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joplus

Author:joplus
「もっと世界を見てみたい!」
という単純な理由で、
世界経済危機をものともせず…
否、ただ歯止めがかけられず、
会社を辞めて旅に出た浅はかな男。

でも、いつ終わるかわからない人生、
やりたいことをやりたい時に、
楽しめるだけ楽しまないと♪
…と、勝手に開き直ってる若造です。

たくさんの「違い」に出会うため、
風と気の向くままに歩き回ります。
キーワードは、「自然体」。
できるだけナチュラルな心で、
「違い」で溢れた世界に浸って来たいと思います。

(画像 : photo by たびかめ氏)

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不思議な魔力に惹かれて…?
ダライ・ラマ法王がダラムサラに来られるという話は、
アムリトサルからダラムサラへ向かうバスに乗ってから、
そこで出会ったフランス人カップルに教えてもらい、偶然知ったことだった。

ダライ・ラマ14世が現中国領チベット自治区のラサからインドへ亡命したのが、
今からちょうど50年前のこと。
現在、その法王の公邸及び亡命チベット政府の拠点が存在するのが、ダラムサラである。
それはもちろん知っていたが、1年中ほとんど海外を飛び回っている多忙な方なわけで、
ダラムサラでお会いするチャンスなど、僕はまるで期待していなかった。
僕はただ、「インドのチベット」がどんな雰囲気か触れてみたくて訪れたのだが…、
また不思議な巡り合わせに当たっちゃったなぁ~と。

そうそう、前回の日記では「謁見した」と書いたけれど、
正しくは、3日間に渡って行われた「Teaching(チベット仏教の講義+法話かな)」に参加し、
その中で法王さまの姿を拝見したというだけで、
直接対面して握手を交わして…といった話ではないです。念のため。
ちなみに「Teaching」はチベット語で行われ、
いちおう英語の通訳を聞くことはできたのだが、僕の英語力ではさっぱり…。
そもそも、仏教の知識がまるで無い僕には、仮に日本語で聞けたとしても難しいわけで。
「Teaching」後に、その方面に精通した日本人の方による解説会にも加わってみたけど、
それでも半分ぐらいしか理解できなかったかな…。

ダラムサラは、ヒマラヤの山々を見上げる丘の上にあって、展望や空気は素晴らしい。
食事も、インド料理にチベット料理、イタリアン、中華、日本料理まで、
味のレベルが高く、しかも安い店がいっぱい揃っている。
個人的には、フンザで感じた居心地の良さに近いかな。

それも手伝って、長期滞在している日本人の方もたくさんいる。
ただ、彼らのほとんどは「沈没者」ではなくて、
チベットに惹かれ、ここを拠点に仏教文化や言語を学んでいる人たちだった。
ここにはチベット関係の書籍の集まった図書館もあるし、
チベット語を学ぶ講座も開かれているし、そういう意味でも最適の環境なのだ。
他にも、瞑想修行に励んだり、ヨガを学んだりすることもできる。

僕は5泊しか滞在しなかった(それでも、僕が1ヶ所にいた期間としては長い方だけど)が、
最初の日に彼らの数人と混じってトレッキングに行ったのがきっかけで、
一緒になって色々な話を聞かせてもらうことができた。
(考えてみたら、これもアムリトサルを1泊で出たから得られた機会だったんだよなぁ…。)
僕は今、チベットの世界に何となく惹かれるものを感じているわけだが、
面白いのが、今やチベットにどっぷり浸かっている(or 浸かろうとしている)彼らの多くも、
チベットを訪れて「何となく惹かれた」のがきっかけだったということ。
やっぱり、ここには何か不思議な魔力があるのかなぁ…?

チベット仏教も含めて、僕は宗教ってものにまるで関心の無い人間だった。
それがこの旅に出て、色々な宗教の世界に触れてきたことで、今は段々興味が沸いてきている。
別に信者になろうというわけじゃなくて、
世界の歴史を知る上でも、今を知る上でも、
宗教を学ぶってことは外せないことだとわかってきたから、
ただ純粋に、勉強してみたいと思うようになったということ。
ここインドでは、ヒンドゥーを始めとして、まだまだたくさんの宗教に触れる機会がありそうだ。
チベットのように、フィーリングの合うものが新たに見つかるかもしれない。そんな楽しみもできた。

久方振りのマニ車。
久方マニ車@ダラムサラ

久方振りのマニ石。
久方マニ石@ダラムサラ

そして久方振りのチョルテン&タルチョ。
久方チョルテン&タルチョ@ダラムサラ

やっぱり好きだぁ~、コレ。
「なんで?」って訊かれてもわからないけど、落ち着くんだよなぁ~。

実は、ラオスやタイでも、町を歩いていてたくさんの立派な仏教寺院を見つけた。
その割に写真が少ないでしょう?お堂の写真なんて1枚も無いかもしれない。
なぜかわからない。見た目はとてもキレイなのに、「撮りたい」という気が起きない。
見学は自由でも、あまり中を見たい気も起きなかったりする。
何なんだろうね、この違いは?

チベット僧、インドチャイで休憩。(トレッキングコース中のお茶屋さんにて)
インドチャイで休憩@ダラムサラ

僕の気のせいかもしれないけど、
この町にいるチベットの人たち(僧侶も一般の人も含めて)は、どこか表情が穏やかに感じた。
中国内で出会った人たちが固かったというわけではないけれど、
やっぱりここは中国と違って強い束縛から解放されていることと、
ダライ・ラマという圧倒的な存在が傍にいるということが大きいのかな、と。

ヒマラヤ!(トレッキングの終着点、トリウンドの丘から。)
ヒマラヤ展望@ダラムサラ

ぼんやり稜線。
ぼんやり稜線@ダラムサラ

山鳥さん。
山鳥@ダラムサラ

ノリノリフランスコンビ。
ノリノリフランスコンビ@ダラムサラ
ホント、どこで会ってもフランスの人ってノリのいい人が多いよなぁ。
だからかな、今まで欧米人で親しくなれた人はフランス人が圧倒的に多い。
(もちろん、フランス人旅行者の母数も多いのだろうけど。)

トレッキング仲間たち。
トリウンドトレッキング仲間①ダラムサラ
トリウンドトレッキング仲間②@ダラムサラ
トリウンドトレッキング仲間③@ダラムサラ
トリウンドトレッキング仲間④
許可を得てないけど、載せちゃった。
みんなイイ顔してるし、OKですよね?
一番下の写真だけ素顔公開じゃなくて申し訳ないけれど、
この写真、気に入ってるんで許して下さい。

短い滞在だったけど、このトレッキングがきっかけで、
このダラムサラに集まるたくさんの人と親しくさせて頂くことができた。
ここに集まっていた人たちは、1人1人がそれぞれのスタイルをしっかり持っていて、
ハッキリとした目的の無い旅を続けている僕の目には、すごく素敵に見えた。
もっともっとその輪に加わっていたい気持ちもあったけれど、
目的の無い僕がここで長居したとしても、ただの沈没になってしまう。
そうしたら、目的を持ってここに居る彼らとの距離は逆に離れてしまうかもしれない。
それは別れよりもずっと寂しいから、やっぱり行くことにした。

別れ際に、みんなが握手して笑顔で見送ってくれて、本当に嬉しかった。
ダラムサラで輝いて見えた彼らに負けないように、僕は僕の旅を楽しんで行こう。
その先に、また素敵な出会いがありますように!

