■プロフィール

joplus

Author:joplus
「もっと世界を見てみたい!」
という単純な理由で、
世界経済危機をものともせず…
否、ただ歯止めがかけられず、
会社を辞めて旅に出た浅はかな男。

でも、いつ終わるかわからない人生、
やりたいことをやりたい時に、
楽しめるだけ楽しまないと♪
…と、勝手に開き直ってる若造です。

たくさんの「違い」に出会うため、
風と気の向くままに歩き回ります。
キーワードは、「自然体」。
できるだけナチュラルな心で、
「違い」で溢れた世界に浸って来たいと思います。

(画像 : photo by たびかめ氏)

■最新記事
■最新コメント
■最新トラックバック

■カテゴリ
■月別アーカイブ
■RSSリンクの表示
■リンク
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | --:--:--
ごちゃごちゃな街で
出たり入ったりだったが、首都カイロには合わせると1週間以上滞在したことになる。
何度か時間を見ては、街中を散策した。
印象を一言で表すなら…「ごちゃごちゃ」かな。
ガイドブックによると、「世界で最も混沌という言葉が似合う街」だそうだが。
入り組む路地に、たくさんの小さな市場、そして行き交う大量の人と車…。
僕の腕では、写真や文章だけで雰囲気を伝えられそうにない。
騒がしいほどの音や声と、においがセットになってこそのカイロだと思う。

そこへ暑さが加わった所為もあるかと思うが、僕にとっては非常に疲れが溜まる街だった。
めげずに歩いてはみたけれど、人と絡むのがかったるく感じることが多かった。
自分には、カイロの人たち…いや、もしかしたら全てのエジプト人に対して、心を開けていない部分がある。
街を歩いていると、声を掛けられることが多いのは事実。
興味本位で接してきているだけか、あるいは商売目当ての人間と思われる。
特に観光客向けの店の客引きにはかなり鬱陶しいタイプ(強引に袖を掴んできたり)がいるけれど、
それも実は一生懸命なだけで、悪気のない人も多いのかなという気もしている。
中には、本当に変な奴もいそうだが…、それはここに限ったことじゃない。
大きな都市なら、どこにでも少なからずそういう人間はいる。
でも…、そんな彼らエジプト人の接し方をある程度受け入れようとは思いつつも、
例えば金額を誤魔化されたり、ナメられたくはないという気持ちが自分の中にある。
そこの線引きがすごく難しい。
どの人の声を、どこまで信用していいのかを見極めるため、
警戒のレベルを上げれば上げるほど、顔が強ばってくるのが自分でわかる。
それはきっと、自然と相手にも伝わってしまうものだろう。
笑顔で挨拶を交わせるだけで、きっと距離はぐっと縮められるはずなのに、それが簡単にできなくなる。
たぶん、マジメに考え過ぎなんだろうな。
適当に妥協することができれば、もっと気楽に楽しめたんだろうと思う。
面白いとは思うけど、楽しみきれなかった。悔しいと思ってる。

ただ、カイロやエジプトを嫌いになったわけじゃない。
僕が滞在したわずかな期間で見られたものや出会えた人は、ほんの一部にすぎない。
もしかしたら、もっと長く居てみたら、例えば自分が心を開くポイントを掴めたりして、
全く違う感想になるかもしれない。

スィーワに出掛けた帰りのバスでアレクサンドリアという町に向かう途中、
眠気が襲いかけていた僕の眼をパッと開かせられる景色があった。
真っ青な地中海に、真っ白な砂。
「キラキラするような」という表現がぴったりハマりそうな場所に見えた。
晴れた日の昼間にバスで通りがかって、その時左の窓側に居て、目を開けていたから、
見ることができた場所。たまたま偶然、運良く見られたんだ。
ルクソールの郊外やスィーワの湖もそうだけど、偶然によって出会えた景色がある。
ならば逆に、出会えなかった景色がもっとたくさんあるはず。
それは人や食べ物も同じ。
どんなに悪い印象が重なる出来事があったとしても、
それはたかだか数週間の日数で、その国のほんの一部を見た結果にすぎない。
それだけで、好きとか嫌いとか、良いとか悪いとか、簡単には言えない。
そこに生きている人たちに失礼に感じてしまうから。

そうは言っても、嬉しかったり悲しかったり、1つ1つの出来事に個人的な感情は起きる。
でも、そこで感じた結果によって、何かの優劣を付ける必要は無いんだよなと思う。
できるだけ「自然体」で接して、感じた心の動きを、自分の中に残しておけばいい。

ちょうど旅に出て間もなく2ヶ月、そんなことを考えつつ、そろそろエジプトの旅を終えようと思う。

カイロの写真は食べ物特集で。
まずはエジプト流ファーストフード、「コシャリ」から。
コシャリ@カイロ
ライスとパスタと煮豆に揚げタマネギという、栄養バランスを完全無視した炭水化物の集合体に、
トマトソース(上皿)をぶっかけて食べる。右皿は辛さの欲しい人向けの調味料。
1杯50~100円未満と、激安。
長期滞在すると飽きるらしいけど、僕は1日1回ぐらいなら今のところイケますね。

これまた定番のファーストフード、「ターメイヤ」。
ターメイヤ@カイロ
空豆のコロッケで、サンドイッチにして食べるのがポピュラー。
スパイスを混ぜてあるので、しっかりと味がある。やっぱり揚げたてが一番!

屋台で見つけた、肉団子とレバーの炒め煮。
肉団子&レバーの煮込み@カイロ
旨みが凝縮した団子がジューシー。スパイスの使い方が上手いのか、レバーも臭みが無くてGOOD。

小エビのフライ定食。
小エビフライ定食@カイロ
ボリューム満点!これで250円ぐらい。
ちなみに、ほぼ同価格で、イカや魚のフライもあり。日本人なら誰でも幸せ?
サンドイッチにしてもらってテイクアウトも可。

トルコからずーっと見てきた肉の塊。トルコでは「ドネルケバブ」、ここでは「シュワルマ」。
シュワルマ@カイロ
実は肉の種類は、鶏肉や羊肉など店によって違ったりする。
エジプトを離れたら、しばらく食べられなくなるかな?
帰国してから、日本の祭りの出店などで見かけたら買っちゃうかも。

マンゴージュース。
マンゴージュース@カイロ
エジプトには、生絞りジュースを作ってくれる店が街中にたくさんある。
他にもオレンジ、バナナ、メロン、ミックスなど、種類もいろいろ。値段は1杯40~60円ぐらい。

同じくジュースシリーズで、これは「カルカデーヤ」というもの。
カルカデーヤ@カイロ
ハイビスカスのジュースで、甘酸っぱさが乾いた喉に染み渡る。
これとサトウキビのジュースは、どこの店にも大概置いてあって、しかも安い。1杯約20円。

エジプト流フルーツパフェ、「コクテール」。
コクテール@カイロ
これもジュース屋さんに置いてある。ちょっと贅沢気分?でも約40円。

------------------------------

明日で4月も終わり。
ここでキリ良く、僕はカイロ空港よりエジプトを発つことにする。

5番目の国は、モロッコ。
トルコから続いてきたイスラム圏の旅は、ここで一旦終了になる予定。
イスラムの雰囲気は決して嫌いではない。
人も食べ物も、楽しんでいないわけじゃないんだけど、そろそろガラッと違う空気にも触れてみたい。
一種の「飽き」なのかな…。
元々同じ場所にジッとしているのが苦手な方だから、ある意味自分らしい感覚なのかも。

モロッコはイスラム圏とはいえ、ヨーロッパ(特にフランス)の影響を強く受けている国。
ガラッとは変わらないまでも、中東やエジプトとはまた違った顔を見せてくれるんじゃないかと期待する。

スポンサーサイト

テーマ:海外旅行記 - ジャンル:旅行

旅日記-エジプト | 21:10:47 | トラックバック(0) | コメント(5)
そっちのけずにピラミッド
エジプトまで来て、これを見ないで帰るのはさすがにまずかろうと。
高い入場料を泣く泣く支払い、案の定付きまとってくる鬱陶しい客引きに耐え、歩いて参りました。
…って、ここに関しては別に嫌々行ったわけじゃないんだけども。
ただ、定番過ぎて話のネタとしてはつまらんかなぁと(苦笑)

ギザのピラミッド達。
ギザのピラミッド①
ギザのピラミッド②
ギザのピラミッド③
ギザのピラミッド④

スフィンクス君。
スフィンクス君

テーマ:海外旅行記 - ジャンル:旅行

旅日記-エジプト | 19:50:45 | トラックバック(0) | コメント(0)
オアシス・サイクリング
夜行バスで眠る前に本を読んでいたら、後ろから女性の声で呼びかけられた。
見ると真っ黒なベールを深く被った若い女の子で、ドキッとした。
彼女は学校で英語を習ったそうで、「私は英語が得意なんだ!」と自慢げに話してくれた。
その英語力で、海外の人間とコミュニケーションを取る機会を持てたことが純粋に嬉しいようだった。
まだ少女っぽさが残る顔で(ちなみに19歳だった)「I'm so happy!」なんて言われたら、
答えはもちろん「Me too!」に決まってる。

