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joplus

Author:joplus
「もっと世界を見てみたい!」
という単純な理由で、
世界経済危機をものともせず…
否、ただ歯止めがかけられず、
会社を辞めて旅に出た浅はかな男。

でも、いつ終わるかわからない人生、
やりたいことをやりたい時に、
楽しめるだけ楽しまないと♪
…と、勝手に開き直ってる若造です。

たくさんの「違い」に出会うため、
風と気の向くままに歩き回ります。
キーワードは、「自然体」。
できるだけナチュラルな心で、
「違い」で溢れた世界に浸って来たいと思います。

(画像 : photo by たびかめ氏)

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+2+12+7+21
イーニンへ向かう道中、昼飯のため、食堂が数軒並ぶ場所にバスが止まった。
僕は何の気無しに一番近い食堂に入り、
手前の広い部屋の座席で麺を食べていたのだが、
ふと気が付くと、同じ部屋で食事をしているのはウイグル族の人だけだった。
バスの運ちゃんを含め、漢民族の人たちは、別の部屋や別の店に入っていたようだ。

そういえば、あれほど大勢の人で賑わっていたカシュガルのバザールや夜市でも、
漢民族の人の姿はほとんど…、いや、僕の見る限りは全く見かけなかった。

これがそのまま、彼らの間にある溝なんだろうか?
町に貼られた「民族団結」の意味を、彼らはそれぞれどんな気持ちで見ているのだろう?

しかし、本当に23時間かかりやがった。
思った以上に眠れたが、逆に体を動かしていないことに疲れている気がする。
よっしゃ、気合を入れていざ宿探し!
…とイーニンのバスターミナルを出たところで、屯していた公安(警察)に呼び止められた。
とりあえずパスポートを一番お偉そうな方に手渡し、しばし待機。
何やら本部(?)と確認を取っているようだ。
ちょっと気になりつつも、手前にいた若い警官達数人が気さくに話し掛けて来たので、
わりと気楽にその待ち時間を過ごしていたのだが…。

本部と連絡が取れたのか、お偉い方が何やら僕に説明を始めた。
簡単に意味を解釈すると、
「今は外国人が泊まれる宿が限られている。これからそこへ案内する。」とのことらしい。
そして、どこからかやって来たパトカーに「乗りなさい。」と言う。
僕は少し躊躇ったが、パスポートは彼らが持ったままだ。とりあえず従うしかない。
パトカーって、日本でも乗ったことが無いような…?

予想はしていたが、パトカーは小奇麗なホテルの前に止まった。
ホテルに入る前に、僕は警官に念を押しておいた。
「とりあえず見て値段を聞くだけですからね。」と。
しかし、レセプションの前に着くや否や、
彼らは僕のパスポートを出し、強引にチェックインさせようとした。
値段は1泊70元(=約950円)らしい。
この見た目にしては安いな…、
でも僕が普段泊まってる安宿は20~30元だし…、
いやいや、そういう問題じゃない!
今まで旅を続けて来て、宿はもちろん、自分の行き先は全て自分で決めてきた。
時には人を頼ったり、人に選択を委ねたことはあったかもしれない。
でも、その「頼る人」も「委ねる人」も、自分が選んできたことだ。
このホテルがどんなに安価で快適であっても、僕は泊まりたくなかった。
「選ぶ自由」を奪われてまで、旅を続けたいとは思わない!
いや、そうなった時点で、それはもう僕の旅ではなくなってしまう。そう思った。

長い長い道のりを経てここまでやって来て、まだ何も見ていない。
けど、たとえ彼らの決めたホテルに泊まり、見たいと思っていたものを見られたとしても、
そこには僕にとって何の価値も感動も無い。だったら…。

未だ強引にチェックインを進めようとする警官としばし揉み合い、
「他の宿を自分で探させろ。それがダメなら、俺はイーニンには泊まらない!」
僕はそう告げた。

当然ながら僕の希望は通らず、
再びパトカーに乗り、ひとまずバスターミナルに戻って来た。
パトカーに乗り込む時と、出る時が嫌だった。
街行く人達から見れば、まるで犯罪者だ。
なんで僕がこんな車に乗らなきゃいけないんだ…?

