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joplus

Author:joplus
「もっと世界を見てみたい!」
という単純な理由で、
世界経済危機をものともせず…
否、ただ歯止めがかけられず、
会社を辞めて旅に出た浅はかな男。

でも、いつ終わるかわからない人生、
やりたいことをやりたい時に、
楽しめるだけ楽しまないと♪
…と、勝手に開き直ってる若造です。

たくさんの「違い」に出会うため、
風と気の向くままに歩き回ります。
キーワードは、「自然体」。
できるだけナチュラルな心で、
「違い」で溢れた世界に浸って来たいと思います。

(画像 : photo by たびかめ氏)

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「ギラリ」と濃厚なStation
少し話は戻り、インドに到着した日のこと。

結局この日はバスでアムリトサルへ向かうことにしたわけだが、
その前に列車の方も当たってみようと、一度デリーのターミナル駅へと足を運んだ。

夕方前のニューデリー駅。
切符売り場も、ホームも、駅前の広場も、人・人・人…!
そのエネルギーの凄まじさは、何度も圧倒されてきた中国のそれを超えているように感じた。
そして印象的だったのは、1人1人の目。
バックパックを背負ったまま駅構内をウロつく僕には、
当然の如く、前から横から上から下から「ギラリ」と音のしそうな視線が注がれたのだが、
何千か何万かも数え切れない、その大量の目の1つ1つが、
それぞれ違う輝きを放っているように感じられたんだ。

あぁ、なるほど。
インドって国は一言ではまとめられない国なんだなと、初日にして感じた瞬間だった。
そして、この国を旅して行くことは、あの目の1つ1つと渡り合って行くことなんだなと、
僕の体力では負けちゃうかもな…と、1人苦笑いしたのだった。

ダラムサラからデリーに戻って来た後に、改めて街を歩いてみた。
予想外に建物は汚く道は砂埃まみれのコンノート・プレイス(首都デリーの中心の一つ)に呆れさせられ、
旧市街・オールドデリーの喧騒にも驚かされはしたが、
やっぱり僕にはニューデリー駅の印象が強くて、
用も無いのに出掛けてはプラットホームをぶらついていた。

自分の上半身より高さのある荷物を頭に積んで歩く、素晴らしいバランス感覚のおばちゃん。
その焦点はどこに…?ずーっとずーっと、遥か遠くを見つめ続けるお姉ちゃん。
目が合ってしまったので、そのままじっと見つめていたら、ニヤリと笑った少年。
…1人1人が濃い!
ここを見ているだけでも、この国にはワクワクさせられちゃうなぁ。

…ただ、写真は有りません。1枚も。
インドでは駅(列車?)の写真を撮るのが禁止されているって話を聞いていたのもあるけど、
なんだかどこをどう撮ったらいいのかわからなくて、
途中から開き直って、ここは写真抜きで歩くことに決めてしまった。
写真撮るのは好きだけど、たまにはカメラを忘れて歩くのも面白いかもね。

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旅日記-インド① | 15:55:30 | トラックバック(0) | コメント(0)
不思議な魔力に惹かれて…?
ダライ・ラマ法王がダラムサラに来られるという話は、
アムリトサルからダラムサラへ向かうバスに乗ってから、
そこで出会ったフランス人カップルに教えてもらい、偶然知ったことだった。

ダライ・ラマ14世が現中国領チベット自治区のラサからインドへ亡命したのが、
今からちょうど50年前のこと。
現在、その法王の公邸及び亡命チベット政府の拠点が存在するのが、ダラムサラである。
それはもちろん知っていたが、1年中ほとんど海外を飛び回っている多忙な方なわけで、
ダラムサラでお会いするチャンスなど、僕はまるで期待していなかった。
僕はただ、「インドのチベット」がどんな雰囲気か触れてみたくて訪れたのだが…、
また不思議な巡り合わせに当たっちゃったなぁ~と。