そんな見知らぬアジアの若い男と会話する娘を、お父さんが横から怪訝そうな顔で見ていた。
後で彼女にこっそり聞いてみたところ、ちょっとお怒りだったらしい。

エジプトに入ってから、時折女性の方から挨拶をされたり声を掛けられたりすることがある。
カイロの路上では、顔にベールを巻いた若い女の子が、
同い年ぐらいの男と手を繋いで歩いているのも見た。
今まで歩いてきたシリアやヨルダンでは、こんなことは有り得なかった。
本来のイスラムの考え方に倣うなら、彼女のお父さんの反応の方が自然なんだ。
一部の若い世代を中心に、イスラムが緩んでる。
これもたくさんの外国人が訪れ、文化が流れ込んでいる影響なのだろうか?
こういう変化について、良いか悪いかは意見が分かれそうなところだし、
たぶん実際に良し悪し両面があるんだろうな。
ただ、彼女のように、好奇心を持って違う世界の人との会話にトライしてみたり、
そこに喜びや楽しさを感じることは、とても自然なことだと思う。
前にも似たようなことを書いたけど、本当は厳格と言われるイスラム国の女性だって、
「(できないけど)やってみたい」気持ちをいっぱい持っているだろうと思ってる。
だから僕は、ちょっとオープンスタンスなエジプトのムスリム女性にビックリさせられつつも、
見ていて微笑ましかったりする。

バスはエジプトの最西端にあるオアシスの町・スィーワに到着した。
「ベルベル」という民族の人たちが暮らす、のどかな雰囲気…とガイドブックにあった。
カイロから10時間もバスに揺られて最果てまでやって来たのは、
僕がこういう謳い文句に弱いからだ。

下調べによると、「小さな町だからレンタサイクルで回るのが便利」とのことだったので、
早速1日約200円のボロいマウンテンバイクを借りて走り出した。

町の中心からわずか30~40分だった。
僕は全く予想もしていなかった景色に出会った。

それがこちら。
スィーワの湖①
スィーワの湖②
スィーワの湖③
スィーワの湖④
塩の濃度によって、鮮やかに色を変える湖。

ボロチャリと一緒に。
ボロMTBと一緒に@スィーワ

ボロバッグと一緒に。
愛用バッグと一緒に@スィーワ

水辺で静かに佇む、この鳥は…?
佇む鳥さん@スィーワ

夕暮れ時。
スィーワの湖⑤
スィーワの湖⑥

不覚にも、感動した。
僕の目には、まさにオアシス(=夢のような美しい場所)に見えた。

ガイドブックの地図には、この湖は記されていない。
湖が存在すること自体、ちらっと触れているだけで、見どころとしては扱われていないようだ。
農作物をいっぱいに積んだ馬車だけが、時折通り過ぎて行った。
恐らく、スィーワにやって来たほとんどの観光客は、ここを知らずに帰ってしまうのだろう。
ルクソールの田舎の風景も然りだけど、こういう場所って、きっと探せばもっとたくさんある。
人に見せるほどの魅力は無いと考えられているのか?
あるいは、過剰に人が訪れないよう意図的に隠しているのか?
いずれかはわからないけど、僕にとっては、そういう場所ほど魅力がある。
また、アテも無くそんな場所を探している時間そのものが楽しい。
宝探しのような、小さな冒険の時間。
ただ、現地の方々の迷惑にならないようにだけは気を付けなきゃね。

スィーワでは、この風景に魅せられてしまったために、結局2日間走り通してしまった。
素朴な人たちに囲まれてのんびり過ごすつもりが…。
民族色の強い服装の人たちが歩いていたり、
町中もカメラ片手にぶらぶらしたら楽しそうだったのだが、
帰りの日を決めてしまっていたため、時間が足りず。ザンネン!

以下、湖メイン以外の写真をば。

オアシスの朝。
スィーワの朝日

オアシスの影。
オアシスの影@スィーワ

枯れそうな水。
枯れそうな水@スィーワ

砂の世界。
砂の世界①@スィーワ
砂の世界②@スィーワ

これはお遊び。
チャリ好きの影

ススキ。
夕暮れススキ

ベルベル人の伝統料理、「クスクス」。
肉入りクスクス@スィーワ
細かく挽かれた小麦を蒸したものを、野菜や肉と一緒に煮込んだもの。
全ての旨みが小麦に染み込んでいて、口の中で優しい自然の甘みがほわぁ~んと広がる。
色々美味いものに恵まれている旅だけど、これはその中でも特に素晴らしい。
名前がいいよね、「クスクス」。
あまりに気に入ったので、2日連続で食べてしまった。

テーマ:海外旅行記 - ジャンル:旅行

旅日記-エジプト | 19:40:02 | トラックバック(0) | コメント(4)
若者たちと砂漠ツアー
「エジプト」と聞いて多くの人がイメージするものの一つに、「砂漠」があるのではなかろうか。
サラサラした砂の大地に夕日とラクダのシルエットが…というような砂丘の風景とはちょっと違うけど、
「白砂漠」「黒砂漠」と呼ばれる変化に富んだ地形の砂漠がある。
その中をジープで走り抜け、砂漠の中でテント泊をするツアーがあると聞き、参加したいと思っていた。
カイロの宿で、同じくツアーに参加したいという4人組にたまたま出会ったので、
僕も一緒に入らせてもらうことになった。

このうち2人は、21歳の学生。
大学を休学して、1年ほどの長旅に出ているそうだ。
ちょっとショックだったのは、会話の中で今一つノリが合わなかったり、
年齢差によるものと思われるギャップを感じてしまったこと。
自分ではまだまだハシャげるつもりなんだけど、やっぱりどこか違う。
別に彼らが子どもっぽいという感じでもなかったから、僕の方が変わったのかなぁ。
一度社会に出たからなのか、よくはわからないけれど、
この変化を「大人になった」と表現されるのだとしたら、ちょっと複雑だなぁ。
学生の頃に戻りたいと思ったことは無いけれど、「戻れない」と思うと、なんだか切なくなるもんだ。

夜、砂漠に寝転がって満天の星空を眺めながら、またぼんやりと考えごとに耽った。
足を砂の上に乗っけていると、ひんやりとして気持ちいい。
昼でも夜でも、静かな場所で広~い空を感じながら大の字になれる時って、贅沢だなぁと思う。
ちなみにこの日考えたことは…まだまとまらず。途中で寝てしまったので、またの機会にゆっくりと。

荒野にポツリと。
荒野にポツリ

白い奇岩の大地、白砂漠。
白い奇岩の大地①
白い奇岩の大地②
白い奇岩の大地③
白い奇岩の大地④
白い奇岩の大地⑤

白砂漠のまんまる夕日。
でっかい夕日@白砂漠

黒砂漠の展望。
黒砂漠展望

テーマ:海外旅行記 - ジャンル:旅行

旅日記-エジプト | 21:40:34 | トラックバック(0) | コメント(2)
3等車に揺られて
ルクソール駅の窓口で、カイロ行き夜行列車の2等席の切符を買おうとしたら、「無い」と言われた。
まぁ良くあることだが、列車に2等席そのものが本当に無かったのか売切だったのか、「無い」の詳細は不明。

さて、そうなると1等席に乗るしかない?
でもバカ高いし、何より今の自分には場違いな気もする。
ガイドブックには詳しく書いてなかったのだが、さらに3等席があるらしい。
1・2等席用の窓口の反対側に、3等席用の窓口があった。
そちらに行ってみると、英語は片言だが、おっちゃんが一生懸命説明しようとしてくれた。
まず、値段はガイドブックに載っている価格の約半分で、日本円にして500円ぐらい。
距離にして500kmを超えるこの区間を、この値段で行けちゃうんだから素晴らしい!
ただ、どうやら切符は販売しておらず、「列車に乗ってから買える。」とのこと。
じゃあ、この窓口の役割って一体何なんじゃい…?

夜になって、再び駅へ。
本当に切符無しで大丈夫なのか?半信半疑だったが、ホームへは難なく入れた。
21時15分に、列車がやって来た。
適当に乗り込んでみたが、車内で見つけた車掌さんに聞くと、どうやらこの列車は1等と2等しか無いようだ。
…っていうか、2等あるじゃん!しかも席空いてるし!
この車掌さん曰く、2等も車内で切符買えばOKとか言うし。
しかし、僕はもう3等席で行くことを決めていた。
なぜなら…財布の中には、3等に乗る分のお金しか残していないから!
(ちょうどお金が尽きてきていたのだけど、誘惑に負けて1等に乗っちゃったりしないように、あえて両替せずにいた。)
次の列車が21時30分に来ると言うので、僕は慌ててこの列車から飛び降りた。

改めて次の列車の3等車がどの辺に停まるのか、構内の警備員さんに尋ねてみると、
「3等車はエジプト人オンリーだ。」と言い出した。
なるほど、ガイドブックに詳細が載っていないのはそういう裏があったか…と納得している場合じゃない!
もはや3等に乗るしかない僕は、わずかな金しか残っていない財布を見せて、
「乗せて♪」と目をキラキラさせてみた。(←気持ち悪い)
警備のおっちゃん、貧しい日本人に同情したのか呆れたのか、
仕方ねぇなぁと言うような苦笑いをして、「OK、わかった。」と了承ゲット。