先程のお偉そうな方曰く、
「お前は日本人だろう?
 日本には日本のルールがあるように、中国には中国のルールがあるんだ。わかるか?」
そんなことはわかってる。
今のこの時期にこの町へやって来ることは僕が決めたことで、
例えば今回のようなリスクがあるかもしれないことは承知していた。
ただ、具体的なルールは知らなかった。そういう意味では、僕も悪い。
それはわかってるけど、それと納得できるかどうかは別問題だよ。

先程話し込んだ若い警官のうちの1人は、英語が話せた。
中国語は使わず、あえて英語で尋ねてみた。他の人間にわからないように。

「If you are me, if you are traveler, is this happy?」

彼の答えは、「No... No, I'm sorry.」

別に彼を責めたかったわけじゃない。
でも、公安の立場である彼からこの言葉を、本音を聞けて良かった。

彼の言葉を聞いた瞬間、もういいかな、と思った。
これで、イーニンに来た意味はあった。
ウイグルでは、まだ2回合わせてもまだ10日にも満たない滞在だったけど、
たくさんのウイグルの人達の笑顔に会えた。
現在の中国が抱える暗い部分も見えた。
そして今、未来に少しだけ希望を感じることができた。
今ここで見たいもの、見るべきものは、もう十分に見られただろう。
ウルムチへ行って、新疆ウイグル自治区を出よう。そう決めた。

僕に本音を告げてくれた彼ら漢民族の若い世代が、いつかこの国を変えて欲しい。
その時、僕はまた来ればいい。
本当に見たかった風景を見るのは、その時でいい。

1人の警官にお供され、僕は再びバスターミナルに入った。
21時発の切符を購入し、ゲートを通り、バスに乗り込むところまで見張られながら、
僕は2時間の滞在を終えてイーニンを後にした。

再び夜行のベッドで眠り、12時間の道のりを経て、ウルムチに戻って来た。
(いちおう、来る時も「通過」はしているので。)
ここで1泊しても良かったが、気持ちが冷めないうちに、移動を続けたかった。
この日16時発の甘粛省・敦煌行きバスチケットを購入し、次は電話屋へ。
一昨日の列車で出会った医者のタマゴの彼は、
朝早いにも関わらず、僕との待合せに快く応じてくれた。
彼が案内してくれたウイグル料理の店で食事をしている時に、
失礼とは思いつつも、1つだけ質問をさせてもらった。

「How do you think about Chinese people?」

彼の答えは、「I don't like.」

もう少し話を進めていると、
彼の「don't like」の対象は、あくまで中国の政府に対してということだった。
だが、最初に僕の問いに答えた時、そこに迷いは無かったように思う。
いくら「悪いのは政府のやり方であって、一般の人間は違う。」と頭では考えようとしても、
そう簡単にコントロールできない部分もあるんじゃないかな…。

バスターミナルまで来てくれた彼に見送られ、僕は敦煌行きのバスに乗り込んだ。
再会を約束した場所は、日本の北海道か、イーニン!
北海道は、彼が行きたい場所。(美味しい魚が食べたいらしい。)
イーニンは、僕がまた行きたい場所で、彼の故郷でもある。
どちらになるかはまだわからないけれど、また会える気がする。

ウルムチの滞在、7時間。
敦煌までは、21時間。
ついに3日連続の夜行か…。風呂に入りたいぞ~!