そうそう、前回の日記では「謁見した」と書いたけれど、
正しくは、3日間に渡って行われた「Teaching(チベット仏教の講義+法話かな)」に参加し、
その中で法王さまの姿を拝見したというだけで、
直接対面して握手を交わして…といった話ではないです。念のため。
ちなみに「Teaching」はチベット語で行われ、
いちおう英語の通訳を聞くことはできたのだが、僕の英語力ではさっぱり…。
そもそも、仏教の知識がまるで無い僕には、仮に日本語で聞けたとしても難しいわけで。
「Teaching」後に、その方面に精通した日本人の方による解説会にも加わってみたけど、
それでも半分ぐらいしか理解できなかったかな…。

ダラムサラは、ヒマラヤの山々を見上げる丘の上にあって、展望や空気は素晴らしい。
食事も、インド料理にチベット料理、イタリアン、中華、日本料理まで、
味のレベルが高く、しかも安い店がいっぱい揃っている。
個人的には、フンザで感じた居心地の良さに近いかな。

それも手伝って、長期滞在している日本人の方もたくさんいる。
ただ、彼らのほとんどは「沈没者」ではなくて、
チベットに惹かれ、ここを拠点に仏教文化や言語を学んでいる人たちだった。
ここにはチベット関係の書籍の集まった図書館もあるし、
チベット語を学ぶ講座も開かれているし、そういう意味でも最適の環境なのだ。
他にも、瞑想修行に励んだり、ヨガを学んだりすることもできる。

僕は5泊しか滞在しなかった(それでも、僕が1ヶ所にいた期間としては長い方だけど)が、
最初の日に彼らの数人と混じってトレッキングに行ったのがきっかけで、
一緒になって色々な話を聞かせてもらうことができた。
(考えてみたら、これもアムリトサルを1泊で出たから得られた機会だったんだよなぁ…。)
僕は今、チベットの世界に何となく惹かれるものを感じているわけだが、
面白いのが、今やチベットにどっぷり浸かっている(or 浸かろうとしている)彼らの多くも、
チベットを訪れて「何となく惹かれた」のがきっかけだったということ。
やっぱり、ここには何か不思議な魔力があるのかなぁ…?

チベット仏教も含めて、僕は宗教ってものにまるで関心の無い人間だった。
それがこの旅に出て、色々な宗教の世界に触れてきたことで、今は段々興味が沸いてきている。
別に信者になろうというわけじゃなくて、
世界の歴史を知る上でも、今を知る上でも、
宗教を学ぶってことは外せないことだとわかってきたから、
ただ純粋に、勉強してみたいと思うようになったということ。
ここインドでは、ヒンドゥーを始めとして、まだまだたくさんの宗教に触れる機会がありそうだ。
チベットのように、フィーリングの合うものが新たに見つかるかもしれない。そんな楽しみもできた。

久方振りのマニ車。
久方マニ車@ダラムサラ

久方振りのマニ石。
久方マニ石@ダラムサラ

そして久方振りのチョルテン&タルチョ。
久方チョルテン&タルチョ@ダラムサラ

やっぱり好きだぁ~、コレ。
「なんで?」って訊かれてもわからないけど、落ち着くんだよなぁ~。

実は、ラオスやタイでも、町を歩いていてたくさんの立派な仏教寺院を見つけた。
その割に写真が少ないでしょう?お堂の写真なんて1枚も無いかもしれない。
なぜかわからない。見た目はとてもキレイなのに、「撮りたい」という気が起きない。
見学は自由でも、あまり中を見たい気も起きなかったりする。
何なんだろうね、この違いは?

チベット僧、インドチャイで休憩。(トレッキングコース中のお茶屋さんにて)
インドチャイで休憩@ダラムサラ

僕の気のせいかもしれないけど、
この町にいるチベットの人たち(僧侶も一般の人も含めて)は、どこか表情が穏やかに感じた。
中国内で出会った人たちが固かったというわけではないけれど、
やっぱりここは中国と違って強い束縛から解放されていることと、
ダライ・ラマという圧倒的な存在が傍にいるということが大きいのかな、と。

