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joplus

Author:joplus
「もっと世界を見てみたい!」
という単純な理由で、
世界経済危機をものともせず…
否、ただ歯止めがかけられず、
会社を辞めて旅に出た浅はかな男。

でも、いつ終わるかわからない人生、
やりたいことをやりたい時に、
楽しめるだけ楽しまないと♪
…と、勝手に開き直ってる若造です。

たくさんの「違い」に出会うため、
風と気の向くままに歩き回ります。
キーワードは、「自然体」。
できるだけナチュラルな心で、
「違い」で溢れた世界に浸って来たいと思います。

(画像 : photo by たびかめ氏)

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高山から南国へ
あづぃ~…。
あぢいよぅ…。

雲南省南部にある、景洪(ジンホン)の町。
10月も既に後半。ここに住む人たちにとっては序の口の暑さなのでしょーけど、
こちらはつい3~4日前まで3,000~4,000mの高地をフル装備で歩いていた人間でして、
それがTシャツ短パンサンダルで汗だくになってしまうこの気候、
まさに冬から夏にワープして来たような感覚なのでございますよ。
同じ省の北には6,000m強の雪山があって、南には南国。
何度も何度も感じてきたことの繰り返しだけど、まったくなんちゅう広さだこの国は…。

考えてみれば、これだけ一気に違う気候帯に移動すれば、体の適応も追い付かなくなるわな。
どうやら風邪を引いてしまったらしい。
旅の初め、トルコで多少喉を痛めたことがあったが、それ以来ということになる。
ここまで半年以上も健康体で来れたのは、逆に奇跡かな…?

香格里拉を出る頃から、少々喉の調子が悪く咳や痰が出ていたのだが、
例のモース探究家から追撃を受け(僕が彼に移したという説もあるが…)、
さらに徳欽から南下するバスで寒風を受け続けたのが効いたと思われる。
カーブ連続の荒々しい道に気分が悪くなった人々がいたため、
クソ寒い朝でも窓が全開にされていたのだ。
それでなくとも、中国ではやたら窓を開けたがる人が多いんだけどね。
今回は僕の防寒が甘かった。反省。

雨崩から徳欽に戻って来た僕は、
翌明け方発のバスで南の維西(ウェイシー)へと向かった。
ここで第一寒波を喰らったわけだが、
まだ維西に着いた時点では、何か美味いものを探しに町へ繰り出す元気があった。
しかし、ここでパワーを付けようと食い過ぎたのが逆効果。
特に最後に食べた炒面の油の多さで気分が悪くなり、腹も下してさらに体力を落としてしまった。
そして翌朝、維西から大理(ダーリー)へと向かうバスで第二寒波を受けたのだが、
昼にはTシャツ1枚で歩けるポカポカ陽気に。
大き過ぎる気温の変化に体が追い付かず、これがトドメになった。

バスの昼飯休憩の頃から悪寒を感じ始めたが、
これは気合で抑え込んだ(?)ため、幸い発熱には至らず。ただ、体全体がダルい。
困ったのは、食欲が出ないこと。
前日に気分が悪くなった味が頭に残ってしまったのも要因だろうが、
こういう風邪の際には、中国の(特にこの地域の)油っ濃く辛めの味付けはツラい。
あれほど食欲をかき立てられていた食堂の香りが、むしろ苦痛に思えてくる…。
旅に出て、初めて本気で日本の食べ物が恋しくなった。
(ちなみに頭に浮かんだのは、納豆ごはんと味噌汁と冷や奴…。)

…なんて無いものねだりをしてても仕方ないので、
中国の食べ物で何か食べられそうなものが無いか考えたところ、一品だけ浮かんだものがあった。

白族粥(バイズーズォウ)。
白族粥@大理
真ん中に見えてるのは、野菜の和え物(ちょっと辛みがあるけど、混ぜれば気にならない程度)。
見えないけど、中には細切り豚肉や皮蛋(ピーダン = アヒルの卵)も入っていて、栄養満点!
ちなみに、僕はゆで卵(鶏の卵)同様に皮蛋も本来は苦手なのだが、
しっかり煮込んで味が染み込んでいたので、これはOK。(←我ながら、境界線がわかりづらい…)

これは沁みた。ジワァーッと体に沁みた。
病で弱った体に、これ以上の薬は無いんじゃないか?
実際、これは抜群に効いた。
中国のメシには何度も元気を貰ってきたけれど、また今回も助けられた。

ちなみに「白族」とは、大理周辺に多く居住する少数民族なのだが、
その名を冠したこの粥が本当に白族独自のものか否かは不明。(美味かったから何でもいい!)

