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joplus

Author:joplus
「もっと世界を見てみたい!」
という単純な理由で、
世界経済危機をものともせず…
否、ただ歯止めがかけられず、
会社を辞めて旅に出た浅はかな男。

でも、いつ終わるかわからない人生、
やりたいことをやりたい時に、
楽しめるだけ楽しまないと♪
…と、勝手に開き直ってる若造です。

たくさんの「違い」に出会うため、
風と気の向くままに歩き回ります。
キーワードは、「自然体」。
できるだけナチュラルな心で、
「違い」で溢れた世界に浸って来たいと思います。

(画像 : photo by たびかめ氏)

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最南端のゴール
海が見えたぁ~!!

ものすごく久々のような気がしたので振り返ってみたら、本当に久々だった。
実にヨーロッパ以来、半年以上振りに見る海!
心地良い潮風には、懐かしさすら感じる…。

南インドの、その南の端に位置する町・カニャークマリ。
つまり、ここはインド亜大陸の最南端。
そう、あの逆三角形型をしたインド地図の、一番下の先っちょ。
東に海(ベンガル湾)、南にも海(インド洋)、西にも海(アラビア海)!なのだ。

青に囲まれる、ヴィヴェーカーナンダ岩。
青に囲まれた岩@カニャークマリ
ヴィヴェーカーナンダとは、どーんと立っている像のモデルの方の名前。
ここは、有名なヒンドゥー教の宗教家である彼が、瞑想に耽った場所なのだそうだ。

ここカニャークマリもまた、ヒンドゥー教の聖地の1つ。
人々は最南端の海岸で東の海から昇る太陽を待ち、
日の出と共に清らか(本当にキレイ)な海水で沐浴をする。

太陽を待ち侘びる人々。
光を待つ人々①@カニャークマリ
光を待つ人々②@カニャークマリ
光を待つ人々③@カニャークマリ

海岸周辺に、数千人は詰めかけていたと思う。
ここは本当に小さな町なのだが、どこからそんな大量の人が現れるのか…?不思議だ。

ヴィヴェーカーナンダさんも待っている?
朝を待つヴィヴェーカーナンダさん@カニャークマリ

そして、光がやって来た…!
ある1日の始まり①@カニャークマリ
ある1日の始まり②@カニャークマリ

低い雲からようやくチラリと顔を出した赤い陽は、
その光を待ち侘びていた人々の歓声と拍手で迎えられた。
清らかな大海原より、また新たな1日を届けに昇って来たお天道様。
その偉大なる恵みに感謝する。
ヒンドゥー教徒でない僕でも、その喜びは感じることができた。

そして、沐浴が始まる。
夜明けの海水沐浴①@カニャークマリ
夜明けの海水沐浴②@カニャークマリ

実は、こんなに賑やかなんだけど…。
集団沐浴@カニャークマリ

陽が昇りきった頃には、沐浴場は海水浴場に?(今回は、オールパパラッチで。)
海水浴タイム①@カニャークマリ
海水浴タイム②@カニャークマリ
海水浴タイム③@カニャークマリ
海水浴タイム④@カニャークマリ
大人も子どもも、無邪気そのもの。
その純粋な喜びの表情を見ていると、なんだかホッとさせられた。

真っ白教会。
真っ白教会@カニャークマリ
空の青とのコントラストが最高。
もうちょっと高い位置から見下ろせれば、この裏に迫る海の青も同時に眺められるんだけどな~。

特に南インドの西部にかけては、
歴史的にヨーロッパとの交易が盛んだったため、キリスト教徒も多いそうだ。
かの大航海時代と呼ばれる時代に、
ポルトガルのヴァスコ・ダ・ガマさんがインド航路を開拓したのは有名ですな。
彼が到達したのが、アラビア海沿岸にあるカリカットという町(マイソールから約100km南西)だそうだ。

そして夕方、太陽が西の海へと向かって傾き始めると、
再び大勢の人々が海岸に集まり、消え行く光を見届ける。

もう定番(?)のシルエットフォト。
夕暮れシルエットタイム@カニャークマリ

最後の輝き。
ある1日の終わり①@カニャークマリ

水平線へ消える、オレンジボール。
ある1日の終わり②@カニャークマリ
ある1日の終わり③@カニャークマリ
今日も1日、ありがとう!

1日の始まりと終わり、その両方を最後まで見届けられる場所は、
世界中を探してもなかなか見つからないだろう。
ここが聖地とされる理由も、
ヴィヴェーカーナンダさんが瞑想の地として選んだ理由も、わかる気がするなぁ~。

------------------------------

そして僕は今、カニャークマリから少し西へ離れたトリヴァンドラムという町に来ている。
タイトルは「最南端のゴール」だけど、正確にはここがインドの旅の最終地点となる。

いちおう、インドを僕なりに総括してみたいと思ったのだが…、
これほどまとめづらい国も他に無いんじゃないかな?
なんと言っても人口は11億人、国土も巨大で、多彩な色を持つ国だ。
恐らく、100人訪れれば100通りの感想が生まれるんじゃないかと思う。
(それは、インドに限らず他の国も同じかもしれないが…)
…なんて言い訳したところで、既に好き放題言いたいことを言いまくってるんだよな。(笑)
今回もあくまで僕の感想ということで、思ったままを書いちゃうことにする。

まずは後半で訪れた南インドについて、
一般に「北より南の方が旅しやすい」と言われるのは正しいと思った。
既に前の日記で触れた通りで、英語が通じやすかったり、交通の便が良かったり、
それに、治安の面でも北より良いんじゃないかと思う。
夜でも明るい町が多かった。それは実際の明るさもそうだし、雰囲気的にも。
僕が訪れた町では、よほど路地に入り込まなければ、
夜に出歩いても何ら問題は無さそうだった。
北でも、デリーやコルカタなどのツーリストの多い繁華街は問題無いけれど、
少し道を外れると、無意識に緊張させられることがあった。

というように、旅しやすい南インドではあるのだが、
一方、長く滞在してみたいと思う町も見つからなかった。
それは必ずしも居心地の良し悪しだけじゃなく、
例えば北部のコルカタのように、もっともっと歩いてみたくなるような、
強い刺激で溢れている場所も見当たらなかったのだ。
別に不満が残っているわけじゃないのだけど、
どこの町に行っても2~3日居れば十分な気がしてしまった。
だから今は、今回一度来られたことでもう十分な気がしている。