------------------------------

と言うことで、予定より半月も早く新疆ウイグルを抜けてきてしまった次第です。
おかげでネットができるのだけど…。(ブログちゃんと開けた。良かった…。)

この後の予定ですが、僕はもう1つ、チベット自治区の訪問も諦めました。
恐らく自治区内に入るまでは問題無いと思うのですが、
その後主要なポイントを巡るにあたって、
外国人に対してのパーミット(入境許可証)の取得が以前より厳しく管理されている模様で、
時間と労力を考えて断念しました。
新疆ウイグル同様、いつか状況が変わったら訪れたいものです。

さて、そこで余裕ができた時間を使って、
これよりしばらくは、青海省、四川省、雲南省内にあるチベットの村巡りに行ってみたいと思います。
またまたマイナー路線に突入です。(笑)
運良く、その地域のガイドブックも入手できました。
かなり秘境っぽい場所もありそうだけど、ネット環境はどうでしょうね…?
今の懸案は、10月頭の中国国慶節連休シーズンをどこでどう過ごすか?
できるだけ、人の集まる場所を避けたいものですが…。

もう1つついでに、
旅の最初に考えていた「時間とお金と気分次第でオセアニアへ…」も諦めました。
オーストラリアの動物達も、ニュージーランド南島の風景も、捨て難いのですが、
そちらはまたいずれ、お金と時間を作って行くとします。
今回はその分、アジアに時間を割きます。
たぶんそれでも足りないぐらい、行きたい場所が増えてしまったので。

本日まで甘粛省・敦煌にて宿泊。(昨日は無事3日振りのシャワーを浴びれた☆)
明日には青海省に入ります。
ではではまた。

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旅日記-中国② | 19:20:29 | トラックバック(0) | コメント(0)
11+1+23
カシュガルから東のクチャへの列車の切符を買いに行った。
中国での列車の切符購入の時は、いつも戦闘に行くような気分になる。

駅の切符売り場は、数十分待ちの列が並ぶことが多い。この日も約30分待ち。
窓口には、大抵怖い顔をした姉ちゃんかおばちゃんが座っている。
「月日、列車番号、行き先、枚数、座席の等級(寝台 or 座席&1等 or 2等)」、
伝えなきゃいけないことはけっこう多い。メモ紙に書いて、何度も頭の中で繰り返す。
ようやく自分の番がやって来たら、
「ちゃんと聞き取ってくれよ…?」と祈りつつ、メモの内容を1つ1つ言葉にしていく。
ここで正確な伝達に失敗すると、
姉ちゃん or おばちゃんから「あ"~?」という声(←中国人は本当にこう言う)が飛んで来る上、
横から横から別の客が「隙有り!」とばかりに割り込んで来たりする。
仮にうまく伝わっていても、「没有(席が無い)!」と来る場合もある。
ここでも慌てないよう、第2、第3の候補も調べてメモしておくことが肝要。

この日も、僕は念入りな予習の上、窓口のおばちゃんに勝負を挑んだ。
…が、メモを半分ぐらいまで読んだあたりで、おばちゃん「看一下(見せて)。」と一言。
僕の汚いメモを丁寧に読んでくれた上、希望通りの切符を発券、あっけなく終了。
まぁ、素直に確実に伝えようと思うなら、最初からメモを渡すのが一番なんだけどさ…、
自分の言葉で伝えられるか試したいってのもあってさ…。
気合いが空回りして、ちょっと切ないのであった。

中国の普通列車に乗るのは、実はこれがまだ2回目。
列車の硬座(2等座席)とバスの値段を比べると列車の方が安いのだが、
特に長距離列車の場合は数日前に予約しないと売り切れてしまうことが多いので、
以前のように短期間の旅行の場合は、
ほぼその日その場で購入して乗車できるバスの方が便利だったのだ。
今も、その面倒さを考えるとバス利用に走ってしまいそうになるのだけど、
やっぱり列車のいいところは、特に硬座の場合、他の客と向かい合わせで座るところにあるなと。
つまり、地元の人と話すチャンスが多いということ。

隣の席の姉ちゃんに折り紙を見せたら、喜んでくれた。
その姉ちゃんのお兄様からは、腹を空かす間も無くなるぐらいお菓子を貰った。
向かいの席の子どもが懐いてくれたので、僕のカメラをおもちゃにして一緒に遊んだ。
遊び疲れて眠ってしまった子どもを見ながら本を読み始めると、
大人も子どもも「私にも見せて!」とやって来る。
カシュガルからクチャまで11時間。ぜーんぜん飽きないんだよなぁ~。

