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joplus

Author:joplus
「もっと世界を見てみたい!」
という単純な理由で、
世界経済危機をものともせず…
否、ただ歯止めがかけられず、
会社を辞めて旅に出た浅はかな男。

でも、いつ終わるかわからない人生、
やりたいことをやりたい時に、
楽しめるだけ楽しまないと♪
…と、勝手に開き直ってる若造です。

たくさんの「違い」に出会うため、
風と気の向くままに歩き回ります。
キーワードは、「自然体」。
できるだけナチュラルな心で、
「違い」で溢れた世界に浸って来たいと思います。

(画像 : photo by たびかめ氏)

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野宿明け湖散歩
夜中3時に、運転手の声で起こされた。
目的地の茶卡(チャーカー)に着いたらしい。ここで降りるのは僕1人のようだ。
半分寝惚けたまま外へ出たが、寒さで一気に目が覚めた。

もう少し明け方近くに着くかと思っていたが、思ったより早かったな。
日が出る7時頃まであと4時間近く、待つのはちょっとツラい。
しかし、街道で降ろしてもらったので辺りに宿はあるようだが、看板は全て真っ暗。

仕方ない。こんなド田舎なら、襲われる危険も無いだろうし…やってみるか。
かくして、この旅初の野宿にトライすることに。(駅で夜を明かしたことはあったけども…)
公共のベンチをちょっとお借りして、街道から目が届きにくい建物の軒下に移動して、準備完了。
久々に寝袋に潜り込んで空を見上げると、素晴らしい星空。
木のベンチで隙間があったため、寝袋に包まっても冷たい空気が伝わってきたが、
それでも2時間ほどは眠りに入っていた。我ながら、神経が図太くなったもんだ…。

空が白んできた6時頃、街道を行く人の声で目が覚めた。
急いで寝袋を丸め、ベンチを元に戻そうと思ったが、
街道に出てみると既にちらほら人通りがある。
ここでベンチを運ぶのは怪しすぎるので、戻すのは諦めることに。申し訳ない!
本当に中国は朝が早い。
とりあえず冷えた体を温めたいと思っていたら、ちゃんとこの時間から開けている店がある。
ありがたや~☆

蒸したての包子(バオズ)。温まる~☆
包子@茶卡
お粥と並んで大好きな朝飯メニューの1つ。
今回は、肉と細切りニンジン入り。10個で5元の幸せ。

体が温まったら、茶卡に来た目的である塩湖見物に出発。
この近くに、中国最大の塩湖である青海湖があるのだが、
7月頃のベストシーズンを逃してしまっていたので、代わりにこちらにやって来た。
日本のガイドブックなどでは見かけないのだが、
以前中国内で見つけた「中国名景100選」の本に載っていたのだ。
町から湖までの距離も知らずに来たのだが、
包子屋のお姉さんに聞いたら4km程度とのことだったので、歩いて行くことに。
草原の道を歩いている途中で7時を過ぎ、朝日が昇って来た。
さっきまでの冷え切った空気がウソのように、光と共に暖かさで包まれる。真に太陽は偉大なり。

塩湖風景区への入場料は20元。
割と良心的な値段だが、中はほとんど放置状態。
観光地らしく整備し過ぎるのも好きじゃないが、これで金を取るのもどうかと…。

コスモスがお出迎え。
コスモスの季節@茶卡

ぼんやりミラーレイク。
ぼんやりミラー@茶卡
このテの風景も、そろそろお腹いっぱいになってきたかな…?

湖畔で見つけたカラフルなもの。
湖畔にポツリ@茶卡

湿原に秋の色。
湿原の赤@茶卡
去年は北アルプス・立山でこんな色を見たっけ。1年が経つのですなぁ…。

塩の大地にポツリ。
白い大地にポツリ@茶卡

ぶらぶら2時間ほど湖周辺を歩いた後、町へ戻る途中で、
後ろから来た車から声を掛けられた。
助手席のおばちゃん(以下、「ば」)が片言の日本語を知っているようだ。

ば「日本人ですか?」
僕「対(ドゥイ = そうです)。
ば「1人で来たの?」
僕「一個人的(イーガレンダ = 1人ですよ)。
ば「どこまで行くの?」
僕「(町の方を指差しながら)到那辺(ダオナービェン = あの辺まで)。」
ば「(中国語が)上手なのね。」
僕「謝謝。」

…何だこの会話?
喋る言語が逆だろ、普通!(笑)

例えば日本語を喋る欧米人に対してもそうなんだけど、
どうも異国の人と日本語で会話するのに違和感を感じたりして、
無意識に、下手なクセに英語や中国語を使おうとしてしまう自分がいるんだな。

この後は、青海省の省都・西寧(シーニン)へ移動。
ここを基点に、南のチベット自治州地域を目指す。

その西寧へ向かうバスの中で、青海湖も見ることができた。
バスの車窓から①@青海湖
バスの車窓から②@青海湖
バスの車窓越しに撮った写真だけど…、茶卡塩湖よりキレイかも?
黄色い花は、たぶん菜の花だと思うんだよなぁ。この時期に見られるとは思わなかった。

オマケに、西寧での食事。青椒土豆丝盖浇飯(チンジャオトゥドウスーガイジャオファン)。
青椒土豆丝盖浇飯@西寧
ご飯ものはいつも容赦ないボリューム。具のはみ出しっぷりが食欲をそそる。
「盖浇」とは、「ぶっかける」のような意味なので、
「盖浇飯」ならぶっかけ飯(日本で言うなら、丼かな)、「盖浇面」ならぶっかけ麺になる。
手前には、普段なら大皿料理で頼むような一品料理の名前が付く。
一品料理の種類だけでも、1つの店で数十種類があったりするので、
片っ端から「盖浇」にするだけで素晴らしいバリエーションが楽しめる。
青椒土豆丝は、ピーマン(青椒)とじゃがいも(土豆)の細切り(丝)炒め。
お馴染みチンジャオロースー(青椒肉絲)の肉を土豆に変えたものですな。
基本中の基本料理の1つで、簡単で美味いので僕も時々自炊で作ったりしていた。
ちなみに、これで7元でした。

炮仗面(バオチャンミェン)。
炮仗面@西寧
辞書を引くと、「炮仗」とは、爆竹のことらしい。
こういう意味不明のメニューはついつい頼んでみたくなるのよね。
出てきたのは、細かく刻んだキャベツ、ネギ、トマトなどの野菜と挽肉を、
ドロリとしたスープと共に麺とごちゃ混ぜにしたもの。
拌面(バンミェン = タレと混ぜた麺)と烩面(フイミェン = あんかけ麺)の中間ってところかな。
これはヒットですね~。こういう濃厚ガッツリ系な麺は大好き。体に悪そうだけど…。

羊肉泡饃(ヤンロウパオモー)。
羊肉泡饃@西寧
これは西安の名物だそうだ。
上に載っているのは刻んだパンのようなもので、スープでふやけて麩のようになっている。
スープの具には、羊肉と粉丝(フンスー = 春雨)。
味付けは蘭州牛肉面のような薄めのさっぱり系。
本場では、最初に丸い状態のパンが出され、
自分で千切った後に店員にスープをぶっかけてもらうらしい。
しかし、色んな食べ方を考えるねぇ…。

健康のため、中国の習慣に倣ってお茶を飲もう!…ということで、これを購入。
いつでもどこでもティータイム用@西寧
お茶っ葉は、大好きな鉄観音。
お茶屋さんで500gあたり50元だったので、50gだけ購入。
ちなみに、同じ鉄観音でも高いものは10倍以上の値段。
僕が買ったのは最安から2番目。日本人的な買い方ですなぁ…。
中国の人は、みんなこういう水筒(茶筒?)でお茶を持ち歩いている。
中国のお茶は、4~5回程度はお湯を注ぎ足してもしっかり出るし、
お湯はどこでも手に入ると言っていいぐらいなので、
ペットボトルの水を持ち歩くより、これを持っていた方が便利だったりする。

そうそう、中国はビールも安い(大瓶1本3元前後~)のだが、今回はまだほとんど飲んでない。
理由① : 1人で食事するような小さな店には、ビールが置いていないことも多い。
理由② : かと言って、宿に戻ってからビールだけ飲むのも気が進まない。
中国のビールの多くは、コクが弱くアルコールも低め(だいたい4%以下)なので、
個人的には、濃い目の味の料理と一緒でないと美味しくないと思っている。
理由③ : そもそも、腹にビールを入れる余裕が無いぐらい食べ過ぎ!

ビール好きだからって、いつでも飲んでるわけじゃないんですよ?
中国にいる間は、お茶を楽しみましょ。健康健康♪

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旅日記-中国② | 17:16:21 | トラックバック(0) | コメント(1)
観光ダメでも食えば満足
甘粛省観光のハイライトとされる敦煌の莫高窟。
幅1.6kmに渡る断崖に掘られた約500もの石窟に、壁画や仏像が並ぶ。
世界最大級の仏教芸術の宝庫なのだそうだが、
例によって例のごとく、「ふぅん」の一言で終了してしまった。

僕が遺跡系文化遺産の魅力をイマイチ感じ取れない貧しい人間であることは、ご存知の通り。
ただ、ここの場合は、見学のシステムも難点だと思う。
全ての石窟は、入口に扉が作られ、常に南京錠でロックされた状態になっている。
個人だろうと団体だろうと、見学者は外の入口で小グループに分けられ、
それぞれにガイドが1人付けられる。
ガイドは都度鍵を開閉しながら、グループを数ヶ所の石窟に案内する。
グループを抜けて勝手に歩くことも不可能ではないのだが、
結局石窟の中に入るには、どこかのグループにくっ付かないといけないので、
例えば気に入った場所があったとしても、1人でゆっくり見ることができないのだ。

宗教的な知識はまるで無い僕だけど、キリストの教会やイスラムのモスクは好きだったりする。
中に入って静けさに浸る(ためには、できれば観光客の少ない小さな場所が良い)と、
こんな僕でも不思議と神聖な空気を感じて、心がすーっと澄んでいくような感覚になる。
外界の音から離れたその場所で、しばらく時を忘れてぼんやりと過ごす。
…そんな時間が作れれば、この莫高窟の感想も少しは違ったものになったかもしれない。

莫高窟外観の一部。内部は撮影禁止なので、写真はこれだけ。
160元の入口@敦煌
莫高窟正面外観@敦煌

ちなみに、莫高窟の入場料は外国人料金(英語 or 日本語ガイド付)が180元(=約2,500円)、
一般料金(中国語ガイド付)が160元。
僕は試しに窓口で「一個人(イーガレン=1人)」とだけ言って200元を渡したら、
40元のお釣りが返って来た。
やはり中国人に見えるか…。これは、喜ぶべきところ?
しかし恐ろしく高い中国の観光料金。
日本の有名な寺でもこんな額は取らないでしょう…。
中国における国内旅行は、裕福な人でないとなかなか難しいのが現状。

どうしても値段の高さは満足度と反比例してしまいがちだけど、
こんなケチな僕でも、高額の観光料を払ってでも「行って良かった」と思う場所もあるのですよ。
今や日本でも有名になった、四川省北部の自然遺産、九寨溝と黄龍。
ここは個人で行くと、2ヶ所合わせて入場料だけで500元を超える恐ろしき価格設定になっている。
が、ここは本当に凄かった。
美しく撮られた映像や写真で見る風景に期待を抱き、
実際に行くとガッカリしてしまうのは良くあることで、
ここもそうなることを恐れていたのだが、ここに関しては杞憂に終わった。
あの水の色は、未だ他では見たことが無い。予想を遥かに超えた神秘の世界だった。

僕が昨年夏に訪れた時の写真が↓の「四千年の国」のフォルダに入っているので、
興味のある方はどうぞ!
http://photos.yahoo.co.jp/jo_yaguchi

もし訪れる場合は、四川省の省都である成都(日本から直行便あり)から、
ツアー(バス利用の場合、3泊4日程度)を利用した方が楽な上に安く行けるかも。
競争が激しい人気コースのため、かなり価格が安くなっているとか。
僕は個人でバスや乗合タクシーを使って行ったけれど、
安宿の集まる地域が風景区の入口から遠かったりして、けっこう面倒だった。

以上、長々と宣伝失礼しました!敦煌に話を戻しましょ。
敦煌は砂漠に囲まれたオアシスの町。
町の外れには、砂の大地が連なる風景区もあるのだが、
これも入場料が高いので止めてしまった。砂丘はサハラで十分楽しんだしね。
町の中心部は、今やよく見る他の中国の観光地の町と変わらない感じだった。
そういえば、あのカシュガルの旧市街も、
古い建物を取り壊して新しく「古そうな街」を作っている場所があった。
(イメージ図を載せた看板を見かけた。)
北京の旧市街もオリンピック前に全て新しくしてしまったと言うし…。
そこに寂しさを感じるのは、「古き良き中国らしさ」のようなものを求める旅人の勝手な感覚であって、
今の中国の人たちは、それは別に必要としていないのかもしれない。
でもいつか、全て無くしてしまった後に、その価値に気付いたりするんじゃないかな?
日本の例を見ているだけに、そう考えるとやっぱり寂しくなる。

