた「時間とお金と気分次第でオセアニアへ…」も諦めました。
オーストラリアの動物達も、ニュージーランド南島の風景も、捨て難いのですが、
そちらはまたいずれ、お金と時間を作って行くとします。
今回はその分、アジアに時間を割きます。
たぶんそれでも足りないぐらい、行きたい場所が増えてしまったので。

本日まで甘粛省・敦煌にて宿泊。(昨日は無事3日振りのシャワーを浴びれた☆)
明日には青海省に入ります。
ではではまた。

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旅日記-中国② | 19:20:29 | トラックバック(0) | コメント(0)
11+1+23
カシュガルから東のクチャへの列車の切符を買いに行った。
中国での列車の切符購入の時は、いつも戦闘に行くような気分になる。

駅の切符売り場は、数十分待ちの列が並ぶことが多い。この日も約30分待ち。
窓口には、大抵怖い顔をした姉ちゃんかおばちゃんが座っている。
「月日、列車番号、行き先、枚数、座席の等級(寝台 or 座席&1等 or 2等)」、
伝えなきゃいけないことはけっこう多い。メモ紙に書いて、何度も頭の中で繰り返す。
ようやく自分の番がやって来たら、
「ちゃんと聞き取ってくれよ…?」と祈りつつ、メモの内容を1つ1つ言葉にしていく。
ここで正確な伝達に失敗すると、
姉ちゃん or おばちゃんから「あ"~?」という声(←中国人は本当にこう言う)が飛んで来る上、
横から横から別の客が「隙有り!」とばかりに割り込んで来たりする。
仮にうまく伝わっていても、「没有(席が無い)!」と来る場合もある。
ここでも慌てないよう、第2、第3の候補も調べてメモしておくことが肝要。

この日も、僕は念入りな予習の上、窓口のおばちゃんに勝負を挑んだ。
…が、メモを半分ぐらいまで読んだあたりで、おばちゃん「看一下(見せて)。」と一言。
僕の汚いメモを丁寧に読んでくれた上、希望通りの切符を発券、あっけなく終了。
まぁ、素直に確実に伝えようと思うなら、最初からメモを渡すのが一番なんだけどさ…、
自分の言葉で伝えられるか試したいってのもあってさ…。
気合いが空回りして、ちょっと切ないのであった。

中国の普通列車に乗るのは、実はこれがまだ2回目。
列車の硬座(2等座席)とバスの値段を比べると列車の方が安いのだが、
特に長距離列車の場合は数日前に予約しないと売り切れてしまうことが多いので、
以前のように短期間の旅行の場合は、
ほぼその日その場で購入して乗車できるバスの方が便利だったのだ。
今も、その面倒さを考えるとバス利用に走ってしまいそうになるのだけど、
やっぱり列車のいいところは、特に硬座の場合、他の客と向かい合わせで座るところにあるなと。
つまり、地元の人と話すチャンスが多いということ。

隣の席の姉ちゃんに折り紙を見せたら、喜んでくれた。
その姉ちゃんのお兄様からは、腹を空かす間も無くなるぐらいお菓子を貰った。
向かいの席の子どもが懐いてくれたので、僕のカメラをおもちゃにして一緒に遊んだ。
遊び疲れて眠ってしまった子どもを見ながら本を読み始めると、
大人も子どもも「私にも見せて!」とやって来る。
カシュガルからクチャまで11時間。ぜーんぜん飽きないんだよなぁ~。

本をねだりに来た吸血少女。
吸血少女@カシュガル

向かいの席のあったか家族。
あったか家族@カシュガル

途中から乗ってきたウイグルの青年に話し掛けられ、仲良くなった。
彼はウルムチ(ウイグル自治区の首府)の医大に通う、医者のタマゴ。
休みを利用して遠距離恋愛中の彼女に会って来た帰りだった。
特にウルムチに行く目的は無かったのだが、
彼と再会する約束をすることで、ここで初めて目的ができた。
僕はウイグルの北部を歩いた後、南に向かう際にウルムチを経由することになりそうだったので、
「10日~2週間後ぐらいに連絡するよ!」と伝えた。
しかし、これがまさか2日後に変わろうとは…。

クチャの駅で降りる間際、どこからか「バカ!(日本語)」と声が飛んで来た。
振り返ると、若者2人がニヤニヤしながらこっちを見ている。
いつもなら少しイラッとするところだが、本日気分の良かった僕はフッと笑って、
「你也笨蛋(ニーユエベンダン = お前もバカ)!」と一言。
みんながどっと笑った。彼ら2人も苦笑い。1本取れたかな?