本をねだりに来た吸血少女。
吸血少女@カシュガル

向かいの席のあったか家族。
あったか家族@カシュガル

途中から乗ってきたウイグルの青年に話し掛けられ、仲良くなった。
彼はウルムチ(ウイグル自治区の首府)の医大に通う、医者のタマゴ。
休みを利用して遠距離恋愛中の彼女に会って来た帰りだった。
特にウルムチに行く目的は無かったのだが、
彼と再会する約束をすることで、ここで初めて目的ができた。
僕はウイグルの北部を歩いた後、南に向かう際にウルムチを経由することになりそうだったので、
「10日~2週間後ぐらいに連絡するよ!」と伝えた。
しかし、これがまさか2日後に変わろうとは…。

クチャの駅で降りる間際、どこからか「バカ!(日本語)」と声が飛んで来た。
振り返ると、若者2人がニヤニヤしながらこっちを見ている。
いつもなら少しイラッとするところだが、本日気分の良かった僕はフッと笑って、
「你也笨蛋(ニーユエベンダン = お前もバカ)!」と一言。
みんながどっと笑った。彼ら2人も苦笑い。1本取れたかな?

クチャでは1泊して、翌日に北西のイーニンへ移動したいと思っていた。
とりあえずバスのスケジュールを確認しにターミナルへ。
イーニンの名を出してバスの時間を尋ねると、「今乗るのか?」と返された。
「いや、明日がいいんだけど…。」
「今日19時発のバスに1人分だけ空きがある。その次は4日後まで無い!」
(時計を見ると)19時って、え~!?今じゃないっすか!
どうしよう、クチャでまだ何も見てないし、さすがに昼間中移動して疲れてるし、腹減ったし、
…でもこのシチュエーション、また何かに呼ばれてる!?えーい、行っちまえ!
ということで、勢いそのまま寝台バスに飛び乗った。(本当に空きは1人分しか残ってなかった)
しかし乗ってビックリ。
イーニンへの到着時間は、翌日夕方18時頃だと言う。
クチャから真っ直ぐ北上する道が通れない(「壊れた」と言っていた)ので、
一旦東へ回ってウルムチを経由するロングコースを行くらしい。
以前は7~8時間だったらしいが、それがなんと3倍の距離に…。
な、なんのために俺はクチャで列車を降りたんだ~!?

クチャでの滞在時間、僅か1時間。さらば…。
(続く)

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旅日記-中国② | 18:45:40 | トラックバック(0) | コメント(0)
週末の日常拝見
2度目のカシュガルでの目的は、日曜バザール(市場)を見に行くこと。
日曜バザールと言っても何ヶ所かあるらしいのだが、
中でも郊外で開かれる「動物バザール」が面白いと聞いて、行ってみたいと思っていた。

バスでバザールの前に着くと、続々とトラックがやって来た。
いずれも大量の牛や羊、山羊をギュウギュウに詰め込んでいる。
すぐに「ドナドナ」のイメージが頭に浮かんだのだが、
既に辺りは熱気で包まれていて、そんな悲しさを感じる雰囲気ではなかった。

バザールの門を入ると、さらなる熱気が待っている。
牛は何百頭、羊に至っては何千頭だろうか?
砂埃に包まれながら、所狭しと並ぶ動物達をかき分けたその隙間で、値段交渉する人々。
安食堂で100元札を渡すと「お釣りが無い」と言われそうなこの町で、
同じ格好の人たちが100元札の束を握り締め、超高額の買い物をする。不思議な感じだ…。
1時間ほどバザールの中を歩いていたが、それでもまだトラックはやって来ていた。
一体何頭の動物が1日で買い取られて行くのだろう…?
そして、そのうち何頭の動物が生きて明日を迎えるのだろう…?
しかし来週になれば、またバザールは開かれる。
また同じだけの頭数の動物達が、ここにやって来るんだ。
それでも牛や羊が絶滅しないってのは、すごいことのような気がするんだけど。