列車は10分ほど遅れてホームに入って来た。
乗り込んでみると、薄暗い車内。
もちろん(?)冷暖房など無く、全ての窓が全開。
ただ、全員座れそうにはないものの、思ったより人は少ない。
(最悪、スシ詰めじゃないかと恐れていたので…)
ウロウロしていたら、数名の若者グループが「こっちへ座れよ!」と声を掛けてくれた。ありがたや~☆
クッションの無い硬いシートに腰掛け、改めて周りを見渡すと、
全員の視線が一斉にこちらを向いている。(笑)
結局乗れないんだか乗らないのかはわからないけど、
この3等車に外国人はまず来ないんだろうな~。
網棚の上に目をやると、そこによじ登って横になっている人がいて、
超にこやかに「ハロー♪」と声を掛けてきたり。
タバコの吸殻を床に捨てるのは当たり前。お菓子のゴミは窓の外へポイ。
あるお母さんは、ゴミを手に持ったままの小さい子どもに、「さっさと外へ捨てちゃいなさい!」と教えていた。
昼間に線路の脇を歩いた時、汚いなぁとは思っていたが…。
この国が地球環境と向き合うようになるまで、あと何年かかるんだろう…?
まぁそんなこんなで…、ん~実に濃いねぇ!もちろん、それを期待していたのだけど。

夜中まで若者グループとはしゃいでいたら、さすがに疲れた。
この列車は各駅停車で、彼らは途中の駅で去って行ったため、そこで軽く眠ることにした。
気持ち良く夜風を受けて寝ようかと窓際の席に動いたのだが、
カイロに向けて北上するうちに、いつの間にか風が冷たくなっていた。
ルクソールの暑さからして、冷房無しは問題無いだろうと踏んでいたのだが、
まさか逆に寒さを感じるとは思わなかった。
窓を閉めたいのだが、錆び付いていて動かない!
結局、寒さでロクに熟睡できないまま、日の出を待ち続けることになった…。
冷たい風に耐えながら、僕は去年の夏に乗った中国の普通列車を思い出していた。
あの時も、旅先で昼頃に夜行の切符を買いに行ったのだが、渡された切符には「無席」とあった。
満員の車内で、僕が見つけたのは乗車口脇の喫煙スペースにある、小さな空間。
硬い床からおしりに伝わってくる冷たさを感じながら、
白く濁った空気の中で、あの時も朝を待ち続けていた。
朝の成都駅に降り立った時、二度とこんな列車には乗るまいと思っていたのになぁ…。

薄暗い車内で僕を呼んでくれた若者グループ。後ろに全開のまま閉まってくれない窓。
エジプトの3等車で①
エジプトの3等車で②

列車はルクソールを出て約12時間後に、カイロ駅に到着。
いくら長距離移動に慣れてきている体とは言え、楽じゃなかった。
でも、こういう時間ほど忘れないんだろうなぁと思う。

夜の寒さがウソのように、カイロの日差しは強かった。
宿にチェックインするや否や、この日は昼間からベッドへ横たわった。

テーマ:海外旅行記 - ジャンル:旅行

旅日記-エジプト | 21:10:52 | トラックバック(0) | コメント(0)
遺跡そっちのけサイクリング
ルクソールと言えば、神殿や王家の墓地といった遺跡観光。
…なのだが、どうも気が進まない。
値段も高いし、うっとおしい客引きに付きまとわれるのは目に見えてるし。
せめて1つ目の値段の問題を解決しようかと、
旅行者の間では有名な国際学生証作り(←もちろん身分詐称)に行ってみたが、
書類作成時に僕がヘマをこいた所為で、作成失敗。
(エジプトでは、ほとんどの観光地で学割有り。約半額になるところが多い。)

「お前はどうせ遺跡に興味が無い人間なんだから…」と、天の声が聞こえた気がした。
考えてみたら、そうなんだよな~。
半額とか全額とか関係無く、本当に見る気が無いなら無理して行かなきゃいいんだ。
「何のためにルクソールへ行ったんだ?」と言われそうだけど、俺は俺のスタイルで楽しめばいい。
…と勝手に自己解決し、ルクソールの遺跡観光に1円も落とさないという暴挙(?)に出ることにした。

僕はルクソールに向かって来る途中に見た、ゆったりとした小さな集落の風景が気になっていた。
人の多い街中を離れて、外国人が行かないようなローカルな道をのんびりと…うん、楽しそうだ。
宿で1日200円弱のボロチャリを借りて、サイクリングに繰り出した。

市街から5kmも走ると、なんとものどかな田園風景。
その先で出会った人たちは、今まで訪れた国の人々に勝るとも劣らない、温かさで溢れていた。
見る人によっては、時に「ウザい」とまで悪評されるエジプト人だけど、
やっぱりそれはあくまで観光地の中での話なんじゃないかなと思う。
(確かに、「ウザい」客引きが多いとは感じる。)
観光資源が豊富で、観光地化された場所がそもそも多い国だから、
訪れる場所によっては普通に生活している人々と触れ合いにくい、
という要因もひょっとしたらあるのかな?

炎天下でしんどかったが、結局2日連続で走り回った。
日差しに照り付けられながら、風の匂いを感じながら、時折そこに生活する人たちと声を交わしながら、
サイクリングと言うよりはポタリングに近い、スローな走り。好きだなぁ~、この感じ。
僕の旅には、自転車に乗る時間はやっぱり欠かせない。

サイクリング道中での写真。
サトウキビの収穫シーズンだったようで、
トラックやトロッコに溢れんばかりに積まれている光景をたくさん見かけた。
ルクソール郊外サイクリング①
ルクソール郊外サイクリング②
ルクソール郊外サイクリング③
ルクソール郊外サイクリング④

レンタルボロチャリ。
ルクソール郊外サイクリング⑤
1日目に、後ろブレーキを数回使ったら、レバーのところでワイヤーがブチッと逝った…。
2日目には直して持って来てくれたが、そもそもブレーキのシューが磨り減りすぎで大して利かないし!
そんな状態なので、スピードは「出せなかった(怖くて)」と言うのが正しいかも。
まぁそれもご愛嬌?

そうそう、ルクソールでは床屋にチャレンジしてみた。
そろそろ切りたいな~と思い、最近は街を歩く時にさりげなく床屋をチェックしていたのだけど、
この日もある店の前を通った時に覗き見していたところ、
「ちょっと入ってけよ!」と半ば強引にお声がかかったので、とりあえず店内へ。
別にどうしてもこの店で切らなきゃいけない理由も無いわけで、
こちらはあくまで「安ければ」のスタンスで値段を訊いてみた。
最初の言い値は約500円だったが、
物価からして中国とトントン(約150円~)ぐらいでいけるかなと思っていたので、
ちょっとゴネてみたら、約200円でOKということになった。
ただ、多少値切り過ぎたのか、かなり雑に切られた感があったけど…(苦笑)
まぁ元々雑な髪型だし、それでも仕上がりは上々だった。サッパリ☆
(ちなみに、髪型の指示には、前回髪を切った頃に撮った証明写真を使用。これは便利♪)

最後に、ルクソールでのお食事写真。
まずは朝食セット。
エジプト流朝食セット@ルクソール
パン、サラダ、豆の煮込み、豆のコロッケ、フライドポテト、ナスの揚げ物、で約100円。朝から食べ過ぎ。

壷焼きシチューセット。中にはトロトロの牛肉が♪
エジプト流ビーフシチュー定食@ルクソール

ミートボール煮込みセット。
エジプト流ミートボール煮込み定食@ルクソール

テーマ:海外旅行記 - ジャンル:旅行

旅日記-エジプト | 11:50:56 | トラックバック(0) | コメント(4)
ダラダラタイム終了
ダハブには、5日間(4泊)滞在した。
聖カトリーナに行った日以外は、軽くビーチで泳いだり散歩した程度で、かなりのんびりと過ごした。
表現としては、「のんびり」より「ダラダラ」が正しいかな…。
宿の居心地が素晴らしすぎ。
楽しい人たちが集まってバカ話をしていたり、みんなで自炊したり、マンガが置いてあったり…、
なんか学生の頃を思い出した。毎週のように通っていた某所の雰囲気に近いものを感じた。

泊まっていたのが、ダイビングをする or 習う人向けの宿だったので、
(お客さんが少なかったのもあり、僕はダイビングしないのに泊めて頂いたのだけど…)
一緒に過ごしたのは、ダイビングのコーチをしている方や見習い中の方だったり。
話をしながら勝手に思っていたのだけど、
ダイビングにしろパラグライダーにしろ、アウトドアスポーツ好きの人って、
面白いを通り越して、ちょっとオカシイ人が多い気がする。(笑)
…と表現すると非常に失礼に聞こえるけど、これは僕なりの褒め言葉!
僕はそのノリやテンションがすごく好きだから。
マリンスポーツとスカイスポーツじゃ全然ジャンルが違うんだけど、
何か近いものを感じちゃうんだな~。不思議。

