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joplus

Author:joplus
「もっと世界を見てみたい!」
という単純な理由で、
世界経済危機をものともせず…
否、ただ歯止めがかけられず、
会社を辞めて旅に出た浅はかな男。

でも、いつ終わるかわからない人生、
やりたいことをやりたい時に、
楽しめるだけ楽しまないと♪
…と、勝手に開き直ってる若造です。

たくさんの「違い」に出会うため、
風と気の向くままに歩き回ります。
キーワードは、「自然体」。
できるだけナチュラルな心で、
「違い」で溢れた世界に浸って来たいと思います。

(画像 : photo by たびかめ氏)

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むざむざ、「無座」
Aさんにとっては、中国を旅するのは今回が初めてだった。
そこで、ちょうど次の目的地までのルート上ということもあり、
中国を代表する名景の1つである、桂林を目指すことにした。

羅平(雲南省)から直通で桂林(広西チワン族自治州)に行く手段は、1日1本の列車のみ。
これがあえなく満席で使えなかったため、
バスを乗り継いで、まずはお隣貴州省の州都・貴陽へと向かった。

しかしこの貴州省、なぜかバス代が他の州に比べて異常に高い!?
貴陽から桂林までは予想通り直通寝台バスが出ていたのだが、
うまく探せば航空券と変わらないじゃないか?と思うほど、その値段は高額であった…。

それもバカらしいということで、改めて列車を探してみることにした。
貴陽は巨大なターミナル駅なので、
桂林方面への列車の本数も増えているだろうと予想していた。
早速駅で確認してみたところ、直通で桂林まで行く列車は少なかったが、
手前の柳州という駅まで行く列車は1日に10本前後出ているようだった。
列車によって多少の差はあれど、
その硬座(2等座席)の値段は、なんとバスの4分の1以下…。
これはもう、何がなんでも列車に乗るしかない!

切符売り場の窓口で、「次の柳州までの列車を、硬座で2枚」頼んだところ、
翌早朝発の列車の切符が買えるらしい。
ただし、その切符は「無座」だった…。
列車によって、硬座が売り切れた(中国では全席指定が基本)後に売り出される、
その名の通り席が設定されておらず、
「席以外の場所に勝手に乗りなさい」切符である。

2年前、僕は一度「無座」を体験したことがある。
その時は、夜中の23時頃から翌朝まで約8時間の乗車だったが、
もうもうと煙の立ち込める喫煙スペースの脇に腰を下ろし、
硬い床からお尻に伝わる冷たさとすきま風に耐えながら、
ほぼ一睡もできず朝を待ったのだった…。

当時は今のような長旅を経験したことが無い身だったが、
今思い出しても、あれはキツかった…。
またあれに耐えるだけでもしんどいのに、
この日は羅平から3本もの長距離バスを移動してきており、
この切符売り場に立っている時点で、時刻は既に22時過ぎ。
そして、「無座」列車の発車時刻までは、8時間を切っている。
その後目的地の柳州までは、約10時間…。
これは、この長旅でもトップクラスにハードな移動になるに違いなかった。

しかし、値段の安さには敵わなかった。
いちおうAさんには僕の体験談を踏まえて「無座」の恐ろしさを事前に伝えた上で、
これも経験(?)ということで、道連れにさせて頂くことにした。
この時はまだ、Aさんも怖いモノ見たさで乗り気だったが…。

過酷な旅への切符を手にしたところで、
ようやく遅い夕飯を食べ終えたら、もう日付が変わってしまった。
列車の発車時刻まで6時間を切っており、
今更宿を取るのもバカらしいし、何より寝過ごしてしまう方が怖かったので、
駅近くの24時間営業のファーストフード店で夜を明かすことにした。
こうして、ハードな旅路がさらにハードになっていく…。

乗車する時から、早くも気が折れそうだった。
列車の乗車口の混雑度は、朝の中央線快速の中野駅…ってとこか。
降車する人、トイレに行く人、乗車する人が入り混じり、
「譲り合い」のできない人々がワーワー叫び合っている。
後ろからは、「詰め込む」ことしか頭に無い駅員が、
「さっさと乗れ!」と怒鳴っている。
「乗れるもんならお前が乗ってみろ!」とキレたい気持ちをグッと堪え、
少しずつ少しずつ前進するのを待つ。