オマケ。ベジタブルモモスープ。
ベジモモスープ@ダラムサラ
ダラムサラでちょっと人気のお店で食べてみた一品。
「モモ」はチベット料理の一つで、一般的には蒸したギョーザ。
これは、野菜入りモモのスープ入りバージョン。
こういう醤油色のスープで来たのはちょっと予想外だったけど、
酸味(黒酢かな?)が効いてるのでさっぱり感があった。
これはスパイシーなインド料理に食べ疲れた時には堪らない!
…と、まだ食べ疲れるほど食べてもいないのに癒されてしまった。

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旅日記-インド① | 22:55:48 | トラックバック(0) | コメント(2)
法王さま。
たぶん、僕が今までの人生で出会った人の中でも、最もすごい人の一人。

だけど、僕が拝見し、声を拝聴して感じたその人は、
本当は「雲の上の人」のはずなのに、
ずっと近くにいるような親しみを感じてしまう、そんな人だった。
穏やかさと温かさが全身から溢れているような人で、
時には愛嬌のある笑みを浮かべ、自然と場の空気を和ませてしまう。

彼の持つその雰囲気だけで、世界中の人が引き込まれてしまいそうな気がした。
(実際に今、世界中でたくさんの人に支持されているわけだが。)
そういう意味では、やっぱり「すごい人」なのだと思う。

僕がチベット文化圏を訪れた時に感じてきた、不思議な安らぎの感覚…、
その源流の一つは、この方にあったのかな?と思った。

以上、現チベット最高指導者 ― ダライ・ラマ14世に謁見した感想でした。

(こんな風に書いたら、チベット好きの皆さんに怒られちゃうかな?)

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旅日記-インド① | 21:50:08 | トラックバック(0) | コメント(0)
北西端からのスタート
今年8月、パキスタンのフンザ周辺にいた頃に、
「これから南下してインドへ向かう。」と言う人に何度か出会った。
その頃はインドビザも持っていなかったし、僕は元々の予定通り中国に戻ったわけだが、
一度はインドに程近い場所まで来ていたわけだ。
(…と言っても、パキスタンの北端に近いフンザからインド国境までは丸2日程かかるのだが…)

あれから約3ヶ月。
中国、ラオス、タイと、大回り道を経て、今ようやく「反対側」に辿り着いた。

遅延が多いと評判のエア・インディアであったが、
バンコクを9時に出た飛行機は、ほぼ定刻通りの昼過ぎにインドの首都・デリーへ到着した。
そして、その日のうちにアムリトサル行き夜行バスに乗り込んだのは、
上のような感慨に浸りつつ、
北東の端(厳密には端ではないが…)から気持ち良くインドの旅をスタートしたいなという、
単なる自己満足のためであった。我ながら、下らない話だとは思うが…。
(なお、まだほとんど何も見ていないデリーへは、近々また戻る予定。)

アムリトサルの町は、パキスタン国境まであと30kmの位置にある。
旧市街の広場を歩いていると、決まって乗合リキシャー(バイクタクシー)の客引きが、
「ワガ・ボーダー(国境の名前)?」と声を掛けてくる。
パキスタンに戻る予定の無い僕がそれに応じることは無かったが、
僕は一人勝手に、目的の「来たぞ~!感」に浸っていた。

さて、そんなどーでもいい目的は別にして、アムリトサルには元々来てみたいと思っていた。
この町で有名なのは、なんと言っても「黄金寺院」。
多彩な宗教が混在しているインドの中で、
ここはスィク教と呼ばれる宗教の最大の聖地なのだそうだ。

…と言っても、僕はまだインドに足を踏み入れたばかり。
多宗教の国・インドの実際をまだ見たわけでもなければ、
スィク教がどういったものなのかもよくわかっていない。
なんとなく、パッと見で目を引く美しさの黄金寺院を一目見てみようかという軽い動機であった。

町で買ったバンダナ(髪の毛を隠すため)を頭に巻き、裸足になって寺院へ入る。
これがスィク教の寺院参拝の最低限のマナーなのだそうで、
逆にそれさえ守れば、誰でも無料で参拝させて頂くことができる。

ヒヤリとした冷たさが気持ちいい大理石の床を進んでいくと、
すぐに目的の黄金寺院本堂が姿を現す。

聖なる池の中心に浮かぶ、黄金寺院本堂。
黄金寺院(昼ver.)@アムリトサル

外周も立派。
黄金寺院外周@アムリトサル

黄金寺院・夜バージョン。
黄金寺院(夜ver.)①@アムリトサル
黄金寺院(夜ver.)②@アムリトサル

それは確かに、期待通りに美しかった。
しかし、ここには煌く寺院そのものよりも心惹かれるものがあった。

それは、人々の祈る姿。
祈りの姿@アムリトサル

沐浴する人。
沐浴する人①@アムリトサル
沐浴する人②@アムリトサル
スィク教の男性(※あくまで主流派の話)は髪と髭を切らず、
頭にはターバンを巻き、腕輪を付けるのが基本スタイル。
僕が描いていた「インドっぽい」イメージってこんな感じだったけど、
インド最大宗派のヒンドゥー教ではなかったのだな~と、また一つ自分の無知を知った。
ちなみに、下の男性が頭に載せているのは短剣で、これもスィク教徒のアイテムの一つ。

祈ってるんですからね?決して眠っているわけではないですからね?
寝てません!@アムリトサル

ま、でも眠っちゃいけないなんてルールは無いか…。
池端で@アムリトサル

大理石の床に座り、しばしぼんやりと、一心に祈りを捧ぐ人々の姿を眺めていた。
どの国のどの宗教であっても、
それが全く知らない宗教の世界でも、いつも人が祈る姿は美しいんだな~と思う。
そして、人々が祈りを捧げるその場所もまた、美しく見えてくる。
黄金色の立派な寺院はより一層輝きを増すように感じてくるし、
それがたとえ無名の、どんなに小さくて寂れた場所であっても同じなんだよな~。
信仰心などまるで無いに等しい自分がそんな風に感じるのが、すごく不思議なんだけどね。

ただ、祈りのシーンを写真に収めるべきなのかどうかは、いつも悩むところだったりする。
どうしても、真っ直ぐにカメラを向けるのは気が引けてしまうのだけど、
でもやっぱり撮りたい時は、できるだけ遠くからズームをフル活用して、
極力邪魔にならないように撮らせて頂いております…。

この寺院では、参拝客のために食事が無料で振舞われている。
入口で盆とスプーンを受け取ったら奥の部屋に進み、
他の参拝客と共に列になって腰掛けてしばし待っていると、
チャパティ(薄焼きパン)とカレーを載せてもらえるのだが、
あまりにスピーディなので、カレーが飛び散る。(笑)

寺院の無料ターリー(インド式定食)。なかなか充実の内容。
無料ターリー@アムリトサル

こちらは参考。インド最初の食事となった、デリーのとある食堂のターリー。
初メシ@デリー
素朴な味のチャパティを食べていると、エジプトのホブス(パン)を思い出した。
インドのカレーは水っぽいと聞いていたけれど、ここはそうでもなかったな。
スパイスの聞いた味付けは、パキスタンで食べたそれを思い出した。
白っぽいのはヨーグルトで、スパイシーなカレーと混ぜてマイルドにするも良し、
食後の口直しにするも良しで、上手い取り合わせだなぁと思う。

食後は自分の盆を持って外へ出て、食器洗い係(?)の人に渡すだけ。
1日中、猛烈な勢いで盆を洗う音が辺りに響き続けていたのが印象的だった。
いったい、1日に何千人分の食事がここで提供されているんだろう…?