少し話が逸れるけど、旅する人の場合は、もっと色んな人がいる。オカシイ人もたくさん。
「旅」って言ってもすごく広い括りだから、当たり前と言えば当たり前かな。
ただ、アウトドアスポーツ好きは、「いい意味で」オカシイ人が多いけど、
旅好きの場合は、「良くも悪くも」って形容詞が適切な気がする。
時にはちょっと感覚的に合わせずらい人もいたりする。
でも、それもまた面白いなぁとは思ってる。
「合わせずらい」と感じる相手ほど、
きっと自分と違う感覚を持って旅をしている、生きている人なのだろう。
同じものを見ていても感じ方がまるで違うように、
その人の中には自分と全く違う世界があると考えると、なんかすごいなぁと思ったり。

以下、全然写真を撮ってなかったことに気付き、慌てて最終日に集めてきたダハブの様子。

ザ・ビーチ!って感じの場所。
ザ・ビーチ@ダハブ

砂浜の休息所。
砂浜の休息所①
砂浜の休息所②

飛び込み少女。飛び込む瞬間が撮れなかったけど…。
飛び込み少女@ダハブ

シュノーケリング親子。
シュノーケリング親子@ダハブ

水着美女の背中。
輝く背中@ダハブ
>期待していた方々へ(言い訳)
最終日は強風だったため、泳いでいる人がまばらだった…。
前日までに撮ろうと思えば、もっと水着美女の写真を撮れたのだけど…。

街灯。潮風で錆びてしまってるのが逆にイイ感じ。
錆び街灯@ダハブ

さて話を戻して、何日でも居たいぐらい居心地の良い場所だったけれど、
あまりにも癖になりそうなダラダラ感だったので、
置いてあった「キン肉マン」をほぼ読破することができたところで、動くことにした。

行き先は、ルクソール。首都カイロ周辺と並び、古代エジプトの遺跡が多く残る町。
ダハブからのバスは、約20時間をかけてルクソールを目指す。
思えば、僕がローカルなエジプトに触れるのは、
このバス移動が初めてに近い。(ダハブはリゾート地だったので)
バスにいる人たちや車窓からの景色(特に、ナイル川に近付いた辺りから見られた小さな集落など)を見ていると、
アラブなんだけどアフリカなんだなぁと、シリアやヨルダンとは全く違う国にいるのを感じた。
どこがどう違うのか?と問われたら、うまく説明できないのだけど…。
少し体が強ばるのと、久々のワクワク感を覚えた。

20時間の移動は、全く苦にならなかった。驚くほどよく眠れたし。
たぶん、先日の船待ちで丸一日過ごしたのが効いてるんだと思う…。
しばらく長距離移動はドンと来い!かな。

テーマ:海外旅行記 - ジャンル:旅行

旅日記-エジプト | 19:05:08 | トラックバック(0) | コメント(2)
感動の薄れ
聖カトリーナという美しい名前の小さな町に、「モーゼが十戒を授かった」といわれる山がある。
そんな神々しい場所に、「久々の登山だヤッホー♪」と足を踏み入れてきた。
神の裁きが下ったりして。

シナイ山というその山は、朝日の美しさが評判で「感動した!」という声も多く、
そりゃ山好きとしては行かねばなるまい!と繰り出した次第。
多くの観光客は夜中に歩き出し、山頂でご来光を拝んで下山…という流れ。
しかし標高は2,000mを超え、しかも年中強風が吹き荒れるという噂で、
登った人に話を聞くと、まず開口一番、「マジで寒い!」と返って来ることが多かった。
そこで僕は、フリースにジャンバー、レインコート、寝袋と、
持っている限りの防寒具をザックに詰め、夜発のツアーバスに乗り込んだ。
山を甘く見てはいけないし、何より自分は山の素人。念入りに越したことはない。

頂上までの道のりは、「かなりキツい」ようなことがガイドブックに書いてあった。
…が、歩き出してみると、傾斜はなだらか。さらに、登山客が多すぎで、ペースはスロー。
それでも2時間半後には頂に立っていた。
しかも、この日は微風で穏やかそのもの。
いちおうフリースは羽織ったが、ジャンバーその他は全く不要であった。
ふん、準備してきた時ほどこんなもんさ…。そんなに重くなかったし、まぁ良し。

5時半に近付く頃、待望の朝日が稜線から顔を出した。
ただ、この日は低いところに薄いガスがかかっていて、
写真で見ていたような美しいオレンジ色の朝焼けにはならず。
でも、ぼんやりと薄霧に包まれた大地と、生まれたばかりの太陽の淡い光は、
それはそれで美しかったので満足。

ただ、聞いていたような「感動」は無かった。
それはたぶん、美しいオレンジ色じゃなかったからではなく、
一つは、「辿り着いた!」感が薄かったからじゃないかと思う。
大きな感動に至るには、例えば大きな苦労を乗り越えた瞬間だったり、
例えば予想もしていなかった出会いだったり、何らかの大きな心の揺さぶりが必要なのだろう。
「険しい山」を求めて行った僕としては肩透かしだったから、感動が薄れてしまったのだと思う。

もう一つ、僕にとって「山の朝焼け」を見るのは、これが初めてじゃない。
つい去年の秋にも、日本の北アルプスで美しい朝日を見た。
つまり、新鮮な経験ではなかったということ。
それもまた、感動を薄れさせてしまった原因の一つかもしれない。

よく、「旅」に関しても同じような話を聞く。
旅が長くなればなるほど、無関心や無感動になってしまうという。
そうなりたくはないと思うけれど、それは避けられないことなのかもしれない。
そんな時は、旅を止めるべきなのかな?
それとも、それでも続けることで何か意味があったりもするのかな?
自分のような1年程度(←旅先で出会う人たちを見ていると、短い方だと思っている)の計画の旅では、
そういうことを感じる間もなく、好奇心を保てたまま旅の終わりを迎えるかもしれない。
でも、今日のように「感動できなかった自分」を見ていると、他人事では無いような気もしたり。

なんだかんだ言いつつ、綺麗だった朝日の写真。
薄靄の朝日@シナイ山

それを夢中で撮影する写真家。
朝焼け写真家@シナイ山
(モデル : たびかめ氏)

一緒に日の出を見たウクライナ人夫妻。
ウクライナ人夫妻@シナイ山

ZERO・POINT!
ZERO POINT@シナイ山
(某M社の宣伝ではございません。)

光を待つ人たち。
光を待つ人たち

佇む人。
佇む人@シナイ山

シルエット - 人。
人のシルエット@シナイ山

シルエット - 鐘。
鐘のシルエット@シナイ山

山道を行くおねーさん。
シナイ山道で①

山道を行くラクダさんとラクダ引きさん。
シナイ山道で②

テーマ:海外旅行記 - ジャンル:旅行

旅日記-エジプト | 23:50:37 | トラックバック(0) | コメント(7)
港でカンヅメ
アカバ(ヨルダン側の港町)発ヌウェイバ(エジプト側の港町)行きの船は、1日2本。
昼12時発(高速船)と夜中0時発(低速船)で、高速の方が10US$高い。

僕が予約したのは、夜中0時発の方。
ガイドブックによると、低速船は所要約3時間とのことなので、
ヌウェイバには真夜中に着くことになる。
しかしこの路線、遅れや欠航が多いことで有名。
仮に3~4時間遅れたとして、ちょうど朝に着くことになる。
逆に高速船(所要約1時間)の場合は夕方着になってしまい、
それからだと、恐らく最初の目的地・ダハブに移動するバスが無いと思われる。
ヌウェイバには安宿が無さそうだから泊まりたくないし…という考えだった。

しかし、甘かった…。

船のターミナルへは、20時前に到着。
ちょっと早いが、遅くなるとタクシー代が高く付きそうな気がしたし、
出国手続きを済ませたり、日記を書いたりエジプトのガイドブックを見たり、
とりあえず0時まで時間を潰すのは問題無いと思ったので。
それでも、僕が着いた時には既にかなりの人数が外の待合所に集まっていた。
旅行者は昼の便に乗る方が多いのか、僕以外にバックパックを持っている人は見かけなかった。

案の定、0時を過ぎても動き出す気配が無い。
1時に差し掛かった頃に、試しに案内所で状況を尋ねてみることにした。
あまり具体的な時間の回答は期待していなかったが、意外とあっさり答えが返ってきた。
しかしその時間は…、「6 or 7 o'clock.」
思わず、「は?」と聞き返してしまった。
まさか、ヨルダンでもう一度朝日を拝むことになろうとは…。

風が強くだいぶ外が冷え込んできたので、案内所のある建物内の待合室に入り、しばし仮眠。
目が覚めたのは、朝の6時頃。
外に出て再び待っていると、6時半頃に乗客が一斉に動き出した。
数分後に、船の乗り場へと向かうバスがやって来たのだが、
さすがに待ちくたびれて疲れているのか、皆我先に殺到し、大混雑状態。
やがて警備員がやって来て列を作らせたはいいが、「列の中で」さらに押し合い。
「やれやれ、そんなに頑張らなくても最後には乗れるんだから…」と、僕は後の方で待つことにした。

ようやく次のバスで乗れるかな?という人数になった。
が、10分刻みぐらいで来ていたバスが、なかなか来ない。
でもまぁ船自体がこれだけ遅れるんだから…と気長に待ってみたが、
1時間近く経っても来る気配が無い。さすがにオカシイ。
再び意外と使える案内所に行ってみると、「もう船は締め切った。」と。
また思わず声が出てしまった。「は?」