なんとか乗車口通路を抜けて客席の方へ入って行くと、
いくぶん混雑度は下がり、なんとかザックを床に下ろすことができた。
バスでも何でもそうなのだが、
中国の人々は、なぜか奥に詰めるということをせず、
出入口に固まっていることが多いんだよな…。
この心理は、未だ謎である。

車内の壁には、いくつかの注意書きがあった。
「車内禁煙」、「ゴミを車内に散らかすべからず」、「車内に痰を吐くべからず」…。
しかし現実は、あちこちから煙が上がり、
ひまわりの種やらみかんの皮やらが辺り一面に散乱し、
おじちゃんもおばちゃんも床へダイレクトに「クアァ~ッ、ペッ!」…、

何一つ守られてねぇ!(涙)

確かに、通路は無座の乗客で埋まり、
喫煙所やゴミ箱まで行くのも大変な状況なんだけどさ、
それにしても、これじゃまるでゴミ溜めだよ…。

唯一の救いは、運良く途中から席が空いて座って行けたこと。
でも、仮に最初から席が取れていたとしても、
これは世界でも有数のハード列車だったと思う…。

ただ、同じ硬座でも色んな車両があるもので、
次に柳州から桂林まで乗り継いだ列車は、
立派な空調付き車両で快適な2時間半の旅(もちろん「無座」ではない)であった。
混雑も少ないこういうキレイな車両だと、
皆さんタバコはちゃんと喫煙所で、
痰はちゃんと(?)床以外の場所にしているようだった。
まぁ、ゴミはやっぱり多少散らかってたけど…。

強行過ぎた移動のためか、さすがに丈夫なAさんも疲れ切っており、
桂林に着いてから少々体調を崩してしまったようだ。
お腹の調子が悪くて夜中に目が覚めてしまったと言うAさんに対し、
僕はと言えば、大いびきを掻いて爆睡していたらしい。
色んな意味で、申し訳ない…。

ちなみに、桂林周辺では計3泊したものの、
毎日どん曇りで観光するテンションの上がらない日が続いた。
僕は2年前の7月にも一度3泊4日で訪れたことがあるのだが、
その時は、3日間撮り溜めた写真ごと3日目の夕方にカメラを盗られる、
という苦い経験を味わった町でもある。
今回は悪天候を理由にカメラを持ち出す気力が沸かず、
未だ僕の手元には桂林で撮った写真が1枚も残っていない。
どうやら、この地と僕は相性が悪いのかな…?

ところで、桂林と言えば、「桂林山水」と呼ばれる水墨画のような奇岩風景が有名だが、
今回今一つその風景に心が動かされなかったのは、
天気が悪かったからとというだけでも、2回目の訪問だったからというだけでもない。
羅平から貴陽へ向かうバスの中で、より強烈な印象を残す風景を見てしまったのだ。
特に、興義という町から安順という町へのルートがスゴかった。
桂林以上じゃないかという、カルスト地形独特の巨大な岩山が並ぶ様子も圧巻だったし、
「目の眩むような」という表現がピッタリな峡谷を見たのは、あれが初めてかもしれない。
全く観光地として名の知られていないような地域に、あんな場所があるとは…。
僕は今まで貴州省はノーチェックだったのだが、
どうやらまた面白そうなところを見つけてしまったようだ。
いずれ行ける機会があるかどうかはわからないが、またいそいそと調べてみるかな…。

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旅日記-中国③ | 23:55:24 | トラックバック(0) | コメント(0)
ボコボコ体験記
中国再々訪問第三の目的地は、羅平。
菜の花油が名産のこの町では、
毎年2月~3月にかけて、郊外の丘一面が満開の花で埋め尽くされ、
まるで黄色の海のような風景が広がる。
…はずだったのだが、今年は暖冬だったのか、
3月頭にもかかわらず、既に菜の花の黄色はほとんど散ってしまっていた…。

本来ならば見られるはずだった風景は、下記サイトをご覧下さい…。
http://www.asia-photo.net/yunnan/gallery/luoping/index.html

早くも春が過ぎ去ってしまい、見どころが無くなってしまった羅平の町。
そんな町中のとある店で、僕はちょっとした騒動を起こしてしまった…。

思い返しても実に下らない理由で、僕はその店の店員に怒りをぶつけた。
それが結果的に「ケンカを売る」形になってしまったのだが、
端から見ても、僕の方にも非があったのは間違いない。