ヒマラヤ!(トレッキングの終着点、トリウンドの丘から。)
ヒマラヤ展望@ダラムサラ

ぼんやり稜線。
ぼんやり稜線@ダラムサラ

山鳥さん。
山鳥@ダラムサラ

ノリノリフランスコンビ。
ノリノリフランスコンビ@ダラムサラ
ホント、どこで会ってもフランスの人ってノリのいい人が多いよなぁ。
だからかな、今まで欧米人で親しくなれた人はフランス人が圧倒的に多い。
(もちろん、フランス人旅行者の母数も多いのだろうけど。)

トレッキング仲間たち。
トリウンドトレッキング仲間①ダラムサラ
トリウンドトレッキング仲間②@ダラムサラ
トリウンドトレッキング仲間③@ダラムサラ
トリウンドトレッキング仲間④
許可を得てないけど、載せちゃった。
みんなイイ顔してるし、OKですよね?
一番下の写真だけ素顔公開じゃなくて申し訳ないけれど、
この写真、気に入ってるんで許して下さい。

短い滞在だったけど、このトレッキングがきっかけで、
このダラムサラに集まるたくさんの人と親しくさせて頂くことができた。
ここに集まっていた人たちは、1人1人がそれぞれのスタイルをしっかり持っていて、
ハッキリとした目的の無い旅を続けている僕の目には、すごく素敵に見えた。
もっともっとその輪に加わっていたい気持ちもあったけれど、
目的の無い僕がここで長居したとしても、ただの沈没になってしまう。
そうしたら、目的を持ってここに居る彼らとの距離は逆に離れてしまうかもしれない。
それは別れよりもずっと寂しいから、やっぱり行くことにした。

別れ際に、みんなが握手して笑顔で見送ってくれて、本当に嬉しかった。
ダラムサラで輝いて見えた彼らに負けないように、僕は僕の旅を楽しんで行こう。
その先に、また素敵な出会いがありますように!

オマケ。ベジタブルモモスープ。
ベジモモスープ@ダラムサラ
ダラムサラでちょっと人気のお店で食べてみた一品。
「モモ」はチベット料理の一つで、一般的には蒸したギョーザ。
これは、野菜入りモモのスープ入りバージョン。
こういう醤油色のスープで来たのはちょっと予想外だったけど、
酸味(黒酢かな?)が効いてるのでさっぱり感があった。
これはスパイシーなインド料理に食べ疲れた時には堪らない!
…と、まだ食べ疲れるほど食べてもいないのに癒されてしまった。

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旅日記-インド① | 22:55:48 | トラックバック(0) | コメント(2)
法王さま。
たぶん、僕が今までの人生で出会った人の中でも、最もすごい人の一人。

だけど、僕が拝見し、声を拝聴して感じたその人は、
本当は「雲の上の人」のはずなのに、
ずっと近くにいるような親しみを感じてしまう、そんな人だった。
穏やかさと温かさが全身から溢れているような人で、
時には愛嬌のある笑みを浮かべ、自然と場の空気を和ませてしまう。

彼の持つその雰囲気だけで、世界中の人が引き込まれてしまいそうな気がした。
(実際に今、世界中でたくさんの人に支持されているわけだが。)
そういう意味では、やっぱり「すごい人」なのだと思う。

僕がチベット文化圏を訪れた時に感じてきた、不思議な安らぎの感覚…、
その源流の一つは、この方にあったのかな?と思った。

以上、現チベット最高指導者 ― ダライ・ラマ14世に謁見した感想でした。

(こんな風に書いたら、チベット好きの皆さんに怒られちゃうかな?)

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旅日記-インド① | 21:50:08 | トラックバック(0) | コメント(0)
北西端からのスタート
今年8月、パキスタンのフンザ周辺にいた頃に、
「これから南下してインドへ向かう。」と言う人に何度か出会った。
その頃はインドビザも持っていなかったし、僕は元々の予定通り中国に戻ったわけだが、
一度はインドに程近い場所まで来ていたわけだ。
(…と言っても、パキスタンの北端に近いフンザからインド国境までは丸2日程かかるのだが…)