それから、訪れる前から気にしていた「人の良さ」については、
北も南もそんなに変わらないような気がするんだけど…。
これはたぶん、北だろうが南だろうが、訪れる場所次第なんじゃないかな?
南に来ると、ツーリストエリアと呼べるものがほとんど存在しないので、
その分鬱陶しい客引きなどに出会うことが少なくなり、
穏やかな印象を持つ人が多いのではないかと。

逆に、北インドでもガイドブックに載っていないような小さな町へ行ってみれば、
きっとまた違った印象を受けるんだろうな~と思う。
僕が見る限り、インドでは、どんな町でも(質はともかく)何らかの宿は見つけられそうに見えた。
行き当たりばったりでバスや列車を途中下車し、
地元の人々だけが歩く町をぶらりぶらり…、そんな旅も可能だと思う。
今回の旅では、そういう歩き方がほとんどできなかったのが残念。

しかし、そもそもインド人の印象自体、これがもう本当にまとめようがない。
あまりにも色んなタイプの人間が混在していて、
「インド人は、こんな人間が多い」といった傾向を挙げることすら難しいように思う。

これは、インドという国全体の印象に関しても同じ。
好きになれた面も、嫌いになった面も、僕の中でごちゃごちゃになっている。
ただ、好きとか嫌いとかの次元を超えて、
強烈に何かを考えさせてくれるものが、このインドには確かにあった。
だから、その刺激を求めて「また来たい」という気持ちはある。

前の日記でも触れたが、僕にとってその刺激を味わった代表格がコルカタの町だった。
また、コルカタからは遠いけど、最高に居心地の良かったダラムサラもまた行きたいし…。
(今回訪れた中で、あの町だけはインドであってインドではない、と思ってる。)
なので、もし次があるなら、僕はきっと北インドを選んで行くことになるだろうな。

よく、インドを訪れた人は、
「二度と行きたくない」ほど嫌になるか、
「何度でも行きたい」ほどハマッてしまうかのどちらかだと言われる。
僕の結論は、いつもの天邪鬼らしく、「その中間」ということで。

混沌の中にこの世の全てが存在している…、そんな国だから、
どれだけ歩いても捉えきれないように感じることも、ある意味で当然なのかもしれない。
けど、きっとそれこそがインドの魅力なんだよね。

さて、僕に残されたインドでの滞在時間は、残すところあと12時間ほど。
明日の夕方には、再び東南アジアへ降り立つ。
いよいよ、徐々に日本へ近付いて行くなぁ…。

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旅日記-インド③ | 19:45:34 | トラックバック(0) | コメント(2)
ヒンドゥーとの相性は…?
昼は確実に30度は超えているだろう熱射にクラクラし、
夜は無数に湧いて出る蚊に悩まされる。
これが日本と同じ、北半球の1月とは…。

再びタミルナードゥ州の東沿岸地方に戻って来ると、
高原であるカルナータカ州の内陸(マイソールなど)は、まだ過ごしやすかったのだなと気付く。
これじゃあ、日中はとても散策する気になれん…。

昼間から安宿のベッドに寝転がり、
ガタガタと音を立てて回るファンを見上げながら、ぼんやりと頭に浮かんだこと。

国や町が発展していくにあたって、気候の良し悪しってのも1つ大きなハンデになるよなぁ…。
所詮動物である人間が、暑さにダレるのは当然っちゃ当然のこと。
この猛烈な蒸し暑さの中で、気合いだけで仕事の能率を上げられるか?

気候条件は、水の豊富さ、土壌の肥沃さなど、その土地の豊かさに関わってくる。
だからこそ、かつて人々は時に豊かな土地を求めて争いを起こした。
…なんてことは、とっくの昔に学校で習った話なんだけども、
頭の悪い僕は、こうして気候の違いを体験して、初めてそういう歴史や現実にピンと来るのだった。

しかし、暑さの中でも、Yシャツにスラックスの西洋式正装で出勤するインド人の姿も見かける。
…が、足元を見ると、多くの人はサンダル履きだったりする。
それが何故か、革靴を履いているよりも、この環境では逆に自然に見えてしまったりする。
格好にこだわるより快適さを重視した方が、仕事もよっぽど捗るかもしれないし。
日本でサラリーマンのサンダル履きを認めろなんて言う気は無いけど、
こういうイイ意味でのラフさが、もうちょっと日本社会にもあって欲しいかな…とは思う。

さて、そんな暑さと関係があるのかどうかは知らないが、
タミルナードゥ州にあるヒンドゥー寺院の多くは、
昼過ぎから夕方16時頃までは門を閉じているところがほとんど。
僕がやって来たタミルナードゥ州第3の町・マドゥライも、
全インドでも有数の聖地とされるミーナークシー寺院が一番の見どころなのだが、
やはり一番暑い午後の時間は中に入れない。
寺院は朝にぶらっと歩き、それからお昼のミールスで満腹になった後は、
ふらふらと部屋に戻ってゴロゴロと…。痩せる要素、まるで無し!

ミーナークシー寺院のゴープラム(塔門)。
ド派手ゴープラム①@マドゥライ
ド派手ゴープラム②@マドゥライ
ド派手ゴープラム③@マドゥライ
寺院の東西南北4つの入口に、この巨大ド派手門が立っている。
門の外面にうじゃうじゃいる(表現が悪いけど…)のは、全てヒンドゥー教の神様。

東の門前で見守る、ナンディー像。
ド派手ナーンディー①@マドゥライ
ド派手ナーンディー②@マドゥライ
これまた派手な謎の動物は、いちおう(失礼だけど…)牡牛。
ヒンドゥー教の2大神格の1人であるシヴァ神の乗り物であり、
だからヒンドゥー教徒にとって牛は神聖なものというワケだ。
つまり、もしシヴァ神様が馬かラクダにでも乗ってくれていたならば、
僕がバラナシの路地裏で牛に追われることもなかったのだな…。(←しつこい)

寺院とは直接関係無いけど、朝陽を浴びる建国の父。(ゴープラム脇にて。)
朝陽浴びる建国の父@マドゥライ

寺院内部には、象の像…ではない。こちらは本物!
本物象さん@マドゥライ

ここは、今まで訪れたいずれのヒンドゥー寺院よりも参拝者が多かった。
なんでも、1日に1万人以上が訪れるとか…?
それだけに、寺院内部に足を踏み入れると、
その人々のエネルギーからか、聖地たる雰囲気を強く感じることができた。

