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joplus

Author:joplus
「もっと世界を見てみたい!」
という単純な理由で、
世界経済危機をものともせず…
否、ただ歯止めがかけられず、
会社を辞めて旅に出た浅はかな男。

でも、いつ終わるかわからない人生、
やりたいことをやりたい時に、
楽しめるだけ楽しまないと♪
…と、勝手に開き直ってる若造です。

たくさんの「違い」に出会うため、
風と気の向くままに歩き回ります。
キーワードは、「自然体」。
できるだけナチュラルな心で、
「違い」で溢れた世界に浸って来たいと思います。

(画像 : photo by たびかめ氏)

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2人旅をプチ体験
ハードな夜行列車の終点となったラオカイ駅で、Aさんと合流した。
Aさんとはカンボジアのシェムリアップで出会い、フエで一度再会していたのだが、
ここから先の旅の予定がほぼ同じということもあって、
このラオカイで待ち合わせ、以降2人で移動することになった。

何日間にも渡って2人で行動するのは、僕にとっては旅を始めて以来初めてのこと。
単独行動に強く拘っていたつもりはないのだが、
僕は1ヶ所に長く留まるスタイルではなかったから、
他人と予定をピッタリ合わせて動くことが難しかったのだ。

ただ、2人旅もやってみたいな…という気持ちはあった。
例えば美しい風景に出会った時などに、
この感激を誰かと共有できたら…と思う瞬間、
宿探しで、2人だったらツインをシェアして安く泊まれるのに…と思う瞬間、
食堂で、複数の料理を注文して分け合える相手がいたら、
2倍の味が楽しめるのに…と思う瞬間、
何かをふっと考えさせられることがあった時に、
その考えを確認したり議論(と言うと固いけど…)したりする相手が欲しいな…と思う瞬間、
などなど、やってみたいと思う理由はいっぱいあった。

2人で歩く上で一番のネックになるだろうと思っていたのは、僕の気まぐれっぷりだ。
ご存知の通りで、何しろ僕の旅の予定は気分次第でコロコロ変わる。
自分でも、そんな旅のスタイルに人を巻き込むのは恐縮だし、
だからこそ気楽に1人で歩く方を自ら望んでもいた。

長く2人旅をするにあたって重要なのは、旅のスタイルと価値観が合うかどうかだと思う。
しかし、僕のようなスタイルや価値観に合わせられる人なんて、
そうはいないだろうと思っていたのだが…。

実は、この日記を書いている今現在でも、まだ2人旅は続いている。
お互いにこれは認め合っているのだが、
僕らはどうやら上手いこと意気が合っているようなのだ。
宿を選ぶ時も、食事の店やメニューを選ぶ時も、いつもスッキリ気持ち良く決まる。
かと言って、別にどちらかが我慢をしているワケではなく、
むしろ「こうしたい!」という要望はお互いにいつも主張している。
その方向性が常に合ってるから、特に譲り合うわけでもなく、一緒に楽しめているんだ。

相変わらず、僕の気紛れで行き先を決めた時に、
予想以上に移動の時間がかかってしまったり、
乗り継ぎのバスがうまく見つからなかったり、
それでもなんとか辿り着いた先で適当な宿が見つからず、
何kmも先まで歩いて探すハメになってしまったり、
そんなバタバタに連れ回してしまったりもしている。
それでもAさんは、「行き当たりばったりの旅が楽しいんじゃん!」と、楽しんでくれている。
その言葉が、僕への気遣いなどではなく、本心で言ってくれているのが有難い。

また、「ちょっとあっちまで散歩に行ってくるよ。」
「じゃあ俺は部屋で日記でも書いてるから。」といった風に、
お互いが1人で好きなように動く時間を自然と許し合えている。
どんなに波長が合う人だって、
ペースをピッタリ合わせるためには、多少の気は遣っているはずだ。
どうしても、1人になりたい時だってある。
それをお互いに理解して適度な距離感を保てているから、
僕は2人で動く煩わしさというものを全く感じずにここまで来られているんだと思う。

さて、Aさんと合流後にやって来たのは、ベトナム最北部の町・バクハ。
ここは山岳民族の集まる日曜マーケットが最大の見どころなのだが、
僕らは前日の土曜日に到着したところ、
人影もまばら、空は曇り空で、寒々とした印象だった…。
どうやら、日曜以外は本当に見どころが無い町らしい。