山羊売りのおじさん。
山羊売りのおじさん@カシュガル

積み下ろし中。
積み下ろし@カシュガル

引っ張り出し中。
引っ張り出し@カシュガル

羊サークル完成。
羊サークル@カシュガル

桃尻パパラッチ。(18禁スレスレ!?)
桃尻娘@カシュガル
ちょっと失礼して、お触りさせて頂いちゃった!
思わず顔がニヤけるぷにぷに感☆
これはクセになるかも…?
…いかん、このブログが変な方向に向かってしまう。

品定め。
品定め@カシュガル

家畜用小物売り場。
家畜用小物屋さん@カシュガル

バザール見物の後は市街に戻り、旧市街をぶらり。
市場もそうだが、生活の匂いや音が広がっている場所って好きだなぁ。

マ○コメのCMに推薦します。
マ○コメのCM@カシュガル

ハートを打ち抜かれました。
ハートを打ち抜かれました@カシュガル

ちょっとシェスタ。
ちょっとシェスタ@カシュガル

ところで、この日は日曜日なのに、昼間に閉まっている食堂が多くて、
一時ちょっと食べる場所を見つけるのに困ったことがあった。
代わりに、暗くなると賑やかな夜市が旧市街の入口で開かれていた。

賑やか夜市。
賑やか夜市@カシュガル
手前に見えてる丸鶏が美味そうで…、
切り売りしてくれるので、夕飯の後だったけど、つい頂いてしまった♪
ダシがたっぷり出た煮汁と一緒に出してくれる。美味しくないワケがない!

飛び出すジュース。初めて見つけた時は笑ってしまった。
飛び出すジュース@カシュガル

後でわかったのだが、
ちょうどこの前日が今年の「ラマダン(イスラムの断食月)」のスタートだったらしい。
もちろん漢民族には関係の無い話なので、
ウイグル料理以外の店は普通に開いていたはずなのだけど、
ちょうどウイグル人の集まる旧市街を歩いていたから気付かなかったんだな。
それに、今は中国の一部であるこの地域にいると、ラマダンの存在をすっかり忘れていた。
ラマダンはイスラム暦の9月に行うのだが、
実はこの「9月」のタイミングは、毎年少しずつ前にズレていく。
今年は8月後半にスタートしているが、
この先数年は、どんどん暑い時期に重なるように早まっていくことになる。
厳格な人は日中水も飲まないと言うから、
それが暑い時期に重なるほど苦しいものになるはずなんだよな。
シリア、ヨルダン、エジプト…、暑い国のみんな、大丈夫だろうか?

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旅日記-中国② | 18:40:05 | トラックバック(0) | コメント(0)
一晩限りのプチホームステイ
タシュクルガンからカシュガルへ向かう途中に、
7,000m峰の山に囲まれたカラクル湖という小さな湖がある。
前回はチラッとバスから眺めただけだったので、今回は途中下車。
降りた途端に、客引きの青年がやって来た。
明日朝までの食事全て込みで、40元で泊めてくれると言う。
正直泊まるかどうかは迷っていたのだが、
思っていたより安い値段だったので、1泊してみることにした。

残念ながら昼過ぎから雲って来てしまったので、夕景や夜の星は見られず。
もし晴れていたら、ひょっとすると星空が湖面に反射して幻想的な世界が広がっていたかも?
昼間でも、この湖は時間と空模様によって(それと、季節によっても恐らく)ガラッと表情を変える。
できればその表情の全てを見てみたいけれど、
この世界の全てを歩くことが不可能なように、僕の持てる時間ではそれは適わない。
僕が見られるのは、広大な世界の中で、運良く訪れることができた場所の、ほんの一時だけ。
その一時の表情を、僕はしっかりこの目に焼き付け、感じることができているだろうか?
曇った空を嘆く前に、今いるこの瞬間だからこそ見えるものがあるんじゃないか?って、
そういう目を持つことも大事だよなって、冷えた高原の空気の中でぼんやり考えていた。
8月で、こんなにも冷たい風が吹く。
これから秋が過ぎ冬が来たら、ここで生活することはどんなに厳しいものになるのだろう…?