その雰囲気は決して嫌いじゃない。
が、どうやら全てのヒンドゥー寺院に共通なのだが、僕は何となく居心地が悪く感じてしまう。
実はこのミーナークシー寺院のあるマドゥライに来る前にも、
少し北のタンジャーヴールという町に寄り道し、
世界遺産にもなっているブリハディーシュワラ寺院を見学してきたのだが、
やはり何かが落ち着かなかったため、
予定を早めて、さっさとマドゥライに移動して来たのだった。

ブリハディーシュワラ寺院の本堂。
ブリハディーシュワラ寺院本堂@タンジャーヴール
約1,000年前、チョーラ朝という時代に建てられた代表的な建築なのだそうだ。
こちらの寺院は、今も生きた聖地というよりは、遺跡に近かったかな。
訪れている人も、巡礼者より観光客の方が多かったように思う。

どちらの寺院も、本堂やゴープラムの全面に描かれた神々の彫刻と、
そのスケールはスゴイなと思う。
…けど、それ以上の感想が湧いて来ないんだよな。
そこには、ヒンドゥー教徒の人々を惹き付ける何かが存在しているのだろうけど、
それが僕にはピンと伝わって来なくて、ウソでも手を合わせてみようかって気分になれなかった。
なんでかな?って、色々考えてみたけれど、残念ながらハッキリした答えは浮かばない。
また「相性」って言葉をここで使うべきなのかわからないけど、それがイマイチだったのかな?

ただ、そこで祈りを捧げる人々の姿に惹かれるのは、ここでも変わらない。
神との対話中…?@マドゥライ

佇んでいるだけで絵になってしまう、罪なおじさま方。
罪なおじさま①@マドゥライ
罪なおじさま②@マドゥライ

廊下は走らず!って、学校で教わらないのかい?
廊下は走らず!@マドゥライ

紅白ガートの3人娘。
紅白ガートの3人娘@マドゥライ

ヒンドゥー教に関しては、フィーリングだけではピンと来なかったからこそ、
逆にもっとその中身を知ってみたくなった。
教徒達の篤い信仰に、あの神々がどう応え、
彼らにどんな救いや安らぎを与えているのか…、そんなところも探ってみたい。

オマケで、ある日の朝食メニュー。
イドリー&ヴァーダ@マドゥライ
手前の白い円盤型のものは、イドリーという米の粉の蒸しパン。
甘味が無い代わりに酸味があるのが独特で、
僕はこれをバラナシの屋台で初めて食べたのだが、正直なところイマイチだと思った。
…が、南インドに来てリトライしてみると、
写真右の器に入っているようなソース(豆や野菜のカレーなど)と合わせて食べるものだと知った。
これで一気にハマッてしまい、今や僕のお気に入り朝食メニューである。
原料が米のためか、軽いのに意外と腹に溜まる。
(今でも、単品味付け無しで美味しいものとは思わない。バラナシで食べた時は、それだったのだ…。)

奥の横長の器に入っているのは、ヴァーダという豆のドーナツ。
これも甘くなく、揚げ立てのサクサクを上のイドリー同様にソースに付けて食べることが多いのだが、
ここではダール(豆のカレー)をぶっかけた状態で出してくれた。
サクサク感の代わりに、ダールのスープが染みてジュワッとなっており、これまたイケる。

朝メシはこのイドリーやヴァーダ、前回載せたドーサーなどで軽く済ませ、
昼メシはミールスでガッツリと、
夜メシはあまり腹が減っていなければ朝と同様の軽食で、
あるいはしっかり米が食いたい時はビルヤーニー(これも以前載せた、インド流ピラフ)、
といった食事パターンを取ることが多かった。
たぶん、これが南インドのローカルの人々に倣った食生活だと思うのだが…?

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旅日記-インド③ | 19:15:28 | トラックバック(0) | コメント(2)
盛りだくさん。
元旦の月食に続き、今度は日食を見た。

1月15日、インド時間の11時から15時にかけて。
たまたまその時いたマイソールの町で見れたのだが、これは有名な話だったのだろうか?
「1月末頃に、南インドで日食が見れるらしい」とは耳にしていたのだが、
具体的な日時や見られる場所は、直前まで全く知らなかった。
昨年夏の皆既日食の際は、日本では一大イベントのようになっていたように見えたけど、
今回は「皆既」じゃないし、
日本では見られないから特に騒がれなかったのかな?
ちなみに、前回の日食は、日本では天気が悪くてダメだったと聞いたけど、
こちらインドではバラナシ辺りで見られたらしいね。

日食は13時頃がピークだったようで、
太陽の下半分が三日月形に大きく抉れているのが肉眼でもわかった。
今回の日食では「金環(月の影が太陽の中にすっぽりと入り、太陽がドーナツ形に見える状態)」が見られると聞いていたが、
それはどうやらこの辺りではダメだったようだ。
(写真は撮れなかった…と言うか、あれって普通のカメラで撮れるもんなの?)

はっきり覚えてはいないが、日食を見たのは初めてではない。
たしか以前見たのは…、小学校の時だったか。
「へぇ、本当に欠けてるや~」程度にしか思わなかった気がする。(冷めた子どもだったのか?)
しかし、それから20年程も歳を取った今回も、感想としては同じ。(成長してないのか?)
滅多に見られないものだからと言われても、特に視覚的に美しいもんでもないし…。
これが「皆既」だったら、また違った感想になってたのかな?
何か珍しい自然現象を見られるんだったら、個人的には流星群の方が惹かれるなぁ~。
「○○流星群」というやつを、一度山の上で見てみたい。

マイソールで見た(観た)もの、その2。
インドにいるうちに一度は行ってみたいと思っていた映画館へ。

町の中には、ぶらっと歩いただけで3ヶ所の映画館を見つけたが、
いずれも1本立てで別の映画を上映しているようだった。
せっかくなので、中でも一番「濃そう」な作品を選んでみた。

その広告がコレ。
「濃そう」な広告@マイソール

僕が選んだ映画館では、座席が3クラスに分かれていた。
3等は、1階の最前列と2列目の、一番首が疲れる席。料金は20ルピー。
2等は、3等以外の1階席全てなので、最も席数が多い。35ルピー。
1等は、2階のバルコニー席。50ルピー。
チケットを買う時は席の並びまでは知らなかったので、
「一番庶民的な場所で」と思って3等を選んだのだが、せめて2等にしときゃ良かった…。