クチャでは1泊して、翌日に北西のイーニンへ移動したいと思っていた。
とりあえずバスのスケジュールを確認しにターミナルへ。
イーニンの名を出してバスの時間を尋ねると、「今乗るのか?」と返された。
「いや、明日がいいんだけど…。」
「今日19時発のバスに1人分だけ空きがある。その次は4日後まで無い!」
(時計を見ると)19時って、え~!?今じゃないっすか!
どうしよう、クチャでまだ何も見てないし、さすがに昼間中移動して疲れてるし、腹減ったし、
…でもこのシチュエーション、また何かに呼ばれてる!?えーい、行っちまえ!
ということで、勢いそのまま寝台バスに飛び乗った。(本当に空きは1人分しか残ってなかった)
しかし乗ってビックリ。
イーニンへの到着時間は、翌日夕方18時頃だと言う。
クチャから真っ直ぐ北上する道が通れない(「壊れた」と言っていた)ので、
一旦東へ回ってウルムチを経由するロングコースを行くらしい。
以前は7~8時間だったらしいが、それがなんと3倍の距離に…。
な、なんのために俺はクチャで列車を降りたんだ~!?

クチャでの滞在時間、僅か1時間。さらば…。
(続く)

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旅日記-中国② | 18:45:40 | トラックバック(0) | コメント(0)
週末の日常拝見
2度目のカシュガルでの目的は、日曜バザール(市場)を見に行くこと。
日曜バザールと言っても何ヶ所かあるらしいのだが、
中でも郊外で開かれる「動物バザール」が面白いと聞いて、行ってみたいと思っていた。

バスでバザールの前に着くと、続々とトラックがやって来た。
いずれも大量の牛や羊、山羊をギュウギュウに詰め込んでいる。
すぐに「ドナドナ」のイメージが頭に浮かんだのだが、
既に辺りは熱気で包まれていて、そんな悲しさを感じる雰囲気ではなかった。

バザールの門を入ると、さらなる熱気が待っている。
牛は何百頭、羊に至っては何千頭だろうか?
砂埃に包まれながら、所狭しと並ぶ動物達をかき分けたその隙間で、値段交渉する人々。
安食堂で100元札を渡すと「お釣りが無い」と言われそうなこの町で、
同じ格好の人たちが100元札の束を握り締め、超高額の買い物をする。不思議な感じだ…。
1時間ほどバザールの中を歩いていたが、それでもまだトラックはやって来ていた。
一体何頭の動物が1日で買い取られて行くのだろう…?
そして、そのうち何頭の動物が生きて明日を迎えるのだろう…?
しかし来週になれば、またバザールは開かれる。
また同じだけの頭数の動物達が、ここにやって来るんだ。
それでも牛や羊が絶滅しないってのは、すごいことのような気がするんだけど。

山羊売りのおじさん。
山羊売りのおじさん@カシュガル

積み下ろし中。
積み下ろし@カシュガル

引っ張り出し中。
引っ張り出し@カシュガル

羊サークル完成。
羊サークル@カシュガル

桃尻パパラッチ。(18禁スレスレ!?)
桃尻娘@カシュガル
ちょっと失礼して、お触りさせて頂いちゃった!
思わず顔がニヤけるぷにぷに感☆
これはクセになるかも…?
…いかん、このブログが変な方向に向かってしまう。

品定め。
品定め@カシュガル

家畜用小物売り場。
家畜用小物屋さん@カシュガル

バザール見物の後は市街に戻り、旧市街をぶらり。
市場もそうだが、生活の匂いや音が広がっている場所って好きだなぁ。

マ○コメのCMに推薦します。
マ○コメのCM@カシュガル

ハートを打ち抜かれました。
ハートを打ち抜かれました@カシュガル

ちょっとシェスタ。
ちょっとシェスタ@カシュガル

ところで、この日は日曜日なのに、昼間に閉まっている食堂が多くて、
一時ちょっと食べる場所を見つけるのに困ったことがあった。
代わりに、暗くなると賑やかな夜市が旧市街の入口で開かれていた。

賑やか夜市。
賑やか夜市@カシュガル
手前に見えてる丸鶏が美味そうで…、
切り売りしてくれるので、夕飯の後だったけど、つい頂いてしまった♪
ダシがたっぷり出た煮汁と一緒に出してくれる。美味しくないワケがない!

飛び出すジュース。初めて見つけた時は笑ってしまった。
飛び出すジュース@カシュガル

後でわかったのだが、
ちょうどこの前日が今年の「ラマダン(イスラムの断食月)」のスタートだったらしい。
もちろん漢民族には関係の無い話なので、
ウイグル料理以外の店は普通に開いていたはずなのだけど、
ちょうどウイグル人の集まる旧市街を歩いていたから気付かなかったんだな。
それに、今は中国の一部であるこの地域にいると、ラマダンの存在をすっかり忘れていた。
ラマダンはイスラム暦の9月に行うのだが、
実はこの「9月」のタイミングは、毎年少しずつ前にズレていく。
今年は8月後半にスタートしているが、
この先数年は、どんどん暑い時期に重なるように早まっていくことになる。
厳格な人は日中水も飲まないと言うから、
それが暑い時期に重なるほど苦しいものになるはずなんだよな。
シリア、ヨルダン、エジプト…、暑い国のみんな、大丈夫だろうか?