しかし、あそこまでボコボコにされるとは思わなかった…。
初めは、店員の1人と言い争っていたのだが、
やがてその店員がカウンターから飛び出して来て、僕を突き飛ばした。
何度か突き飛ばされながら、店の外へ追いやられ、
そこで3人ほどの店員に囲まれ、あとは拳や棒で殴られ蹴られ…。

恐らく、あの瞬間はこの旅最大のピンチだったのだと思う。
この旅どころか、人生を通して見たって、あんな経験はしたことない。
なのに、ボコボコやられていた時の僕の思考は、驚くほど冴え渡っていた。
人間追い込まれると冷静になるというけれど、これは本当だなと思った。

僕にとってはまず、彼らが「手を出してきた」ことが意外だった。
街を歩いていて、中国人同士でも言い争いをしているのは日常茶飯事で見かけるのだが、
殴り合いのケンカを見たことは無かったように思うからだ。
言いたいことは遠慮なくぶちまけるけれど、決して手は出さない。
そうしているうちに、群がっていた野次馬の1人が「まぁまぁ…」と割って入ったりして、
解決したのかどうかよくわからないけど、いつの間にかその場は収まってしまうのだった。

なのに今回、彼らがこんなにも暴力的になったのは何故か?ということ。
先にも書いた通りで、たしかに僕の態度はまずかった。
けど、1人に対して複数人で襲いかかり徹底的に痛めつけようとする様子からは、
何かもっと深いところでの怒りを感じた。
うまく聞き取れなかったのだが、連中のうちの1人が、
何やら「日本人」に対しての暴言を口にしていたことはわかった。
これまで中国にいて、いわゆる「反日感情」を感じたことは滅多に無かったのだが、
ここが田舎だからということも関係しているかもしれないけれど、
まだまだ心の奥にそういう感情を眠らせている人もいるのかもしれない…。

しかし、彼らの攻撃に手加減は無かったように思うが、
一旦防御体勢を取ってしまえば、意外と痛くないし、耐えられるものなんだな。
まぁ、攻撃してきた連中は揃ってヒョロい男だったし、力も弱かったのかもしれんけど。

一度は拳を出しかけたこともあったが、結局僕は相手を1発も殴らなかった。
それは、僕の弱さであり、忍耐力であり、そして危機回避でもあった。
こちらから攻撃しなければ、いずれ攻撃は止むと確信していたのだが、
逆にもし1発でも殴ってしまったら、さらなる暴力を煽っていたに違いない、と思う。
特に、連中のうちの1人に高校生ぐらいの若者がいたのだが、コイツが最も危険だった。
彼の目や攻撃の様子を見ていて直感的に感じ取ったのだが、
「どこまでやったらどうなる」という思考が働いておらず、加減を知らないのだ。
たとえひ弱そうな奴でも、こういうのをキレさせるのが一番危ない。
それこそ、凶器を持ち出してかかって来てもおかしくないからだ。

それと、この騒動で店中の客が野次馬に群がって来ていたのだが、
僕が一方的にやられている最中でも、誰一人止めに入る気配は無かった。
それを見て、僕は改めて抵抗するのを諦めた。
この観客達は、僕の味方になってはくれない。
まして、こちらから何かを起こすようなことがあれば、全員を敵に回すことになる。
巨大な象(中国)に対して、小さな蟻が1匹(1人の日本人)…、
大袈裟な話だが、そんな構図に立たされているように感じた。
こんなところで、敵うはずもない勝負を挑んでどうする?
大体、そうまでして戦う程の意味も無いのに…。

ここに載せるにあたってだいぶ整理はしたけれど、
あの時、僕の頭の中では確かにこのようなことを考えていた。
集中攻撃を喰らっていた時間は、恐らく1分かそこらだったか、
やがて案の定、自然と彼らの手は止まった。
結果的にはほとんど傷を負うことも無く、その場を脱出することができた。

カッコ悪いし、話そうかどうか迷っていたのだが…、
翌日になって、やっぱりAさん(ベトナム北部より2人旅中)にはこの話を打ち明けることにした。
(騒動の際はそれぞれ単独行動中だったので、Aさんはこのことを知らなかった。)