あれから約3ヶ月。
中国、ラオス、タイと、大回り道を経て、今ようやく「反対側」に辿り着いた。

遅延が多いと評判のエア・インディアであったが、
バンコクを9時に出た飛行機は、ほぼ定刻通りの昼過ぎにインドの首都・デリーへ到着した。
そして、その日のうちにアムリトサル行き夜行バスに乗り込んだのは、
上のような感慨に浸りつつ、
北東の端(厳密には端ではないが…)から気持ち良くインドの旅をスタートしたいなという、
単なる自己満足のためであった。我ながら、下らない話だとは思うが…。
(なお、まだほとんど何も見ていないデリーへは、近々また戻る予定。)

アムリトサルの町は、パキスタン国境まであと30kmの位置にある。
旧市街の広場を歩いていると、決まって乗合リキシャー(バイクタクシー)の客引きが、
「ワガ・ボーダー(国境の名前)?」と声を掛けてくる。
パキスタンに戻る予定の無い僕がそれに応じることは無かったが、
僕は一人勝手に、目的の「来たぞ~!感」に浸っていた。

さて、そんなどーでもいい目的は別にして、アムリトサルには元々来てみたいと思っていた。
この町で有名なのは、なんと言っても「黄金寺院」。
多彩な宗教が混在しているインドの中で、
ここはスィク教と呼ばれる宗教の最大の聖地なのだそうだ。

…と言っても、僕はまだインドに足を踏み入れたばかり。
多宗教の国・インドの実際をまだ見たわけでもなければ、
スィク教がどういったものなのかもよくわかっていない。
なんとなく、パッと見で目を引く美しさの黄金寺院を一目見てみようかという軽い動機であった。

町で買ったバンダナ(髪の毛を隠すため)を頭に巻き、裸足になって寺院へ入る。
これがスィク教の寺院参拝の最低限のマナーなのだそうで、
逆にそれさえ守れば、誰でも無料で参拝させて頂くことができる。

ヒヤリとした冷たさが気持ちいい大理石の床を進んでいくと、
すぐに目的の黄金寺院本堂が姿を現す。

聖なる池の中心に浮かぶ、黄金寺院本堂。
黄金寺院(昼ver.)@アムリトサル

外周も立派。
黄金寺院外周@アムリトサル

黄金寺院・夜バージョン。
黄金寺院(夜ver.)①@アムリトサル
黄金寺院(夜ver.)②@アムリトサル

それは確かに、期待通りに美しかった。
しかし、ここには煌く寺院そのものよりも心惹かれるものがあった。

それは、人々の祈る姿。
祈りの姿@アムリトサル

沐浴する人。
沐浴する人①@アムリトサル
沐浴する人②@アムリトサル
スィク教の男性(※あくまで主流派の話)は髪と髭を切らず、
頭にはターバンを巻き、腕輪を付けるのが基本スタイル。
僕が描いていた「インドっぽい」イメージってこんな感じだったけど、
インド最大宗派のヒンドゥー教ではなかったのだな~と、また一つ自分の無知を知った。
ちなみに、下の男性が頭に載せているのは短剣で、これもスィク教徒のアイテムの一つ。

祈ってるんですからね?決して眠っているわけではないですからね?
寝てません!@アムリトサル

ま、でも眠っちゃいけないなんてルールは無いか…。
池端で@アムリトサル

大理石の床に座り、しばしぼんやりと、一心に祈りを捧ぐ人々の姿を眺めていた。
どの国のどの宗教であっても、
それが全く知らない宗教の世界でも、いつも人が祈る姿は美しいんだな~と思う。
そして、人々が祈りを捧げるその場所もまた、美しく見えてくる。
黄金色の立派な寺院はより一層輝きを増すように感じてくるし、
それがたとえ無名の、どんなに小さくて寂れた場所であっても同じなんだよな~。
信仰心などまるで無いに等しい自分がそんな風に感じるのが、すごく不思議なんだけどね。

ただ、祈りのシーンを写真に収めるべきなのかどうかは、いつも悩むところだったりする。
どうしても、真っ直ぐにカメラを向けるのは気が引けてしまうのだけど、
でもやっぱり撮りたい時は、できるだけ遠くからズームをフル活用して、
極力邪魔にならないように撮らせて頂いております…。