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旅日記-中国② | 18:40:05 | トラックバック(0) | コメント(0)
一晩限りのプチホームステイ
タシュクルガンからカシュガルへ向かう途中に、
7,000m峰の山に囲まれたカラクル湖という小さな湖がある。
前回はチラッとバスから眺めただけだったので、今回は途中下車。
降りた途端に、客引きの青年がやって来た。
明日朝までの食事全て込みで、40元で泊めてくれると言う。
正直泊まるかどうかは迷っていたのだが、
思っていたより安い値段だったので、1泊してみることにした。

残念ながら昼過ぎから雲って来てしまったので、夕景や夜の星は見られず。
もし晴れていたら、ひょっとすると星空が湖面に反射して幻想的な世界が広がっていたかも?
昼間でも、この湖は時間と空模様によって(それと、季節によっても恐らく)ガラッと表情を変える。
できればその表情の全てを見てみたいけれど、
この世界の全てを歩くことが不可能なように、僕の持てる時間ではそれは適わない。
僕が見られるのは、広大な世界の中で、運良く訪れることができた場所の、ほんの一時だけ。
その一時の表情を、僕はしっかりこの目に焼き付け、感じることができているだろうか?
曇った空を嘆く前に、今いるこの瞬間だからこそ見えるものがあるんじゃないか?って、
そういう目を持つことも大事だよなって、冷えた高原の空気の中でぼんやり考えていた。
8月で、こんなにも冷たい風が吹く。
これから秋が過ぎ冬が来たら、ここで生活することはどんなに厳しいものになるのだろう…?

朝のカラクル湖。
カラクル湖(朝、with小屋)

お昼前のカラクル湖。ミラーレイク。
カラクル湖(午前、ミラーバージョン)

お昼過ぎのカラクル湖。ブルーレイク。
カラクル湖(午後、ブルーバージョン)

いつでもどこでも、のんびりなお方。
いつでものんびり@カラクル湖

この日僕が泊まった家はこんなところ。
ホームステイ先@カラクル湖

客引きをしていたタジク族の青年の家族と同じ家に泊めてもらった。
中の写真を撮り忘れていたけれど、
パキスタン・グルミットでのダル君やチャイを頂いたおじさんの家の雰囲気にそっくり。
曇り空に冷たい風が吹きつける寒空でも、中は暖炉があって温かい。
ちなみに、燃料は動物(恐らく、主に牛)の糞を乾燥させたもの。

僕も彼らと同じ食事をさせてもらったのだが、それは正直言って質素なものだった。
朝や昼に食べていたのは、硬いパンと羊ミルクのチャイ(ここも塩味!)ぐらい。
ようやく暗くなってから夕飯にご飯が出てきたものの、
肉や野菜は入っていない、具はレーズンのみのバターライスのようなものだった。
それも、炊き上げた量はそんなに多くなかった。
全員分足りないんじゃないか?と思うぐらいなのに、僕の分は一番多く盛ってくれた。
申し訳なかったけれど、返すのはさらに申し訳ないので、大事に味わって頂いた。
しかし、これだけの栄養で、彼らの健康は保てるんだろうか…?
中国(漢民族の人たち)の食の充実っぷりと比べると、あまりのギャップにショックすら感じた。

夜は、1つの部屋に8人が寄り添って眠った。
暖炉に残る温もりのおかげか、ここにいる人たちの温かさからか、いつも以上にぐっすり眠れた。

食事も、会話も、就寝も、全てはこの小さな屋根の下。
外の土地は広大だが、生活の場はあくまで狭く、質素なもの。
そんな中に、異国の人間がひょいと遊びに来た。
彼らにとっては、それだけで大きな刺激(日常の変化)なのかもしれない。
それが純粋に嬉しいから、彼らの温かいもてなしがあるのかな?
モノで溢れ、刺激で溢れた世界に浸ってきた僕は、今までそんなことを感じて来なかったな…。