さて、気になる映画の内容は…、
始まりは、太ったおっさん達とオカマ男とおばさん数人のいる賑やかな宮殿から。
何故か急に場面が変わって、大学のようなところで、ケンカの仲裁をしている主人公。
割り込んで来た別の男と、主人公が何故か睨み合う展開に。
2人は何故かそれぞれのサッカーチームを率いて因縁の対決。
「カ○フーサッカー」ばりの暴力上等なのに何故か審判が全く笛を吹かないゲームで、
結果は主人公チームの勝利。敗者に握手を求める優しき主人公。
また場面が変わり、主人公とその仲間達が、
何故か結婚式場に乗り込み、望まない結婚を迫られていたヒロインの女性を助け出す。
が、これでもか!ってぐらい悪者顔の結婚相手の男がそれに気付き、
主人公の車を追ってカーチェイスシーンがスタート。
なんとか逃げ切った主人公一行だったが、
市場の中で再び悪者軍団に見つかってしまう。
走り去る列車に飛び乗って逃げようとするシーンでは、
何故か悪役だけが列車に追い付かない。
しかし、主人公とヒロインの2人も列車に飛び乗れず、やむなく森の中に逃れる。
ここで、ヒロインに一目惚れしていた主人公は、
熱烈な想いを込めて突如ダンスシーンに突入。しかし、なかなか振り向かないヒロイン。
ダンスが終わり、森を抜けようとしたところ、
しつこい悪者に再び見つかり、バトルシーンに突入。
何故か物凄く強い主人公、悪者を圧倒。
その戦いぶりにヒロインも心を奪われ始める。
町に戻って来た2人は、何故か最初に出てきた宮殿で働くことになる。
が、ヒロインが1人で沐浴に行った日、
しつこく後を追い続けていた悪者の一派に見つかってしまい、再びヒロインは捕らわれの身に。
しかし、何故か先に待ち伏せしていた主人公が彼女を助ける。
確かこの辺りでもダンスシーンがあって、だいぶラブラブ度が増していた。
けれども、彼女は何故か一旦捕らわれることを選ぶ。それがお互いのためなのか…?
主人公、必ず彼女を迎えに行くことを誓う。

…と、ここまで約1時間半が経過したところで、一旦休憩を挟んでから後半へ。

銀行で金の入ったブリーフケースを盗まれたドジな男。
うなだれる彼の元へ、何故か主人公がケースを取り返して現れる。
このドジ男は、何故かヒロインが捕らわれている宮殿へ定期的に出向かっており、
それに主人公が部下として同行することに。
何度か行き来を繰り返すうちに、何故か悪者軍団に気に入られていく主人公。
また何故か、最初の宮殿の太ったおっさん達もこちらに招かれ、一緒に食事を楽しむ。
ヒロインとの仲も公認のようになってきたところで、
主人公に恨みを持つ悪者が再び襲いかかって来る。
が、やはり強い主人公。無傷で悪者どもをあっけなくなぎ倒す。
こうして敵のいなくなった宮殿で、クライマックスに盛大なダンスが披露され、
主人公とヒロインがめでたく結婚して、めでたしめでたし☆

さて、「何故か」って言葉を何回使った?

僕が超大雑把に書いてる(途中から書くの面倒臭くなったし…)のもあるけど、
でも実際にこんなハチャメチャ展開だったのだ。
音声がヒンディー語(たぶん)なので話の内容が掴めなかった部分もあるけれど、、
恐らくは日本語訳があったとしても、この話の流れはやっぱり意味不明だろう。

アクション、コメディ、ラブロマンス、そしてミュージカル(ダンス)、
ストーリーは二の次に、あらゆる「盛り上がり」の要素を片っ端から詰め込み、
ある意味で単純明快に作り上げられたと言える、超お気楽ワイワイ映画。
僕のイメージ通りのインド映画であった…。

コレが面白いものかねぇ?と思うのだが、観客は大盛り上がり。
ちょっと主人公がカッコいいところを見せればピーピー口笛を鳴らして囃し、
ダンスシーンでは手拍子喝采でリズムに乗り、
そんな様子を見ていると、なるほど、
製作者側の意図は十分に達せられているのかもしれない。

インドは映画の年間製作本数世界一だそうだが、
明らかに質より量になっていると予想。
まぁそれで需要は満足されているように見えたから、いいのかな。
何となく、映画という娯楽の原点を見たような気がした。

マイソールで見たもの、その3。
この町で唯一観光らしい観光をした場所が、マハーラージャーパレス。
インドで1、2を争ったほどの超大金持ち藩王が建てた、巨大な宮殿だ。

豪華宮殿、昼バージョン。
豪華宮殿(昼ver.)@マイソール

正面門の外から。
正面門(昼ver.)@マイソール

この宮殿が、日祝日の夜限定で盛大にライトアップされる。
ちょうど日曜にタイミングが合った、と言うより合ってしまったので、
寂しい1人イルミネーション見物に行ってみた。

これはライトアップ前、不気味な塔。
不気味タワー@マイソール

聖なる門、魔界の門に変貌…?
悪魔の門@マイソール

そして豪華宮殿、ライトアップバージョン。
豪華宮殿(ライトアップver.)①@マイソール

同じく、右サイドから。
豪華宮殿(ライトアップver.)②@マイソール

正面門もライトアップ!
正面門(ライトアップver.)①@マイソール
正面門(ライトアップver.)②@マイソール

思った以上に派手な演出で、なかなか見応えはあったけど、
やっぱり1人で来るところじゃないやね…。
楽しそうな地元インド人の家族連れや欧米人カップル旅行者を尻目に、
すごすごと退散したのであった…。

マイソールで見たもの、…ではなく、食べたもの。

インド式クレープ、ドーサー。
マサーラードーサー@マイソール
コルカタの日記でドーサー屋さんの写真を載せたけど、
肝心の皿の方をちゃんと撮ってなかったので。
このドーサー、今は北でも見かけるけど、元々は南インド料理らしい。
僕がいつも頼むのは、スパイシーなポテト炒めが入ったマサーラードーサー。
「クレープ」の皮は、お菓子のクレープのようなしっとりもちもちではなく、
パリッと香ばしく、薄いせんべいのような感じ。
それを、皿の上に載っているタレやスープに浸して食べる。
↓のミールスはランチタイムにならないと出てこないので、
その前の軽い朝メシに最適☆