後で気付いたのだが、僕と同様に最後までバスを待っていた人たちは、
次の高速船に乗る予定の人たちだったようだ。
遠くからアカバまで来る場合、バスの本数が少ないので、早々と港に来て待つらしい。
それでも列に並んでいたのは、あわよくば先の便に乗ろうという魂胆だったのだろう。

詳しいことは2Fの船会社の窓口で聞けと言うので行ってみると、
「なんでバスに乗らなかったんだ?」と来た。
この時点でキレそうになったが、ここは我慢して、「もうバスは来ないのか?」と聞いてみると、
「まだ船は出ていないから、走って行け。」と言ってきた。

僕は慌てて荷物を取りに行き、バスが向かって行った方向へ走り出…
そうとしたら、今度は警備員が「ダメだ!」と出てきた。
「会社の人間はOKと言ったぞ?」と話しても、通じない。
僕は警備員に捨てゼリフ(日本語)を残し、再び船会社の窓口へ。

さっき「走って行け」と言った男に文句を言うと、めんどくせーな~と言った顔で、
「じゃあ次の高速船に乗ってもいいが、差額の10US$を払え。」と言い出した。
もう完全に頭に来た僕は、
「バスに乗れなかったのは俺が悪いのか?同額で乗せろ!」と、英語(勢いだけ)で怒鳴りまくった。
すると、今度は「奥の部屋にいるボスと話せ。」と来た。またたらい回し…。
ボスも同様に、「バスに乗れなかったお前が悪い。寝過ごしたんじゃないのか?」などと言ってきたので、
しばし半ばケンカ腰で口論となった。
最終的には、ボスも面倒臭くなったようで、
差額無しで次の高速船に乗船OKとの約束を取り付け、僕のチケットにサインを入れて貰った。

そして結局、12時発のはずの高速船への乗船が始まったのは、夕方16時過ぎ。
ヌウェイバに向けて出航したのが、19時前のこと。
朝日どころか、夕日までもう一度ヨルダンで見るハメになってしまった…。
さすがに疲れていた僕は、船の座席に座るなり爆睡していた。

ちなみに、僕はヨルダンのお金を前日のうちに使い切っていたので、
売店はあるのにパンも買うことができず、同じ船を待っていた心優しき人たちの恵み物で過ごした。
サンドイッチやらジュースやら…有難や有難や。(←貧しすぎ)

恵み物をくれた方々。
恵みをくれた方々@アカバ港

しかし、この船会社は、時間管理もどうしようもないが、
アナウンスをもっとしっかりやって欲しいものだ。
みんな船にいつ乗れるかわからないし、バスがいつ何本来るかもわからないから、
バス乗り場に集まっては解散してを繰り返してた。
(数人が何の気無しに乗り場に移動すると、全員が「バスが来る」と勘違いして集まったりとか。
 見てると面白いのだけど、一度船を乗り過ごしてからは、笑ってもいられなくなった。)

それでも怒らないアラブの人たち。気が長いわ…。
逆にそれだから、一向に船会社側が改善する気が無いのかもね。

予定が狂いに狂って、ヌウェイバに夜到着となってしまった。
船で出会ったブラジル人の青年が、同じくダハブに行くと言っていたので、
僕は白タクをシェアするつもりで行動を共にしようと思っていたのだが、
彼はヒッチハイクのみで旅をするスタイルだった。
もう1人、ベルギー人の女性も一緒に付いて行くことにしたようで、
なんとなく僕1人抜けづらいし、何より夜の時間帯に1人で動くと高く付くので、同行することにした。
しかし、2人共英語が堪能で、しかもアラビア語を多少知っているので、
ヒッチハイクは完全に任せっきりだし、会話にはうまく入れないしで、何だか1人浮いている感じ。
逆に気を遣わせてしまう面もあったし、申し訳なくて、やっぱ1人の方が気は楽だなと。

夜にダハブに向かう車は少なく、その日のうちに辿り着くのは難しそうだった。
運良く、ヌウェイバの町外れでバンガローを運営しているおっちゃんの車が止まってくれて、
今日はツアー客もいないから無料で泊めてくれるということになった。
行ってみると、周りには何も無い静かな場所に、数棟のバンガローが建っていた。
この日は風も無く暖かかったし、僕らは全員寝袋を持っていたので、
外の砂浜にカーペットを敷いてもらい、寝ることにした。

空には満月。あるのは波の音だけ。
本当は一人で浸りたかったけど…それは贅沢だなと思いつつ、いつの間にか眠りに就いていた。
が、夜中に目が覚めた。
原因は、蚊の襲来。寝袋で隠せないおでこと手先に集中攻撃を受けた。
そういえば、ヨルダンまでは全然いなかったなぁ…。

朝起きてから撮った写真。朝日を見たかったけど、起きられず。
砂浜のバンガロー①
砂浜のバンガロー②

翌日は、朝から順調に車を乗り継ぐことができ、無事昼にはダハブの町に辿り着いた。
途中、ベルギー人の女の子は「2人でタクシーに乗らない?」と誘って来ることがあったが、
何となく、ブラジル人の彼1人を残して行くのも気が引けたし、
ここまで来たら最後まで無銭で行ってみたかったのもあり、結局3人揃ってヒッチで到着となった。

ダハブに着いてから売店で買い物をしようとした時のこと。
パンやジュースで合わせて10ポンド(←エジプトの通貨単位)程だったので、
「50」のお札を差し出したところ、「ノー」と突き返された。
なんで?と思いよくよく聞いてみると、
僕の持っていたお札は「50ピアストル(1ポンド=100ピアストル)」なのであった。
以前、エジプトの旅を終えたアメリカ人の青年に出会った際に、
「もう使わないから」と言って「5」と「25」と「50」のお札を貰っていた。
僕はその合計を「80ポンド」と思っていたのだが、
それは勘違いで、「5ポンド+75ピアストル」だったのだ。
貰った時に、「けっこう大きな額だけど、いいのかな…?」と恐縮していたのだが、これで納得。
(今のレートだと、1ポンド=20円に満たないので、せいぜい120円分だったということ。)

もし「80ポンド」なら、エジプトの物価なら2日は生活できてしまうので、
僕はダハブで両替すればいいやと思い、港で両替を済ませていなかった。
もしベルギー人の彼女の誘いを受けてタクシーに乗っていたら、
運賃が払えず恥ずかしいことになっていた…。
気付いていなかったが、途中からはヒッチ「せざるを得ない」状況になっていたのだなと。(笑)

オマケ。中東版のマルボロ。
中東マルボロ
黒くなった肺の写真がリアル…。裏には、「健康を害する恐れがあります。」的なことが書いてある。

テーマ:海外旅行記 - ジャンル:旅行

旅日記-エジプト | 20:00:28 | トラックバック(0) | コメント(2)
でっかいWelcome!
ダイバー憧れの地と言われる、紅海。
ダイビングは大して興味が無いが、泳ぐのは好きなので、これは体験してみない手は無い。
初日にアカバの街を歩き回り、ようやく見つけた頼りないゴーグル(まるでオモチャ…)を手に、
公共ビーチへと向かうバスに乗り込んだ。

快晴の空よりも、青い青い海。
これ以上透き通るのは無理では?と思うぐらい、沖の方まで底が見えている感じ。
人の少ない砂浜で、海岸そばまで迫ってきているサンゴ礁達と戯れて遊んだ。
そういえば、ここ何年か海で泳いでなかったなぁ。

昼を過ぎると、地元の家族連れの人たちが遊びに集まってきた。
あるおっちゃんと、例によって対岸を見ながら、イスラエルの話になった。
あの国の国として認めず、憎んでいるってところまでは、今まで時々耳にしてきたのと同じ。
ただ彼の場合、その憎しみの矛先は、あの国に住んでいる人たちそのものでは無かった。
「武器で土地を奪った」ことが許せないのだと言う。

僕は、ちょっと突っ込み過ぎかなと思いつつも、聞いてみた。
「もしあの土地とヨルダンを1つの国にできるなら、今あそこに住んでいる人たちが一緒に住むのは構わないか?」
質問の答えは明確で、「Welcome!」だった。

今までにこの国で何でも聞いてきた言葉だけど、どの「Welcome!」よりも、でっかく聞こえた。
こうやって、違う文化圏・宗教圏の人だろうと、本当の意味で受け入れてやろうという人たちは、
アラブの国には他にもたくさんいるのかも知れない。
一方、イスラエルの人たちはどうなんだろうな~?気になる国として自分の中に残ってしまいそう…。

アカバの海の写真をまとめて。

静かな砂浜。午前中は、人が少なかった。
静かな砂浜@アカバ

休日のひととき。
休日のひととき@アカバ

真っ白な背中。
真っ白な背中

おじいちゃんじゃなくて、お父ちゃんです。
おじいちゃんじゃないよ!

珍しく写真を撮らせてくれた女性。
美人。でも、人妻。しかも、↑のおっちゃんの奥さん!
激撮・アラブ美女!(でも人妻)

水着美女も激写。
激撮・水着美女(たぶん)!