さて、そんな話はそれはそれで置いといて、楽しむべきは食べ歩き♪

一品目、臊子面(サオズミェン)。
臊子面@敦煌
「臊子」の意味を知らないまま注文した後、辞書を引いて一気に不安になった。
出てきたのは、「獣臭い」だの、「小便臭い」だの、
食べ物の名前に使うには恐ろしい意味ばかり…。
しかし、運ばれて来たのは角切り野菜を載せたさっぱり味の麺。
カシュガルで食べた「哨子面(シャオズミェン)」と音も見た目も似ているので、
同じものなのかもしれない。
変わったことと言えば、香菜(シャンツァイ = パクチー)が入っていたこと。
新疆ウイグルにいる間はほとんど見かけなかった。
(代わりなのかどうかはわからないが、パセリが使われていたりする。)
久々に食べると、けっこう敏感に味を感じるものだね。
辛いものも同様で、元々苦手だったのを中国で暮らす間にだいぶ慣らしたのだけど、
しばらく中東など辛いものをあまり食べない地域にいたら、また元の苦手体質に戻っていた。
この先1ヶ月もすれば、また慣れちゃうんだろうけど…。

続いて、餛飩(フントゥン)。
餛飩@敦煌
お馴染み、ワンタンでございます。
地域によっては、「雲呑(ユントゥン」とか「抄手(チャオショウ)」という名に変わる。
さっぱり小エビのダシが利いたスープ。朝飯にも良いのです。

大肉白菜水餃(250g分)&米飯。
水餃&米飯@敦煌
日本人にとって最高に素晴らしい組合せ?
実は餃子専門店でご飯が頼めるのは珍しい。餃子は主食なのです。
1斤(500g)で16元だったので、半分で頼んでこのボリューム。
餃子の具も肉を変えたり野菜を変えたり色々なので、餃子だけでも毎日楽しめる。

黄面(ファンミェン)。
黄面@敦煌
この地域の名物である、ロバ肉を使った麺とのことで注文したのだが…、
どこにロバ肉が入っていたのか不明。
普通のジャージャー麺と変わらない気がしてしまった。まぁ、美味かったけど。

牛肉面(ニョウロウミェン)。
蘭州牛肉面@敦煌
今や中国全土にある蘭州ラーメンの店のスタンダードメニュー。
スープは鶏ガラがメインかな?しょっぱくなくて、実にシンプルな味。
これは小サイズで値段は3元。
大サイズは0.5元増しなのだが、店によっては殺人的な量が出てくるので、
余程腹が減っている時以外は小を頼むのがベターかも。小でも決して少なくはない。
それと、初めての店や初めてのメニューを頼む時に大を頼むのはかなり冒険。
味でハズレは少ないけれど、油っ濃いのが出て来た場合に大はけっこうツラい…。(経験有り)

オマケ。市場で見つけた肉屋の看板。
放心肉食店@敦煌
肉を食うのに心なんざ要らねぇ!
(本当は、中国語の「放心」は「安心」の意味。)

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旅日記-中国② | 15:10:07 | トラックバック(0) | コメント(2)
+2+12+7+21
イーニンへ向かう道中、昼飯のため、食堂が数軒並ぶ場所にバスが止まった。
僕は何の気無しに一番近い食堂に入り、
手前の広い部屋の座席で麺を食べていたのだが、
ふと気が付くと、同じ部屋で食事をしているのはウイグル族の人だけだった。
バスの運ちゃんを含め、漢民族の人たちは、別の部屋や別の店に入っていたようだ。

そういえば、あれほど大勢の人で賑わっていたカシュガルのバザールや夜市でも、
漢民族の人の姿はほとんど…、いや、僕の見る限りは全く見かけなかった。

これがそのまま、彼らの間にある溝なんだろうか?
町に貼られた「民族団結」の意味を、彼らはそれぞれどんな気持ちで見ているのだろう?

しかし、本当に23時間かかりやがった。
思った以上に眠れたが、逆に体を動かしていないことに疲れている気がする。
よっしゃ、気合を入れていざ宿探し!
…とイーニンのバスターミナルを出たところで、屯していた公安(警察)に呼び止められた。
とりあえずパスポートを一番お偉そうな方に手渡し、しばし待機。
何やら本部(?)と確認を取っているようだ。
ちょっと気になりつつも、手前にいた若い警官達数人が気さくに話し掛けて来たので、
わりと気楽にその待ち時間を過ごしていたのだが…。

本部と連絡が取れたのか、お偉い方が何やら僕に説明を始めた。
簡単に意味を解釈すると、
「今は外国人が泊まれる宿が限られている。これからそこへ案内する。」とのことらしい。
そして、どこからかやって来たパトカーに「乗りなさい。」と言う。
僕は少し躊躇ったが、パスポートは彼らが持ったままだ。とりあえず従うしかない。
パトカーって、日本でも乗ったことが無いような…?

予想はしていたが、パトカーは小奇麗なホテルの前に止まった。
ホテルに入る前に、僕は警官に念を押しておいた。
「とりあえず見て値段を聞くだけですからね。」と。
しかし、レセプションの前に着くや否や、
彼らは僕のパスポートを出し、強引にチェックインさせようとした。
値段は1泊70元(=約950円)らしい。
この見た目にしては安いな…、
でも僕が普段泊まってる安宿は20~30元だし…、
いやいや、そういう問題じゃない!
今まで旅を続けて来て、宿はもちろん、自分の行き先は全て自分で決めてきた。
時には人を頼ったり、人に選択を委ねたことはあったかもしれない。
でも、その「頼る人」も「委ねる人」も、自分が選んできたことだ。
このホテルがどんなに安価で快適であっても、僕は泊まりたくなかった。
「選ぶ自由」を奪われてまで、旅を続けたいとは思わない!
いや、そうなった時点で、それはもう僕の旅ではなくなってしまう。そう思った。

長い長い道のりを経てここまでやって来て、まだ何も見ていない。
けど、たとえ彼らの決めたホテルに泊まり、見たいと思っていたものを見られたとしても、
そこには僕にとって何の価値も感動も無い。だったら…。

未だ強引にチェックインを進めようとする警官としばし揉み合い、
「他の宿を自分で探させろ。それがダメなら、俺はイーニンには泊まらない!」
僕はそう告げた。

当然ながら僕の希望は通らず、
再びパトカーに乗り、ひとまずバスターミナルに戻って来た。
パトカーに乗り込む時と、出る時が嫌だった。
街行く人達から見れば、まるで犯罪者だ。
なんで僕がこんな車に乗らなきゃいけないんだ…?

先程のお偉そうな方曰く、
「お前は日本人だろう?
 日本には日本のルールがあるように、中国には中国のルールがあるんだ。わかるか?」
そんなことはわかってる。
今のこの時期にこの町へやって来ることは僕が決めたことで、
例えば今回のようなリスクがあるかもしれないことは承知していた。
ただ、具体的なルールは知らなかった。そういう意味では、僕も悪い。
それはわかってるけど、それと納得できるかどうかは別問題だよ。

先程話し込んだ若い警官のうちの1人は、英語が話せた。
中国語は使わず、あえて英語で尋ねてみた。他の人間にわからないように。

「If you are me, if you are traveler, is this happy?」

彼の答えは、「No... No, I'm sorry.」

別に彼を責めたかったわけじゃない。
でも、公安の立場である彼からこの言葉を、本音を聞けて良かった。

彼の言葉を聞いた瞬間、もういいかな、と思った。
これで、イーニンに来た意味はあった。
ウイグルでは、まだ2回合わせてもまだ10日にも満たない滞在だったけど、
たくさんのウイグルの人達の笑顔に会えた。
現在の中国が抱える暗い部分も見えた。
そして今、未来に少しだけ希望を感じることができた。
今ここで見たいもの、見るべきものは、もう十分に見られただろう。
ウルムチへ行って、新疆ウイグル自治区を出よう。そう決めた。

僕に本音を告げてくれた彼ら漢民族の若い世代が、いつかこの国を変えて欲しい。
その時、僕はまた来ればいい。
本当に見たかった風景を見るのは、その時でいい。

1人の警官にお供され、僕は再びバスターミナルに入った。
21時発の切符を購入し、ゲートを通り、バスに乗り込むところまで見張られながら、
僕は2時間の滞在を終えてイーニンを後にした。

再び夜行のベッドで眠り、12時間の道のりを経て、ウルムチに戻って来た。
(いちおう、来る時も「通過」はしているので。)
ここで1泊しても良かったが、気持ちが冷めないうちに、移動を続けたかった。
この日16時発の甘粛省・敦煌行きバスチケットを購入し、次は電話屋へ。
一昨日の列車で出会った医者のタマゴの彼は、
朝早いにも関わらず、僕との待合せに快く応じてくれた。
彼が案内してくれたウイグル料理の店で食事をしている時に、
失礼とは思いつつも、1つだけ質問をさせてもらった。

「How do you think about Chinese people?」

彼の答えは、「I don't like.」

もう少し話を進めていると、
彼の「don't like」の対象は、あくまで中国の政府に対してということだった。
だが、最初に僕の問いに答えた時、そこに迷いは無かったように思う。
いくら「悪いのは政府のやり方であって、一般の人間は違う。」と頭では考えようとしても、
そう簡単にコントロールできない部分もあるんじゃないかな…。

バスターミナルまで来てくれた彼に見送られ、僕は敦煌行きのバスに乗り込んだ。
再会を約束した場所は、日本の北海道か、イーニン!
北海道は、彼が行きたい場所。(美味しい魚が食べたいらしい。)
イーニンは、僕がまた行きたい場所で、彼の故郷でもある。
どちらになるかはまだわからないけれど、また会える気がする。

ウルムチの滞在、7時間。
敦煌までは、21時間。
ついに3日連続の夜行か…。風呂に入りたいぞ~!

------------------------------

と言うことで、予定より半月も早く新疆ウイグルを抜けてきてしまった次第です。
おかげでネットができるのだけど…。(ブログちゃんと開けた。良かった…。)

この後の予定ですが、僕はもう1つ、チベット自治区の訪問も諦めました。
恐らく自治区内に入るまでは問題無いと思うのですが、
その後主要なポイントを巡るにあたって、
外国人に対してのパーミット(入境許可証)の取得が以前より厳しく管理されている模様で、
時間と労力を考えて断念しました。
新疆ウイグル同様、いつか状況が変わったら訪れたいものです。

さて、そこで余裕ができた時間を使って、
これよりしばらくは、青海省、四川省、雲南省内にあるチベットの村巡りに行ってみたいと思います。
またまたマイナー路線に突入です。(笑)
運良く、その地域のガイドブックも入手できました。
かなり秘境っぽい場所もありそうだけど、ネット環境はどうでしょうね…?
今の懸案は、10月頭の中国国慶節連休シーズンをどこでどう過ごすか?
できるだけ、人の集まる場所を避けたいものですが…。

もう1つついでに、
旅の最初に考えていた「時間とお金と気分次第でオセアニアへ…」も諦めました。
オーストラリアの動物達も、ニュージーランド南島の風景も、捨て難いのですが、
そちらはまたいずれ、お金と時間を作って行くとします。
今回はその分、アジアに時間を割きます。
たぶんそれでも足りないぐらい、行きたい場所が増えてしまったので。

本日まで甘粛省・敦煌にて宿泊。(昨日は無事3日振りのシャワーを浴びれた☆)
明日には青海省に入ります。
ではではまた。

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旅日記-中国② | 19:20:29 | トラックバック(0) | コメント(0)
11+1+23
カシュガルから東のクチャへの列車の切符を買いに行った。
中国での列車の切符購入の時は、いつも戦闘に行くような気分になる。

駅の切符売り場は、数十分待ちの列が並ぶことが多い。この日も約30分待ち。
窓口には、大抵怖い顔をした姉ちゃんかおばちゃんが座っている。
「月日、列車番号、行き先、枚数、座席の等級(寝台 or 座席&1等 or 2等)」、
伝えなきゃいけないことはけっこう多い。メモ紙に書いて、何度も頭の中で繰り返す。
ようやく自分の番がやって来たら、
「ちゃんと聞き取ってくれよ…?」と祈りつつ、メモの内容を1つ1つ言葉にしていく。
ここで正確な伝達に失敗すると、
姉ちゃん or おばちゃんから「あ"~?」という声(←中国人は本当にこう言う)が飛んで来る上、
横から横から別の客が「隙有り!」とばかりに割り込んで来たりする。
仮にうまく伝わっていても、「没有(席が無い)!」と来る場合もある。
ここでも慌てないよう、第2、第3の候補も調べてメモしておくことが肝要。