また、寺院の向かいには参拝客向けの巡礼宿があって、
外国人専用部屋まである上、なんとここも無料。(チェックアウト時にお布施を渡す。)
ただ、さすがに人気のため、外国人部屋もベッドが足りずに床で眠る人がいたし、
スィク教徒の宿泊客は、部屋にすら入れず外で寝ている人も多かった。

僕はここで1泊だけしたのだが、
ふと思い立って、翌朝にはまた別の町へ移動することにしてしまった。
インドに入って即の夜行移動で疲れもあったし、寺院の空気は大好きだし、
もう1日ぐらいはのんびりと寺院で過ごすのも悪くないと思っていたのに、
なぜか朝になって気分が変わったのだ。
強いて言えば、スィク教徒でもない自分が、この環境に長居するのに遠慮してしまったのかな。
何度でも自由に食べに行ける無料の食事も、結局一度だけに留めた。
(この辺は、日本人的感覚なのかもしれない…。)

アムリトサルを発つバスが出るお昼まで、朝の町を散歩した。
僕にとっては、ほとんど初めて歩くインドの町だ。

賑わい始める町。
賑わい始める町①@アムリトサル
賑わい始める町②@アムリトサル
賑わい始める町③@アムリトサル

2階からおはよう!
2Fからおはよう!@アムリトサル

スィク教おじさんのチャイ屋さん。
スィク教おじさんのチャイ屋さん@アムリトサル
インド式の甘~いミルクティーは、これまたパキスタン以来で懐かしくなった。

チャイ仲間。
チャイ仲間@アムリトサル

サイクルリキシャー(自転車タクシー)にも初めて乗った。
僕が選んだドライバーは、白髭を蓄えたおじいさん。
ちょっと太り傾向にある僕と荷物で、合わせて80~85kgになるだろうか。
おじいさんがその細い足でペダルを漕ぎ出すと、ギチリギチリと、重たそうな音が聞こえる。
黄金寺院の辺りからバスターミナルまでは約10分程だったか。
その間、最初から最後までずっと、おじいさんは「立ち漕ぎ」だった。
乗る前に約束した10ルピー(=約20円)を渡す時、
言い値の20ルピーを値切ってしまったことがなんだか空しく思えた。
(いちおう、相場は10ルピーぐらいらしいのだが…)
これだけ苦しい仕事で10ルピーだなんて…、と同情したわけじゃないよ。
力いっぱい漕ぐおじいさんの背中がカッコ良かったから、
いくら相場とは言え、その仕事振りに10ルピーは安過ぎたように感じたということ。
(今思えば、チップを渡せば良かったのか…。)
それでも、おじいさんは気持ちのいい笑顔で10ルピーを受け取り、
また次の客を求めてゆっくりと走り出して行った。
今日、彼は何人のお客さんをその足で運ぶのかな…?

リキシャーおじいさんの背中。
リキシャーおじいさんの背中@アムリトサル

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旅日記-インド① | 17:00:42 | トラックバック(0) | コメント(0)
再会は果たせるか?
北部山あいの町・メーサローンで泊まっていた宿で、
同じく旅行で来ていた1人のタイ人と知り合った。
名はプレチャさんといい、顔は若く見えるが、僕より少し若いぐらいの息子がいるおじさんだ。
かつて「スズキ」のバイク部門で働いていたという彼は、
10数年前に1年間日本にいたことがあるらしく、
それもあって日本人の僕を見て話しかけてくれたようだ。
今はだいぶ忘れてしまったらしいが、ほんの片言だけ日本語を喋る。

一緒にビールを飲み交わしながら僕の今後の旅の予定について話していたところ、
「バンコクへ来るなら、ウチへ遊びにおいで。」とお誘いを頂いた。
ちょうどこの頃は悶々モヤモヤモードに突入していた時で、
まさにこのような、何か面白いことが起こりそうなキッカケが欲しかったところだったので、
是非時間を作って遊びに行ってみようと思っていた。

プレチャさんの家は、バンコクの北隣であるパッタンターニーという町にあるらしい。
僕のメモ帳には、彼が英語とタイ語で綴ってくれた住所と電話番号がある。
「車で迎えに行くから、列車の駅に着いたら電話をくれればいい。」と彼は言っていたのだが、
恐らくこの電話番号を使うことは無いだろうなと僕は思っていた。
なぜって、彼の日本語レベル(英語は全くわからない様子)では、
電話で確実にコミュニケーションを取れる自信が無かったから。
もし行くとするならば、住所を頼りに自力で尋ね回って辿り着くしかないだろう。
もちろん、そこが面白そうだなと思っていたのだが…。

当初僕が考えた予定では、ピッサヌロークからバンコクへ南下する際に、
パッタンターニーへアクセスしやすい駅で途中下車して向かおうかと考えていた。
(その場合は、プレチャさん宅に1泊お世話になるつもりで。彼もその前提で誘ってくれていた。)
…が、これは変更を余儀無くされてしまう。
ピッサヌロークからは、また味を占めて3等鈍行列車に乗ったのだが、
これが予定より3時間も遅れ、昼過ぎにバンコク着の予定が夕方になってしまった。
いくらなんでも、その時間から辿り着けるかどうかもわからない場所を目指すのは不安だし、
仮に辿り着けたとしても、真っ暗になった頃にノコノコやって来てはさすがに迷惑だろう。

結局、この日(16日)は終点のフアランポーン駅まで乗ってバンコクに泊まった。
また、翌日(17日)はイケさんと会う約束があった(前回の記事参照)ので、バンコクに留まった。
19日バンコク発インド行きのフライトを予約済みであったため、
出直しリトライのチャンスは、18日が最後だった。
19日のフライトは午前中のため、当日は早朝のうちに確実に空港へ向かう必要があることを考え、
プレチャさん宅に泊まるのは諦め、日帰りでバンコクの宿へ戻るつもりで出掛けることにした。