そして翌日、霧で煙る朝の町に、
昨日の静けさがウソのような活気がやって来た。
民族衣装を纏った人々が次から次に町へとなだれ込んで来て、
実に華やかに市場を彩っている。

日曜マーケットの表情。
日曜市場の表情①@バクハ
日曜市場の表情②@バクハ
日曜市場の表情③@バクハ
日曜市場の表情④@バクハ
日曜市場の表情⑤@バクハ
日曜市場の表情⑥@バクハ

路上の即席床屋さん。
日曜床屋@バクハ
この兄ちゃん、とっても愛想良く声を掛けて来たので、
ここで恐らくこの旅最後になる散髪をお願いすることにした。
(やっぱり最初は軽くボッて来たので、交渉はしたけど…)
水で髪を濡らすこともなく切っていたので、
時々ハサミに髪を引っ張られて痛かったり、
仕上がり後の髪の長さがちょっとバラついてたりもしたけれど、
本当に真剣に切ってくれていたので、彼を選んで良かった。

早めの昼食を取った頃から、霧が晴れて青空が見えてきた。
午前中は物色しているだけで何も買っていなかったが、
午後は目を付けておいた品を値段交渉にかかろうと目論んでいた。
何しろ、比較的小さめのザックで旅を続けてきた僕は、
常に中身がパンパンで荷物を増やせなかったため、
今まで訪れた国ではほとんど土産というものを買ってきていないのだ。
それでも、旅も終盤に入って多少は荷物も減ってきたし、
この辺でそろそろ土産調達を…と考えていた。
それに、写真もまだまだ撮り足りなかったし、
意気込んで再び市場へ乗り込んだのだが…。

間もなく、屋台街の脇を通ったところで声をかけられた。
先程散髪してくれた兄ちゃんが、僕を手招きして食事の席に誘っている。
いや、もう食べちゃったし…と思いつつも、
せっかく見つけてくれたんだし、お茶の1杯ぐらい飲んでくか~と座ったが最後、
僕の目の前に置かれたグラスには、透明な液体が並々と…。

地元のお酒のようで、原料は米と思われる。
味は、中国の「白酒」に近い…と言えば、わかる人はわかるかな。
アルコール度数が何%かは知らないが、かなりキツい。
けど、「ヨー!」と1杯流し込んでしまったら…、
あとはもう、盛り上がるっきゃないでしょ~☆

気がつけば、時計は14時。
兄ちゃんらがようやく切り上げて店に戻ると言うので、
僕も席を立って後ろを見たら、あらビックリ!
いつの間にか、市場の店が閉まり始めてるやん!
慌ててまだ開いてる数少ない店へ駆け込んではみたものの、
もうすっかり終了モードの店員さんは、まるで値段交渉に乗って来ない…。
そうこうしている間にも店は次々に片付けられ、
結局、何も買わぬまま日曜マーケットは終了してしまった…。
予定していた土産調達は大失敗、写真も僅かしか撮れず、
単なる酔っ払いが1匹、呆然と立ち尽くしていた…。

まぁ、それはそれで楽しかったからいいか~。
日本の皆さま、ベトナム土産が無くてごめんなさい。あはは…(←バカ)

…と、酒の力を借りて開き直った僕は、
酔い覚ましにすっかり青空が広がった町をぶらぶらすることに。
すると、今度は1軒の家の前でお呼びがかかった。
その家のおじさんに招かれ、お茶を頂くことに。
…と思ったら、さっきまで飲んでたあの酒がまた出てきた~!
ようやく酔いが醒めかけていたのに、これでまた逆戻り。

結局1日飲んだくれてただけじゃんか…、何やってんだ俺は?
…なんて呟きながらも、本当は楽しい1日に満足していた。
今回のベトナムの旅で最後の町となったこの場所で、
僕はようやく本当に素朴なベトナムの姿を見つけられた気がした。
そして同時に、「また来たい」と思える理由も見つけられたのだった。