この日も、僕は念入りな予習の上、窓口のおばちゃんに勝負を挑んだ。
…が、メモを半分ぐらいまで読んだあたりで、おばちゃん「看一下(見せて)。」と一言。
僕の汚いメモを丁寧に読んでくれた上、希望通りの切符を発券、あっけなく終了。
まぁ、素直に確実に伝えようと思うなら、最初からメモを渡すのが一番なんだけどさ…、
自分の言葉で伝えられるか試したいってのもあってさ…。
気合いが空回りして、ちょっと切ないのであった。

中国の普通列車に乗るのは、実はこれがまだ2回目。
列車の硬座(2等座席)とバスの値段を比べると列車の方が安いのだが、
特に長距離列車の場合は数日前に予約しないと売り切れてしまうことが多いので、
以前のように短期間の旅行の場合は、
ほぼその日その場で購入して乗車できるバスの方が便利だったのだ。
今も、その面倒さを考えるとバス利用に走ってしまいそうになるのだけど、
やっぱり列車のいいところは、特に硬座の場合、他の客と向かい合わせで座るところにあるなと。
つまり、地元の人と話すチャンスが多いということ。

隣の席の姉ちゃんに折り紙を見せたら、喜んでくれた。
その姉ちゃんのお兄様からは、腹を空かす間も無くなるぐらいお菓子を貰った。
向かいの席の子どもが懐いてくれたので、僕のカメラをおもちゃにして一緒に遊んだ。
遊び疲れて眠ってしまった子どもを見ながら本を読み始めると、
大人も子どもも「私にも見せて!」とやって来る。
カシュガルからクチャまで11時間。ぜーんぜん飽きないんだよなぁ~。

本をねだりに来た吸血少女。
吸血少女@カシュガル

向かいの席のあったか家族。
あったか家族@カシュガル

途中から乗ってきたウイグルの青年に話し掛けられ、仲良くなった。
彼はウルムチ(ウイグル自治区の首府)の医大に通う、医者のタマゴ。
休みを利用して遠距離恋愛中の彼女に会って来た帰りだった。
特にウルムチに行く目的は無かったのだが、
彼と再会する約束をすることで、ここで初めて目的ができた。
僕はウイグルの北部を歩いた後、南に向かう際にウルムチを経由することになりそうだったので、
「10日~2週間後ぐらいに連絡するよ!」と伝えた。
しかし、これがまさか2日後に変わろうとは…。

クチャの駅で降りる間際、どこからか「バカ!(日本語)」と声が飛んで来た。
振り返ると、若者2人がニヤニヤしながらこっちを見ている。
いつもなら少しイラッとするところだが、本日気分の良かった僕はフッと笑って、
「你也笨蛋(ニーユエベンダン = お前もバカ)!」と一言。
みんながどっと笑った。彼ら2人も苦笑い。1本取れたかな?

クチャでは1泊して、翌日に北西のイーニンへ移動したいと思っていた。
とりあえずバスのスケジュールを確認しにターミナルへ。
イーニンの名を出してバスの時間を尋ねると、「今乗るのか?」と返された。
「いや、明日がいいんだけど…。」
「今日19時発のバスに1人分だけ空きがある。その次は4日後まで無い!」
(時計を見ると)19時って、え~!?今じゃないっすか!
どうしよう、クチャでまだ何も見てないし、さすがに昼間中移動して疲れてるし、腹減ったし、
…でもこのシチュエーション、また何かに呼ばれてる!?えーい、行っちまえ!
ということで、勢いそのまま寝台バスに飛び乗った。(本当に空きは1人分しか残ってなかった)
しかし乗ってビックリ。
イーニンへの到着時間は、翌日夕方18時頃だと言う。
クチャから真っ直ぐ北上する道が通れない(「壊れた」と言っていた)ので、
一旦東へ回ってウルムチを経由するロングコースを行くらしい。
以前は7~8時間だったらしいが、それがなんと3倍の距離に…。
な、なんのために俺はクチャで列車を降りたんだ~!?

クチャでの滞在時間、僅か1時間。さらば…。
(続く)

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旅日記-中国② | 18:45:40 | トラックバック(0) | コメント(0)
週末の日常拝見
2度目のカシュガルでの目的は、日曜バザール(市場)を見に行くこと。
日曜バザールと言っても何ヶ所かあるらしいのだが、
中でも郊外で開かれる「動物バザール」が面白いと聞いて、行ってみたいと思っていた。

バスでバザールの前に着くと、続々とトラックがやって来た。
いずれも大量の牛や羊、山羊をギュウギュウに詰め込んでいる。
すぐに「ドナドナ」のイメージが頭に浮かんだのだが、
既に辺りは熱気で包まれていて、そんな悲しさを感じる雰囲気ではなかった。

バザールの門を入ると、さらなる熱気が待っている。
牛は何百頭、羊に至っては何千頭だろうか?
砂埃に包まれながら、所狭しと並ぶ動物達をかき分けたその隙間で、値段交渉する人々。
安食堂で100元札を渡すと「お釣りが無い」と言われそうなこの町で、
同じ格好の人たちが100元札の束を握り締め、超高額の買い物をする。不思議な感じだ…。
1時間ほどバザールの中を歩いていたが、それでもまだトラックはやって来ていた。
一体何頭の動物が1日で買い取られて行くのだろう…?
そして、そのうち何頭の動物が生きて明日を迎えるのだろう…?
しかし来週になれば、またバザールは開かれる。
また同じだけの頭数の動物達が、ここにやって来るんだ。
それでも牛や羊が絶滅しないってのは、すごいことのような気がするんだけど。

山羊売りのおじさん。
山羊売りのおじさん@カシュガル

積み下ろし中。
積み下ろし@カシュガル

引っ張り出し中。
引っ張り出し@カシュガル

羊サークル完成。
羊サークル@カシュガル

桃尻パパラッチ。(18禁スレスレ!?)
桃尻娘@カシュガル
ちょっと失礼して、お触りさせて頂いちゃった!
思わず顔がニヤけるぷにぷに感☆
これはクセになるかも…?
…いかん、このブログが変な方向に向かってしまう。

品定め。
品定め@カシュガル

家畜用小物売り場。
家畜用小物屋さん@カシュガル

バザール見物の後は市街に戻り、旧市街をぶらり。
市場もそうだが、生活の匂いや音が広がっている場所って好きだなぁ。

マ○コメのCMに推薦します。
マ○コメのCM@カシュガル

ハートを打ち抜かれました。
ハートを打ち抜かれました@カシュガル

ちょっとシェスタ。
ちょっとシェスタ@カシュガル

ところで、この日は日曜日なのに、昼間に閉まっている食堂が多くて、
一時ちょっと食べる場所を見つけるのに困ったことがあった。
代わりに、暗くなると賑やかな夜市が旧市街の入口で開かれていた。

賑やか夜市。
賑やか夜市@カシュガル
手前に見えてる丸鶏が美味そうで…、
切り売りしてくれるので、夕飯の後だったけど、つい頂いてしまった♪
ダシがたっぷり出た煮汁と一緒に出してくれる。美味しくないワケがない!

飛び出すジュース。初めて見つけた時は笑ってしまった。
飛び出すジュース@カシュガル

後でわかったのだが、
ちょうどこの前日が今年の「ラマダン(イスラムの断食月)」のスタートだったらしい。
もちろん漢民族には関係の無い話なので、
ウイグル料理以外の店は普通に開いていたはずなのだけど、
ちょうどウイグル人の集まる旧市街を歩いていたから気付かなかったんだな。
それに、今は中国の一部であるこの地域にいると、ラマダンの存在をすっかり忘れていた。
ラマダンはイスラム暦の9月に行うのだが、
実はこの「9月」のタイミングは、毎年少しずつ前にズレていく。
今年は8月後半にスタートしているが、
この先数年は、どんどん暑い時期に重なるように早まっていくことになる。
厳格な人は日中水も飲まないと言うから、
それが暑い時期に重なるほど苦しいものになるはずなんだよな。
シリア、ヨルダン、エジプト…、暑い国のみんな、大丈夫だろうか?

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旅日記-中国② | 18:40:05 | トラックバック(0) | コメント(0)
一晩限りのプチホームステイ
タシュクルガンからカシュガルへ向かう途中に、
7,000m峰の山に囲まれたカラクル湖という小さな湖がある。
前回はチラッとバスから眺めただけだったので、今回は途中下車。
降りた途端に、客引きの青年がやって来た。
明日朝までの食事全て込みで、40元で泊めてくれると言う。
正直泊まるかどうかは迷っていたのだが、
思っていたより安い値段だったので、1泊してみることにした。

残念ながら昼過ぎから雲って来てしまったので、夕景や夜の星は見られず。
もし晴れていたら、ひょっとすると星空が湖面に反射して幻想的な世界が広がっていたかも?
昼間でも、この湖は時間と空模様によって(それと、季節によっても恐らく)ガラッと表情を変える。
できればその表情の全てを見てみたいけれど、
この世界の全てを歩くことが不可能なように、僕の持てる時間ではそれは適わない。
僕が見られるのは、広大な世界の中で、運良く訪れることができた場所の、ほんの一時だけ。
その一時の表情を、僕はしっかりこの目に焼き付け、感じることができているだろうか?
曇った空を嘆く前に、今いるこの瞬間だからこそ見えるものがあるんじゃないか?って、
そういう目を持つことも大事だよなって、冷えた高原の空気の中でぼんやり考えていた。
8月で、こんなにも冷たい風が吹く。
これから秋が過ぎ冬が来たら、ここで生活することはどんなに厳しいものになるのだろう…?

朝のカラクル湖。
カラクル湖(朝、with小屋)

お昼前のカラクル湖。ミラーレイク。
カラクル湖(午前、ミラーバージョン)

お昼過ぎのカラクル湖。ブルーレイク。
カラクル湖(午後、ブルーバージョン)

いつでもどこでも、のんびりなお方。
いつでものんびり@カラクル湖

この日僕が泊まった家はこんなところ。
ホームステイ先@カラクル湖

客引きをしていたタジク族の青年の家族と同じ家に泊めてもらった。
中の写真を撮り忘れていたけれど、
パキスタン・グルミットでのダル君やチャイを頂いたおじさんの家の雰囲気にそっくり。
曇り空に冷たい風が吹きつける寒空でも、中は暖炉があって温かい。
ちなみに、燃料は動物(恐らく、主に牛)の糞を乾燥させたもの。

僕も彼らと同じ食事をさせてもらったのだが、それは正直言って質素なものだった。
朝や昼に食べていたのは、硬いパンと羊ミルクのチャイ(ここも塩味!)ぐらい。
ようやく暗くなってから夕飯にご飯が出てきたものの、
肉や野菜は入っていない、具はレーズンのみのバターライスのようなものだった。
それも、炊き上げた量はそんなに多くなかった。
全員分足りないんじゃないか?と思うぐらいなのに、僕の分は一番多く盛ってくれた。
申し訳なかったけれど、返すのはさらに申し訳ないので、大事に味わって頂いた。
しかし、これだけの栄養で、彼らの健康は保てるんだろうか…?
中国(漢民族の人たち)の食の充実っぷりと比べると、あまりのギャップにショックすら感じた。

夜は、1つの部屋に8人が寄り添って眠った。
暖炉に残る温もりのおかげか、ここにいる人たちの温かさからか、いつも以上にぐっすり眠れた。

食事も、会話も、就寝も、全てはこの小さな屋根の下。
外の土地は広大だが、生活の場はあくまで狭く、質素なもの。
そんな中に、異国の人間がひょいと遊びに来た。
彼らにとっては、それだけで大きな刺激(日常の変化)なのかもしれない。
それが純粋に嬉しいから、彼らの温かいもてなしがあるのかな?
モノで溢れ、刺激で溢れた世界に浸ってきた僕は、今までそんなことを感じて来なかったな…。

貴重な体験をさせて頂いた1日だったが、残念ながら最後の最後でモメてしまった。
翌朝、僕は約束の「40元」に対して50元札を差し出して釣りを貰おうとしたのだが、
「10元のお釣りが無い。」と言われた。
「釣り銭切れ」自体は珍しいことではない。
こういう場合は、その辺の別の店や人に両替してもらって対処するのが通常の流れ。
なのだが、彼らは全くその素振りを見せなかった。
最初から、「お釣りが無いから10元多く頂戴。」という態度だった。
日本円にして130~140円ではあるが、金額の問題じゃなく、
まるでそれが当然かの如く、釣りの10元を作る努力もせずに貰おうとされたために、
どうしても「仕方がないなぁ~」という気持ちにはなれなかった。
少し考えて、一旦、50元は返して貰うことにした。
するとこの家のお母さんは、「あんなにたくさんチャイを飲んだじゃないか…。」とブツブツ言っている。
確かに、僕が部屋にいるといつも、お母さんが温かいチャイを差し出してくれていた。
それには感謝しているけれど、そのサービスに追加料金を払うかどうかは、僕が決めることだ。
彼女が言っているのは、ここで「メシが質素だったから10元マケてよ。」と僕が言うのと同じこと。
(もちろん、そんなことを言うつもりは無いよ。念のため。)
約束は約束。
「食事込みで40元」とお互いに納得して事前に決めたんだから、そこはキッチリいこうよ。

この後、客引きの青年にバス停までバイクで送ってもらった僕は、
その御礼として+10元(結局、計50元)を支払った。
この彼は少し英語がわかるので、上の僕の考えを説明したら、どうやら納得してくれたようだ。
最後は笑顔でお別れ。
そして彼はまた、新たな客を探しに出掛けて行った。

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旅日記-中国② | 18:00:49 | トラックバック(0) | コメント(0)
第二次回来了。
宿の共同トイレの扉を開けたら、全裸のオヤジが立っていた。
推測するに、部屋にシャワーが無いから水道の水で体を洗おうとしていたのだろうか?
おじいさんに近い年齢だと思うが、なかなかガッチリした体だ。
…となぜか冷静に観察していたら、オヤジ照れた。(笑)
慌ててパンツを履こうとしていたので、一度扉を閉めてあげた。
この間、ほんの10秒足らず。

その後、無事に用を足して部屋の方へ戻って来ると、
今度は別のオヤジが、なぜか僕の部屋の前のゴミ箱にカップラーメンの残り汁を捨てている。
僕がジロッと見たら、途中で止めた。
…と思いきや、隣の部屋のゴミ箱で「続き」を始めた。
推測するに、単に僕の部屋のゴミ箱では収まり切らなかっただけのようだ。
隣のゴミ箱を一杯にしたところで汁は無くなり、オヤジは無言で部屋に戻って行った。
オヤジの部屋は僕の向かいだった。その部屋の前のゴミ箱は空だった…。
いやいやその前に、なんで流しに捨てないの!?