「パッタンターニーへ行くには何番のバスに乗れば良いか?」
宿から程近いツーリストインフォメーションで聞いておいた情報通り、
まずは「33」番のバスに乗り込んだ。
車掌さんに運賃を渡した際に、すかさずメモ帳を開いて見せた。
(このために、英文字と合わせてタイ文字でも住所を書いておいてもらったのは正解だった。)
愛想の良い車掌さんは、次は「114」番のバスに乗り換えるよう教えてくれ、
丁寧に降車場所まで指示してくれた。

「114」のバスはすぐにやって来たが、これが例の無料バスだった。
何が困るって、無料故に、最も道を尋ねやすい車掌さんがいないのだ。
とりあえず、その辺の乗客を捉まえて尋ねてみると、
親切なお姉さんが、「522」番に乗り換えるよう教えてくれた。

「522」はエアコン付バスだったため、通常の窓全開オンボロバスよりも3倍近く運賃が高い。
(…と言うよりは、エアコン無しバスの運賃が安過ぎるのかな。)
けど、車掌さんがいるのは有難い。
この車掌さんは英語が全くわからなかったようで、
タイ語で書かれたメモの内容は理解してくれたが、
その後僕にどう指示をしていいのかしばし悩んでいるように見えた。
乗客の中に英語のできる人を探して回り、そのヘルパーさんを介して僕に伝えてくれたのだった。
で、今度は「543」番に乗りなさいと。
正直、そろそろ着くかと思ったのだが、まだ乗り換えるのか…。

「543」のバスを待っていたら、目の前を「114」のバスが通過していった。
つまり、「522」に乗り換えた意味無かった…?
まぁ仕方ないんだけどね。
恐らく「522」も「543」もパッタンターニーに行くには違いないのだろうけど、
パッタンターニーと言ってもかなり広いようだし、
「543」の方がより近くまで行けるということを、
たまたま乗った「522」のお姉さんが詳しく知っていたのだろう。
僕は目的地が東西南北どっちの方角なのかもわからない状態なので、
多少回り道をしたとしても、彼女らに託すのが無難だった。

「543」のバスの車掌さんの指示通りに停留所で降りると、
数台のバイクタクシーが屯していた。
彼らに住所を見せて尋ねてみると、あと2kmぐらいだと言う。おぉ、近いぞ!
教えてもらったのに申し訳なかったが、残りは歩いて行くことにした。

だいたい20分程歩いたところで、市場を発見。
小腹も空いたので、串物を2本買って、その店のおばちゃんに道を尋ねたところ、
ちょっと行き過ぎていたみたいだ。
少し戻ったところの交差点で再度尋ねると、これがドンピシャリ。
教えてもらってよく見ると、メモ帳にあるのと同じ名前の通りの表示がそこにあった。

長くまっすぐな通りには、両側にズラリと家が並んでいた。
有難いことに、各家のドア脇には番地が記された札が付いていたため、
あとはその番号を追って行くだけ!

メモ帳と一致する番地の家の玄関先には、おばちゃんが1人いた。
一瞬、間違えたか?と思ったが、
おばちゃんにメモを見せながら「プレチャさんに会いに来た」ことを伝えると、
そこが間違いなくプレチャさんの家であることが判明!
(後でわかったが、このおばちゃんがプレチャさんの奥さんだった。)

いやぁ~、なんとかなるもんだ。
もちろん、全ては親切に道を教えてくれた人たちのお陰なんだけど。

生憎プレチャさんは留守だったが、
ここでも隣の家のおばちゃんが親切にプレチャさんに電話を掛けてくれて、
1時間もすれば戻るとのことだったので、家で待たせてもらうことになった。
その間も、飲み物やフルーツを持って来てくれたり…、本当に心遣いが温かかった。

そしてそして、ようやくプレチャさんと再会!
メーサローンで会った時と変わらない、人懐こい笑顔で握手を交わしてくれた。

プレチャさんの家は、今は奥さんとの2人暮らし。
なのだが、家にはひっきり無しにご近所さんが遊びに来るので、
とても2人の家には思えない程に明るい笑いが絶えなかった。

僕はお言葉に甘えて夕飯をご馳走になって行くことにしたのだが、
夕飯もまた、ご近所さんを交えての賑やかな食卓となった。
ご近所団欒@パッタンターニー
外のガレージにゴザを敷いて、みんなで大皿を囲んで…、
この雰囲気、すっごく落ち着くよ。
今日は僕が来たから特別なのかと思ったら、
週に2回はこうしてみんなで集まって食事をしているんだって。

料理の方は、プレチャさん(一番左)の奥さん(左から2番目)の手作りで、
豚肉と野菜の炒め物に、魚のスープに、激辛野菜サラダに、甘辛ダレの煮玉子。
いずれも香辛料とナンプラー(魚醤)による、タイらしい味付けだった。
本当のタイの家庭料理を味わうのはこれが初めてだったけど、お世辞抜きに美味い!
調子に乗ってご飯を2回もおかわりさせて頂いてしまった☆
味そのものはもちろん、この食事の雰囲気がとにかく嬉しくて…。

やっぱり、本当ならば1日泊めて頂いて、
もっとゆっくりビールを飲み交わす時間を作りたかったな。

帰りは、バスの通る幹線道路まで車で送ってもらった。
「29」番のバスが、ここからバンコクのターミナル駅まで行くらしい。
そんな気はしてたけど、やはりもっと簡単に来れるルートがあったのね…。

別れ際に、「またタイへ来る時は、ウチへ遊びに来なさい。」と言ってくれたプレチャさん。
僕にも、帰って来たい場所が見つかった。

コープクンクラッ(=ありがとう)、きっとまたね!

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下調べもロクにせず、見どころらしい見どころもほとんど行かず、
僕はこれでタイの滞在を終えてしまうけれど、
なんだかんだで僕なりに楽しめたので、これで良かったかな~と思う。

当初は、インドの後にもう一度タイへ戻って来る予定で考えたけれど、
ルートの都合上、恐らく今回の旅ではもう戻らない可能性が高くなった。
今は、それが寂しいと感じている。
そう思えるだけ心に残るものができたということは、幸せなことなんだろうね。

さて、次はいよいよインド。
「いよいよ」と言うあたりに、ちょっと力が入っている。
今更何を身構えてるのか、自分でもよくわからないのだけど、
インドという国は、何かそれこそ常識破りの世界が待っていそうで、
ちょっぴり怖くもあり、そこが魅力的でもあり。

本当に幸運なことに、ここまで大きなトラブルも病気もほとんど無く来れたけれど、
このインドが鬼門になるんでしょ~か?

スタート(入国)はデリーから。
ではでは、行ってきます☆

------------------------------

…と、ここまでタイにいるうちに更新したかったのだけど、時間が足りなかった。
今日は19日、無事にインドに入国してこの記事を更新しています。

昼頃に着いて少し街を歩いたけれど…、本当にここはスゴイ…。
今まで感じたことの無いような、圧倒的なエネルギーに満ちていて、
ここを旅していくのは、相当の体力が要りそうだなぁと感じています。

まだまだこれからがスタートだけど、面白くなりそうな予感です!