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旅日記-ベトナム | 23:50:18 | トラックバック(0) | コメント(0)
退屈 Happy New Year
幸いだったのは、テト期間中でも宿の確保は容易だったこと。
中国と違って、ベトナムでの混雑の原因は「帰省」が中心で、
旅行に出掛ける人口が少ないということなのかな?と勝手に想像。
ツーリスト向けの宿は値段も据え置き、
部屋の空き状況も通常と変わらなかった様子で、テトの影響は全く無かったと言える。

僕が感じたテトの印象は、静かだった。
中国の賑やかさ(見たことは無いけど…)とはまるで正反対で、
家族や親戚で集まってのんびりと過ごす様子は、
どちらかと言えば、日本の正月に近いと思った。

しかし、それは旅行者にとっては退屈そのもの。
元旦の2日前からフエの町に滞在していたのだが、
大晦日(2月13日)までは店や市場も開いていたものの、
元旦を迎えると、ほとんどの店が一斉にクローズした。
目的らしい目的も無くやって来たベトナムで、
唯一にして最大の楽しみだったとも言える「食」が、これでは全く楽しめない!

ならば、日頃車やバイクで溢れる道が静かになったのを機に、
近場の海辺へ田舎へ散歩とサイクリングを楽しむか~!
…と思えば、今度は天気に恵まれず。
元旦はまだ青空も見られたが、
その翌日からは1日中どん曇りで肌寒く、時には小雨もパラつく始末。
乾季のはずのベトナムで、こんな空模様になるとは全く予想もしていなかった…。

北方面への移動が落ち着くのを待つ目的もあって、フエには5泊もしたのだが、
宿などで振舞われるテトのお菓子をパクパクつまみながら、
同じ宿に集まっていた日本人とだべったり、ネットしたり、ダラダラダラダラ…。
まぁ、おかげでブログの更新やら日本への帰りチケットの手配やらも片付いたし、
正月ぐらいのんびりしても良かったかな…。

大晦日、まだ空いていた市場のぶっかけ飯屋。
ぶっかけ飯屋@フエ

そのぶっかけ飯。
ぶっかけ飯①@フエ
近年無類のイカ好きになりつつある僕は、これで半ば興奮気味になった。
甘じょっぱいタレの味がじっくり染み込んでいて、味も申し分無し!

テト元旦に、郊外のお寺へ初詣へ行ってきた。
初詣@フエ
タイやラオスやカンボジアで見られる派手な寺院に比べると、
こちらはずいぶん落ち着いた印象。
ちなみに、この寺のお坊さんの袈裟はこげ茶色。初めて見た色だったな。

境内にある七重の塔。
七重の塔@フエ
フエでまともに出掛けた場所と言えば、ここぐらいか…。

初詣の途中、元旦にしては珍しく空いていたお店にて。
混ぜ米麺@フエ
生春巻き?@フエ
ブン(米麺の一種)の混ぜ麺と、生春巻き。
ここの生春巻きのライスペーパーは、透明度が無くて弾力が少ない。
個人的にはもっちり感が強い方が好みなんだけど、作り方が違うのかな?

年明け4日目になると、ようやくフエの街中では店が開き始めた。
天気はむしろ悪化の一途だったが、これで食事は楽しめる…。

再開した市場にて、またもぶっかけ飯。(前回と同じ店)
ぶっかけ飯②@フエ
今回の盛り付けはおばちゃんにお任せ!
小エビのフライやら揚げ豆腐やら、なかなか嬉しいトッピングだった。

バインコアイ。
かき揚げもどき@フエ
よく「ベトナム風お好み焼き」と紹介されるバインセオという料理があるのだが、
これはそのミニバージョン。(写真は2個分)
焼く時の油が多いためか表面がサクッと揚げたようになっていて、
お好み焼きと言うよりは、かき揚げのように感じたな。
この店ではちょっぴり甘めのゴマのソースをかけて食べたのだが、これが抜群に美味かった!