翌日、再び元気を取り戻した僕は、久々の寝台夜行バスに乗り込み、さらに南の景洪へ。
ちなみに、大理も雲南を代表する観光地の一つなのだが、
僕は風邪の回復に専念しつつ、黙々とネットで先々の情報収集に明け暮れて滞在終了。
見どころである旧市街の中心はツーリストで溢れて賑やかだったが、
例によって例のごとく、そういう場所はあまり興味無いのよね…。
それを知っていながらこの町に寄ったのは、単に乗り継ぎ地点として便利だっただけ。
もし時間と体力に余裕があれば、香格里拉のように郊外まで出掛けてみたかったけどね。

しかし、この暑さ…、
考えてみれば、同じ暑さでも「蒸し暑い」のはかなり久々なのだ。
今まで歩いてきた国々では、いずれも気温は高くとも乾いていたため、
この汗だくになる嫌らしい暑さは、実に1年以上振りということになる。
体調は回復してきたはずなのに、今度は暑さにバテて食欲が落ちてきた。
…いかんいかん、ここで音を上げていては、この先の東南アジアの旅が思いやられる。
慣れなきゃ…。慣れるよね…?慣れてくださいワタシノカラダ…。

さて、この景洪の町は、西双版納(シーシュアンバンナー)タイ族自治州の州都にあたる。
西双版納。この名前はよく耳にしてたけど、どこに何の見どころがあるのかはさっぱり。
実は元々来る予定も無かった場所で、ほとんど下調べもしていなかった。
きっと自治州内の郊外へ出れば、まだまだ未開発の少数民族の村なんかもあるのだろうけど、
少なくとも景洪に関しては立派な中国の町。
歩いていても、「見せ物」以外で民族衣装を着た人は見かけない。
ただでさえ暑いのに、車も人も多くて騒がしい…僕にとっては最も避けたい類の町である。

とりあえず体を慣らす意味でも景洪では2泊することに決めていたが、
ここにいてもますます疲れを溜めてしまいそうなので、2日目は日帰りで郊外へ繰り出すことに。
…と言っても、どこへ行こうにもアテになる情報が無いので、
バスターミナルの路線図を見ながら、片道1時間程度で行けそうな場所を適当に選んで出発!

景哈(ジンハー)という町に着いた。
…うん、田舎の町だ。見事なまでに何も無いぞ。(苦笑)
じっくり眺めてきた路線図によると、ここに至るルート上に、勐罕(メンハン)という地名があった。
景哈からそう遠くなさそうな位置で、
勐罕から景洪までのバスも頻発しているのはわかっていたので、
そこを目的地に散歩するのが良いかなと思っていた。
ただ、来る途中でそれらしき町を見かけなかった。違う道を通って来たのかな?

何人か地元の人に勐罕への道を尋ねてみると、
まずは「2kmほどあっち(来た道を戻る方向)へ行け。」との話。
確かに2kmほど先には小さな集落があったのだが、ここはまだ景哈の区域内だろう。
再度聞き込みをしてみると、「あっちの川向こうが勐罕だ。」との話。
なるほど、集落のすぐ東側には、瀾滄江(ランツァンジァン = メコン川)が悠々と流れていた。
そして、ちょうどここがフェリー(と言うより、小舟)の発着ポイントだったのだ。
間に河があったから、地図上では近いのに町が見えなかったのね~。納得。

メコンの渡し舟。
メコンの渡し舟@景哈

この河とは、きっとこの先また何度も出会うことになるんだな…。

向こう岸に着くと、すぐ丘の上に勐罕の町があった。
帰りのバスはすぐに見つかったが、せっかくなので町の周辺をぶらぶら。

南国パーム・ロード。
南国パーム・ロード@勐罕

南国バナナ・ロード。
南国バナナ・ロード@勐罕
両サイドは全てバナナの木。
こういう一本道が大好き。(ただし、ここももちろん暑いが…。)

涼しげな場所。
涼しげな場所@勐罕

とある家の屋根。
象もどき@勐罕
象の鼻みたいだけど、象じゃない…。なんだコレ?