南インド式定食、ミールス。
ミールス@マイソール
お皿代わりにバナナの葉っぱを使うのが南インド流。
それだけで、何かワクワクさせてくれる。

ライスの左にある揚げ物は、パパルという豆のせんべい。
北インドのターリーや、ネパールのダルバートにもよく付いてきた。パリパリで香ばしい。

ライスの上、葉っぱの上に直接盛られている3点のうち、
真ん中はアチャールと呼ばれる漬物。インド流福神漬け?
日本のものより甘みは控えめで味にコクがあって、僕はこっちの方が好み。

アチャールの左右に盛られているのは、野菜カレー。
また、その上の銀の器に盛られているのも、右2つはやっぱり野菜カレー。
(一番右は特に水っぽく酸味があったので、どちらかと言うとスープなのかな。)
一口に野菜のカレーと言っても、スパイスの使い方や野菜の種類で、
味のバリエーションは本当に多彩。
このミールスもベジ(肉無し)だけど、野菜だけでも全く物足りなさを感じない。
インドでは、ヒンドゥー教徒の多くや「無殺生」のジャイナ教徒などベジタリアンが多いため、
メニューだけでなく、店の時点でベジとノンベジ(肉入り)の専門が分かれていることも多い。
そんな土地だからこそ、豆や野菜の調理法が発達したのだろう。
逆に、インドのノンベジ(肉入り)メニューを頼むと、
ベジの倍かそれ以上に値段が張り上がる割にボリュームは少なく、
肉の質もそんなに良くないと思う。
個人的には、インドにいる間はベジメニューの方が満足できる。

最後に、一番左の銀の器はダヒーと呼ばれるヨーグルト、
その上の器も、ヨーグルト系のスープ(?)だった。
甘さは無いが、スパイシーな味に疲れた舌をさっぱりさせてくれる。

そして、このうち銀の器の4品とパパルを除いては、全て食べ放題!なのだ。
(※あくまで、この店の場合。店によっては、例えばライスおかわりが有料の場合も。)
これで値段は50ルピー(=約110円)。
これは地元が教えてくれた人気店で食べたものなのだが、これでも高い方。
安い店なら30ルピー前後で食べられることもある。

このミールスならば、ハマりにハマッたネパールのダルバートに対抗できるかも?と期待していたが、
期待通り、値段も味もボリュームも申し分無し!
実を言うと、遠路遥々南に来た理由の1つに、このミールスを食べてみたい!という思いもあった。
いやしかし、実際これだけでも28時間列車に乗った価値はあったかもしれない。

世の中にカレーが好きな人は多いけれど、僕は元々そこまで好きってほどでもなかった。
自炊で作ることもあったけど、食べたいからと言うよりはお手軽だからという理由だったし、
子どもの頃、家の晩飯がカレーだと聞いてもあまり喜ばない方だった。
たまにカレー専門店などで食べると美味いな~とは思うけど、
自分から外食でカレーを選ぶことは少なかった。

だから、これまではどこでもローカルフードで満足していた僕でも、
インドに1ヶ月以上もいたら、さすがに飽きるんじゃないか?と思っていた。
それで、恐らくネパールで増加したであろう体重を減らせればと目論んでいたのに…、

全く飽きねぇ!

むしろ、ますます食欲が上がってるんじゃないか?
このままでは、旅に出ていながらメタボで帰るなんてオチが付いてしまいそうだ…。

------------------------------

タイトル通り、「盛りだくさん」なんだけど…、
珍しく無い頭を使い続けていた反動か、
南に来てからは、動き回ってるわりに感じることの少ない日々が続いてるかな。
日記も長くなるだけで、書いてて単調な気がする。
(全部読んでくれた方には、ちょっと申し訳ないです。)

まぁ、そういう時もあるやね。
またじっくり考えたいことができた時のために、今は少し頭を休めておきます。

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旅日記-インド③ | 16:40:50 | トラックバック(0) | コメント(3)
南国のチベット
デカン高原の最南部に位置する都市・マイソールに着いた日、
宿にチェックインしていたところ、
上階から日本人にも見える顔立ちの男性が1人降りてきた。
彼も僕に気付いたので、「Where are you from?」と話し掛けたところ、
「チベットだよ。」と、彼は答えた。

しばらく話を聞いてみると、
彼自身はインド生まれのインド育ちで、
両親が正真正銘のチベット人(つまり、過去に現中国領から亡命して来たのだろう)とのことだった。
それでも彼は、インドの公用語であるヒンドゥー語と、この地域の言語であるカンナダ語の他に、
英語も、そしてチベット語も話せるのだそうだ。

僕が中国のチベット圏を訪れたことを話したところ、「写真を見たい。」と言う。
早速彼にカメラの画像を見せていたところ、
宿の兄ちゃんがやって来て、「これはどこの写真?」と訊いてきた。
僕が「中国のチベットだよ。」と答えたら、
兄ちゃんは、「へ~、中国かぁ~。」と頷いた。
そこですかさずチベット人の彼が、
「『チベット』だよ!」と訂正したのが印象に残った。
インドに生まれ育った彼が、
自分はチベット人だと自己紹介し、チベット語も身に付け、
「チベット」に誇りを持っていることに、僕は好感を覚えた。

彼は僕の写真を気に入ってくれて、「データをくれないか?」と頼まれた。
しかし、彼はパソコンを持っているわけでもないし、
メールで送るには枚数が多過ぎるし、どうやって渡すかが問題だった。
すると、翌朝彼は、近くの知り合いの店でUSBメモリーを購入して帰って来た。
自分の写真ごときにわざわざお金まで使わせてしまったことに、僕は少し戸惑ったが、
彼曰く、「両親や友人にも見せて、喜ばせたいから」と。
彼にとって、僕の写真はそれだけの価値のあるものらしい。
こんな風に、自分の写真が人に喜ばれる日が来るとは思わなかったなぁ…。
僕からデータを受け取ると、彼はその朝のうちに宿を発って行った。

それからマイソールの町へ繰り出してぶらぶらしていると、
至るところでチベット僧が歩いているのに気付く。
事前に知らなければ驚いたと思うのだが、
実はここからバスで2~3時間程のところに、巨大なチベット人居留地があるのだ。
その存在は、マイソールへ来ようと決めた後に知った。
またしても何か不思議な偶然を感じざるを得なかったが、
ここまで来たら行ってみようと思っていた僕は、
その翌日、最寄りのターミナルとなるクシャルナガル行きのバスに乗り込んだ。