お次はツーリスト夜行バスに乗り込み、首都・ハノイへ。
フエでは正月モードも過ぎ去り始めていたことだし、
ここでは存分に食べ歩きを楽しめるだろう!
…と思いきや、なぜかこちらは年明け5日目になってもまだ多くの店がクローズ状態。
天気も相変わらずで、なんだか陰気な町に映ってしまった。

それでも、翌日になるとようやく町が起き出した。
同時に昼からは久々に日差しも見えてきて、だいぶ町の雰囲気は明るくなった。
ただ、どうもこの町の店では愛想の悪い人に当たることが多かったな…。
そもそも、なぜかベトナムでは愛想の良い人悪い人の差が激しいように感じていて、
ホーチミンにおけるその比率は5:5ぐらい、
フエでは8:2ぐらいで良い人が多かったのだが、
ハノイでは逆に2:8ぐらいになってしまったかな…。

そんなハノイで、一番楽しかった場所がここ。
ビアホイ仲間@ハノイ
散歩中に喉が渇いてきたので、休憩がてら立ち寄った店。
ここは、「ビアホイ」というドラフトビールを飲ませてくれる庶民的な酒場。
なんと1杯4,000ドン(=約20円)!もしかして、世界最安値では…?
そして写真の彼らは、この場で居合わせた飲み仲間。
昼間っから真っ赤な顔をして、全くわからないベトナム語で陽気に話しかけてきた。
でも、とりあえず一緒にジョッキを持ったら、「ヨー!」(=カンパ~イ!)
それだけで、笑い合える。
言語の壁を越える飲ミュニケーション、なんと素晴らしきことよ。
ビールが好きで本当に良かったと思える瞬間である。

散歩終了後は軽く1人酒もね。
ビアハノイ@ハノイ
ビア・ハノイ。この缶のデザインは購買意欲をそそる?
クセが無く、コクやキレのバランスが取れていて万人受けしそうな味だったかな。

線路脇。
線路沿い@ハノイ
ハノイ~ホーチミン間を結ぶベトナムで最も主要な路線なんだけど…。
整った印象のハノイの町にあって、この辺りが一番下町風情があって好きだった。
笠を被ったおばちゃんとか、あちこちではためく国旗とか、
ベトナムらしさが上手いこと収まったかな?と思える1枚。

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旅日記-ベトナム | 23:35:17 | トラックバック(0) | コメント(0)
ハードな選択
お隣中国では、旧暦の正月を盛大に祝う習慣がある。
このことはもう日本でも多くの人が知っているかと思うが、
この期間の中国はそりゃもう大変な騒ぎ!…らしい。
実はその時期にあちらに居たことは無いのだが、
街中では昼も夜も爆竹やら花火が鳴り響き、
賑やかを通り越して大騒音の世界になるとかならないとか。

また、この旧正月前後は国中が1週間前後の大型連休になるため、
帰省やら旅行やらで数億人が一斉に大移動をかけ、交通機関は凄まじい混雑となる。
さらに、宿の確保も困難になり、運良く見つかっても大幅な値上げ…。
これは、昨年10月の国慶節連休を現地体験したので、大方予想は付く。

このように、中国旧正月は外国人旅行者にとって恐怖そのものと言えるのだが、
さて、一方ベトナムは?
そう、実はこの国もまた旧正月(ベトナムでは、「テト」と呼ぶ)を祝う習慣を持つ国。
そして、旧暦における2010年の元旦は、新暦の2月14日に当たる。

僕がベトナムを訪れる期間とモロに被ることは、いちおう事前に気付いてはいた。
混雑の度合いは全く予想が付かなかったが、
もしも中国同様の大混雑が起きるのだとしたら…と想定し、
ベトナムを諦めてラオスに逃亡することも本気で考えた。(ラオスでは旧正月を祝う習慣は無い。)
けれども、僕は結局ベトナムに来た。
特別この国に強い関心があったわけでもないし、
混雑を切り抜けられる自信があったわけでもないのに…、何故か来てしまった。
今でも「行く」と選択した理由は自分でもよくわからないけど、
もしかしたら、あの時もハードな道にトライしたかったのかな?

ホーチミンに着いてから早速情報を集めたところ、
まず列車のチケットは1週間先まで全て満席と言われた。
この時点で、元旦の4日前。
どうやらベトナムでは、元旦の前は南部から北部方面へ移動が集中し、
年明け後は、逆に北から南方向が混み合うらしい。
僕の次の目的地は、南北に長いベトナムの中部に位置するフエ。
南部のホーチミンから、まさに今混雑している北方向への移動だ。

ベトナムで恐ろしかったのは、交通手段が値上がりすること。
旅行会社の運営するツーリストバスの値段は、通常の1.5~2倍に跳ね上がっている。
チケットは取れなかったものの、列車も同様に大幅値上げ。国営なのに…?