この寺院では、参拝客のために食事が無料で振舞われている。
入口で盆とスプーンを受け取ったら奥の部屋に進み、
他の参拝客と共に列になって腰掛けてしばし待っていると、
チャパティ(薄焼きパン)とカレーを載せてもらえるのだが、
あまりにスピーディなので、カレーが飛び散る。(笑)

寺院の無料ターリー(インド式定食)。なかなか充実の内容。
無料ターリー@アムリトサル

こちらは参考。インド最初の食事となった、デリーのとある食堂のターリー。
初メシ@デリー
素朴な味のチャパティを食べていると、エジプトのホブス(パン)を思い出した。
インドのカレーは水っぽいと聞いていたけれど、ここはそうでもなかったな。
スパイスの聞いた味付けは、パキスタンで食べたそれを思い出した。
白っぽいのはヨーグルトで、スパイシーなカレーと混ぜてマイルドにするも良し、
食後の口直しにするも良しで、上手い取り合わせだなぁと思う。

食後は自分の盆を持って外へ出て、食器洗い係(?)の人に渡すだけ。
1日中、猛烈な勢いで盆を洗う音が辺りに響き続けていたのが印象的だった。
いったい、1日に何千人分の食事がここで提供されているんだろう…?

また、寺院の向かいには参拝客向けの巡礼宿があって、
外国人専用部屋まである上、なんとここも無料。(チェックアウト時にお布施を渡す。)
ただ、さすがに人気のため、外国人部屋もベッドが足りずに床で眠る人がいたし、
スィク教徒の宿泊客は、部屋にすら入れず外で寝ている人も多かった。

僕はここで1泊だけしたのだが、
ふと思い立って、翌朝にはまた別の町へ移動することにしてしまった。
インドに入って即の夜行移動で疲れもあったし、寺院の空気は大好きだし、
もう1日ぐらいはのんびりと寺院で過ごすのも悪くないと思っていたのに、
なぜか朝になって気分が変わったのだ。
強いて言えば、スィク教徒でもない自分が、この環境に長居するのに遠慮してしまったのかな。
何度でも自由に食べに行ける無料の食事も、結局一度だけに留めた。
(この辺は、日本人的感覚なのかもしれない…。)

アムリトサルを発つバスが出るお昼まで、朝の町を散歩した。
僕にとっては、ほとんど初めて歩くインドの町だ。

賑わい始める町。
賑わい始める町①@アムリトサル
賑わい始める町②@アムリトサル
賑わい始める町③@アムリトサル

2階からおはよう!
2Fからおはよう!@アムリトサル

スィク教おじさんのチャイ屋さん。
スィク教おじさんのチャイ屋さん@アムリトサル
インド式の甘~いミルクティーは、これまたパキスタン以来で懐かしくなった。

チャイ仲間。
チャイ仲間@アムリトサル

サイクルリキシャー(自転車タクシー)にも初めて乗った。
僕が選んだドライバーは、白髭を蓄えたおじいさん。
ちょっと太り傾向にある僕と荷物で、合わせて80~85kgになるだろうか。
おじいさんがその細い足でペダルを漕ぎ出すと、ギチリギチリと、重たそうな音が聞こえる。
黄金寺院の辺りからバスターミナルまでは約10分程だったか。
その間、最初から最後までずっと、おじいさんは「立ち漕ぎ」だった。
乗る前に約束した10ルピー(=約20円)を渡す時、
言い値の20ルピーを値切ってしまったことがなんだか空しく思えた。
(いちおう、相場は10ルピーぐらいらしいのだが…)
これだけ苦しい仕事で10ルピーだなんて…、と同情したわけじゃないよ。
力いっぱい漕ぐおじいさんの背中がカッコ良かったから、
いくら相場とは言え、その仕事振りに10ルピーは安過ぎたように感じたということ。
(今思えば、チップを渡せば良かったのか…。)
それでも、おじいさんは気持ちのいい笑顔で10ルピーを受け取り、
また次の客を求めてゆっくりと走り出して行った。
今日、彼は何人のお客さんをその足で運ぶのかな…?

リキシャーおじいさんの背中。
リキシャーおじいさんの背中@アムリトサル

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旅日記-インド① | 17:00:42 | トラックバック(0) | コメント(0)

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