クシャルナガルに着いてから訊き回ったのだが、
居留地のあるバイラクッペは、さらに数km離れた場所にあるようだ。
ただ、イマイチ距離がハッキリしない。
2kmと言う人もいれば、8kmと言う人もいる。
「インドらしく、いい加減だなぁ…」と呆れていたのだが、
実は2kmも8kmも間違っていなかったことが後でわかった。
と言うのは、実はバイラクッペの町と言っても範囲は広く、
町の入口までは2kmほどの距離で、
チベット人居留地の中心までは、そこからさらに6km離れているのだった。

とりあえず、バイラクッペの町の入口となる道の分岐点まで歩いたところで、
向かいから来たチベット僧に道を訊ねていたら、
他のチベット僧が乗り込んだオートリクシャーを止めてくれて、
「一緒に乗って行きな!」と言ってくれた。
1人で乗ると高い上、場所や距離をはっきり知らないから値段交渉もしづらいので、
こうして乗り合いできたのは助かった…。
いきなり乗り合わせることになった僧侶達も実に親切で、
せっかくなので1泊して行こうと考えていた僕を、
ゲストハウスまで案内してくれた上、チェックインするまで付き合ってくれた。
ただ、誰も何も言わなかったし、特にチェックポイントも無かったが、
本当はパーミット(入域許可証 or 宿泊許可証?)が要るらしい?

居留地の中心である集落は、緩やかな丘の上にあった。
走るリクシャーから、草原の中に立派なゴンパが林立しているのを見た時は、
照り付ける南国の日差しを忘れ、「あぁ、チベットだ…。」と感じた。

セラ・ゴンパに並ぶ、立派なお堂。
南国のゴンパ?@バイラクッペ
南国のゴンパ?@バイラクッペ
南国のゴンパ?@バイラクッペ

絢爛の堂内。
絢爛の本堂@バイラクッペ

こちらは、ナムドルリン・ゴンパ。
ゴールデン・テンプル@バイラクッペ
セラ・ゴンパからは少し離れた場所にあるのだが、
「ゴールデン・テンプル」と呼ばれ、インド人観光客が多く訪れていた。
セラ・ゴンパと比べると俗化してしまった印象で、ちょっと落ち着かなかったかな。

いつもどこでも、青空に映える真っ白チョルテン。
南国の空とチョルテン群①@バイラクッペ
南国の空とチョルテン群@バイラクッペ

もうお馴染みの、マニ車回廊。
マニ車回廊@バイラクッペ

しかし、やっぱりここは南国…。
南国のチベット@バイラクッペ
ヤシの木とチベット僧の組合せは、実に新鮮。
あの世界でも最も過酷であろう高地で生活していた人々が、
この南の地を開拓することは、並大抵の苦労じゃなかっただろうと思う。
南インドの中では内陸で標高が高い場所のため、比較的空気は爽やかだが、
それでも日差しは強烈で、やはり南国そのものだった。

ゴンパの庭では、インドの国民的スポーツ・クリケットで遊ぶ少年僧達、
食堂では、チャパティーとカレーの食後に甘いチャイを啜る僧侶達。
いずれも違和感を覚えたと言うよりは、
この地に適応して生きざるを得なかった彼らの苦労を感じた。

朝、勤行へ向かう僧侶達。
勤行の朝@バイラクッペ

街角にて。
道端で読書@バイラクッペ
町をクリーンに@バイラクッペ

ファイティング小坊主。
ファイティング小坊主@バイラクッペ

ネパールのボダナートが最後になるかと思いきや(→ こちら を参照)、
もう一度だけこの旅でチベットに出会えて嬉しかった。
でも、今度こそは、本当にお別れだ!

南国の風にはためく、チベタン・フラッグ。
はためくチベタン・フラッグ?@バイラクッペ
はためくチベタン・フラッグ②@バイラクッペ

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旅日記-インド③ | 20:15:04 | トラックバック(0) | コメント(2)
裸の男が待っていた。
チェンナイやカーンチープラムのある東沿岸のタミルナードゥ州から、
内陸から西沿岸へと広がるカルナータカ州に入った。

まず驚いたのは、大きな町のターミナルでは、バスに時刻表があること。
そして、満員にならなくても定刻通りに発車してくれること。
「そんなの当たり前じゃん?」と思うなかれ。
今まで僕が見てきたインドのバスは、
いちおう定刻があったとしても、乗車率が最優先。
それこそ屋根にまで人が乗ることもあるほど、
とにかく詰め込めるだけ詰め込んでから走り出すイメージだったのだ…。

また、幹線道路の整備状況も素晴らしい。
バスは相変わらずオンボロだけど、
片側2車線でキレイに舗装された道のおかげで、
揺れは驚くほど少なくなったし、移動スピードも格段に上がった。
インドを代表する工業地帯であるためか、他の地域よりもお金が動かせているのかな。

バスだけでなく、列車の方でも予約窓口のシステムが優れている。
駅の窓口近くにはコンピューターが設置されていて、
列車のスケジュールの他、空席状況や当日の運行状況まで、随時自分で調べることができる。
また、マイソールという駅の予約窓口へ行ってみたところ、
順番待ちに整理券方式を採用していた。
日本の銀行などと同様で、番号の印刷された整理券を受け取り、順次音声アナウンスで呼ばれる仕組み。
これで、今まで見てきたような割り込みの嵐による切符売り場の大混雑は無くなった。
ただ、それでも整理券無しで窓口に突っ込もうとするインド人はいるのだが…。

中国の人達が列を守らないという話は有名になっているようだけど、
インド人の割り込みっぷりはその上を行っていると思う…。
一番笑えて呆れたのは、バスに乗っていた時のこと。
どこでも一度渋滞が起きると、待ち切れない車が必ず現れ、
対向車線をはみ出して前に出ようとし始める。
後続の車もそれに続き、いつしか1車線だったはずの道が2車線3車線と化す。
一方、対向車線の車も同じことをするので、
たとえ元々の渋滞の原因が事故で、それが片付いたとしても、
今度は両車線の車が向き合っている状態になっているので、ますます渋滞の解消が遅れる。
ある時は、事故などでなく、ただの踏切待ちでもそれが起こる…。
列車が通過する数分を待てない車が現れるために、自ら渋滞を引き起こすのだ。
またある時は、片側2車線道路の中央分離帯を越えて突破しようとしたら、
渋滞原因が解消された後に正面から車が押し寄せて、立ち往生。
飛び交うクラクション音と怒号。
けど、お互い簡単に譲らないから、一向に前へ進めない。
言っちゃ悪いが、実にアホらしい…。