そこで、最後の選択肢として残ったのが、地元民向けのローカルバス。
バスターミナルで確認すると、これもやはり値段は上がっていたようなのだが、
それでもツーリストバスの価格(値上げ後)に比べたらほぼ半分だった。

タイやカンボジアもそうだったが、
東南アジアの国々において、特に観光地化が進んでいる町の間では、
必ずと言って良いほどツーリストバスが走っている。
通常ならば値段もローカルバスと大して変わらず、
空調やリクライニングなどは当たり前のように付いていて、実に快適な乗り心地。
ツーリスト向けの宿ならその場で予約もできるし、
乗り場も、ツーリストエリア内にあるバス会社のオフィス前など、
歩いて行ける場所であることが多く、
仮に街外れに宿を取っていた場合など乗り場まで距離があったとしても、
泊まっている宿まで無料ピックアップサービスをしてくれたり、まさに至れり尽くせり。
加えて、目的地でもそこのツーリストエリアで降ろしてくれる場合が多いので、
これを利用していれば、ほとんど歩き回らなくても旅ができてしまうわけだ。

それは実に便利で、僕もこれまで何度か利用してきたのだけど…、
あまりに楽チン過ぎて、どこか物足りなさを感じてしまったりもする。
まるで用意されたコースに乗っかって動いているだけのように思えてしまったり…。

わざわざ市内バスに乗って遠くのローカルバスターミナルまで出掛け、
英語もロクに通じない中で時刻や値段を調べ、
ようやく購入したチケットを持って翌朝再びターミナルへやって来たら、
冷房無し、横2人分の座席がくっ付いた硬~いシート(リクライニング無し)という、
とてもこれから約24時間をかけて移動するとは思えない設備のバスが待っていた。
乗り込む際には法外な金額の荷物代を請求してくる運転手とケンカした挙句、
ザックを座席の下に押し込んで「意地でも払わん!」と根気勝ちしたはいいが、
出発は1時間半遅れ、現地に到着したのは結局30時間後…と、
こんな旅の終盤でまさかの最長移動記録を更新してしまった。
…とまぁ、ハッキリ言って滅茶苦茶ハードだったし、
二度とあんな移動はゴメンだと思う気持ちもある。
でも、ちょっとしたトラブルも含め、時に移動でしんどい思いをすることは、
今まで歩いて来た他の国々ではむしろ当たり前のことだったし、
それも含めて旅の面白さだよな…とも思うんだ。

今回はあくまで出費を抑えることがキッカケだったけど、
理由は何であれ、無理矢理にでも「旅」を感じたいという気持ちは確かにあった。
この後、フエから首都・ハノイまではツーリストバスを利用したが、
ハノイからさらに北上する際は、再びローカルの足を選んだ。(やはりキッケケは値段だったが…)
今度は、ハードシートの夜行列車。
クッション無しの木製の座席はまさに「ハード」で、
車内は床で眠る地元民もいるほどに溢れ返っていた。
これまたキツかったけど、ある意味これでテトの混雑を身をもって感じられたし、
結局はその選択にも満足している。

結果的に、ツーリストバスのみを利用するよりもずっと出費を抑え、
テト期間の移動を乗り切ることには成功したけれど、
抑えた出費と言っても、所詮は東南アジアでの物価での話であって、
日本円にしたら数千円でしかないわけで、
何より、時間を大幅にロスしたことは間違いない。
でも、そのロスが無駄かどうかは、人それぞれの価値観の問題。
しんどいし、時間もかかるし、一見何もメリットが無い道だとしても、
少しでも自分だけの経験ができるなら、
僕はそこに価値を感じられるから、それでいいんだと思ってる。
このスタイルは、旅が終わってからも続いていく…、かな?

テーマ:海外旅行記 - ジャンル:旅行

旅日記-ベトナム | 23:20:02 | トラックバック(0) | コメント(0)
本当の終盤へ…
ベトナム最大の都市・ホーチミン(旧称 : サイゴン)の市街は、
プノンペンのそれを凌ぐ交通量。
噂には聞いていたが、昼夜を問わずバイクの大洪水だ。

蒸し暑く騒がしいこの町で、僕は実質2日滞在したのだが、
2日のうち1日は、1つ用事を済ませることで終わってしまった。
用事と言っても、「日本へ郵便物を送る」という、ただそれだけのことなのだが…。

まず、郵送する書類を拡大コピーする必要があったので、コピー屋を何軒かあたる。
値段を聞くと、ある店では1枚1,000ドン(=約5円)、ある店では1枚5,000ドン(=約25円)。
25円て…、ぶっかけ飯1杯100円もしない物価の国で、日本より高いワケあるかい!