約2週間振りに中国へ戻って来て早々、ワケのわからないことが連発で起こり、
「やれやれ、帰って来ちゃったなぁ…」と思う僕であった。

ところで、パキスタンから中国への再入国時には、
キルギスから入国した時と同様、厳しい荷物チェックが待っていた。
今回こそは、僕もパソコンの中身まで見られることとなった。
色々聞かれると面倒なので、中国語は全てわからないフリをして、
超不機嫌な態度で応じておいた。
開けられるものは全て開けて散らかし放題、
こちらから尋ねるまで終わったのかどうかもハッキリしない、
「謝謝」の一言も無い、実に不愉快!
その一方、イミグレの係員(判子を押す人)は、
やたら愛想の良い笑顔で「こんな偏狭の国境へようこそオーラ」を出してたりする。
ご丁寧に両手でパスポートをお返しされてしまった日には、
僕の気分もすっかりゴキゲンに戻っていた。(←単純)

中国側国境の町・タシュクルガンでは、前回と同じ宿に泊まり、前回と同じ食堂に出掛けた。
パキスタンのスストでもそうだったが、たった10日ちょっとの期間でも、そこには「再会」する人がいた。
一度知り合った人が、また笑顔で出迎えてくれると、
海外にあって自分のちょっとした居場所ができたみたいで、嬉しくなる。
そしてその分、2度目の別れは1度目よりもずっと寂しくなる。
3度目があるかどうかは、今はわからない。
でも、インシャアッラー。きっと、またね。

食堂の店員さん、大集合!
店員さん大集合@タシュクルガン

な~んにも無い町だけど、町の外れには大草原。
何も無い町の平原で@タシュクルガン
この町には、タジク族の人たちが多く暮らしている。
女性の衣服、きれいでしょ?

大草原で格闘中。おりゃ!
おりゃ!@タシュクルガン

十年早いぜ!
まだまだだな!@タシュクルガン

アテも無く歩いていたら、道案内に来てくれた少年。
城塞案内人@タシュクルガン

町の中心で。
シルエット@タシュクルガン

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旅日記-中国② | 17:40:06 | トラックバック(0) | コメント(0)
寂しいベストシーズン
標高7,700mを超えるラカポシ山のベースキャンプに日帰りトレッキングできると聞き、
基点になる町であるミナピンにやって来た。
カリマバードの宿にあった情報ノートで見つけた宿に来てみたところ、
去年オープンしたばかりのきれいな宿なのに値段は安いし、
食事もボリュームたっぷりで美味しい。

宿のウェルカムチャイ。甘~いミルクティー。
パキスタン流ミルクチャイ@ミナピン

宿のディナーセット。見ての通り、ボリュームたっぷり!
セットミール@ミナピン
サラダに、キャベツの炒め物に、野菜カレーに、ライスとチャパティ(薄焼きパン)。
そういえば、パキスタンに入ってから食べ物の写真を全然載せてなかった…。
フンザ周辺の宿では、夕飯にこのようなセットメニューを用意してくれるところが多い。
カリマバードの宿の食事が本当に美味いのだけど、
いつも停電していてまともな写真が撮れないんだよな…。
町の食堂などでは、豆や野菜のカレーをメインに扱っているところが多く、
インディカ(長粒)米の白飯やチャパティと一緒に食べる。
ミルクティーといいカレーといい、インドの食事とそっくりなのですな。

さて、文句の付け所の無いこの宿だが、客が僕以外誰もいない。
しかも、宿帳を見たところ、ここ2週間誰も来ていないようだった。

フンザは、今がベストシーズン。
春の花咲く季節も魅力的だが、まだ雪が残るためアクセスが難点になる。
気候的には夏が一番天気が安定していて、
実際に僕が来てから晴天率は100%で、トレッキングには最高の季節なのだ。
なのに、この辺りの観光の中心であるカリマバードでさえ、宿はどこもガラガラだった。

恐らく、パキスタン全体が危ないイメージになってしまい、観光客が減っているのだろう…。
実際、西部のアフガニスタン国境付近や、南部の広い地域については、
今も多くの旅人が危険と判断して敬遠しているのは確か。
かつてパキスタンからイランに抜けるコースは、ユーラシアを横断する旅人の定番ルートだったが、
今はそのルートを使う旅人も激減している様子だ。

数年前の宿帳を見せてもらうと、たくさんの日本人がフンザを訪れていたのがわかる。
カリマバードの町を歩いていると、たくさんの日本語の文字を見つけることができるように、
かつては日本人の旅人で賑わっていた場所でもある。
その頃を知る町の人たちは、「最近は日本人が少なくなって…」と寂しげに呟いていた。
このままの状態で、彼らは商売を成り立たせていけるのかな…?ちょっと心配。
フンザに関しては治安の問題は無いと言っても良い場所なので、
もっとたくさんの人に来て欲しいと思うけれど、
国全体における情勢が良くならない限りは、なかなか難しいだろうな…。

さて、本題のトレッキング。
ベースキャンプ周辺の展望は、確かに素晴らしかった。
かなりハードな道のりを登って来たのに、まだ遥か高くそびえるラカポシの峰。
南に目を向ければ、巨大な氷河が連なる世界。
でも、何かが物足りない。
…と言うのは、そこに至るまでの道が単調に感じてしまったから。
どうせ長い距離を歩くなら、その時間も楽しめる道が好きなんだよね。贅沢な話だけど…。

まだまだ遥かに高い7,788m峰、ラカポシ。
まだまだ高い7,788m@ラカポシB.C.

圧巻の大氷河。
圧巻の大氷河@ラカポシB.C.

大氷河に乗っかる山々。
大氷河に乗っかる山々@ラカポシB.C.

崩れそうな石小屋。
簡素な石小屋@ラカポシB.C.

ところで、このトレッキング終了後に、パキスタンに入って初めての雨がやって来た。
雷を伴った強い雨は、夜中まで降り続けた。
翌朝になって、空には青さが戻っていたが、
カリマバードに戻るため乗合バスに乗って行くと、ハイウェイが崖崩れで塞がっていた。
元々岩肌むき出しの道なので、さもありなんと言ったところではあるのだが…、
崩れた時に車や人が通っていたらと思うと、ゾッとする。

豪快に埋められた道。この左は断崖絶壁。
大崩落の道@カラコルムハイウェイ

「やれやれ、またか。」と、車を諦めて徒歩で土砂や岩の山を越えて行く地元の人々。
乗り越えて行く人々@カラコルムハイウェイ

恐らく、今回のようなまとまった雨が来る度に、
道を塞がれては土砂をどける作業を繰り返しているのだろう。
便利になるのが全て良いとは思わないし、
こんなのんびりした雰囲気が良いところでもあるのだけど、人の命が関わる話。
こういった災害に慣れてしまっているのは、あまり好ましい傾向とは思えない。
今は未舗装の道路部分を整備する工事がハイウェイの至るところで進められているが、
土砂災害を防ぐ作業の方が先決ではなかろうか?と思ってしまう。
こういったところに、日本の援助をかけられないものなのかなぁ?(そんな余裕は無いか?)
災害対策に関しては、特に日本は得意分野だと思うのだが…。

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その後、昨日の昼にカリマバードへ戻ってきました。
今日はパキスタンに入って初めて、朝からどんよりとした雲に覆われた天気。
トレッキングに疲れた体を休めたいところだったので、ちょうどいいかな。
…と思って昼からネットしてたら、やっぱり晴れてきた。
せっかくなので、この更新が終わったところで、最後の散歩に行ってきまする。

夏休みはもう十分に満喫できたので、そろそろフンザを離れます。
明日にはスストへ移動し、明後日のバスで再び中国へ戻る予定です。
例によって、その後はしばらくネットが使えなくなると思います。
ブログの更新を再開できるのは、3週間後ぐらいかな。
メールの返信も遅れてしまいますので、少々ご迷惑をお掛けしますが、
苦情については中国政府へお願い致します。(笑)

ではでは皆さま、ごきげんよう!

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旅日記-パキスタン | 14:15:33 | トラックバック(0) | コメント(2)
トレッキング休養デー
グルミット滞在中に、1日休養日を設定した。
…と言っても、結局は坂の多い町中をぶらぶらしていたので、
あまり足の休養にはならなかったのだが。

町を見下ろす山々。カリマバードに負けず劣らずの絶景に囲まれている。
グルミットを見下ろす山々

夏の花と、万年雪。
夏の花と万年雪@グルミット

日向ぼっこ中のアンズたち。
日向ぼっこアプリコット@グルミット
この地域には、アンズの木がいっぱいあって、今はちょうど収穫シーズン。
干しアンズも良いけれど、生のアンズがハマる。
完熟のものは甘いジュースがたっぷり詰まっていて、歩き疲れた体に最高。
春にはフンザの谷一面がアンズの花でいっぱいになり、
その写真を見ると、まさに「桃源郷」と呼ばれる由縁がわかる。

パキスタン流ドハデトラック。
ドハデトラック@グルミット

町の子どもたち。「One photo, please!」と寄って来る子がいっぱい。
写真好きな子どもたち①@グルミット
写真好きな子どもたち②@グルミット
写真好きな子どもたち③@グルミット
写真好きな子どもたち④@グルミット

散歩中に、1人の12歳の少年と出会って仲良くなった。
名前を聞いたのだが、発音が難しくて覚えきれない。
「○○ダル○○」と言っていたので、僕の中は勝手に「ダル君」と覚えることにした。
彼の家に呼ばれて、チャイ(ミルクティー)を1杯頂くことに。
チャイのカップと一緒に出された白い粉をたっぷり入れようとスプーンいっぱいに掬ったら、
慌てて止められ、代わりにダル君が軽く一掬いだけ入れて溶かしてくれた。
僕はいつも通り甘~くしようと思ったのだが、この粉は塩だった!
この地域には、塩を入れてチャイを飲む習慣があるらしい。
大盛一杯入れていたら大変なことになっていた…。
塩入りチャイの感想は…、味はともかく、逆に喉が渇きそう。
やっぱり僕は紅茶に関しては甘い方がいいや。

塩チャイを啜るオトナなダル君。
オトナのチャイタイム@グルミット

ダル君は、この歳にしてかなり英語の会話ができる。
ちょっと興味が沸いて、彼が学校で使っている教科書を見せてもらった。
これが意外とレベルが高い。日本なら、中学3年生向けぐらいの内容かと思う。
彼は自分でも英語の勉強が好きだと話しているから、特に優秀な方なのだと思うが、
他の子ども達を見ていても気軽に英語で話し掛けてくることが多いのは、
この教科書を見て納得できた。

チャイを頂いた後、ダル君と一緒に町の中心に遊びに行った。
この日はバレーボールの試合が行われていて、たくさんの人が観戦に詰め掛けていた。

広場に手作りのコート。
手作りバレーボール大会@グルミット

試合内容は、ラリーがしっかり続いていて、けっこうレベルが高かった。
色んな国を見てきて、街中でバレーボールを楽しんでいるのを見たのはこれが初めてだったのだが、
パキスタンってバレーボールが強い国なんだっけ?

観客席で試合を楽しんでいたら、
ダル君の前に、同い年ぐらいの男の子が2人やって来た。
彼らは何やら一言二言喋ったかと思うと、突然ダル君の頭を引っ叩き、笑いながら立ち去って行った。
優秀なダル君は、ひょっとしたらイジメられっ子なのかもしれない。
(イジメと言っても、今の日本のような陰湿な感じはしなかったが…)
一瞬、ダル君の友達としてやり返してやろうか?と思ったが、
ここで僕が出しゃばるのも大人気ないと思い、踏み止まった。
それに、賢い彼なら自分で何とかできる気がした。
「Don't worry, you are clever boy!!」
…と励ましてみたつもりだけど、伝わったかな?