それから、これはタミルナードゥ州でも感じたことなので、
南インド全般に言えるのかもしれないが、英語の通用度が上がった。
大きな町では、Yシャツ姿のビジネスマンを見かけることも多くなった。
バスで走っていると貧しい農村風景も見かけるが、
全体的には北インドよりも経済的に潤っているのは間違いなさそう。
ただ、物価については思ったほど変わらない。
同じ北側でもバラナシやコルカタに比べるとデリーの物価が若干高いのだが、それと同じぐらいだと思う。

さて、内陸に入って最初の目的地は、
南インドで最大と言われるジャイナ教の聖地・シュラヴァナベルゴラ。

…って、ジャイナ教って何じゃいな?(寒)
という人も多いと思うのだが、ハッキリ言って僕も全く知らなかったので、少し調べてみた。

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仏教とほぼ同時期に、共にヒンドゥー教に対する新興宗教として始まったが、
その後アジア全土に広がった仏教に対し、ジャイナ教はインド以外にはほとんど広まらなかった。
しかし、創造者である神が存在しないこと、
人生を苦であるとみなす考え方、
輪廻転生と、そこからの解脱を境地とする考え方など、
仏教の教義と共通する部分が非常に多い。
その特徴は、教義の中の「五戒」に表現されている。

一、生き物を殺すなかれ。
二、真実のことばを語れ。
三、盗むなかれ。
四、淫事をおこなうなかれ。
五、なにものも所有するなかれ

このうち、一の「無殺生」、五の「無所有」の考えが、
ジャイナ教の最大の特徴と言える。
「無殺生」ゆえ、動物も含めた生き物の命を大切にするジャイナ教徒は、
軍隊や漁業、狩猟の他、虫や微生物の命を奪う可能性がある農業に従事することもできなかった一方、
商業(中でも、宝石や貴金属を扱う仕事)に従事することが伝統的に多くなった。
その結果、今日ではインドの中でも最も裕福なコミュニティの1つとなっている。

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聖地シュラヴァナベルゴラは、通りを挟んで立つ2つの岩山からなる場所。
いずれも参拝に登ることが可能で、
僕はこのうち、西側のヴィンディヤギリという岩山に登った。

青空の丘へ。
青空の丘へ続く石段@シュラヴァナベルゴラ

丘の上から、町を望む。
丘の上の展望①@シュラヴァナベルゴラ

対面の岩山・チャンドラギリ中腹の寺院。
丘の上の展望②@シュラヴァナベルゴラ

この町は小さく、周りは森や平原に囲まれている。
だからか、最近訪れた場所の中では最も空気が良くて、
見ての通り空の色もスッキリで、やわらかい風が実に心地良い。
丘の上だから騒音も聞こえないし、静かで穏やかな雰囲気だ。
このような、ゆったりとその空気に触れられる「聖地」は、
それがどんな宗教であっても落ち着くなぁ。

そして頂上の寺院では、彼が待っていた。
すっぽんぽんで仁王立ち①@シュラヴァナベルゴラ
すっぽんぽんで仁王立ち②@シュラヴァナベルゴラ
大胆にもすっぽんぽんで仁王立ちする彼の名は、ゴーマテーシュワラ様。
ジャイナ教初代祖師の第2子で、
教義の1つである「無所有」を表すために裸でいるのだそうだ。
実際に、僕は拝見したことが無いが、
「空衣派」と言って、一切の衣類を身に着けずに修行に励む僧侶もいるらしい。

雨の日も風の日も、暑い日も寒い日も、
いつでも下界の人々を見守っているかのように、彼はここに立っている。
ヒンドゥー寺院の精巧な石像群もすごいなとは思うけど、
逆にこの像のシンプルさが、なぜか僕はすごく気に入った。
愛着を感じた、と言う方が正しいかな?
彼が神などではなく人だから、身近に感じたのかもしれない。

ちなみに、この像が建造されたのは、実に1,000年以上も前とのこと。
そんなに歳を重ねているのに、今もキレイなお肌のゴーマテーシュワラ様。うらやましい?

足先にお花を。
足にお花を@シュラヴァナベルゴラ

貴女にもお花を。
貴方にもお花を@シュラヴァナベルゴラ

その他、寺院内で見つけた像。
仏様に似た石像@シュラヴァナベルゴラ
ゴールデンミニ像@シュラヴァナベルゴラ
特に上の写真などは、見た目も仏様に近い。
こういうところも、親近感が湧いたのかな。
寺院も含め、このジャイナ教の聖地は全体にとても居心地が良く感じた。

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旅日記-インド③ | 19:30:06 | トラックバック(0) | コメント(0)
28時間大南下
北から南へ、一気に下る。

バングラデシュからコルカタに戻り、
僕が予約していた急行列車は、23:45 コルカタ発、3:50 チェンナイ着の予定。
ただし、「3:50」の日付は、翌々日。つまり、約28時間の旅だ。
切符を見ると、総走行距離は1,662km。(インドの列車の切符には距離数が書かれている。)
この旅最長の陸路移動になると思うのだが、
あまりに長過ぎて、ピンと来ない。
日本で例えると、どこからどこまでの距離になるんだろう?

ちなみに、この1,662kmの乗車運賃はと言うと、
SLクラス(エアコン無し、3段ベッド寝台)で、461ルピー(=約950円)。
インドの物価は世界でもトップクラスに安いが、
中でも鉄道運賃は飛び抜けて安いと感じる。
短距離の普通列車ではさらに格安度がアップし、
ある日の切符を見ると、
走行距離121km、2等自由席で、19ルピー(=約40円)だった。

この安さの背景の1つには、乗車率の高さがあると思う。
2等自由席では、荷台の上まで人が乗っているなんてザラ(ちなみに、僕も経験者)だし、
乗車口から体半分外にはみ出しながら辛うじて手すりにしがみ付いている人も見かけたり。
(インドの列車は、扉を開けたまま走る!バスの屋根に人が乗ってる国だし、もう驚かないけど…。)

寝台車でも、昼間ふと気付くと明らかにベッドの数以上に人が乗っていたりする。
就寝時間間際に、よく車掌が来て整理しているのを見ると、
彼らは自由席切符で乗っている客なのか、あるいは無賃乗車も混じっているのか…。
しかし朝起きると、結局ベッドとベッドの間の床スペースで寝ている人がいたりする。