初めは驚いた様子を見せたAさんだったが、「さもありなん」という感じでもあった。
と言うのも、最近の僕の様子を見ながら、Aさんはしょっちゅうハラハラしていたらしい。
特に中国に入ってからの僕は、
いつも(現地の人達に対し)「戦闘態勢」を取っているように見え、
いずれ本当のケンカにならないだろうか…?と感じていたとか。
つまり、それが見事に的中しちゃったワケだ…。

自分でも、そのことは薄々自覚していた。
どうも僕は、他の国では笑って見過ごせるような色んな「違い」について、
中国に来ると、いちいち苛立ちを感じてしまうようだった。
そして、それに正面から、半ば敵対心を持って挑もうとしている節があった。

長い時間この国に身を置いていたために、
ついつい他の国よりも厳しい視点で見てしまうのは、親近感の裏返しなんだ。
「見過ごす」ことは「諦め」と同じなんじゃないか?
僕はこの国と向き合って行きたいから、真っ向からぶつかっているんだ。

…なんて偉そうな考えが、僕の中にはあった。
それが全くの間違いだったとは今も思っていないのだけど、
僕が考えるべきだったのは、その「ぶつかり方」だった。

中国に生きる人達は、概して自己主張が強い。
けれど、上にも書いた通りで、主張を強く通そうと言い争うことはあっても、
一般庶民レベルで暴力に発展するケースはほとんど無い。
端から見るとケンカしているように見える光景でも、
本当はお互い本気で怒っているわけじゃなくて、
あくまでそれぞれの言い分を必死に伝えようとしているだけなんだ。

僕はそれに倣って、自分がオカシイと感じたことについては主張する、
そういうスタイルを作っているつもりだった。
けど、いつの間にか僕のぶつかり方には、
「怒り」が込められるようになってしまっていたようだ。

Aさんは、そのことをピンポイントで指摘してくれた。
つまり、現地の人たちの口ゲンカと僕の「戦闘態勢」では、まるで別物だと…。
その上で、「怒り」以外のぶつかり方も試してみては?と提案してくれた。
もし、別のぶつかり方にもトライしてみた上で、
やはり今のやり方が正しいと思うなら、そうすればいい。
けど、もし他のやり方が「できない」で怒りをぶつけているのだとしたら、
それは僕が怒りの感情をコントロールできていないだけなんじゃないか?と。

この言葉は、強い説得力を持って僕の中に響いた。
まさに、僕が自ら薄々は気付きながらも、
現状に甘えて何も変えられずにいたことに対して、
ズバッと指摘してくれた上で、さらに道まで示してくれたのだった。
本当は、今までの自分のやり方には、僕自身疑問も感じていた。
だって、怒りをぶつけていても、楽しくないんだから…。
それでも、僕は意固地になって何も変えられずにいた。
今までのやり方を通すことに理由はいくらでも付けられたけれど、
今思えば、それらは全て、変える努力を怠るための言い訳にすぎなかった…。

けれど、Aさんから客観的に指摘されたことで、
ようやく僕の中で踏ん切りが付いたよ。ありがとう。
もしかしたら、僕にとってこの2人旅は、
この時のためにあったのじゃないか…?なんてことを思ったりした。
改めて、出会いの運に感謝!やね。

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旅日記-中国③ | 23:50:05 | トラックバック(0) | コメント(2)
ある1つの地名を訪ねて…
財布が無くなった。
ほんの数分前、昼飯の勘定の時には確かにあった財布が、
ズボンのポケットからいつの間にか消えていた。

盗られたか!?
…いや、この数分の間には、そんな隙は無かったはず。
うっかり穴の空いている方のポケットに入れてしまい、歩いている間に落としたか、
あるいは、先程トイレに入っている間にポロッと落ちたか…。
自分が歩いた足取りを一通り再度歩いてはみたが、
辺りはバスターミナルのある人でごった返している場所だった。
見つかるわけもないな…。

失った金額は、約1,100元+10US$。合わせて約15,000円強か…。
帰国2週間前にして、この旅最大金額の落とし物をしてしまった。
幸いと言うか、財布には貴重品(カード類など)は入れていなかったが、
俺の失くし癖も、とうとうここまで来たか…と呆れるばかり。
「気を引き締めよ!」という、誰かからのメッセージだったのかな…?