子どもたち。
撮られたがりなお年頃
お姉ちゃんと弟
ちょっと遠い目
飛びます!
浮かんでま~す
悪ガキ軍団

------------------------------

さて、あっと言う間だったけど、ヨルダンの旅はこれでおしまい。
トルコのカッパドキアで雪に降られてからまだ1ヶ月も経っていないのに、
日焼けで体中がヒリヒリしている自分がいる。
次もまた、砂漠の国。緑溢れる避暑地はまだまだ先…。

マアッサラーマ(=バイバイ)、ヨルダン!
ヨルダン国旗
(ペトラ遺跡の丘の上にて)

テーマ:海外旅行記 - ジャンル:旅行

旅日記-ヨルダン | 17:10:58 | トラックバック(0) | コメント(0)
初体験
ガイドブックのアカバの地図に、「中国人スーク(市場)」と書かれた場所があった。
行ってみるしかないでしょ~!

全部の店が中国人の店ってわけじゃなく、主に中国製品を扱う店が集まっているような感じ。
でも確かに、何度か中国人と思われる店員さんを見かけた。
こう言っちゃ失礼だけど、気さくなアラブの人たちと比べると、愛想の悪い店員が多い。
でも、それすらも懐かしく感じる自分…。

店の外で商品を整理している中国人と思しき青年がいたので、「ニーハオ」と声をかけてみた。
簡単な会話をしたところ、僕が住んでいた江蘇省の出身とわかり、
それがきっかけで打ち解けられた気がする。
そういうつもりだったわけじゃないが、流れで一緒に昼飯に行くことになり、結局奢ってもらってしまった。
ちなみに、彼の案内で連れて行ってもらった昼食は、ケンタッキーもどきのファーストフード店。
彼には、アラブの食事がイマイチ合わないのだとか。
好みは人それぞれだけど…、勿体無いなって思ってしまった。

しかし、この1ヶ月で中国語、鈍ったなぁ…。
旅の初めは逆だったのに、今度は、英語が先に浮かぶようになることが多くなった。
複数言語を覚えるのって、とっても難しい…。
でもこの陳君は、英語、アラビア語、フランス語を勉強中。けっこう喋れてるし、すごい!

陳君(右)と、同じ店で働く仲間たち。
陳君(右)と仲間たち

アンマンでは日本並みに高かったビールが、アカバに来て半額になった。
免税店をたくさん見かけたので、恐らくビールも対象なのかな。
宿で同室になったフランス人の青年と、一緒に海岸で一杯やることにした。
彼は僕と同い年で、しかもニックネームが「ジョー」!ここに義兄弟の契りを交わしたのであった。(ウソ)

さて、シリアのタルトゥースで飲んで(日本がWBC優勝を決めた日)以来、
実に2週間振りのビールを堪能したところで、ジョー君から「タバコ」のお誘いがあった。

ここアカバの地で、ワタクシjoplusは、タイトル通り人生初の体験をすることとなった。
と言うのも、僕はこれまでの人生で、タバコだけはただの一度も吸ったことが無かった。
小さい頃に喘息持ちで、タバコの煙に苦しめられた経験があるから…かな。
健康に悪いからとか、金がかかるからというのもあるけど、吸いたいと思ったことが無い。
(人に勧められるのも断り続けたのは、半分意地もあるけど。)

…と引っ張っておいて何だけど、ここでトライしたのは、タバコと言っても「水タバコ」。
シリアやヨルダンでは、喫茶店に行くとオジサマたちが昼間からこれをプカプカやっている。
何でも色々な味(ストロベリーとかリンゴとか)があるらしく、いつも甘い香りが漂っている。
ニコチンは入っていないんだって。

でも、吸うのはやっぱり煙である。
免疫の無い僕は、学校の屋上で初めて火を付けてみた中高生のごとく、見事にむせた。
美味いとか不味いとかはよくわからなかったが、
なんとなく、頭がふわぁ~っとなった気がした。(これは酒のせいかも?)
「ふぅ~っ」と白い煙を吹く感覚だけは、ちょっと気持ちいいね。

スモーキング中にポーズを決めた、フランス人ジョー。
フランスジョー

ところで、タバコを吸わない僕だけど、唯一タバコを吸う人が羨ましいと思うのは、
「ちょっと火貸して。」「1本ちょうだい。」から始まるコミュニケーション。
中国もそうだったけど、シリアやヨルダンも、挨拶代わりに「1本どう?」とタバコを差し出されることが多い。
別に悪いことをしているわけではないと思うけど、
これを断る時って何だか忍びないと言うか、1つ会話のきっかけを逃している気がして、勿体無くも思う。
酒のコミュニケーションが使えない国だけに、尚更そう感じるのかな。

オマケ。これは次の日に食べたもの。
魚定食@アカバ
さすがは港町。思えばトルコでサバサンドを食べて以来、約1ヶ月振りの魚…。
顔の綻びを抑えられませんでしたよ。やっぱり日本人なんだなと思う瞬間。

もういっちょ。中東限定・マックアラビア。
マックアラビア
いわゆるピタサンドですな。
無線LANを使うために行ったのだけど、結局ネットカフェに行くより高くついた…。

テーマ:海外旅行記 - ジャンル:旅行

旅日記-ヨルダン | 16:30:49 | トラックバック(0) | コメント(2)
遺跡そっちのけトレッキング
ヨルダン最大の見どころと言われる、ペトラ遺跡。
例によって、遺跡に強い興味を示さない僕の体なのだが、
ここに来ていながら「最大の見どころ」に行かないで帰るのもどうかと思い、出掛けてみた。
(ものすごく遺跡に対して失礼な感情とは思うが…)

朝イチで入場すると、さすがに人はまばらだった。
しつこいと噂の客引きも全く姿を見せていない。
シリアのパルミラ同様、やはり有名観光地は早起きで訪れるに限るのだな。
途中の見どころには後で見ることにして、まずは一番奥のポイントを目指した。
ひたすら岩山の中を登ること約1時間半、僕は広い広い大地を見渡す丘の上に立った。
日射は既に強くなってきているが、体を吹き抜けていく乾燥した砂漠の涼風が心地いい。
聞こえるのは、鳥のさえずりと風の音だけ。久し振りに、静かな場所に来れた気がする。
求めていた緑溢れる自然ではないけれど、すごく気持ちが楽になったように感じた。
早起きで寝不足だった僕は、ここでしばしお昼寝タイム。幸せだ…。

行きがけに唯一撮った写真。やっぱり朝の色って好き。
朝の城門跡@ペトラ

昼寝というか、朝寝をした丘の上はこんな感じ。
丘のてっぺん@ペトラ

人が僅かに姿を見せ始めた頃に、再び行動開始。
途中すっ飛ばしてきた場所をあちこち回ってみたが、予想以上に広い!
そして面白い。
遺跡観光と言うよりは、トレッキング+宝探しを楽しんだような感じ。
人が少ない場所へも足を向けてみると、ちょっとした見どころが隠れていたりするのが楽しい。
とてもじゃないが、1日で全てを見るのは無理だと思った。
僕のような遺跡好きじゃない人間がそう思うのだから、好きな人は尚更無理なんじゃないかな。

岩山の中を行くトレッキングコース。
岩山をゆく@ペトラ

波打つ岩の道。
波打つ岩の道

少しは遺跡らしい写真も載せないと…。有名な神殿などなど。
神殿@ペトラ①
神殿@ペトラ②
教会跡@ペトラ

不気味な入口。
不気味な入口

ライオンさん。
ライオンさん

ロバですが、何か?
ロバドアップ

ラクダですが、何か?
ラクダドアップ

ところでこのペトラ遺跡、入場料がバカ高い。
1日券で約3,000円、僕が買った2日券は約4,000円。
ヨルダンは物価に対して観光料が全般に高いし、見ごたえ十分なのは認めるが、
それにしてもこれは旅行者泣かせな金額でしょう…。
「高いと感じる観光地マイベスト3!」を付けるなら、最後まで残って来そうな予感。

話は変わって…、ペトラの宿で、日本人の女性で1人旅をしている方と話す機会があった。
僕にとってはイイ人ばかりで温かく感じているアラブの国も、女性の場合はだいぶ感じ方が変わるようだ。
ウワサには聞いていたけれど、「手」の軽いアラブ男は実際にかなりいるようで、
セクハラや痴漢の被害に遭うこともしばしばらしい。「中東の女性一人旅はしんどい。」とのことだった。
一部の被害者が泣き寝入りをしてしまっているのか、
「日本人女性は狙いやすい」というイメージを与えてしまっているのは望ましいことじゃないとは思うけど、
だからと言って、被害に遭っている女性の方を責めるのは違うと思う。
どの国だって、そのような行為は許されることじゃない。

一部のアラブの男性たちに問いたい。
イスラムの教えというのは、ムスリム間の男女の交際を認めないことなのか?
ムスリムでない旅行者の女性には手を出してもいいってことなのか?
世界から「危険な地域」と思われている現状を悲しむ人がいる。
そんな中訪れた旅人に、「Welcome!」の温かい言葉と共に、一生懸命手助けしてくれる人がいる。
それなのに、こんなつまらんことで国の印象を落としてどうする?
本当の意味で、「Welcome!」な国になって欲しいんだけどな。
老若男女問わず、全ての旅行者が笑顔になれる国に。