夕方になり、宿に戻って来る途中、
今度は道端で呼び止められたおじさんと仲良くなり、再び家に呼ばれてチャイタイム。
こちらのチャイは、甘~いミルクティーだった。

このおじさんから、いつかシリアで耳にしたあの言葉を再び聞くことになる。
中国やパキスタンの抱える民族や領土の問題の話題になった時のこと、彼が突然こう語り出した。
「世界の全ての人々の祖先は2人の人間、すなわちアダムとイブなんだ。
 だから、私達も、世界の全ての人々も、本当は家族なんだよ。」
この国で、またこの言葉が聞けたことを、僕は嬉しく思った。

平和を語るおじさま一家。
平和を愛するおじさま一家@グルミット

ゴツゴツ山の夕暮れ。
ゴツゴツ山の夕暮れ@グルミット

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旅日記-パキスタン | 13:50:27 | トラックバック(0) | コメント(0)
度胸試しブリッジ
フンザの谷を北から南へ流れ行く川は、
時期的なものなのかもしれないが、現在は水量たっぷりの激しい濁流になっている。
その川に、とってもスリリングな吊り橋が架かっている場所がある。
一旦カリマバードを離れた僕は、
車で1時間半ほどススト方面に戻った場所にあるグルミットの町に宿を取り、
朝早くから、意気揚々と吊り橋トレッキングに向かったのであった。

いざ、度胸試し!
スリリングブリッジ①@グルミット
板幅開き過ぎ!そして長い!
こ…、これは怖い!
…と言いながら、「高所快楽症」の僕にはたまらないスリルだったりする。
さすがに、ジャンプしたり揺らして遊んだりする余裕は無かった。

板の隙間に覗く勇姿。
板の間の勇姿@グルミット

しかし、実は吊り橋はもう1本ある。
さらなる恐怖がそこにあった。
スリリングブリッジ②@グルミット
板の間隔がさらにアップ。1m以上は確実に開いていると思うんだが…。
なんでもうちょっと頑張って板を増やさないのか…?

しかも、すぐ隣には壊れた姿の橋が…。映画に出てきそう。
崩れた足場@グルミット

そんな恐怖の橋を軽やかに渡るおじいさま。
軽快ステップ@グルミット

無事生還したおじいさまをモデルにもう1枚。
精悍なおじいさま@グルミット

橋の対岸には小さな集落があるのだが、唯一の移動手段はこの2本の吊り橋のようだ。
子どもは絶対渡れないと思うのだが、どうしているのだろう…?
(そういえば、対岸を歩いている間は子どもに会わなかった気がする。)

集落の外れで見つけた石小屋。
平原の石小屋@グルミット

吊り橋トレッキングのゴール地点から見るパスー氷河。
白いパスー氷河

翌日も同じくグルミットからトレッキング。
ボーリットという丘の上の村にある湖が目的地だったのだが、
そのコースの途中に、氷河の下流を横断する場所がある。
こちらの方が、僕にとっては吊り橋よりもよっぽど恐怖であった。
足を踏み入れてみると、道らしい道が全く無く、
連なる氷の丘と丘の間にはいくつもの巨大な溝が口を空けている。
もし落ちたら最後、誰も見つけてはくれないだろう…。
慎重に慎重を重ね、何度も行ったり来たりしながら安全な道を探り、
なんとか無事渡り切ったものの、予定の倍以上の時間と体力を費やしたのだった…。

その氷河の、これは上流の方。こう見ると美しいのに…。
恐怖のグルキン氷河の上流

恐怖の氷河の手前にあるグルキン村。ここまでは平和だった…。
グルキン村の展望

ようやく辿り着いたボーリット湖。
氷河の向こうに見つけたブルー@ボーリット

湖畔を舞っていた鮮やかトンボ。
鮮やかトンボ@ボーリット

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旅日記-パキスタン | 19:00:56 | トラックバック(0) | コメント(0)
不便が似合う場所
のんびりのんびりと言っても、ここは360度絶景が広がるフンザ。
やっぱり歩かなきゃもったいない!
…ということで、結局トレッキング三昧の毎日になる僕。
ゆっくり休むどころか、体力的にはむしろ疲れてるかも…?

以下は、ウルタル山(標高7,388m)のベースキャンプ近くまで、
カリマバードからの日帰りトレッキングにて撮ったもの。

風の谷の朝。
風の谷の朝@カリマバード

断崖の道。
断崖の道@カリマバード

ウルタルピーク&氷河。
ウルタルピーク&氷河@ウルタルB.C.

再び、フンザピーク&レディフィンガー。
再びフンザピーク&レディフィンガー@ウルタルB.C.

氷河の恵み。
氷河の恵み@ウルタルB.C.

カリマバードは停電が多い。
僕の滞在中は、むしろ電気が付いていることの方が少なかった。
お湯は電気で沸かすので、停電すると水シャワーしか使えなくなる。
そのシャワーの水は、泥が混じって濁った色をしている。
村で唯一のネットカフェには自家発電機があるのだが、
肝心のネット回線がかなり遅い上、接続が切れてしまうこともしばしば。

そんなインフラ面の弱さがこの町の唯一の弱点と言っても良いのだが、
町の人にとってはそれが当たり前。
濁った水だって、彼らにとっては立派な飲料水だ。
(自然の泥が混じっているだけで、
 排水等の不純物が入っているわけではないので、問題無いのだろう。)
停電して明かりが付かない分、夜空には満点の星が広がる。
何でも便利になるより、この大自然に囲まれた素朴な町には、
今のままの方が合っているのかもね。

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旅日記-パキスタン | 18:30:15 | トラックバック(0) | コメント(0)
風の谷の夏休み
そもそも、旅の計画時にパキスタンに来る予定は無かった。
「パキスタン」と聞いただけで何だか危なっかしいイメージがあったし、
興味がある無しの前に、全く調べたことも無く、何があるのかも全く知らなかった。

トルコや中東を歩いていると、アジア側から渡って来た旅行者に出会うことが多いのだが、
彼らの多くがパキスタンを訪れていた。
そしてその感想を聞くと、ほとんどの人が「良かった!」と口にするのだ。
よくよく聞いていくと、パキスタンの中でも北部は治安が安定しているらしい。
中でも、「フンザ」という場所が良いらしい。
中国から陸路で入るルートなら、今ならノービザで向かってもアライバルビザが取れるらしい。
これだけ情報を聞いたところで興味を持った僕は、ネットカフェで少し調べてみることにした。
「フンザ」の写真を見つけて驚いた。
パキスタンって、こんなに美しい国なのか!

さらに、エジプトのカイロに滞在中、
宿に置いてあった「風の谷のナウシカ」の原作本を読破したのだが、
実はこのフンザが、「風の谷」のモデルとなった場所と言われているらしい。
たまたま以前から読みたかったので読んだだけなのだが、
これまた偶然にそんな話を聞いてしまったのだった。

パキスタン行きの基点になる中国側の町はカシュガル。
キルギスから中国へ入るルートは元々予定していたので、カシュガルに行くことは決まっていた。
これだけ条件が揃ってしまったら、行くしかないでしょ~。
きっと今回も、何かに導かれているに違いない!

そしてやって来たのが、フンザの中心地であるカリマバードという町。
なるほど、皆が口を揃えて「良かった!」と言う気持ちはすぐにわかった。
7,000~8,000m級の山が連なる絶景と清々しい空気、
素朴で温かい田舎町の人々(しかも英語の通じる人が多い)、
安くて美味い食事と居心地のいい宿、
のんびり「沈没」するための条件が全て揃っている場所なわけだ。
僕もここでは少しのんびりしようと決めた。
ちょうど日本の盆休みだし、僕も旅の夏休みにしましょう。(←毎日が休みのクセに…)

夏の花咲くフンザ。
花咲く夏@カリマバード

丘の上から眺める山々。
フンザピーク&レディフィンガー@イーグルネスト
フンザピーク(中央の一番高い場所)と、隣にレディーフィンガー(鋭く尖った場所)。

それを見つめるイーグル。
見つめるイーグル@イーグルネスト

元気いっぱいの子どもたち。(折り鶴、好評!)
元気いっぱいの子どもたち①@カリマバード
元気いっぱいの子どもたち②@カリマバード
元気いっぱいの子どもたち③@カリマバード
元気いっぱいの子どもたち④@カリマバード

負けずに元気なおじいさん。
負けずに元気なおじいさん@カリマバード

カリマバードに到着した日に、宿で1人の学生の旅人に出会った。
話を聞いていくと、彼はかなりの地理歴史マニア。
僕も最近色んな国を訪れながら地理や歴史に興味を持つことが多くなったので、
こちらから色々聞いてみると、だんだん彼も楽しくなってきたようで、
ついには延々4~5時間に及ぶ特別授業になってしまった。
古代から近代に至るまで、横に張ってあった世界地図を見ながら順を追って説明を聞いていると、
現在の世界地図の形がどうやってできてきたのかが見えてきて、本当に面白かった。
しかしすごいわ…。何がって、それだけの時間を語り続けられるだけの知識量が。
僕があれほど覚えるのが苦手だった年号や人物名も、しっかり記憶されているようだ。
19歳にして、彼はどうやってこれだけの知識を付けたのだろう?
彼に言わせると、高校の教科書に載っている範囲で十分に勉強はできると言うが…。
僕も今、改めて地理や歴史を勉強してみたいと思っているが、
どう頑張っても彼には敵わないだろうな、と思った。
彼のように、誰にも負けない自信と熱意を持てるものがある人が羨ましい。
僕は色んなものに興味を持てる反面、全てが中途半端になっている気がする…。
世の中、面白そうなことが多過ぎるんだよな。(←言い訳)

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旅日記-パキスタン | 18:20:07 | トラックバック(0) | コメント(0)
緊急停車
中国側国境の町・タシュクルガンを出たバスは、
標高4,700m(!)のフンジュラブ峠を越え、パキスタン側国境の町・スストに入った。
僕はパキスタンビザを持っていなかったが、
調べていた情報通り、アライバルで1ヶ月ビザを無事ゲット。
同じバスには僕以外旅行者がいなかったので少々不安だったのだが、
イミグレの人達が非常にフレンドリーに対応してくれてホッとした。
そういえば、タシュクルガンの中国側イミグレの人達も感じが良かった。
同じ新疆ウイグル自治区との国境なのに、先日のキルギス-中国間とはえらい違いだ…。

スストは、街道沿いに宿や商店が数軒並んでいるだけで、町とも呼べない規模の集落。
目的地のカリマバードまで移動したかったが、スストからは4~5時間かかる。
また、スストで入国手続きが完了したのは既に夕方で、
乗合バスの運行も終了した後だったので、この日はここで一泊することに。

翌早朝、ちょうど宿の前に泊まっていた乗合バス(と言うより、ワゴン)に乗り込んだ。
車内はあっと言う間に満員に。
中がいっぱいになると、屋根の上にまで人を乗せて走る。合計20人以上乗っていたかな。
僕は早めに乗っていたので、後ろの方の席で座れていたのだが…、
ギルギットという小さな町を過ぎた辺りで、急激に僕の腹が危険信号を発し始めた。
実はカシュガルを出る頃から、時々調子が悪かった(暴飲暴食のし過ぎ?)のだが、
前日の峠越えの長距離移動ではなんともなかったので、油断していた。
恐らく、前日夜に食べたパキスタン最初の食事(ビーフカレー&チャイ)がトドメを刺したのだろう。
どの国でも、入国直後は食べ物飲み物に体が慣れていないものだ…。

旅に出てから今まで、長距離移動中に危機に陥ったことは無かった。
いつかは来るだろうと思ってはいたが、こんな小さい乗合バスで来てしまうとは…。

隣の席のおじさんに、カリマバードまであとどのぐらいか尋ねると、「1時間半」とのこと。
危険信号は限りなく黄色から赤に近付いている。とてもじゃないが、耐え切れない!
苦しさを前面に出した顔で隣のおじさんにピンチをアピール(実際苦しかったのだが)し、バスを止めてもらった。
おじさん連中にはニヤニヤしながら「大丈夫か?」と声を掛けられ、
若い女の子にはクスクス笑われながら、満員の乗客をかき分けて外へ飛び出す僕。
恥ずかしさで顔が赤く…なるはずのところだが、たぶん真っ青だった。余裕無し!