貴重な体験をさせて頂いた1日だったが、残念ながら最後の最後でモメてしまった。
翌朝、僕は約束の「40元」に対して50元札を差し出して釣りを貰おうとしたのだが、
「10元のお釣りが無い。」と言われた。
「釣り銭切れ」自体は珍しいことではない。
こういう場合は、その辺の別の店や人に両替してもらって対処するのが通常の流れ。
なのだが、彼らは全くその素振りを見せなかった。
最初から、「お釣りが無いから10元多く頂戴。」という態度だった。
日本円にして130~140円ではあるが、金額の問題じゃなく、
まるでそれが当然かの如く、釣りの10元を作る努力もせずに貰おうとされたために、
どうしても「仕方がないなぁ~」という気持ちにはなれなかった。
少し考えて、一旦、50元は返して貰うことにした。
するとこの家のお母さんは、「あんなにたくさんチャイを飲んだじゃないか…。」とブツブツ言っている。
確かに、僕が部屋にいるといつも、お母さんが温かいチャイを差し出してくれていた。
それには感謝しているけれど、そのサービスに追加料金を払うかどうかは、僕が決めることだ。
彼女が言っているのは、ここで「メシが質素だったから10元マケてよ。」と僕が言うのと同じこと。
(もちろん、そんなことを言うつもりは無いよ。念のため。)
約束は約束。
「食事込みで40元」とお互いに納得して事前に決めたんだから、そこはキッチリいこうよ。

この後、客引きの青年にバス停までバイクで送ってもらった僕は、
その御礼として+10元(結局、計50元)を支払った。
この彼は少し英語がわかるので、上の僕の考えを説明したら、どうやら納得してくれたようだ。
最後は笑顔でお別れ。
そして彼はまた、新たな客を探しに出掛けて行った。

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旅日記-中国② | 18:00:49 | トラックバック(0) | コメント(0)
第二次回来了。
宿の共同トイレの扉を開けたら、全裸のオヤジが立っていた。
推測するに、部屋にシャワーが無いから水道の水で体を洗おうとしていたのだろうか?
おじいさんに近い年齢だと思うが、なかなかガッチリした体だ。
…となぜか冷静に観察していたら、オヤジ照れた。(笑)
慌ててパンツを履こうとしていたので、一度扉を閉めてあげた。
この間、ほんの10秒足らず。

その後、無事に用を足して部屋の方へ戻って来ると、
今度は別のオヤジが、なぜか僕の部屋の前のゴミ箱にカップラーメンの残り汁を捨てている。
僕がジロッと見たら、途中で止めた。
…と思いきや、隣の部屋のゴミ箱で「続き」を始めた。
推測するに、単に僕の部屋のゴミ箱では収まり切らなかっただけのようだ。
隣のゴミ箱を一杯にしたところで汁は無くなり、オヤジは無言で部屋に戻って行った。
オヤジの部屋は僕の向かいだった。その部屋の前のゴミ箱は空だった…。
いやいやその前に、なんで流しに捨てないの!?

約2週間振りに中国へ戻って来て早々、ワケのわからないことが連発で起こり、
「やれやれ、帰って来ちゃったなぁ…」と思う僕であった。

ところで、パキスタンから中国への再入国時には、
キルギスから入国した時と同様、厳しい荷物チェックが待っていた。
今回こそは、僕もパソコンの中身まで見られることとなった。
色々聞かれると面倒なので、中国語は全てわからないフリをして、
超不機嫌な態度で応じておいた。
開けられるものは全て開けて散らかし放題、
こちらから尋ねるまで終わったのかどうかもハッキリしない、
「謝謝」の一言も無い、実に不愉快!
その一方、イミグレの係員(判子を押す人)は、
やたら愛想の良い笑顔で「こんな偏狭の国境へようこそオーラ」を出してたりする。
ご丁寧に両手でパスポートをお返しされてしまった日には、
僕の気分もすっかりゴキゲンに戻っていた。(←単純)

中国側国境の町・タシュクルガンでは、前回と同じ宿に泊まり、前回と同じ食堂に出掛けた。
パキスタンのスストでもそうだったが、たった10日ちょっとの期間でも、そこには「再会」する人がいた。
一度知り合った人が、また笑顔で出迎えてくれると、
海外にあって自分のちょっとした居場所ができたみたいで、嬉しくなる。
そしてその分、2度目の別れは1度目よりもずっと寂しくなる。
3度目があるかどうかは、今はわからない。
でも、インシャアッラー。きっと、またね。

食堂の店員さん、大集合!
店員さん大集合@タシュクルガン

な~んにも無い町だけど、町の外れには大草原。
何も無い町の平原で@タシュクルガン
この町には、タジク族の人たちが多く暮らしている。
女性の衣服、きれいでしょ?

大草原で格闘中。おりゃ!
おりゃ!@タシュクルガン

十年早いぜ!
まだまだだな!@タシュクルガン

アテも無く歩いていたら、道案内に来てくれた少年。
城塞案内人@タシュクルガン

町の中心で。
シルエット@タシュクルガン

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旅日記-中国② | 17:40:06 | トラックバック(0) | コメント(0)
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