南国フラワーズ。
南国の花①@勐罕
南国の花②@勐罕

ここもまた何も無いっちゃ何も無い場所と言えるけど、こういう何も無さは好きなんだな。
よくわからず来てしまった西双版納、
見どころはもっと他にあるのだろうけど、僕はこれで満足としちゃおう。

オマケ。景洪のスーパーで発見した和風ラーメン。
和風ラーメン?@景洪
「うえで重要なミネヌルを多く」だそうだ。
中国のスーパーでお菓子コーナーを覗いてると、こういう面白さもある。

これは本物(たぶん)!…って、別に上のもニセモノではないか。(笑)
中国アミノサプリ@景洪
中国ではお茶が好きなのでほとんどジュースは買ってなかったのだが、
同じくスーパーで見つけて、思わず手が出てしまった。
スポーツ飲料系では好きな味で、日本に住んでた頃にちょくちょく飲んでたんだけど、
これ、まだ日本でも売ってるのかな?

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西双版納郊外をぶらついた日に、27歳になった。
これで3年連続、中国で誕生日を迎えたことになる。

ほんの数年前まで、中国どころか海外で歳を取る日が来るなんて、考えたこともなかった自分。
それが色んな偶然に流され流され、今こうしてここにいる。
もちろん、流れに身を任せるかどうかは、自分の意思も働かせてきたつもりだけど…。

はてさて、来年28歳になる僕は、どこでどうしてその日を迎えているだろう?
また今は想像も付かないような流れに乗っかっているかもしれないな。

ここ数年、去年までは歳が1つ増えることを喜べていなかったのだが、今年はちょっと違う。
特別嬉しいとは思わないけれど、そんなに嫌でもない。
これはたぶん、スイスに行ったおかげ。
心身共に元気なまま歳を重ねるという、目標と楽しみができたから。
これから10年後も、20年後も、自分で自信を持って「元気だ!」と言える体でありたい。
ちょっと風邪を引いたりもしたけれど、27歳の誕生日は元気に迎えることができた。一歩前進!

そして明日、いよいよ2ヶ月以上も歩いた中国を抜ける。
この旅の6分の1にあたる長時間を割いたのに、
地図を見ると、まだまだこの国のほんの一部しか歩けていないことにガッカリしてしまう。
本気で中国を見て回ろうと思ったら、1年あっても足りないね…。

中国では楽しいことばかりではなかった。
ここでも時々書いた公安との揉め事もそうだし、
ここには書いてないけど、地元の人と口論になることもしばしばだった。

自分の常識とは違う、その土地の習慣や文化を受け入れよう。
…そう頭では考えていても、この国に関しては未だに慣れない部分も多い。
現在世界で通用している常識から見ても、やはりこの国は特殊なのだろう。
多くの外国人が、中国の人らを指して「クレイジーだ」と言っているのを耳にしてきた。

クレイジーかどうかはともかく、この国が他と比べて特殊であることは、僕も否定しない。
色々例を挙げ出すと長くなってしまうので省くけれども、
この国の人たちの多くが欠いているものを一言で表すなら、「他人への心遣い」か。
こう書くと彼らが非常に冷たい人のように聞こえてしまうけど、
別に彼らに悪気があるわけじゃなく、それが当たり前になってしまっているだけ。
それに、「他人」でない人に対しては、彼らはむしろ優しかったりする。

それを知っていながらも僕がつい頭に来てしまうのは、悔しさもあるかもしれない。
本当はほとんどがイイ人達なのに、外の人間から「クレイジー」とバカにされている。
だから「クレイジー」と言われるような行為が僕に向けられた時、
「そんなんだからバカにされるんだよ!」と思ってしまう。

念のため断っておくと、僕は別に漢民族の人だけを指して言っているわけじゃない。
言っちゃ悪いが、少なくとも中国内で見る限りは、チベット族の人も同じだった。
彼らの多くは漢民族を嫌っていた(もちろん、これは政治的な理由が大きいと思われるが…)けど、
「何が違うの?あんたらだって一緒じゃん?」って言いたい時が何度もあった。

「中国が好きか?」と問われたら、
残念ながら、今の僕は自信を持って「好き」とは答えられない。
ただ、3年も続けて誕生日を迎えることになった場所だ。ちょっとした思い入れはある。
今の僕らと並ぶ若い世代を見る限り、徐々にではあるが、この国は着実に変わり始めている。
まだまだ時間はかかるだろうけれど、いずれは心から「好き」と言える国になるだろうと信じている。

それから、好きとか嫌いとかは別にして、
慣れないことも全部引っくるめて、僕にとってこの国はやっぱり面白い。
もっともっと知りたいし、知らなきゃいけないとも思う、お隣の国だ。
だから、必ずまた来る。今はあくまで、しばしのお別れ。
再見(ザイジェン = またね)!

…おっと、忘れてた。
次は、ラオスに行って参ります!

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テーマ:海外旅行記 - ジャンル:旅行

旅日記-中国② | 15:15:05 | トラックバック(0) | コメント(2)

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