僕はここで下車して次のバスを捕まえるつもりだったので、
ここまでの運賃を払うつもりで運転手にお金を差し出した。(←この間も格闘中)
しかし、「次のバスは当分来ないから」と、待ってくれるらしい。
おぉ、なんとお優しい…。
でもね、嬉しいんだけどね、恥ずかしいんだよね…。
20人強の乗客に見守られながら、茂みの奥へ入って行く僕。
こんなプレッシャーの中トイレに向かったことはかつて無かったと思うのだが、
やはり生理現象には敵わない。
我ながら素晴らしい集中力で、一瞬のうちに適当な場所を発見し、無事に危機を脱することができた。
僕の約5分間のトイレタイムを待っていてくれた乗客達が、再び笑って迎えてくれた。
待たせて申し訳ないと思ってたんだけど、完全に僕をネタに楽しんでたよなこの人達…。まぁいいか。

この間に僕の席は埋まってしまったので、「屋根に乗れ!」と言われる。
うーむ、まさか屋根上ドライブが体験できるとは思わなかった。
しかし、喜んで上ってみたはいいが、
悪路でかなり尻に負担がかかる上、大量の砂埃のシャワーを浴びさせられるハメに…。
バッグや服は砂まみれに、髪もバサバサになってしまった。
でも、景色はやっぱり最高。揺れに揺れるので、写真撮るのは大変だったけど…。

乗合バスの屋根から。
乗合バスの屋根から@フンザ

共に砂埃にまみれた人々。
乗合バスの屋根にて@フンザ
(1人寝ているように見えるけど、彼は恥ずかしがってただけ。)

クロアチアのドブロヴニクに続き、またトイレネタで美しい景色を汚してしまった…。まことに失礼。
次こそは、爽やかな話題で。

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旅日記-パキスタン | 17:40:01 | トラックバック(0) | コメント(0)
矛盾のメッセージ
「人民武警愛人民 人民武警人民愛」
「軍民魚水一家妾」
「各民族之間要同呼吸 共命遠 心連心」
「維護社会安定 共建美好家園」
「民族団結 共謀発展」
「維護祖国統一和民族団結光栄 破壊祖国統一和民族団結可恥」
「団結穏定是福 分裂動乱是禍」

…中国語がわからなくとも、なんとなく字で意味がわかるかと思う。
赤い布地に白い文字で書かれたこれらのメッセージを掲げ、
迷彩色の車が、日中常にカシュガルの街中を走り回っていた。
車内からは、外へ向けて水平に構えられた冷たい銃口が覗く。

団結やら統一といった言葉を一生懸命謳っているが、これのどこが「共に」なんだ?
対等さなんて、どこにも無いじゃないか…。

他にも、大通りやモスク周辺など、人の集まる場所には必ず武装警官が複数人たむろしていた。
また、前情報通りで、インターネット回線と国際電話回線は全て遮断されていた。
(新疆ウイグル自治区内全域でとのこと)
たしかに、これだけ武力で圧力をかけていれば、今は新たな騒乱を抑えられるかもしれない。
でも、こんなやり方で、争いを永久に止められるとは思えない。
悔しさ、我慢、怒り…、それらの感情は人々の中で確実に膨らみ、
いつかまた爆発してしまう予感がしてならない。

この人の下にも…。
毛沢東氏の訴え@カシュガル

それでも、カシュガルの街を行くウイグルの人々の表情は、決して暗くはなかった。
食堂街や市場を歩いていると、色々な人が気さくに声を掛けてくれる。
キルギスや中東で感じた雰囲気とよく似ていて、
どこか親しみの沸く温かさと人懐こさで溢れている。
漢民族の人たちにも優しい人はたくさんいるんだけど、やっぱり何か違うんだな。
うまく説明できないのだが…、
一つには、ウイグルの人々がムスリムであることにも寄与しているんじゃないかなと思う。
彼らの優しい笑顔を見ていると、とても暴動なんて起こす人たちには見えないのだが…。

靴の修理屋さん。
靴の修理屋さん@カシュガル
クロアチアで壊れたトレッキングシューズの紐止め金具を交換してもらった。
これでまた快適に歩ける♪ありがとう!

バスターミナルにて。
バスターミナルにて@カシュガル

道端に咲く笑顔。
小道に咲く笑顔@カシュガル

カシュガルの中心部には、大型スーパーや銀行、広大な公園があり、
よく見慣れた「中国の街」になっている。
たしかに、中国の一部になることで「便利」という恩恵は受けられるかもしれない。
でも、民族的な色が失われ、画一的な都市に変わっていってしまうさまは、
中国の他の町でも見てきたけれど、どうしても見ていて寂しくなる。

そう言いながら、僕は中国料理(ウイグル料理ではなく)の食堂へ足を向けてしまう。
だって、やっぱり中国は食材と料理のバリエーションが圧倒的に多いんだもの…。
まだ見ていない国もたくさんあるけれど、
中国以上に、腹が減る度に「さぁ次は何を食べようかな~」とワクワクさせてくれる国は無いのでは?
そして、実際にその期待に応えるだけの質(味・量・値段)がある。
但し、衛生面に関してはノーコメントで。(笑)

街中に並ぶ数多くの食堂。
それを見ているだけで沸いてくる僕の食欲。また中国に太らされそうだ…。
以下は、2日間の滞在中に食させて頂いた品々。

まずは炒面(チャオミェン)。
炒面@カシュガル
どこで頼んでもハズレの無い「焼きそば」なのでお気に入りなのだが、これはちょっと想定外。
「炒面」でこのタイプの麺(たしか「麺片」と呼ぶ)が出てきたのは初めてだったので。
味付けはちょっとピリ辛で濃い目。四川で食べた味に似ていたかな。

続いては杂酱面(ツァージァンミェン)。
杂醤面@カシュガル
日本で言う「ジャージャー麺」で、これもお気に入りの一つ。
茹で上げた太麺に肉味噌炒めをぶっかけたもので、ガーッと混ぜて食べる。
店によっては、「炸酱面」という名前になっていることも。

豆腐砂鍋(ドウフーシャーグォ)。
豆腐砂鍋@カシュガル
この器そのものを「砂鍋」と呼ぶのだが、それがそのまま料理名にもなっている。
1人用の寄せ鍋で、春雨や木耳などの基本の具として入っており、
その他のトッピングを注文時に選ぶ。(豆腐入り、牛肉入り、など)
ここの味付けは野菜のダシがメインのさっぱり系。
〆に白飯を頼んで雑炊にすると、二度幸せになれる。

哨子面(シャオズミェン)。
哨子面@カシュガル
初トライのメニューだったが、これが大当たり。
味を例えるなら、日本の「けんちん汁」に麺を入れた感じ。
油が多く濃い目の味付けが多い中国にあって、このあっさり感は嬉しい。
どこかホッとする、懐かしさを覚える一品だった。

干拌扯面(ガンバンチェーミェン)。
干拌扯面@カシュガル
平たくぶっとい歯応えのある麺に、茹で野菜と肉味噌を載せたもの。
ビビンバのようにグチャグチャに混ぜて食べる方が美味い気がする。

キルギスでも見かけた、プロフ&マントウ。
プロフ&マントウ@カシュガル
このプロフは油っ濃すぎる上に具が少なくて、半分ぐらいで飽きてきた。
中国では、炒飯を食べる方が正解かもしれない。
マントウの具は、羊肉とタマネギを炒めたもの。こちらはGOOD。

試してみたい料理も、まだ出会っていない料理も山のようにある。
今まで以上に、メシの写真で埋め尽くされる写真になってしまいそう…。

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ちょっと批判めいたことを書き過ぎかな…?
新疆ウイグルだけじゃなく、中国全土からアクセス制限されちゃったりして。
(有り得ない話じゃないから困るんだよな…。)

ところで、今はなぜネットが使えているのか?
実は、一旦中国を抜けて、現在パキスタンに来ております。
北部のフンザという田舎町。ここで僕は「盆休み」です。
しかし、ここは回線が遅すぎる!ひどい時は接続が切れる!
このため、この日記の画像のアップができません。また後日トライします。
(→8/17 アップ完了しました!)

それから、来週後半にはまた中国に戻る予定です。
その後2~3週間はウイグル自治区内を歩きたいので、また更新STOPですね…。

それでは、日本の皆さまも良い盆休みを☆

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旅日記-中国① | 19:50:56 | トラックバック(0) | コメント(2)
悲しい歓迎
この旅を始めた時から、
中国を再訪する時の最初の日記のタイトルは、「我回来了(=ただいま)!」にしようと思っていた。
空路でなく陸路で、しかも中国の西の果てに入ることで、「帰って来た!」という感慨が欲しくて、
キルギスに飛んで来るという妙なルートを取ったのは、そんな自己満足のためでもあった。

しかし、そのタイトルは使えない。
半年振りの中国への入国を果たしたその時、僕は「我回来了!」と言えなかったから…。

オシュの国際バスターミナルで僕を待っていたのは、久方振りの寝台バス!
寝台バス特急カシュガル行き!
行先表示に漢字があるだけで嬉しくなったりして。
これに乗るのは去年の夏以来、約1年振り。
この寝台タイプ、未だに中国以外では見たことが無いねぇ。
聞くところによると、タイやインドにもあるらしいけど。

夜20時発の予定だったが、時間になっても運転手がやって来ない。
まぁ、どうせ国際バスなんてそんなもんだろうと思ってたので、そこは気長に待つ。
それより気掛かりは、まだチケットを入手していなかったこと。
夕方にターミナルへ来た時から、窓口に誰も人がいないのだ。
売店の兄ちゃんや有料トイレの集金係のおばちゃんに尋ねてはみたが、
「後で買えるから大丈夫。」と言われるのみ…。
案の定、バスの運転手がようやく来たのはいいが、窓口はやはり閉まったまま。
これで乗れなくなったらシャレにならないので、
ちょっと大袈裟に焦ってみせて、トイレのおばちゃんに窓口の人間を探しに行ってもらった。
すると、10分もしないうちに窓口の姉ちゃんを引っ張って来てくれた。
仕事すっぽかしでどこかでのんびりしていたようだ。まったく…。

なんとか無事に乗り込めたバスは、1時間強遅れてオシュを出発。
国境の峠へ向かう道はかなりの悪路だった。
揺れに揺れるので、ベッドの上で体が跳ねてしまい、全く寝られたもんじゃない。
バスは明け方前にキルギス側の国境に到着。
国境が開くのが朝8時のため、ここでようやく少し眠ることができた。

朝。キルギス出国は、無言でスタンプを押されるのみで終了。
さぁ、いよいよ中国へ!
ここまで、僕のテンションは上がる一方だったのだが…。

中国側国境に着いた時から、異様な空気だった。
約10m間隔で、ライフルを腰に構えた武装警官がバスを囲むように立っている。
まずはそこに乗客全員及び手荷物を降ろさせられた。
そして、先程から立っている監視役とは別に総勢10数人がやって来て、念入りなチェックを始めた。
手荷物の中身を全て開けさせて、カメラのデータや洗面用具の匂いまでチェックするのは当たり前、
散々荷物をひっくり返された挙句、「謝謝」の一言も無い。
バスの中では、シーツの裏まで1枚1枚捲って見ているようだった。

例の暴動事件の後なので、警備が厳しくなっていることはある程度予想していたので、
少々対応の悪さを感じつつも、ここまでは僕も我慢できる範囲だったのだが…。

一緒にやって来たセルビア人の旅人が、荷物チェックの後に、別室に呼ばれた。
15分程して戻って来た彼の様子は、怒り心頭であった。
DVDに焼いていた写真データを全てチェックされた挙句に、
ガイドブックの地図を破り取られて返されたらしい。
恐らく世界一有名なガイドブックである、「Lonely Planet」の中国版の地図をだ。
彼の予想では、その地図には台湾を中国の一部として載せていなかったからではないか?と。
メインの地図だけでなく、各省別のページのトップにある小さな地図まで、
ご丁寧に破り取られていた。

はっきり言って、クレイジーとしか言いようがない行為だと思う。
世界中で何万冊と売られているガイドブックのたった一冊を、
一旅行者の手から奪い取って傷付けて、何がどうなるというのだろう?
旅人にとって地図がどれほど大事なものか、普通の人間なら理解できるはずである。
訪れる者の心など、まるで考えていない。
僕が見た彼ら警官の目はどこまでも冷たく、その行為も含め、まるでロボットだと思った。

バスの横に立っている看板にある「Welcom to China」の文字が空しく映る。
「これが中国の歓迎か!俺は奴らが憎いよ。」と怒る彼。
気持ちはわかる。僕だって悔しいし、腹立たしい。でも、それ以上に悲しかった。
初めて中国を訪れる彼が、これでこの国を嫌いになってしまったらと思うと…。
僕は彼に、「この国に暮らす一般の人々まで嫌いにならないで欲しい。」とだけ願った。
ただ、そんなことは僕などに言われるまでもなかったようで、
この後訪れたカシュガルの町を、彼はとても気に入ったようである。良かった。

再び荷物と乗客を乗せ終えたバスは、キルギス側より数段キレイに整備された道を行く。
やがて1時間程して、小さな食堂の前に止まった。
そういえば、昨日の夕方から何も食べていない。
気分は暗くなったままだったが、とりあえず食べて元気を出そうと思った。