他の人のアドバイスを参考に、僕は3段ベッド寝台に乗る時は、上段のベッドを指定する。
理由は、下段のベッドは昼間は座席に、中段は同じく座席の背もたれになるのに対し、
上段ならいつでも好きな時に寝ていられること。
真夜中でも人の乗り降りはあるので、下段だと盗難のリスクも高い。
逆に上段の弱点は、下に降りないと窓が見えないこと。
終点まで乗る場合は問題無いのだが、途中下車の場合はこれが厄介。
と言うのも、インド(だけに限った話でもないが…)の列車は、
車内アナウンスなどという気の利いたものは存在しない。
いつ自分の降りる駅に着いたのは、停まった駅の表示を自分で見て確認するしかないのだ。

ただ、今回の移動はチェンナイが終点だったので、
僕はほぼ1日中上段の狭いスペースで1日を過ごした。
コルカタの歩き疲れでたっぷり眠りたかったし、未読の600ページの文庫本もあったし。
腹が減れば、ビルヤーニーやらサモサやらお菓子やらの売り子が頻繁にやって来るし、
喉が渇けば、チャイやジュースの売り子もやって来るし、
全く意味がわからないが、たまに南京錠やパスポートカバー(?)の売り子もやって来る。
28時間の旅も、案外快適であっと言う間なのであった。

しかし、予想外のことが起こった。
車内が騒がしくなってきたので目が覚めた。
間も無く列車がスピードを落とし始め、どうやら皆降りる準備を始めたらしいことがわかる。
時計を見ると、3時半前。

なんと、予定通り!…いや、予定より早いぞ!?

僕が3:50着などという半端な時間に着く列車を選んだのには意図があって…、
インドの列車が遅れないわけがないだろうと思っていたのだ。
良くても3~4時間遅れと見て…、ちょうど朝までゆっくり眠れるな、ふふふ。
…という完璧な計画だったはずなのに、どうして今日に限って!?

北インドで何度か利用した列車は、見事なまでに全て遅れた。
その遅延っぷりもハンパじゃなく、特にバラナシ発の列車はひどかった。
例えば僕が利用した列車で、バラナシ発車が4時間遅れ、到着(コルカタ)が6時間遅れ。
別の日にバラナシからデリーへ向かった方は、10時間遅れだったとのこと…。

遅れそのものもひどいが、その対応もしょーもなかったりする。
バラナシ駅の正面入口から入ると、2枚の電光ボードが並んでいる。
いずれも、列車の到着予定時間と到着プラットホーム番号を知らせるものなのだが、
まず、左と右のボードで出ている内容が違う!時間もホーム番号もバラバラじゃん!
さらに、いちおう遅延後の到着予定時間がここで見られたとしても、
数分後に見るとまた時間が変わっていたり、時間を過ぎてもまだ列車は来なかったり…。
終いには、僕の乗る列車の到着プラットホーム番号が「0(ゼロ)」と表示された。
もちろん、「0番ホーム」なんてものは無い。
もはや「いつどこに着くやらわかりませ~ん。お手上げで~す、てへっ☆」ってことか?

結局頼りになるのは、列車到着10分前に流れるアナウンスのみ。
それまでは、自分の列車がどのホームに入って来るのかわからない。
結果、ボードのある入口広場はアナウンスを待つ乗客達で溢れ返るばかり。
情報を求める人々が押し寄せる案内所は、常にピリピリモード。

…僕は日本のJRは何かと対応が悪い気がして好きじゃなかったけど、これで少しは見直したよ。
反面、1分1秒まで正確に動かそうとする日本のシステム(これは鉄道に限らず)が、
逆にクレイジーなものに思えてきたりもする。
もう何年も経つけど、そんなことを考えさせられる事故もあったよね。
あの福知山線のような事故は、インドでは起こり得ないだろう。
(インドの場合、もっと単純な要因での事故が多いのが問題だけど…)

話まで少々脱線してしまったが、
僕を乗せた列車は無事に、まだ明け方前のチェンナイ駅へと到着した。
インド四大都市の1つであるチェンナイ(他は、デリー、コルカタ、西インドのムンバイ)は、
南インドの東海岸沿いに位置する。
ここから2週間強で南インドを周遊するのだが、
見どころの多さを考えると、少々強行スケジュールなのかもしれない。

実は、元々の予定では、インドは定番な観光地の多い北だけを回るつもりだった。
しかし、インドを旅した人の話を聞いていると、
多くの人が「北と南では全然違う」と言い、
そして大概は南の方が「人の良さ」などを理由に評判が良かった。
僕自身も、北側だけを見てインドについてどうこう言うのも違う気がしていたし、
「ふ~ん、そこまで言うなら確かめに行ってみようかな」(←偉そう)と、
例によって例のごとく、またしても気紛れルート変更を決行したわけである。

さて、せっかく着いたばかりではあるが、時間も限られているので、
特に興味の湧かなかった大都市チェンナイの観光は端折らせてもらった。
朝を待った後、短距離郊外列車の発着する駅へ移動し、さらに約2時間。
カーンチープラムの町へやって来た。
ここは、あのバラナシを含むヒンドゥー教7大聖地の1つとされる。
ということで、ここでの目的は歴史あるヒンドゥー寺院の見学。

8世紀建造のカイラーサナータ寺院。
カイラーサナータ寺院@カーンチープラム

石の彫刻が並ぶ。
石像の整列@カーンチープラム

こんな鳥が見守っていた。
寺院の南国バード@カーンチープラム

エーカンバラナータル寺院のゴープラム(塔門)。
巨大ゴールデンゴープラム①@カーンチープラム
巨大ゴールデンゴープラム②@カーンチープラム
南インドのヒンドゥー寺院では、このような立派なゴープラムが多く見られるようだ。
北インドやネパールでは全く見かけなかったもの。

光差す回廊。
光差す回廊@カーンチープラム

照らし出される神様。
照らされる神様@カーンチープラム

神々の楽園。
神々の楽園@カーンチープラム

感想は…、う~む。「おぉ~!」と「へぇ~」の中間ぐらいかな。(なんのこっちゃ…)
規模は壮大だし、彫刻の精巧さも凄いと思うんだけど、
何かピンと来ないと言うか、落ち着かないと言うか…。
まだこの先でも何ヶ所かヒンドゥー寺院を訪れる予定なので、
ここと同じような雰囲気なのか、また違った空気を感じるのか、様子を見てみたいと思う。

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旅日記-インド③ | 19:10:32 | トラックバック(0) | コメント(0)

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