朝のカラクル湖。
カラクル湖(朝、with小屋)

お昼前のカラクル湖。ミラーレイク。
カラクル湖(午前、ミラーバージョン)

お昼過ぎのカラクル湖。ブルーレイク。
カラクル湖(午後、ブルーバージョン)

いつでもどこでも、のんびりなお方。
いつでものんびり@カラクル湖

この日僕が泊まった家はこんなところ。
ホームステイ先@カラクル湖

客引きをしていたタジク族の青年の家族と同じ家に泊めてもらった。
中の写真を撮り忘れていたけれど、
パキスタン・グルミットでのダル君やチャイを頂いたおじさんの家の雰囲気にそっくり。
曇り空に冷たい風が吹きつける寒空でも、中は暖炉があって温かい。
ちなみに、燃料は動物(恐らく、主に牛)の糞を乾燥させたもの。

僕も彼らと同じ食事をさせてもらったのだが、それは正直言って質素なものだった。
朝や昼に食べていたのは、硬いパンと羊ミルクのチャイ(ここも塩味!)ぐらい。
ようやく暗くなってから夕飯にご飯が出てきたものの、
肉や野菜は入っていない、具はレーズンのみのバターライスのようなものだった。
それも、炊き上げた量はそんなに多くなかった。
全員分足りないんじゃないか?と思うぐらいなのに、僕の分は一番多く盛ってくれた。
申し訳なかったけれど、返すのはさらに申し訳ないので、大事に味わって頂いた。
しかし、これだけの栄養で、彼らの健康は保てるんだろうか…?
中国(漢民族の人たち)の食の充実っぷりと比べると、あまりのギャップにショックすら感じた。

夜は、1つの部屋に8人が寄り添って眠った。
暖炉に残る温もりのおかげか、ここにいる人たちの温かさからか、いつも以上にぐっすり眠れた。

食事も、会話も、就寝も、全てはこの小さな屋根の下。
外の土地は広大だが、生活の場はあくまで狭く、質素なもの。
そんな中に、異国の人間がひょいと遊びに来た。
彼らにとっては、それだけで大きな刺激(日常の変化)なのかもしれない。
それが純粋に嬉しいから、彼らの温かいもてなしがあるのかな?
モノで溢れ、刺激で溢れた世界に浸ってきた僕は、今までそんなことを感じて来なかったな…。

貴重な体験をさせて頂いた1日だったが、残念ながら最後の最後でモメてしまった。
翌朝、僕は約束の「40元」に対して50元札を差し出して釣りを貰おうとしたのだが、
「10元のお釣りが無い。」と言われた。
「釣り銭切れ」自体は珍しいことではない。
こういう場合は、その辺の別の店や人に両替してもらって対処するのが通常の流れ。
なのだが、彼らは全くその素振りを見せなかった。
最初から、「お釣りが無いから10元多く頂戴。」という態度だった。
日本円にして130~140円ではあるが、金額の問題じゃなく、
まるでそれが当然かの如く、釣りの10元を作る努力もせずに貰おうとされたために、
どうしても「仕方がないなぁ~」という気持ちにはなれなかった。
少し考えて、一旦、50元は返して貰うことにした。
するとこの家のお母さんは、「あんなにたくさんチャイを飲んだじゃないか…。」とブツブツ言っている。
確かに、僕が部屋にいるといつも、お母さんが温かいチャイを差し出してくれていた。
それには感謝しているけれど、そのサービスに追加料金を払うかどうかは、僕が決めることだ。
彼女が言っているのは、ここで「メシが質素だったから10元マケてよ。」と僕が言うのと同じこと。
(もちろん、そんなことを言うつもりは無いよ。念のため。)
約束は約束。
「食事込みで40元」とお互いに納得して事前に決めたんだから、そこはキッチリいこうよ。