返らぬモノを引き摺っていても仕方ないので、
なんとか気を取り直して、中国再々訪問第ニの目的地・壩美(バーメイ)へ。

以前、雲南省の観光地を調べていた時に、
「文山(ブンシャン)」という場所の紹介ページに目が止まった。
それは美しい、まさに秘境のような写真がそこに載っていたのだが、
その写真の地が文山のどこにあるのかはわからなかった。
さらに調べてみると、文山とは、1つの町の名前であると同時に、
その町を中心とする自治州の名前でもあり、その範囲は広大だった。

それでも、文山という場所に何か惹かれるものを感じた僕は、
さらにネット上で文山の見どころ情報を探してみた。
そして、ある1つのサイトで見つけたのが、壩美という村。
紹介内容によれば、その村へは未だ道路が通っておらず、
小舟が唯一の交通手段なのだという。
洞窟を流れる川を越えることでのみ辿り着くことができるのだそうで、
秘境中の秘境、まさに「桃源郷」のイメージそのものの場所のように思えた。

まともな地図も持っていなかった僕は、
「壩美」という地名だけを頼りに、まずは文山の町へやって来た。
そのバスターミナル付近で壩美に関する聞き込みをしたところ、
文山の町から北東へ、さらにバスで約3時間程の場所にある、
広南(グァンナン)という町が基点になるらしい情報を得た。
ちなみに、この広南で僕は財布を失うことになったのだが…。

壩美へは、広南の街中から路線バスが出ていることがわかったのだが、
1時間に1本のはずのバスが、1時間半待ってもやって来ない。
僕らと同じく長時間待ち続けていて、
ついに痺れを切らした地元のおばちゃんが、乗合ワゴンタクシーを捕まえてきた。
案の定シェアメンバーを募って来たので、喜んで参加する。
壩美への道を進んで行くと、バスが来なかった理由がわかってきた。
ただでさえこんな道をバスが走るのか!?と思うほどの悪路な上に、
所々で工事を行っているために、通過に恐ろしく時間がかかっていたのだった。

そしてついに、名前しか知らなかった村・壩美へと到着した。
地図も情報もほとんど何も持たず訪れた町で、
自分の足で地元情報を集め、1歩1歩目的地へと進んで来た。
このようなほとんど行き当たりばったりに近い旅ができるのは、
たとえ多少でも言葉が使えることによる部分が大きいかな…。
他のどの国よりもマイナーでローカルな場所に足を踏み込められることもあって、
やっぱり僕にとっての中国の旅は、ちょっと特別な面白さがある。

幸か不幸か、壩美は既に政府公認の「風景区」として設定されていた。
「秘境」を期待していた場所が観光地化されてしまっていたことは残念ではあるが、
心配していた宿の有無については、これでクリアできた。
風景区内に観光客向けの宿が次々建てられており、
既に供給過剰気味で選び放題だった。
ちなみにこの風景区の正式名称(?)は、「世外桃源 ― 壩美旅遊区」だって。

調べてあった情報通り、村への唯一の交通手段は舟。

こんな洞窟を抜けて行く…。
村への入口@バーメイ

自然の造形。
自然の造形@バーメイ

光差す窓。
光差す窓@バーメイ

出口へ…。
洞窟出口@バーメイ

そして、村の風景が広がる。
洞窟の向こう側①@バーメイ
洞窟の向こう側②@バーメイ

水車が静かに回り続ける。
くるくる水車@バーメイ

村人たち。
村の暮らし①@バーメイ
村の暮らし②@バーメイ
村の暮らし③@バーメイ

中国版ガート。
中国版ガート@バーメイ
村の洗濯場(兼洗髪場)となっている川岸なのだが、
どうしてもインドのバラナシを思い出してしまう…。

草原の少女。
草原少女@バーメイ

村の宿での夕食。
大量3品盛り@バーメイ
油菜の炒め物、じゃがいもの細切り炒め、干し筍炒め、の3品。
中国の一品料理の量の多さをナメてたわけじゃないんだが、
それにしてもここは特に素晴らしいボリュームだった…。
とてもじゃないが2人では食べ切れず、
3分の1ほど残して、そのまま翌日の朝飯になりましたとさ。

ピーチフラワー。
桃花@バーメイ
今もなお、ここは現役(?)の桃源郷なのかもね。
中国内ではどれ程名前が知れている観光地なのかわからないが、
僕らの滞在中は、まだまだ観光客も少なくて、のどかな雰囲気を楽しめた。
かなりの辺境だけど、訪れるなら今のうちがチャンスかも?