なんとか無事に書類を揃え、お次は郵便局へ。
「この書類を、日本まで」と伝えて値段を尋ねたところ、
回答された金額は、ガイドブックに書いてある相場よりちょっと高い気がした。
郵便料金は重量制なのだが、その時僕の目には、
窓口の姉ちゃんが書類の重量をキッチリ量ったようには見えなかった。
そこで、もう一度書類を量りの上に載せてもらい、その数字を僕にも見せてもらった。
さらに、姉ちゃんの手元に見つけた重量と値段の対比表と思しきものを指差し、
改めて値段を聞いてみた。
…2度目の回答金額は、当初の言い値の3分の2。
あんたら、公営の機関でしょうが…。
とりあえずこれで発送してもらったが、こんなんでちゃんと日本へ届くのか不安になるわ…。

ベトナムで「ボッたくり」が多いことは、旅人の間では有名な話になっている。
実際、屋台で麺1杯食べるにも、店によってだいぶ言い値が違ったりする。
もちろん、そういった場で値段交渉を強いられるのは他の国でも無かったわけじゃないが、
この国ほど「相場」が掴めない国も無いなぁ~と感じる。

何を買うにもいちいち値段を確認して交渉…、それは多少疲れを伴う作業だけど、
この国の場合は、それがそこまで嫌でもない。
他の国で感じた「ボッたくり」とベトナムのそれがちょっと違うなぁと思うのは、
ここで値段の上乗せをされているのは、必ずしも外国人観光客だけじゃないこと。
僕が見る限り、どうやら地元の人でもそれぞれ払っている金額が違うように見えるのだ。
…と言うことは、ここでは「相場」というものがそもそも存在していない、とも考えられる。
そう考えると、少し気楽になるのだ。
仮に隣の客より高い値段を自分が払っていたとしても、元から「適正金額」なんて無いんだし、
自分が納得して払ったんだからそれでいい、と開き直ることができるから。
「ボる」「ボられる」という概念も、
この国のやり方に当て嵌めるには適当な言葉じゃないのかもね。

僕がホーチミンで唯一「観光」をした場所は、ベトナム戦争証跡博物館。
その名の通り、かつてこの地で繰り広げられた戦争の様子を今に伝える場所。
まさにその戦争後に生まれた「社会主義国・ベトナム」が作った博物館ゆえ、
アメリカ批判的な一面が展示内容から見え隠れしている気がしないでもなかったが、
それはそれとしても、ここは重たい歴史の事実を確かに見せつけてくれる。

プノンペンのトゥール・スレーンに引き続き、ズシッと来る内容だった…。
ここで最も強烈だったのは、枯葉剤の影響で生まれた奇形児たちの写真。
あの被害を受けたのは、「ベトちゃんドクちゃん」だけじゃない。
それは考えてみれば当たり前のことだけど、
ここに来なければ、僕はまず考える機会が無かったかもしれない。

ここに来てまた1つ、僕が知らなかったことを知った。
わずか数十年前に、日本と同じアジアの中で起きていた戦争について、
僕はほとんど何も知らなかった。
けど、ここに来る前から、旅を続ける中で自覚はしていた。
僕は本当に無知な人間だということを。
ベトナムの、歴史のことだけじゃない。
言葉も、気候も、文化も、宗教も、僕はまだな~んにも知らないに等しい。

博物館内の、ある展示の前で足が止まった。
それは、巨大な世界地図。
ベトナムが今日までに国交を結んでいる国々を示したもので、その数、167ヶ国。
見たところ、世界中のほぼ全ての国の名がそこにあるように見えた。
ちなみに、日本との国交が開けたのは1973年9月21日。167ヶ国中、63番目だそうだ。