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旅日記-タイ | 19:00:26 | トラックバック(0) | コメント(2)
大都会の昼と夜
1週間前に暑さで逃げ出したバンコクへ戻って来たが、
やはりこの町の暑さは異常なのだと思う。
例えるなら、夏の東京都心をさらにひどくしたような感じか。
凄まじい交通量と過剰な冷房(店の中など、冷え過ぎ)を見る限り、
この町は典型的な「ヒートアイランド」状態にあると見える。

都市交通(地下鉄や、スカイトレインと呼ばれる高架線列車)の整備も進められているのだが、
運賃設定が市内バスに比べると数倍になっており、
「庶民の足」と呼ぶには敷居が高過ぎる気がする。

一方、一部の市内バスに関しては、なんと無料で走っている!
僕は初め何も知らずに乗り込んだので、ちょっと焦った。
誰も運賃を払っているように見えないので、
事前に切符を買っておかなきゃいけないのか?
ヨーロッパのように、切符が無いのがバレたら罰金になる仕組みだったりするのか?
などと不安になり、他の乗客に混じって逃げるように降車したのだった。
後でネットで調べたところ、物価の急騰によって市民の生活が圧迫されているため、
救済措置として政府が始めた政策の一つなのだそうだ。
(最初の予定期間は過ぎているようだが、今も景気が回復しないので延長しているのかな。)

けど、個人的には「無料化」が賢いとは思えないなぁ…。
同じ路線で有料バスと無料バスの両方が走っていることもあり、
そうすると乗客はどうしても無料の方に集中(表示があるので見ればわかる)するのが普通。
また、バンコクのバスは、たとえ停留所にいてもこちらが手を挙げないと停まってくれないのだが、
無料バスに限って、時に手を挙げているのに停まってくれないことがあった。
運転手にしてみれば、乗せても乗せなくても同じなわけだから、そうなるんだろうな…。
「半額」ぐらいにしておけば良かったのに…と思ってしまう。
それに、この機に渋滞対策も含めて対応するのなら、
バスでなく地下鉄やスカイトレインの値下げを図った方が効果的だと思うんだけどな~。

さて、バンコクと聞くと、どうしても僕の中では夜の街のイメージが強かった。
もうご存知の通りで、騒がしい都市の夜を好む人間ではないのだが、
これもタイの一面を見るためと思い、街へ繰り出してみた。

タニヤ通りの夜。
タニヤナイト@バンコク
日本人向けの飲食店やクラブやズラリと並ぶことで有名な歓楽街。
怪しい勧誘も多いと聞いていたので、少し緊張気味に歩き出してみたのだが…、

誰も声を掛けてくれないってのも寂しいぞ?

そりゃさ、明らかに金持って無さそうな風貌なのはわかってるけどさ…。
まぁ、月曜日ということで活気が無かった部分もあるのだろうが…。
どっちにしろ今の僕にとって場違いな場所には違いないので、
この写真1枚撮ってさっさと退散したのであった。

カオサン通りの夜。
カオサンナイト@バンコク
ご存知、「バックパッカーの聖地」とまで称される、
アジアはもちろん世界でも最大級のツーリスト街。
遅ればせながら僕もこの地にやって来たわけだけど、特に感想は無いなぁ。
もし旅の初めにここへ来ていたら、もうちょっと違った感慨があったかも?

チャイナタウンの夜。
チャイナタウンナイト@バンコク
昼も夜も熱気でムンムンだった場所。
漢字のネオンが輝き、屋台の匂いで溢れ、
僕の中では、(まだ行ったことの無い)香港がこんなイメージだったりする。

このチャイナタウンへ、ある日本人の方と落ち合って食事に出掛けた。
チェンマイへ戻る際のバスで出会ったイケさんは、アジアの旅歴30年を超える超ベテランの旅人。
今は仕事も引退され、1年の約半分をアジアで過ごしているのだそうだ。
そんな方の案内で、チャイナタウン内の行きつけの店へ連れて行って頂いた。
賑わう交差点の屋台で食事を楽しんだ後は、
まさに地元の飲み屋といった風情の、路地裏の小さなカラオケ屋へ。
僕ら以外の客は、もちろんタイ人のみ。
隣席の常連オヤジと乾杯して笑い合ってみたり、
ずーっとマイクを手離さないオヤジの歌に、どこか日本の演歌に近い曲調を感じてみたり。
3軒目に訪れたロータリー隅の小さな屋台では、
隣席で娼婦(と思われる)2人を相手に何やら交渉に入っている若い兄ちゃんを横目に見つつ、
店のおばちゃんや常連客と笑顔を交わすイケさんを羨ましく見ていた。
旅先に、「居場所」と呼べるような、帰って来られる場所があることって、素敵だよなぁ…。

あんた、いつから仏教徒に…?
仏教に目覚めた男@バンコク

時間があったので、昼間も歩いてみた。(今度こそは、暑さに負けずに…)
まずは、列車でバンコクへ来た時に気になっていた場所へ。

バンコクのターミナルであるフアランポーン駅から、北へわずか1kmほど。
地元の人々にとって、そこは生活の香り漂う歩道でもあった。
歩道的線路①@バンコク
歩道的線路②@バンコク
歩道的線路③@バンコク
この周辺には、線路脇スレスレで営業している商店や食堂もあったり、
人一人がようやく通れる迷路のような路地があったり、
バンコクにおける「下町」と呼べるエリアがこの辺りなのかもしれない。

ところ変わって、こちらはバンコク北東部にある幹線通り沿いで発見。
ジャスコアフタヌーン@バンコク
JUSCOだけでなく、右下(下から2番目)にも注目!

60バーツ均一。
60バーツ均一@バンコク
今は1バーツ = 2.8円ぐらいだから、日本より少々割高の価格設定。
店に置かれていた商品は、日本の店舗と全く同じ。
恐らく、ほとんどは中国から直輸入してるのかな?
改めて見ると、その品揃えの豊富さに驚かされる…。
和柄の食器類などは、こちらの人にウケるんじゃないかな?

ちなみに、このJUSCOの隣には、フランス系大型スーパーの「カルフール」が並ぶ。
試しにビールの値段を比べてみたら、1~2バーツJUSCOの方が安かった☆
国が変わっても、庶民の味方!