------------------------------

昨日、ペトラを離れてアカバという町に移動してきました。
ヨルダンの南端で、紅海の北端の沿岸に位置する港町。
イスラエルやサウジアラビアの国境があって、対岸にはエジプトも見える場所。
明日夜の船で、4番目の国・エジプトへ向かう予定。
初の船による国境越えであります。何となく、ワクワクしますな。

テーマ:海外旅行記 - ジャンル:旅行

旅日記-ヨルダン | 19:10:48 | トラックバック(0) | コメント(2)
初めの一声
ヨルダンに入ってから、1日置きぐらいに腹の調子が悪かった。
なんでだろ?と自分が口に入れたものを振り返ってみたところ、
どうやら安食堂で出される水(←水道水)を飲んだ日がダメっぽい。
シリアでは大丈夫だったし、変な味もしないんだけどなぁ~。
残念ながら、僕はヨルダンの水とは相性が悪いってことなのかな?
(もちろん、慣れもあるんだと思うが…)

死海に行った次の日に、休息も兼ねてアンマンの街を1日ぶらぶらしてみた。
アンマンは広い。小さい路地まで歩きだすとキリがなくなる。
そしてここもまた、僕の好きな丘の街である。
休息と言いつつ、あちこち丘を登ったり下りたりしているとかなりハードな散歩になってしまった。

基本的にはイイ人たちばかりなんだけど、
歩いていると、出会い頭に「ヤバーニー(日本人)!」とか「スウィーニー(中国人)!」と叫ばれたり、
クスクス笑われたりすることが度々ある。
いきなり知らない人間に、「ナントカ人」って言われて嬉しい人はいるだろうか?
悪気は無い人がほとんどなんだと思うけど、嘲るような言い方に聞こえてしまう。
(気のせいかも知れないが、一部の人は、本当に差別的な見方をしているような気もする。でも、なぜだろう?)
ちょっと極端な例だけど、彼らだって、いきなり「イスラエル人!」と言われたらきっと怒るだろう。
彼らにとって僕らアジア系の人間が同じ顔に見えるのは仕方ないこと。
僕だって、中国人や韓国人、日本人を完璧に見分けられる自信なんて無いし、
ましてや、アラブの人の出身国なんて当てられっこない。
だから、「Where are you from?」って聞けばいいんじゃないの?
その言葉を知らないなら、「スウィーニー?ヤバーニー?」だっていい。
ナントカ人である前に、同じ一人の人間なんだから、会話をしようよ!と、思う。

以下、アンマンの散歩写真まとめ。

市場で出会った、イラクオヤジNo.2(右)。
イラクオヤジ再び(右)
やたらノリノリで、↓のような感じで勝手にイラクの話をしてきた。
「今イラクに行ったら、(人差し指をこめかみに当てて)『バーン!』か、
 『ボカーン!』(爆弾のことだと思われる)だな、ワハハ!」

割り込みオヤジ。
割り込みオヤジ

仕切り直して、もう1枚。日用品屋さんでした。
撮り直し…

果物屋さん。
果物屋さん

ホブス屋さん。焼きたてを1枚くれました。小麦の風味がふわっと広がる♪
ホブス屋さん

建物写真① : 水色モスク。
水色モスク

建物写真② : 赤十字。
赤十字

建物写真③ : 白黒モスクの前で。
白黒モスクの前で

食い倒れ写真① : チキン炊き込み飯。(名称はテキトー)
チキン炊き込み飯

食い倒れ写真② : チキン入り野菜スープ+ライス。
チキン入り野菜スープ&ライス

食い倒れ写真③ : トマト野菜煮込み。
トマト野菜煮込み

食い倒れ写真④ : ロールライスキャベツ。
ロールライスキャベツ

食い倒れ写真⑤ : カレー風味雑穀ライス&ミートボール入りトマト野菜煮込み
カレー風味ライス&ミートボール入りトマト野菜煮込み

食い倒れ写真⑥ : アラビアータ? ※茹で加減は、逆アルデンテ(笑)
トマトパスタ(逆アルデンテ)

おやつの時間。
アイスの時間

夕暮れ前の丘の風景。
アンマンの丘

テーマ:海外旅行記 - ジャンル:旅行

旅日記-ヨルダン | 18:45:01 | トラックバック(0) | コメント(0)
今はすぐ隣の国
ラーマという小さな町でバスを降りた。
ここから死海のビーチへ向かうバスが出ていると聞いたのだけど、見る限り白タクしかいない。
白タクの運転手に訊いたところで、「バスは無い。乗れ乗れ。」と言うに決まっているので、
近くの商店のおっちゃん数人に訪ねたのだが、やはりバスは無いらしい。
白タクは相乗りだから人が集まれば安くなるのだけど、どうも僕以外に客は見当たらない。
こういう時や宿を探す時だけは、独りじゃない方が楽なんだよな~とつくづく思う。

さて、どうする。1人乗りの高い金額を払ってまで行きたいかと言うと、正直微妙だ。
…と悩んでいた矢先に、1台のバスが通り過ぎ、さっき居た商店の前に停まった。
乗っているのは学生と思われる若い男連中で、叫ぶように歌を歌いまくっていて、やかましい。
非常に暑苦しいが、ただ、こういうノリは嫌いじゃない。
退屈だったし、ちょっと覗き込んで挨拶してみた。

連れ込まれた。(笑)

彼らは学校のサッカーチームだった。
ちょうど死海へ遊びに行くところだったようで、面白がって乗せてくれた。
ラッキーだったが、超ハイテンションの20人近い若者の中に飛び込んだのだから大変だ。
マジックペンを渡されたかと思えば、「俺の名前を日本語で書いてくれ!」と、
我先にと横から横から腕を差し出してくるので、適当にひらがなとカタカナで書いてやった。
「日本の歌を歌ってくれ!」と手拍子が始まってしまったので、
パッと浮かんだコブクロの歌を熱唱した。
これだけ騒がしいと、疲れを感じてる暇も無いね。あっと言う間に死海に到着した。

ノリノリ学生軍団。
ノリノリ学生たち@死海

さすがにリゾート地だけあって、裕福な人たちが集まっているのだろう。
教養レベルも高いのか、ビーチを歩いていて駆け寄って来る子どもでも、
英語を知っている子が多いので驚いた。
それはいいんだけど、独りになった途端に次から次から声が掛かるんで、
落ち着いて泳ぎに行けやしない。(笑)

できるだけ静かな場所に逃げ、ぼんやり死海を眺める。
のんびりぷかぷかと、でっかいお腹を出しておっちゃんが塩水に浮かんでいる。
どこからどう見ても平和な光景だけど、
僕が思っていたよりずっと近く、それこそ泳いで行けそうなぐらいの距離に、対岸が見える。
だからか、話を始めると自然と対岸の国の話題が出ることが多かった。
英語の教師だと言うある女性は、「あれは私たちの国だ。」と言った。
また、別に出会った少年らは、「あそこの奴らはクレイジーなんだ。」と、対岸を指差して言った。

僕にとって、対岸=イスラエルは、行ったことの無い場所。だからよくわからない。
でも、そこに住む全ての人を指して「クレイジー」と表現するのは、きっと間違っていると思う。
実際に、中国で短期旅行していた時に、何度かイスラエルから来た旅人に出会ったことがある。
政治や宗教に絡んだ話はしなかったが、いずれも穏やかで優しい人だった。
だから、アラブの人たちは大好きだけども、そういう話を聞かされると嫌な気分になる。
ただ、「クレイジー」と呼ばれるほどのことを、
イスラエルという国がパレスチナの人々に対してしてきたことも、事実なんだろうと思う。
僕はビビリだから今は行けないけど、本当はイスラエルという国も訪れてみたい気持ちはある。
実際に対岸にはどんな人たちがいて、どんな生活があるのか、すごく気になる…。

超高濃度塩水の湖にて。悪魔の実の能力者でも泳げるはず。(たぶん)
誰でも浮かべる海にて①
誰でも浮かべる海にて②
誰でも浮かべる海にて③
ちょっと霞んでて写真では見づらいけど、対岸も見えるはず…。

ところで、僕は無宗教で、神の存在も信じていない人間である。
時々、ムスリムの人から何の宗教なのかと尋ねられるのだけど、
僕はそこでウソを言うのも嫌だし、例えば「仏教徒」と答えた後にさらに質問を重ねられても困るので、
この質問には正直に答えるようにしている。
だけど、彼らの多くにとって、それは理解できないことのようだ。
ある青年に言わせると、「Oh, you are so poor.」とのこと。
彼らは、神の存在を微塵も疑っていないし、神を信じることで死後に楽園に行けると考えている。
僕は「宗教の自由」の国で生きてきたためなのか、「それはそれでいいと思う」ことはできるから、
自分がムスリムになる気はないけれど、別に彼らの考えを否定することもない。
だけど、彼らは全力で僕を説得してくる。今からでも、「神を信じなさい。」と。
恐らく、僕がもしこの地で生まれていたならば、
「それしか知らない」だろうから、僕も彼らと同じだったに違いない。
でもそれって、怖いことだなと思う。
自分と違う考え方があることを知らなかったら、受け入れられなかったら…すごく怖い。
今この地で耳にする「憎しみ」の言葉のように、そこから数々の争いが生まれているのだろうから。