半年振りの中国の最初の食事は、毎度お馴染みの「ラグメン」。
半年振りの中国メシ
キルギスのそれと味や見た目は似ているが、やはり中国。
ナンを食べる余裕を与えてくれない、その「盛り」っぷり。軽く倍はありそうだ。
そして、フォークが箸に変わる。

セルビア人の彼も箸でトライ。
ラグメンとセルビア青年
ちょっと表情が固いけど、まだ怒ってる?
箸は意外に上手く使ってたね。
セルビアでも中華料理屋は多いようで、箸を使うのは初めてじゃなかったとか。

さすがに空腹だったようで、夢中で食べきってしまった。
満足して店を出ると、不思議と気分がすっかり明るくなっている。
またしても、僕に元気をくれたラグメン。
ここでようやく、僕は小さく呟いた。

「我回来了。」

満腹後の車窓から。
国際バスの車窓から

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旅日記-中国① | 19:25:50 | トラックバック(0) | コメント(2)
南北チャイ比べ
週2便しかない中国行きのバスを待つため、
キルギス南部にあるオシュの町で1日時間ができた。
特に見るものも無いかな?と思っていたのだが、
多少余ったお金で買い物や食べ歩きを楽しむ余裕があったため、
バザールをぶらぶらするだけで十分楽しめた。

ビシュケクのバザール以上に庶民的な雰囲気。
中東のツーリスト向けになってしまった多くの有名なスーク(市場)に比べると、
売る側も全然しつこくないし、のんびりと雰囲気や会話を楽しめる。

…と、歩いていたら、いつぞやに買った安物スポーツサンダルの、
足首を止める部分が壊れてしまった。
最初はちょうどいいから代わりを探そうと思ったのだが、
パッと見、靴屋を覗いてもスポーツサンダルタイプのものが見当たらない。
そこで、街頭でパラソルを開いて仕事をしている靴修理屋さんにお世話になってみることにした。
サンダルの壊れた部分を見せて、「直せる?」とジェスチャーすると、
無言で頷き、ものの5分もかからずにしっかりと縫い込んで返してくれた。
しかも、痛み始めていた別の部分まで補強してくれるサービス。
愛想の無いおばちゃんだったけど、黙々と仕事している姿もまた良かった。

黙々と仕事を進めるプロのおばさま。
靴修理職人のおばさま@オシュ

炎天下のバザール散歩に疲れたら、お茶屋さんで小休止。
暑く乾燥した気候には、やっぱり甘~いチャイが良く合う。
…のだが、チャイのポットとグラスと一緒に砂糖が出て来なかったので、
店員のお姉さんを呼んで砂糖を入れるジェスチャーで「シュガー、シュガー」とアピールしたら、
お姉さん&周りの人たちにメッチャ笑われた。
最初は、ジェスチャーが可笑しくて笑われたのかな?と思ったら、
お姉さん曰く、どうやら砂糖を置いていないらしい!
これはビックリ。
ビシュケクでは、いつもたっぷりの砂糖が盛られた皿が出されて、
地元の人もバサバサ入れて飲んでいたからだ。
オシュの人たちは、ノンシュガーで飲むのか…。
同じ国の中で、こういう違いが見られるのって面白いな。
ちなみにこの後、気を利かせたお姉さんが、
バザールのどこかから角砂糖を調達して持って来てくれた。
うん、僕はやっぱり甘い方が好き。

キルギス式チャイ。これは紅茶だが、緑茶もポピュラー。
ノンシュガーチャイ@オシュ

キルギス最後の食事は、食堂で見つけた肉詰めで。
キルギス版肉詰め@オシュ
キルギスに入ってから色々食べたけど、これがベストかも。
トルコで食べた肉詰め同様、中身は肉のミンチと野菜と米なんだけど、
煮込むスープの味付けが違って、こちらは鶏ガラのようなさっぱり味。

食堂のおじさま。ラストに美味いメシをありがとう!
食堂のオヤジ殿@オシュ

予備知識も無く、特別期待も無くやって来たこの国。
英語が話せる人はほとんどおらず、
ロシア語の会話本を持っていなかった僕はかなり苦戦を強いられたけれど、
それでも親しみを持って接して来てくれる人がたくさんいて、思った以上に気に入ってしまった。
実はキルギスには、もっとたくさんの美しい自然で溢れた見どころがあって、
トレッキング好きとして訪れてみたくなる場所も探せばいくらでも見つかりそうだったのだが、
そこに行く交通手段やトレッキングルートが整備されているとは言えない上、
何より情報が少ないため、個人で訪れるのは難しかった。
中には個人でトライしている人もいたけれど、やはりリスクを考えると僕は怖くて、
アラティン・アラシャンへ行って帰るのが精一杯だった。
どうしても比べてしまうのだけど、改めて、やっぱりスイスって凄いよなぁと思うのだった。

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旅日記-キルギス | 19:15:49 | トラックバック(0) | コメント(0)
ほのぼの田舎散歩
せっかく寂しいのを我慢して早朝から宿を後にしたのに、
その日僕がビシュケクを後にしたのは午後5時過ぎだった。
何をしていたかって、人を待っていたのだ。
誰でもいいから、僕と一緒に行ってくれる人が欲しかった。

そんなに人恋しくなったのか!?
…って、そうじゃない。
乗合タクシーの人数が集まらなくて出発できないのだ!
キルギス第2の町であるオシュ方面に向かう乗合タクシーは、どうやら供給過剰のようだ。
オシュ・バザールの南側にその溜まり場があるのだが、通り過ぎる人は一般の買い物客が大半。
それに群がっては引いていく客引きの男達。
せっかく早々に満足な値段で決着して車を確保したのに、昼を過ぎてもまるで人が集まらない。
客引き兼ドライバーの兄ちゃん達も、暑さでダレてきている。
この調子で、後の運転は大丈夫なのか…?
あまりに暇なので、遊び半分で僕まで一緒になって客引きをする始末だった。

待っている間に多少寝不足を解消できたし、
客引きの兄ちゃん達とふざけているのも楽しかったので、
それはそれでいいのだが、出発が遅くなって困ったことが一つ。
この日の目的地・トクトグルまでは、ビシュケクから約5~6時間の距離だから、
到着が確実に真夜中になってしまうのだ。

案の定、日付が変わった頃に車はトクトグルに到着したらしく、
ドライバーの兄ちゃん達から声がかかった。
さすがはプロ。昼間疲れた表情を見せていたのに、こんな時間でも元気そうだ。
(単に寝不足でハイになってただけだったりして…。まぁ、無事に着いたから良しとしよう。)

しかし、彼らが車を止めた場所は、真っ暗な街道のど真ん中。
ちょ、ちょっと待ってくれ!ここで降りて僕にどうしろと!?
とにかく何でもいいから宿のある場所まで行って欲しいと、身振り手振りで必死に喚く僕。
それを見てクスクス笑う他の乗客達。
君達に、異国の得体の知れない夜中の町で、1人取り残される旅行者の気持ちはわかるまい。
結局、僕の決死の叫びが伝わり、
ドライバーの2人が深夜営業の店の人に宿の場所を訊いてくれ、
その宿の前に車を横付けしてくれた。

お世話になった若きドライバーの兄ちゃんA。暑さでちょっと疲れ気味?
若きドライバー①@ビシュケク

ドライバーの兄ちゃんB。
若きドライバー②@ビシュケク
この2人、顔似てるよね?たぶん兄弟だと思う。2人とも、なかなかのイケメンと思うぞよ。

自分で宿探しをしていたら、絶対に泊まらない宿だったと思う。
宿のオーナーに怪しい雰囲気は無かったが、
まず、宿の入口には鍵があるものの、中の部屋の扉に鍵が無い。
それに、2つの部屋が1枚の薄い扉1枚で繋がっていて、
僕の通された部屋の隣には、カップルが1組泊まっているらしい。
オーナーのオヤジ曰く、「お取り込み中」だそうだ。
そんな部屋に泊まりたかないが、もはや僕に選択権は無い。
それでも悔しいので、100円だけ値切ってチェックインした。(←しょぼい)

さすがに疲労がピークだった。
ザックをロックしてできるだけの安全を確保したら、
隣から聞こえてくるイチャイチャ声などどうでも良く、あっと言う間に眠ってしまった。

朝外に出てみると、何のことは無い、そこは危険とは程遠そうな田舎の村だった。
ここに来た目的である、湖の方へぶらぶらと散歩に行く。
村の中心にある市場を離れると、すぐに人が少なくなるが、
ビシュケクで感じたような嫌な空気はまるで感じない。
路地に入ると、子ども達が不思議そうな目でこちらを見てくる。

その中で、ニコニコしながら握手を求めてきた子が1人。カメラを向けてもこの表情!
ナイススマイル@トクトグル

湖が見えて来る辺りから、道はあぜ道に。
たまに村のおじさんが通りがかり、何人かが声を掛けてきた。
あるおじさんと身振り手振りで話をしていると、学校の先生だとわかった。
「これ知ってるか?」とでも言うように、地面に何かを書き始めた。
青空教室開校!今日の授業は数学!
「sinθ+cosθ=1」
な…懐かしい~!
高校数学で最も苦手だった三角関数。テストの点数がひどかった記憶が…(苦笑)

肝心の湖は、見えてきてから湖畔までが果てしなく遠かった。
途中で水が切れてしまい、日陰も無い草原にカンカンに日が照って来たので、
結局途中で引き返すこととなった。
こんなところで日射病になったらシャレにならんからね…。

トクトグル湖の展望。この風景で、けっこう満足。
トクトグル湖展望

草原を吹き抜ける柔らかい風とざわめきの音が、最高に気持ち良かった。
再び1人で歩き出した僕を、自然が励ましてくれているような気がした。

草原に咲く白い花。青空に映えるねぇ~。
湖を彩る花@トクトグル

こんな「ど」が付くような田舎の村に、遥か昔に壊れたような観覧車がある。
佇む観覧車@トクトグル
かつて、村の子ども達が大ハシャギで乗っていたのだろうか?
夕方には、この上から湖の夕景を眺めるカップルがいたのだろうか?
現役時代の姿を見てみたかったな。

もう夕方になるのに、この観覧車の横では、大工さん達が何やら建物の基礎作りをしていた。
…と、近所のおばちゃん(たぶん)が、お茶とスイカを持ってやってきた。
「ご苦労さま。一服したら?」
まるで日本の田舎での1シーンを見ているような、ほのぼのとした時間だった。

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久方振りにトップ画像を変更しました。
スイスで撮ったものですね。「風の向くまま・・・」らしくなったかな?

さて、僕は今、キルギス南部にあるオシュという町に滞在しているのですが、
本日夜行のバスで、いよいよお隣の国へ「帰国」する予定です。
新疆ウイグル自治区のカシュガルという町に向かうことになるのですが、
調べたところによると、先月上旬に同自治区内のウルムチ市で発生した大規模暴動の影響で、
国際電話やインターネット接続に制限が掛けられているという噂です。
まぁ、あの国ではありがちな話ですが…、状況によっては、また更新がSTOPしてしまうかも。

安全に関しては、最近キルギス側へ渡って来た旅人の話によると、
その後自治区内の主要な町では警備がかなり強化されているとのことで、
「旅人」として訪れる分には、まず問題無いだろうとのことでした。
ただ、いくら問題無いと言われても、
今も外務省が「渡航延期」を勧めている地域ですし、正直言ってちょっと怖いです。
自由の利かない、楽しくない滞在になってしまうかもしれない。
でも、今だからこそ見れるものもあるんじゃないか?そんな気もしています。

下手に中国語を使って漢民族と間違われない方が良いのかな…?
その辺は、ちょっと様子を見て行動するようにします。

ではでは、行って参ります!