けど、その地図を眺めながら僕が感じていたのは、ベトナムとは全く関係の無い別のこと。

地図の上に、僕がこの旅で歩いて来たルートを描いてみた。
1年近くをかけても、たったこれだけか…。
そう感じるほどに、描かれた範囲は本当に小さくて狭い。
単純に訪れた国の数で見ても、僕はまだ世界の6分の1程度しか見ていない。
そしてもちろん、その訪れた国だって、隅々まで歩いたワケじゃない。

こうして世界の広さを見せ付けられてしまうと、
「全てを見てみたい」なんていう欲は、あっさり諦められそうだ。

まだ入国したばかりのベトナムには申し訳ないのだが、
僕はもう、この旅に満足していることに、この場所で気付いた。
今の歳にやりたかった、やるべきだった旅は、
「な~んにも知らない自分」を知るためにあったのだろうと、わかった。
たったそれだけのことだけど、それを身に染みて実感することが、
僕のこれからにとっては何より大事なことだったのだと思う。
テーマにも掲げた世界中のたくさんの「違い」に出会う中で、
知らなかったことに、1つ1つ気付かせてもらって来た。
そして、「知らない自分」を強く実感できた今、
もうこの旅は、いつ終えても良いと思えるようになった。

もちろん、行ってみたい場所は、世界中にまだまだたくさんあるよ。
そこには、きっとまた新しい出会いが待っていて、新たに気付かされることもあるだろう。
だけど、今の僕では、本当はもっと気付くべきものがいっぱいあるはずなのに、
知らないが故に見落としてしまうものも多いような気がするんだ。

知らない自分に気付いた今、僕に必要なのは知識。
まずはそれを身に付けることが、僕がこれからやるべきこと。
そして、その場所は日本だ。

知識を付けて、その現実を自分の目で見てみたくなったなら、
その時が次の旅のタイミングなんじゃないかな。
知識と現実の差を埋めるための旅…、そんなテーマで歩いてみたい。
そうして歩き出した旅ならば、今の僕には気付けない、より多くのことを見て来られると思うから。
それとは別に、何か別の目的が見つかって、再び旅に出たくなることもあるかもしれない。
もちろん、それもいい。
ただ、いずれにせよ、もう「次」を急ぐことはない…。

今の旅でやるべきことが達せられた、
そのことを実感できたことで、少なからずホッとしている。
旅の期間はあと1ヶ月程残っているけれど、
ここからは、難しいこと抜きにのんびりしてもいいかな…。
1つだけ、「無事に帰ること」。この目標だけは最後まで忘れずに、ね。

ホーチミン市街、整列ライダーズ。
整列ライダーズ@ホーチミン

洪水発生。
バイクの洪水@ホーチミン

需要はたっぷり、カラフルメット。
カラフルメット群@ホーチミン

惣菜+ライス。(2人分)
惣菜+ライス@ホーチミン
左から、豚バラ肉と高菜の炒め物、煮魚、イカ入り野菜炒め、牛肉サラダ。
カンボジアに続いて、ホーチミンの料理の味付けも、
辛くなく油っ濃くなく、日本人好みと言えるものが多かった。
特にここの煮魚の味付けは、日本の家庭の味そのもので、懐かしくてたまらなかった。

フォー。
フォー@ホーチミン
言わずと知れた、ベトナムの米麺料理の代表格。
…と言っても、米麺は東南アジア全般で食べられるし、
ベトナムだからこその特徴があるのかどうのかは、よくわからず。
朝メシに、お酒の後に、さっぱりツルッと気軽に1杯。

サイゴンビール。
サイゴンビール@ホーチミン
その名の通り、サイゴンの地ビールでしょう。
1本しか飲まなかったけど、苦味やコクのバランスが取れていて、けっこう気に入った。
他に赤いラベルのものも見つけたけど、こちらは未トライ。残念。

------------------------------

そして、連絡事項が1つ。
日本への帰国予定日が確定しました。

3月9日、です。

1年365日は1週間だけオーバーすることになるのですが、
そのぐらいの欲はお許し下さいな。

どこから帰るのか、その最終地点はあえてまだナイショで。

ひとまず帰国後2週間ぐらいは、東京の実家でニートになっている予定です。
近郊(関東エリアぐらい?)にお住まいで時間のある方は、
遊びに飲みに誘ってやって下さい。喜んで駆け付けます。

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旅日記-ベトナム | 16:30:38 | トラックバック(0) | コメント(11)
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