頑張れ日本企業!
頑張る日本企業@バンコク

大都市の上と下。
大都会の上と下@バンコク
写真では「下」の方がちょっとわかりづらいかな…。
個人的には、これぞバンコクらしい「混在」の一面なんじゃないかな~と思った。

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旅日記-タイ | 18:40:35 | トラックバック(0) | コメント(0)
夜更かし後 ハスキーボイスに 目が覚めて
夜の宿探しは久々だ。
しかも、今回は地図も何もアテが無い。

とりあえずピッサヌロークの中心部にいるのは間違いないのだが、
意外に宿が見当たらなかった。
20分ほどウロウロして、ようやく1軒のゲストハウスを見つけたが、
キレイな内装だけど、値段を聞くと安宿と言うにはちょっと高かった。
夜とは言え、外は危ない雰囲気でも無いし、
もうちょい探してみるか~とその宿を出たところで、
誰かが「Jo!」と僕を呼んだ。(※相変わらず、旅先では「じょー」と名乗っております。)

来たばかりのこの町で僕の名前を知っているのは、もちろん彼女たちしかいない。
先程別れたばかりの、女子大生3人組だった。
「なんで僕がここにいるとわかったの?」と訊いたら、
もちろんわからなかったので、しばらく街中を探して走り回っていたらしい。
彼女達は、一度別れた後も僕のためにゲストハウスを探してくれていたらしく、
安い場所を見つけたから案内してくれるとのことだった。

なんという優しさ!
タイの女の子って、みんなこんなに優しいの?
だとしたら、タイの男は幸せだなぁ…。
「タイの女の子はカワイイ」とは聞いていたけど、
実際街を歩いていてもカワイイ人は多いし、
加えてこんなに優しいと来たら、日本人がデレデレする気持ちもわかる気がする。

彼女達が見つけてくれた宿は、確かに安かった。
ただ、正直言って今までタイで泊まった中でも部屋の質は最低レベルで、
昼間自分で見つけたとしたら恐らく泊まらなかっただろうと思ったが、
彼女達の好意を無駄にもできないので、今夜はここで落ち着くことにした。
時間も遅いし、まぁ寝るだけと思えば別に十分ではあった。

さすがにくたびれたので、今日は早く寝ようかと思っていたが、
僕がチェックインを済ませるまで待っていてくれた彼女達から一言。

「これから映画を観に行くんだけど、一緒に行かない?」

んなもん、断るわけが無いじゃないっすか!
またまた願っても無い展開に、すぐさま一気にテンションを上げ直す僕。
かくして、3対1の映画デート(?)へ、僕らは夜の街へと繰り出した。

Let's go to watch movie!
バイクでムービーへゴー@ピッサヌローク
ちなみに、3人の中ではこの子が一番英語が話せたので、一番話をしたのもこの子。

バイクで走ること約10分。
少し郊外に離れたところに、巨大なショッピングセンターがあった。
その中に、目的の映画館が入っているようだ。
郊外にシネコンの入った巨大ショッピングセンター…、まるで日本とそっくりだ。

ちらっと触れたが、チェンマイでも一度ショッピングセンターに入った。
スターバックスコーヒー、ミスタードーナツ、サーティーワンアイス、
この辺りは既にそこで見つけていて、タイで見かけたことにもさして驚きはしなかったのだが、
コレはちょっと意外だったので撮っておいた。
TSUTAYA@ピッサヌローク

映画館の入口はこちら。
シネコン@ピッサヌローク

間も無く上映開始というところで、観客全員が一斉に起立した。
初めは訳がわからなかったが、僕も周りに合わせて立ち上がる。
と同時に、勇壮な音楽と共に、スクリーンにタイ国王の映像が映し出された。
「タイの人々は王室に敬意を払う」とガイドブックにあったが、それを実感させられる一幕だった。
…けど、なぜ映画の前にわざわざそんな時間を取るのかは、よくわからない。

この日観るのは、「2012」という映画。
(調べてみたら、日本では12月公開らしい。最近の映画情報を全く知らないのだが、有名なの?)
ポスターを見たところ、ハリウッド系のハデなアクションかなと予想した僕は、
そのジャンルなら小難しい内容じゃないだろうし、
自分の英語力でも集中すればなんとか付いていけるかな?などと考えていた。

…が、ちょっと別の予想が僕の頭をよぎった。
それが見事的中。
彼女たちが選んだのは、タイ語吹替版だった。(笑)

幸い、1つ目の予想も当たって、
典型的なハリウッド作品のドハデなアクション満載のパニック映画だったので、
全く言葉は分からずとも大体のストーリーはわかって、それなりに楽しむことはできた。
(映画の内容そのものは大して面白くなかったかな…。いつもながら映像の迫力は凄かったが。)

個人的にこの映画の中で気になったのは、チベットの世界が登場したこと。
広大な雪山と平原の中にあるゴンパの風景などが映し出されたりして、
アレはどこで撮影したんだろうな~?なんて考えていた。

帰りもまた、バイクで宿まで送迎してくれた彼女達。
でも、今度こそはお別れだ。

「If you need any help, please call me.」

例の一番英語を話せた子が、そう言って携帯番号を書いたメモ紙を僕に渡してくれた。
日本だったら完全に勘違いしちゃう展開だな~と苦笑しつつ、
何度もお礼の言葉を繰り返しながら、夜の道を帰って行く彼女達を見送ったのだった。

だいぶ夜更かししたので、翌朝は遅くまでダラダラ寝ていようと思っていたのだが、
外がやけに騒がしく、まだ暗いうちに目が覚めてしまった。
そういえば、すぐ裏手に大きな市場を見かけたのを思い出した。
時計は5時。朝の早いタイでは、確かに朝市が始まる時間帯だった。

しかし、市場を行く人の声はともかくとして、
どこからか高音でオヤジの歌声が響いてくるのは何なんだ!?
いくら朝が早いって言っても、この時間からハスキーボイス全開で歌うか、普通!?

無視して眠ろうと思えば眠れなくもなかったが、せっかくなので見物に行ってみることにした。
特に、オヤジの正体は突き止めたかった。(笑)

朝も早よから大賑わい。
盛況日曜朝市①@ピッサヌローク
盛況日曜朝市②@ピッサヌローク
タイに来て、一番活気を感じた市場だったな~。
ちょうどこの日は日曜日だったから、いつも以上に盛況だったのかも。

市場内の食堂。
タイ式ロカンタ@ピッサヌローク
この形式を見ると、トルコのロカンタ(食堂)を思い出す。
指差しで注文すると、皿に盛ったご飯の上にぶっかけて出してくれる。

ニコニコ顔で豪快に切り捌く、肉屋のおばちゃん。
ニコニコ肉捌き@ピッサヌローク

照り焼きされちゃったブヒ!
照り焼きフェイス@ピッサヌローク

見つけた!音源はアンタか~!
音源@ピッサヌローク

食堂でメシも食って腹も膨れたので、もう少し足を伸ばして散歩することにした。
駅前の大通りまで来ると、何やら人でごった返している。
野次馬根性で覗いてみると…、うぉ?なんじゃこりゃ!?