この後、客引きの青年にバス停までバイクで送ってもらった僕は、
その御礼として+10元(結局、計50元)を支払った。
この彼は少し英語がわかるので、上の僕の考えを説明したら、どうやら納得してくれたようだ。
最後は笑顔でお別れ。
そして彼はまた、新たな客を探しに出掛けて行った。

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旅日記-中国② | 18:00:49 | トラックバック(0) | コメント(0)
第二次回来了。
宿の共同トイレの扉を開けたら、全裸のオヤジが立っていた。
推測するに、部屋にシャワーが無いから水道の水で体を洗おうとしていたのだろうか?
おじいさんに近い年齢だと思うが、なかなかガッチリした体だ。
…となぜか冷静に観察していたら、オヤジ照れた。(笑)
慌ててパンツを履こうとしていたので、一度扉を閉めてあげた。
この間、ほんの10秒足らず。

その後、無事に用を足して部屋の方へ戻って来ると、
今度は別のオヤジが、なぜか僕の部屋の前のゴミ箱にカップラーメンの残り汁を捨てている。
僕がジロッと見たら、途中で止めた。
…と思いきや、隣の部屋のゴミ箱で「続き」を始めた。
推測するに、単に僕の部屋のゴミ箱では収まり切らなかっただけのようだ。
隣のゴミ箱を一杯にしたところで汁は無くなり、オヤジは無言で部屋に戻って行った。
オヤジの部屋は僕の向かいだった。その部屋の前のゴミ箱は空だった…。
いやいやその前に、なんで流しに捨てないの!?

約2週間振りに中国へ戻って来て早々、ワケのわからないことが連発で起こり、
「やれやれ、帰って来ちゃったなぁ…」と思う僕であった。

ところで、パキスタンから中国への再入国時には、
キルギスから入国した時と同様、厳しい荷物チェックが待っていた。
今回こそは、僕もパソコンの中身まで見られることとなった。
色々聞かれると面倒なので、中国語は全てわからないフリをして、
超不機嫌な態度で応じておいた。
開けられるものは全て開けて散らかし放題、
こちらから尋ねるまで終わったのかどうかもハッキリしない、
「謝謝」の一言も無い、実に不愉快!
その一方、イミグレの係員(判子を押す人)は、
やたら愛想の良い笑顔で「こんな偏狭の国境へようこそオーラ」を出してたりする。
ご丁寧に両手でパスポートをお返しされてしまった日には、
僕の気分もすっかりゴキゲンに戻っていた。(←単純)

中国側国境の町・タシュクルガンでは、前回と同じ宿に泊まり、前回と同じ食堂に出掛けた。
パキスタンのスストでもそうだったが、たった10日ちょっとの期間でも、そこには「再会」する人がいた。
一度知り合った人が、また笑顔で出迎えてくれると、
海外にあって自分のちょっとした居場所ができたみたいで、嬉しくなる。
そしてその分、2度目の別れは1度目よりもずっと寂しくなる。
3度目があるかどうかは、今はわからない。
でも、インシャアッラー。きっと、またね。

食堂の店員さん、大集合!
店員さん大集合@タシュクルガン

な~んにも無い町だけど、町の外れには大草原。
何も無い町の平原で@タシュクルガン
この町には、タジク族の人たちが多く暮らしている。
女性の衣服、きれいでしょ?

大草原で格闘中。おりゃ!
おりゃ!@タシュクルガン

十年早いぜ!
まだまだだな!@タシュクルガン

アテも無く歩いていたら、道案内に来てくれた少年。
城塞案内人@タシュクルガン

町の中心で。
シルエット@タシュクルガン

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旅日記-中国② | 17:40:06 | トラックバック(0) | コメント(0)

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