夕雲模様。
夕雲模様@バーメイ

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旅日記-中国③ | 00:30:08 | トラックバック(0) | コメント(4)
第三次回来了。
カンボジアからベトナムへ渡って北上するという予定を聞いたところで、
既に薄々感づいていた方もいるかもしれないが、
そう、またしてもあの国に帰って来た。
そしてここが、この旅最後の訪問国となる。

よくもまぁ飽きもせず…と思われそうだが、自分でもそう思うよ。
でも、何かと縁を感じるこの国でラストを締めると言うのも、
ある意味自分らしいかなぁと思ってたりして。

まぁともかく、もう来ちゃいましたので、
第三次中国の旅、スタート!

ベトナム側の町・ラオカイから、中国側・雲南省河口(ハーコウ)への陸路国境。
入国審査官が、僕のパスポートにある前回入出国時のスタンプに気付いた。
前回、キルギスやパキスタンから新疆ウイグル自治区へ入った際、
やたらとチェックが厳しく嫌な思いをしたことを思い出す。
さぁ何を訊いてくるか?と構えていたところ、
「おぉ、お前ウイグルへ行ったのか?旅行かぃ?そうかそうか!」
…とってもフレンドリーでしたとさ。
荷物検査もまとめて機械に通しただけで、ボディチェックも無くあっさり終了。

今回はノービザ(15日まで滞在可)での入国で、
まずは前半で雲南省南部の見どころを回る予定。
河口から最初の目的地である元陽(ユェンヤン)へのバスは朝しか出ていないらしい。
乗り継ぎを狙ってもかなりの遠回りを強いられ、今日中に辿り着けるか微妙だったので、
やむなく河口に1泊して翌日から動き出すことにした。

早速予定外の時間ロスとなってしまったが、
せっかくなので河口の街をぶらぶらしていると、
色んなところで「相変わらずだな…」と感じる。
それは、デカイ声で話す中国人だったり、
バスのチケット売り場での割り込みっぷりだったり、
つっけんどんな店員さんの態度だったり…。
でも、またあれからいくつかの国を回って来たことで、
また少し違った印象で中国を見られるような気もしている。
特に、インドに行って来たことは何かと大きい。
あっちにいる時も時々思っていたことなのだが、
インドと中国の人々を比べて見ていると、
全く違う文化で違う民族なのにも関わらず、何かと共通する特徴が多いのが面白い。
一番似ていると思うのは、良くも悪くも自己主張が強いこと、かな。

中国再々訪問、その第一番目の目的地・元陽。
ここはもう、あれこれ説明するより、写真で見てもらった方が早いでしょう。
こんな風景を見て来ました。

棚田の丘。
棚田の丘@元陽

朝靄の集落。
朝靄の集落@元陽

色々棚田模様。
色々棚田模様①@元陽
色々棚田模様②@元陽
色々棚田模様③@元陽
色々棚田模様④@元陽
色々棚田模様⑤@元陽

桃の木と。
ピーチ&ライステラス@元陽

オレンジの反射。
オレンジの反射①@元陽
オレンジの反射②@元陽
オレンジの反射③@元陽

山荘での夕食(上)と朝兼昼食(下)。
4人の晩餐@元陽
4人の朝餐@元陽
宿のご夫婦と一緒に、4人で食卓を囲んだ。
中国では、やっぱりこうして大皿料理をみんなでつまむ方が楽しい。
料理名がわからんので、詳細説明はサボります…。
ぜ~んぶ美味かったけど、久々の油っ濃さが少々胃に堪えたな…。

耕す人。
耕す人①@元陽
耕す人②@元陽

ブレブレでごめんなさい。
ブレブレ親子@元陽
一風変わった衣服でわかるかと思うけど、
この辺りも少数民族の人達の多い地域だった。
元陽は日本のガイドブックにも載るほど有名な観光地になりつつあるけれど、
その割には、思っていたよりローカルな雰囲気が残っていたのが嬉しかった。

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旅日記-中国③ | 00:10:19 | トラックバック(0) | コメント(2)
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