坊さん大集合!
坊さん大集合!@ピッサヌローク

反対側には、観衆がぎっしり!
観客も大集合!@ピッサヌローク

詳しいことは聞けなかったのだが、
何やら全国からこの町に坊さんが集まる行事の日に、たまたま居合わせてしまったらしい。
それも朝8時には終わってしまうらしいので、
あのハスキーボイスで起こされなければ見逃していたかも。
これはオヤジに感謝せねば。

終了間際になると、会場は大托鉢大会(?)になった。
大托鉢大会(?)①@ピッサヌローク
大托鉢大会(?)②@ピッサヌローク
大托鉢大会(?)③@ピッサヌローク

米、惣菜、お菓子、インスタント食品…、
膨大な量の供え物が、次から次に坊さんらの鉢に納められていく。
あっと言う間に鉢は一杯に。

で、どうするかと言えば…、
溜まったらドサドサ@ピッサヌローク
中央に用意されている袋の中へドサドサと…。

僕はラオスのルアンパバーンで初めてこの托鉢を見たわけだが、
ラオスでもタイでも、規模の大小はあれど、
どの町でも朝になると日常に行われている光景のようで、僕も何度か目にしてきた。
しかしこの行為、坊さんにモノを与えることで徳が積まれると信じられているらしいが、
どうも僕にはピンと来ないんだよな…。
皆一生懸命手を合わせてモノを供えているけれど、
それに対して笑顔も挨拶も無い坊さん達が、何かすごく「偉そう」に見えてしまうのだ。
しかも、せっかく頂いたモノを目の前で袋にぶち込むって…。

チベット仏教の坊さん達は、町の人達とも近い距離にいるように感じて親しみを覚えたものだが、
こちらの仏教では、すごく遠い存在のようだ。

市場の横でも、こんな一幕が。
市場脇の一幕①@ピッサヌローク
お供え物を授けると、坊さんらがお経を読み上げてくれる。
手を合わせて有難く聞き入る人達を、僕はぼんやり眺めていた。

しかし、何十年も修行を積んだ坊さんを有難く拝むのならばまだしも、
市場脇の一幕②@ピッサヌローク
こんな小坊主にも手を合わせ頭を垂れる感覚は、やっぱり僕にはよくわからない。
でも、これが宗教なんだよなぁ…。

早起きしたせいでちょっと眠い。
次第に暑くなってきたし、日中は昼寝して日記を書いて部屋に篭る。
夕方、腹が空いた頃に再び外へ繰り出した。

町の西を流れる川に、ハウスボートが浮かんでいた。
川のお家@ピッサヌローク
水の上で暮らすのって、どんな気分なんだろう?
「地に足が着いていない」のって、なんだか落ち着かない気もするけど…。

暗くなれば、必ず町のどこかに夜市が開かれているのがこの国。
惣菜屋さんに…、
夜市の惣菜屋さん@ピッサヌローク

串焼き屋さんに…、
串焼き屋さん@ピッサヌローク

オムレツ屋さんなんてのも。
オムレツ屋さん@ピッサヌローク

選び放題の屋台からちょいちょいツマミを買い込み、夜風に吹かれてビールをグビッと。
…昼は暑さにダラけ、朝に夜に飲み食い放題。
僕はこの国に住んではいけないなと思った。確実にメタボ化してしまうっしょ…。

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旅日記-タイ | 01:30:40 | トラックバック(0) | コメント(2)
ローカル列車で行こう!
どこへ行って何をしようか?
相変わらず悶々としていたが、ひとまず用事を済ませるため、チェンマイまで戻って来た。

気ままな旅に用事も何も無いだろう?と思われそうだが、たまにはそういうこともあるのですよ。
目的地は在チェンマイ・インド領事館、用事とはズバリ、ビザの取得なり。

実は、強行移動中にチェンマイにやって来た日(月曜)の午前中に、ビザの申請を行っていた。
受取は申請日を含め5営業日後、すなわち同週の金曜日と、少々時間がかかるのだが、
インドビザの場合、申請中はパスポートを返却してくれるのが有難い。
この間チェンマイに滞在する必要が無くなるので、
僕は領事館で申請を終えたその足でバスターミナルへ直行し、
北のタートンへ向かった…というわけだ。

当初、インドビザは大使館のあるバンコクで取るつもりだった。
それも兼ねて先にバンコクへ行ったのだが…、
ごった返す人々のムンムンとした熱気に満ちた喧騒の世界は、
予想していたよりもずっと楽しそうではあった。…が、暑い!暑すぎる!
バンコクの場合も、申請中はパスポートが返却され自由に動き回れるのだが、
このクソ暑い地域をウロウロするよりは、
チェンマイを基点に北部の山沿いへ涼を求めに行こう…。
こうして、例の大移動が決行されたのだった。
ちなみに、バンコクではもう1つ、インド行き航空券の購入という用事もあったので、
その用事が片付いただけでも、わざわざ訪れた意味はあったので良しとした。

チェンマイのインド領事館へ向かった月曜日の朝のこと、
領事館が開くまでに少し時間があったので、腹ごしらえに大通り沿いの食堂に入った。
場所は鉄道駅のすぐそばで、事前に調べた通りなら、領事館まであと10分ほどのところだった。

向かいのテーブルに座っているおっちゃんと目が合った。
流暢な英語で、どこに行くのかと尋ねられたので、
ビザ取りのためにインド領事館へ行くところだと答えつつ、
「こっちの方だよね。もうすぐでしょ?」と、領事館のある(と僕が思っていた)方向を指差した。
すると、おっちゃんが慌てたように言った。
「インド領事館は移転したはずだ。そっちじゃ無いぞ!」

う、ウソぉ!?
…と驚きつつも、有り得ない話でもなかった。
事前にネットで調べた情報では、チェンマイのインド領事館は、
実際にここ数年で何度か移転しているらしい。
僕が調べた限りでは、2008年上旬頃の情報が最新で、
以降移転したという話は見つけられなかったので、
その情報に書かれていた場所が現在地と考えてやって来たのだが…。

おっちゃんの話に、店の兄ちゃんも頷いている。
イスタンブールの振り回し事件(→ こちら を参照)の再来かなこりゃ…などと思い出しつつ、
「そしたら、移転先を知ってたら教えてよ。」と彼らに頼んだ。
このおっちゃんはそこまでは知らないらしいのだが、
どうやら店の兄ちゃんの方が大体の場所がわかるようだ。
兄ちゃんの話を聞きながら、おっちゃんが簡単な地図を書いてくれた。
通りの名前や建物まで示してくれたおかげで、
僕の持っているガイドブックの地図と合わせると、大体の位置は掴めた。
それは、ここまで歩いて来た道と、まるで逆の方向だった。

しかし、せっかくあと10分の距離まで来ていたので、
僕は念のために、自分で調べて来た場所も確かめておこうと思った。
丁寧に地図まで作ってくれた彼らがウソを吐いているようにも見えないし、
別に疑うわけじゃないのだが、何かの間違いということもあるだろうと思った。

結果的に、この選択が当たった。
領事館は、僕が調べていた通りの場所にあったのだった。

インド領事館は、庭付きの小奇麗な家で、
入口でのパスポートチェックも荷物チェックも無く、見た目も実際も開放的だった。
訪れる人も少なく、領事館の人の対応も非常に丁寧。
…でも、かの噂に聞くインドだしな。
受取に行ってみたら、
「え、月曜に申請した?あれ、こんなところに紙が1枚忘れられてた~!
 週明けには渡すからもう1回来てね、テヘ☆」
…なんてこともあるのでは?と勝手にドキドキしていたが、
申請時も受取時も手続きは非常にスムーズだった。
(しかし、インドに対して実に失礼なイメージだな…)

さて、無事にインドビザは取れた。(というわけで、次は19日のフライトでインドへ!)
けどまだお昼前だ。何しよう?…と、振り出しに戻る。
チェンマイで見たいものも特になかったので、
どうせアテも無く散歩するなら、「あの地図の場所」まで行ってみようと考えた。
もちろん、申請の日にあの食堂で教えてもらった謎の場所のことである。