さて、行きは運良く来られたが、帰りはどうするかなと考えながら大通りに出たところ、
5人のおっちゃんが同じくアンマンに戻る足を探していた。
これが、僕にとって3度目のイラク人との出会い。
(「2度目」はアンマンの市場にて。別途記載予定。)
彼らは、仕事の研修でヨルダンに2週間滞在しており、
今日は休日を楽しみに死海へやって来ていたらしい。
結局、彼らが捉まえて値段交渉までしてくれた白タクに、僕も便乗させてもらうことができた。
今日はツいてる!
うち3人ほどは英語が堪能だったので、かなりコミュニケーションを取ることができた。
日本人が珍しいのか、面白がって一緒に写真を撮ってくれたり、
お菓子を分けてくれたり、超フレンドリー。
僕がダウンタウンの安宿に泊まっていると言ったら、驚いていた。
それもそのはず、彼らは5ッ星の超高級ホテルに泊まっていた!うらやましい!
そんなおっちゃん達だけど、日本のコインを持っていないか?と言うので、
5円玉を渡したらすごく面白がって、プレゼントしたらとても喜んでくれた。
ここぞとばかりに、「イラクのコインがあったら欲しいな~」と言ってみたところ、
今はイラクでは硬貨がほとんど出回っていないらしい。
インフレのため、小単位の硬貨が役に立たなくなってしまったらしい。残念。
1人は首都バグダッド在住で、4人はバグダッドから100kmほど離れた町に住んでいるそうだ。
知らない町の名前だったので、僕は「何も知らなくてごめんなさい。」と謝り、
「日本にはイラクに関する情報が少ないから。行きたくても、今は日本人は行けないし…。」
と言うと、寂しげな顔だった。
本当は、治安面などの様子を聞いてみたかったのだけど…、さすがに聞きづらかったのでやめた。
代わりに、「近い未来に、イラクに旅行ができる日が来て欲しいな。」と話したら、
おっちゃん達は「We also hope.」と言って笑ってくれた。

イラク人オヤジ5人衆、集合!
イラクオヤジ5人衆

国のイメージだけに頼り、先入観で人を見てはいけないなと、つくづく思い知らされる。
改めて、シリア(タルトゥース)で一緒に泊まったイラク人のおっちゃんへ、ごめんなさい。

テーマ:海外旅行記 - ジャンル:旅行

旅日記-ヨルダン | 21:05:46 | トラックバック(0) | コメント(0)
疲れの自覚
3月が終わり、4月に入った。
旅のスタートは3月3日だったので、ほぼ1ヶ月を終えたことになる。
ちょっと嫌な話だけど、現在の自分の正直なところをまとめてみる。

このところ、歩いていて疲れを感じることが多くなった。
「アロー!ホワッチュアネーム?」と叫びながら無邪気に絡んでくる子どもや、
「カモン!スィットダウン!」と手招きしてくるおじさん達、
最初は1つ1つが新鮮で楽しかったことが「相変わらず」に感じてきて、
以前は一緒になってはしゃいでいたのに、今では煩わしく感じることもあり、
本当に最低なんだけど、正直言って時にはシカトしてしまいたくなることもある。

なんで疲れているのかを考えてみた。
応じたところで言葉がわからないので、
結局上手くコミュニケーションが取れなかったりというのも原因の一つとは思うけど、
それ以上に、「見られている」ことに疲れてきているんじゃないか?と思う。
街を歩いていると、痛いほどの視線を常に注がれているのがわかる。
それに笑顔で応えれば、また笑顔や挨拶が返ってきて、それは確かに楽しくて嬉しいことなんだけど、
その1つ1つのやり取りって、意外なほど体力を使っているみたいだ。
そして自身に応じる体力が無くなってくると、彼らの視線が辛く感じてくる。
世の中の「有名人」と呼ばれる人たちは、すごい体力を持っているんだなと思った。
そもそもなれないだろうという話は別として、自分には無理だな…。

何度も書いているように、ここにはとてもフレンドリーで温かい人たちがたくさんいる。
アラブの国全てがそうかはわからないけど、
ヨルダンに来ても、それは今のところ変わらないように感じている。
もちろん、それによって力を貰っている部分はたくさんある。
でも一方で、どんなに優しい人たちと一緒であっても、
「人と居ること」は、それだけで1つのストレスになるのだろうと思う。
考えてみれば当たり前だけど、自分と違う他人に関わる時点で、
何らかの「気」を使っている(あえて「遣う」ではなく)はずなんだよね。
みんながみんな、僕のように人に対して疲れを感じるわけじゃないだろうけど、
例えば同じように疲れが自分に溜まってしまったとして、
再びパワーを蓄える方法は人それぞれ、色々あると思う。
この場で書いてきたような美味しい食べ物であったり、好きな音楽だったり、
僕自身も、色んなものに力を貰っているのを感じている。

でも、僕は今、それら以外に、ここには無いものを求めている。
誰もいない、緑で溢れた大自然のど真ん中に立ちたい。
アルプスの雄大な景色のような…だだっ広く自然の色で満ちた場所。
もし今それが目の前に現れたなら、僕は泣いてしまうかもしれない。

時々、「俺って植物みたいな奴だな」と思う時がある。
朝、雨が降っているだけでイライラして、
透き通った青空と眩しい日差しがあるだけでテンションが上がったりする。
緑に囲まれて清々しい空気を深く吸い込んでいると、どこまででも歩いて行けるような気がする。

人の優しさや美味い食べ物に出会った時の、喜びや感謝の気持ちは忘れちゃいけない。
それがあって、今ここに生きて立てている。それは心の中ではわかっているつもり。
でも自分はきっと、そういう「温かみ」だけじゃ生きられないタイプの人間なんだと思う。
正確には、「生きられない」というのは少しオーバーかもしれないけど、
疲れによって素直に感謝や喜びを表現できなくなったりすることで、
自分がどんどん嫌な人間になっていってしまう。
情けないけど、僕は自分の疲れに気持ちで負けやすい。すごく弱っちい、小さい人間なんだ。
でも、でっかい自然に触れることで、小さい僕でも、ちょっとだけ広い心を持つことができる。
僕にとっては、それが「癒し」ってやつなのかな。全身で自然を感じたい、ものすごく…。

そんなテンションで出掛けたサルトの町では、
美しいと評判の街並を見ても、ほとんど何も感じることができなかった。
写真を撮るのも面倒なぐらい。(本当に写真が無い…)
もしかしたら、この先にある色んな遺跡や町を訪れても、
同じように無味乾燥のまま終わってしまうかもしれない。
それはすごく勿体無いことかもしれない。
でも、だからこそ、考えることもある。
たとえ高い移動費や入場料を払って訪れた遺跡に何も感じなかったとしても、
もしかしたら、僕はこうして考える時間を買っているのかもしれない。
そういう時間を作れていることは、とても贅沢で、幸せなことなんだろうな。

長々書いてみたけど、結局は気分屋の自分。
明日は普通に笑って朝の街を歩いているような気もする。
でも、そんな一喜一憂も含めて、全体としてはけっこう楽めているのかな。
シンドい日もあるけれど、アラブの国も、その先も、まだまだ歩き続けてみたい。

テーマ:海外旅行記 - ジャンル:旅行

旅日記-ヨルダン | 21:00:02 | トラックバック(0) | コメント(2)
春のお散歩デー
ヨルダンの首都・アンマンのダウンタウンに滞在中。

ダウンタウンは、ノリの良い人情溢れる下町の雰囲気(って、「ダウンタウン」を訳したらそのままか…)。
周りは丘に囲まれていて、小道を迷いながら登っていくのも楽しそう。
また、アンマンは…と言うかヨルダン全体がそうなのかもしれないけど、
シリアと比べて安食堂のメニューバラエティが一気に増えた。
通りがかりに匂いを嗅いでいるだけで、食欲が…(笑)
ここを拠点に日帰りできる見どころも多いし、1週間近く滞在することになるかも。

アンマンの感想や写真は最終日辺りに別途まとめるとして、
昨日(滞在2日目)は、少し北にあるジェラシュ遺跡を見学に行ってきた。
下調べで写真を見ていたのだけど、
遺跡と言ってもパルミラのような荒涼とした砂漠にあるわけでなく、
特にこの時期は春の草花が生い茂り、
草原の中に石柱や神殿跡が点在しているような感じで、とても美しかった。

さて、実際に訪れてみると…、お~。確かに、春満開・お花畑♪
パルミラで見た、朝や夕の陽の色に染まる砂の大地と遺跡ってのも素晴らしいけど、
青空とカラフルな花に囲まれているのもまたいいもんだな~と。(実に単純な感想だけど…)

春らしい写真などなど。
春のジェラシュ①
春のジェラシュ②
春のジェラシュ③
春のジェラシュ④
春のジェラシュ⑤

こちらは劇場跡。団体客向けに民族音楽の演奏をやっていたので、勝手に聞かせて頂きました。
劇場@ジェラシュ

光が射し込む扉。ちょっと暗いか…。
光への扉@ジェラシュ

遺跡内に咲いていたもの。花の名前に詳しい人、教えて下さい。
名前を知らない花@ジェラシュ①
名前を知らない花@ジェラシュ②

テーマ:海外旅行記 - ジャンル:旅行

旅日記-ヨルダン | 20:25:31 | トラックバック(0) | コメント(0)

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。