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旅日記-キルギス | 22:10:30 | トラックバック(0) | コメント(0)
感覚フル稼働Day
長く、そして濃い1日だった。

アラティン・アラシャンからビシュケクに戻ってきて、その翌々日の土曜日。
動物が売買されるバザール(市場)が土日のみ開かれているという情報を得て、
朝早くから動き出した。
正確な地図が無かったので、バスの運転手や通行人など、そこら中の人を捕まえて道を尋ねる。
そしてどうやら目的地の「スコットニー・バザール」へ辿り着いたようなのだが、
見当たるのは、工具や食料品の店ばかりで、一般的な郊外の小さな市場といった感じ。
お目当ての生きた牛や羊の姿がどこにも見当たらない…?
なぜだかは最後までわからなかったが、せっかく来たので食料品の店をひやかして歩くことに。

最初に目に付いたのは、「ラグマン」と呼ばれる麺料理のお店。
中を覗くと、おばちゃんがまさに打ち立ての麺を伸ばしているところだった。
太いロープのようだった麺を、両手であやとりのように細く長く仕上げていく。見事な職人技。

ニコニコな職人のおばちゃん。
ラグマン職人@ビシュケク

この打ち立ての麺でラグマンを食べてみたかったのだけど、
直前に朝飯をガッツリ食べてしまった後だったため、残念無念で断念。
結局見るだけ見て店を後にしてしまったけど、
おばちゃんはにこやかに見送ってくれた。ありがとう。

ちなみに、ラグマンとはこんな料理。(別の日に食べたもの)
ラグマン@ビシュケク
中国の新疆ウイグルが発祥とされる。
基本は手打ちの麺に肉野菜炒めをぶっかけたものだが、
店によって、スープが有ったり無かったり、炒め物が別皿で出されたり、
いくつかバリエーションがある。
ちなみに、僕が以前住んでいた中国東部のラーメン屋では、
「新疆拌面(シンジャンバンミェン)」という名で提供されていた。
初めてそれを注文した日、僕は完全に夏バテで食欲を失っており、
フラフラ状態で「それでも何か食べなきゃ」とラーメン屋の席に付いていた。
程無く中国流の特盛になった麺が僕の前にどーんと置かれ、さらにゲンナリとなったのだが、
その一口目を運んだ時の感動が未だに忘れられない。
ニンニクの風味を利かせてシャキッと炒められた野菜たち。
濃厚な味付けながら、トマトの酸味によって加えられたサッパリ感。
そして、手打ちのコシ全開の太麺による「食ってる!」感。
一瞬にして回復された僕の食欲は、一気にその大盛の皿を平らげていた。
店を出て、体から湧き出る元気に、思わず笑顔になった。
以来、新疆拌面は元気が欲しい時のパワー食としてお気に入りの一品になった。

話が逸れてきてるけど、この日朝メシに食べたものも載せとこう。

まずは、「コルダック」という料理。
コルダック@ビシュケク
店の人に何があるか聞いたところ、
いくつか挙げた中でこれだけ聞いたことが無いものだったので、面白半分で注文してみた。
これが大当たり。見た目も味も、「キルギス流肉じゃが」だね。
肉は鶏肉だけど、この肉から出たダシがまたジャガイモに合うんですな。
強いて言えば、ちょっと油っ濃いのが難点か。

こちらは中央アジアの定番料理と言われる、「プロフ」。
プロフ@ビシュケク
中央アジア流ピラフらしいのだが、
個人的には、日本の炊き込みご飯の感覚に近いと思う。
米料理が少ないヨーロッパを抜けてきた身としては、この一品はかなり嬉しい。

ついでに…、付合せというか、主食の「ナン」を売るお店。
ナン屋さん@ビシュケク
ラグマン(麺)だろうが、プロフ(米)だろうが、キルギスの人たちはこのパンを一緒に食べる。
中国と比べると料理の盛りが少ない(半分ぐらいかも?)のは、
きっとナンをセットにすることを前提にしているからなのでしょう。

さて、話は戻って市場散歩。
ラグマン屋を出ると、突如ハイテンションのおばあちゃんが迫って来た!
僕と、この日一緒に歩いていたMさんに濃厚なキスをお見舞いし、
勝手に照れ出すおばあちゃん。…カワイイ。(笑)
おばあちゃんはスパイス屋さんを開いていて、
僕らを店の前に招くと、今度は片っ端からその香りを試させてくれたり、
終いには何種類ものスパイスを袋に詰めてプレゼントしてくれた。
僕らの何がこのおばあちゃんをこんなにのぼせさせてしまったのだろう…?
まぁ、楽しかったからいいか。
(おばあちゃんの写真もあるのだけど、
一緒に写っているMさんの了承を伺っていないので、ここには載せないでおきます。)

動物には会えなかったが、陽気な人たちとの出会いに満足し、
今度は衣料品を中心に賑わうという「ドルトイ・バザール」に向かった。

バスはバザールの入口に着いたようなのだが、
巨大な市場という情報に対して、なぜか寂れた雰囲気が漂っている。またも情報違いか?
ぶらぶら歩を進めていくと、何軒か絨毯屋が並ぶ場所があった。
その一番手前の店にいた兄ちゃんが、僕らを呼び止めた。
中東の市場でも絨毯屋はよく見かけたが、
大体「買わないよ」と言っても、「お茶だけでも」と店に誘われ、
「たまにはいいか」と店に入ったが最後、
結局長い営業トークに付き合わされ、時間と体力を浪費するパターンが多かった。
中には悪徳な連中もいると聞くので、あまり良いイメージが無い商売だった。
なので、ここでも最初はやはり躊躇ったのだが、
「見るだけ」を強くアピールして、ちょこっとだけ中を覗いてみた。
ほんの入口のところで店内を見てみたが、あまり目を引くものも無い。
さっさと出ようと思い、兄ちゃんに合図をした時だった。
怪しいニヤニヤした笑いを浮かべながら、手に持ったカッターナイフを僕の腹に向けてきた。
ただ、何故だか本気で刺してくる気はしない。そう感じた。
僕は軽めに彼の手を払い、目で威嚇しながら店から早足で飛び出した。
念のため、入口が広く「逃げられそう」であることを見てから中に入っておいたのは良かった。
少々頭がイッている人間だったのか、単なるからかいだったのか、
わからないが、普通の感覚で見るなら、冗談にしては度が過ぎている。
また絨毯屋の印象が悪くなってしまったぞ。

絨毯屋を離れてさらに先へ歩いて行くと、そこには情報通りの活気ある巨大市場が待っていた。
ただ東西に通り抜けるだけでも、小一時間は要する程に広い。
しかし、この大部分が賑やかなドルトイ・バザールの中心部にも、
足を運ぶのを躊躇わせられる場所があった。
やはりそれは絨毯屋の集まる一角。
そこだけが薄暗く、淀んだ空気が漂っているように感じた。
実は、前日に立ち寄ったもう1つの巨大市場であるオシュ・バザールにも、
同様の雰囲気を持つ場所があった。
そこは屋根付きの市場で、狭い中にジーンズを売る店(と言うより、ブース)がズラリと並んでいた。
僕はそこに足を踏み入れてしまったのだが、奥に入るに従って、嫌な空気を感じた。
思ったより通路が長く、出口が遠い。客が少なく、どんどん暗さが増してくる。
ここで妙な輩にブースの中へ引っ張り込まれたら…、非常にマズい。
時折横から声を掛けてくる店員達を無視して、早足で抜けた。
幸い、何も起きずに済んだが…、
市場の中でこのような得体の知れない不気味さを感じたのは初めてのことだった。

さて、この日もドルトイ・バザールの後にオシュ・バザールに立ち寄ったのだが、
前日の反省もあって、明るい食料品市場を中心に歩いて楽しんだ。
その後、まだ宿に戻るには早い時間だったため、
ちょっと線路を渡って南の方へ散歩してみることにした。
地図で見ると、ほとんどが直線状の道で作られたビシュケクの町にあって、
そこだけがドーナツ型の構造になっていて、妙に目立って気になったのだ。
恐らく、何も見どころは無いのだろうと思っていたが、
郊外ののんびりした雰囲気に浸れれば、それで十分だった。
が、線路を越え、大通りを1本越えて「ドーナツ地帯」に入った辺りから、妙な感じがしてきた。
本当はドーナツの中心まで歩いたところで東に歩いて行こうと思ったが、
結局引き返したのは、とても路地に入って行ける空気じゃなかったからだ。
人気が全く無いわけじゃないし、ただの古い家が並ぶ郊外の街並みに見えなくもない。
たまたま、その時空が曇り空に変わったタイミングだった所為もあるかもしれない。
でも、なぜかはわからないけれど、確かに僕の頭はそこを「危険」と感じ取ったのだ。
横にいたMさんも同じように感じていたようで、「怖い」と言っていた。
もしかすると、これが人間だけど動物である僕らが持つ「本能」というものなんだろうか?
結果的に、僕らは何事も無くその場を抜けて戻って来た。
本当に危険な場所だったかどうかなんて確かめようがないけれど、
とにかく安全に戻れたことは事実だ。今後も、この感覚は信じてみよう。

結果的に何も起きなかったのだが、
ビシュケクの町には、今まで訪れたいずれの国のいずれの町でも感じたことの無い怖さがあった。
最近、旅行者を狙った強盗が多いという情報を聞いていた影響もあるとは思うが…。
ただ、それは広い町のほんの一部の場所での話。
普通に昼間大通りを歩いている分には、
ツーリストズレしていない気さくな人たちが暮らす明るい町なんだけどね。

忘れずに、この日の散歩の〆に食べた夕飯も載せておこう。

料理名覚えきれず。マッシュポテトに肉野菜炒めをぶっかけたもの。
マッシュポテト&肉野菜炒め@ビシュケク
中華鍋で強火で炒めたものは完全に中国の流れだと思うのだが、
マッシュポテトは中国では見かけない気がする。ロシアの流れか?

こちらはマントウ。
マントウ@ビシュケク
これは中国の点心そのまんまですな。
ちなみに、中身は羊肉とタマネギの炒め物。
露店では、このマントウとロシアのピロシキを一緒に売っていたりする。
日本人にも似た顔立ちのアジア系と、スラッと背の高いロシア系の人達が共存するこの国。
食べ物のミックスカルチャーっぷりも面白い。

ところで、結局この日1日中ハードなバザール巡り散歩に付き合わせた上、
恐怖体験まで共有させてしまったMさん。
アラティン・アラシャンから戻ってきた翌日に宿で出会ったのだが、
今は学生生活最後の夏休みで、1ヶ月の中央アジア1人旅に来ているとのこと。
これまたなぜかはわからないのだが、
会って少し話をした段階で、なんとなく、僕はこの人と波長が合いそうな気がしていた。
話を聞いてみると、Mさんはサークル活動でカヌーにハマッているらしい。
なるほど、やはり同じ自然系スポーツが好きな人って、通じるものがあるのだろうか?
パラグライダー、ダイビング、登山、そしてカヌー。
色んな人と出会う中で、こういった遊びが好きな人達とは、不思議と簡単に溶け込める気がする。

散歩には、僕の方から誘った。
ここにも載せてきたように、旅の中で人と歩くことは今までも何度かあったけれど、
自分から誘うのは珍しいことかもしれないな、と思った。
別に人と歩くのが嫌いってわけじゃなく、1人歩きの時間も好きな人間だから、
普段はそんなに積極的にならないのかな。
最近、孤独を感じることが何度かあった(アラティン・アラシャンでの食事とか)ので、
1人で歩くのが少し寂しくなっていたのかもしれない。
もう1つは、やはりMさんとは肩の力を抜いて楽しめそうな気がしたから。
実際、色々あったが、この日の散歩は1人で歩くよりもずっと楽しかったと思う。
ちょっと歳の差があるのにね。話していてそれも気にならないのは、僕にとってはまた珍しいこと。

夜は、もう1人仙台で写真屋を営んでいるという旅人さんを加え、3人で朝3時まで話し込んだ。
この写真屋さんがまた、僕の尊敬する「聞き上手」さんで、
場の雰囲気を和ませてくれる優しさを持つ人だった。
仕事では、学生の修学旅行などでのカメラマンも勤めるのだそうだ。
この人なら、子ども達のいい笑顔を引き出しちゃうだろうな~と思う。

翌朝。僕はこの日南へ移動を開始する予定だったため、気合の6時起き。
シャワーで目を覚まして荷物を準備していたら、
眠いだろうに、Mさんが見送りに起きてきてくれた。

覚悟していたはずなのに、寂しさが募ってなかなか踏み出せない。
Mさんも寂しげな顔をする。
本当は、もっと2人で歩いてみたかった。
予定を延ばして、Mさんの行き先に付いて行っちゃおうか?とも思った。
でも、お互いに1人旅を目的に来ている中で、それは甘えのように思えた。
それに、次の目的地の国が違う以上、必ず別れる時は来る。
だから、僕はやはり1人で行くことにする。

宿の扉を閉める前に、僕らは日本での再会を約束した。
それは、今までに出会って親しくなった旅人とも交わしてきた時間だった。
いつもそこには寂しさがあったけれど、
それ以上に、再会を楽しみに、必ず無事で帰る!という強い気持ちの方が勝るものだった。
でも今回は、寂しさの方が強かったなぁ…。
ほんの3~4時間前まで過ごしていた場所は、本当に楽し過ぎるぐらい居心地が良かったし、
色んな意味で、今回の出会いは特別だった。少なくとも、僕にとっては。

ちょうどこの日、旅に出て5ヶ月が過ぎた。
その時間を振り返ると、毎日が濃厚だったおかげで、とても長く感じられる。
僕が決めた僕の旅の期限は、まだ倍以上残っている。
せっかく出会えたのに、たった1日ちょっとの時間を過ごせただけで、
もう半年以上も会えないんだなぁと、旅の切なさを感じた。

それでも、僕はやっぱり、今は今しかできない旅を続けたいと思っている。
今の「また会いたい」という気持ちを自分が忘れなければ、「縁」は切れない。
お互い無事に帰りさえすれば、一生会えないわけじゃない。

だから、Mさんも、今までに出会った旅人さん達も、必ず無事に旅を終えて帰って下さい。
互いの楽しい土産話を持ち帰って、日本のビールで一杯やりましょ!

テーマ:海外旅行記 - ジャンル:旅行

旅日記-キルギス | 22:00:48 | トラックバック(0) | コメント(0)

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