彼らが教えてくれた目印は3つ。
路地に入る前の大通りの名前と、大通りに面したショッピングセンターと、病院。
行ってみると、いずれも地図通りの場所に確かに存在した。
…が、領事館があると示された脇道がどうしても見つからない。
しばらくショッピングセンターを中心に付近をウロウロしてみたが、
インドの「イ」の字も見当たらなかった。
せめて、インドカレー店でも見つかれば面白いネタになると思ったんだけどな…。
結局この日は、ショッピングセンターの3階にあった日本語の本専門の本屋で、
「ONE PIECE」の最新刊を見つけてしまい、
猛烈に襲ってきた購買意欲をなんとか堪え、トボトボと宿に戻ったのだった。
(そんな店があることからして、チェンマイにはかなりの数の日本人が住んでるんだろうな。)

北部第一の都市だけあって、チェンマイの町はかなり大きいのだが、
バンコクのような喧騒があるわけでもなく、しかしのんびりした雰囲気があるわけでもなく、
滞在して散歩を楽しむには中途半端な場所に思えた。
ツーリストにとっては、あくまで北部の山あいや国境地帯の観光地を目指す基点の町なのだろう。

やりたいことも、行きたい場所も無くなってしまった。
バンコクはもう少し歩きたいとは思うが、あの暑さにはまだ戻りたくない…。
けど、これ以上チェンマイに居ても仕方が無い…。
悩んだ結果、バンコクとチェンマイの中間にあるピッサヌロークという町まで行ってみることにした。
何があるのかは全くわからない。
位置的には交通の要衝のような町で、何も無いかもしれないが、
ここでジッとしているよりはマシだと思った。

さて、行くのは決まったが、どうやって行こうか?
バンコクからチェンマイへ夜行で来た際は、旅行会社が運営するツーリストバスを利用した。
エアコン付のリクライニングシートで、それでいてローカルバス並に安い。
しかも、遠くにあるバスターミナルからではなく、ツーリストエリアから直接乗り込める。
条件的には利用しない手は無い便利さなのだが、できれば今後はもう使いたくないと思った。
ローカルの足があるなら、不便でも多少高くても、僕はそっちを利用したい。
なぜって、やっぱりその方が楽しいから。
予想もできない地元の人との出会いがあるかもしれないし、
たとえそれが無くても、ワクワクできるだけで嬉しいから。

移動手段は、列車に決めた。(やっと本題に入れる…、やれやれ。)
朝9:20発、バンコク行き各駅停車、3等(座席指定無し)。
実は、3等列車はこれが2回目になる。
タイに入国した日、ウボン・ラーチャターニーからバンコクまでの夜行が3等だった。
しかし、快速列車だったからなのか、3等でも座席指定があって、
ギュウギュウに押し込まれることも無く、周りも僕もすぐに爆睡モードに入ってしまった。
3等と聞いて、エジプトの時(→ こちら を参照)のような雰囲気を想像していた僕にとっては、
ちょっと肩透かしだったのである。

一方、チェンマイからバンコクへの路線はタイでも最も人気があると聞いていた。
たまたまバンコク滞在中に、以前この区間で3等乗車を体験した人に話を聞けたのだが、
座席指定も無かったし、2人掛けの椅子に3人以上座るのが当たり前で、
彼曰く「しんどかった。もう乗らない。」とのことだった。
そういう話を聞いてまた乗りたくなってしまう僕は、やっぱり「M」なんでしょ~か…?

しかし、30分前ぐらいにホームへ入ると、たった3両編成の列車がまだガラガラだった。
1両目と3両目は、いかにも3等らしいプラスチックのコチコチシートだったが、
なぜか2両目だけはクッション付き。(これで日本のJR普通列車のボックスシートレベルかな?)
2両目のボックス(4人分)1つを1人独占状態にして、
「2等より快適なんじゃないか…?」などと考えつつ、発車を待っていた。

3両編成の鈍行3等列車。チェンマイ駅にて。
3両編成3等列車@チェンマイ~ピッサヌローク

発車時間を過ぎたけど、まだ動かない列車。待ちぼうけ。
発車待ちぼうけ@チェンマイ~ピッサヌローク

列車は20分程遅れてチェンマイを発車した。
線路は幹線道路とも離れているせいか、なんとものどかな景色の中を列車は行く。
僕の旅は予定が変わりやすいので、
ついついいつでもすぐにチケットを買って乗り込めるバス移動に流れがちだけど、
やっぱり列車も好きだなぁ。
風景もそうだし、線路を揺らす音も好き。
それに、横並びで動きが取れないバスよりも、人々の表情をたくさん眺められるのが一番。
この日は空いているのをいいことに、時折車内をウロウロと動き回ってみた。
(結局、ピッサヌロークまでの間では席が埋まるほど混むことは無かったなぁ。)

コチコチシートの3両目。
コチコチシートの3両目@チェンマイ~ピッサヌローク

列車の最後尾。開放的!
開放的最後尾@チェンマイ~ピッサヌローク
手前に車掌さんが座っていたが、
僕が首に下げているカメラに気付くと、奥まで入ることをにこやかに了承してくれた。

まっすぐ!
まっすぐ!@チェンマイ~ピッサヌローク

自分の席に戻って来たら、物売りのお姉さま達が小休止中だった。
ひと休み@チェンマイ~ピッサヌローク

ガラガラを快適に。
ガラガラの車内で①@チェンマイ~ピッサヌローク
ガラガラの車内で②@チェンマイ~ピッサヌローク

大人だって眠たい。
ガラガラの車内で@チェンマイ~ピッサヌローク

じぃぃ~…。
じぃ~…@チェンマイ~ピッサヌローク

発車オーライ!
発車オーライ!@チェンマイ~ピッサヌローク

運転室もオープン!
開放的運転席@チェンマイ~ピッサヌローク
小さい子どもが遊びに入って来ちゃったりしないのかな?とちょっと心配になるけど、
これはいいなぁ~と思う。
こんなに近くで運転士さんを眺められたら、絶対憧れちゃうよ。
僕が子どもの頃だったら、ずーっと横で見入っていたに違いない。
(写真は、運転士さんの了承を得て撮っています。)

いつも列車は、子どもの夢を乗せて行く。
列車は子どもの夢を乗せて…@チェンマイ~ピッサヌローク

写真を撮ったりちょっとした会話を交わしたりで夢中になっていたら、
ふと、体が軽いことに気が付いた。

…あれ?バッグどこ行った?

大きいバックパックは網棚に載せてワイヤーロックで止めてあるのだが、
持ち歩いていたウエストポーチ兼ショルダーバッグ(2way)が、いつの間にか無い!
調子に乗ってウロウロ移動しては座ってを繰り返しているうちに、どこかの席に置き忘れたようだ。
幸い、1つ前に座っていた席に、バッグは置きっ放しになっていた。
僕の手元から離れていたのは、約5分ぐらいだっただろうか?
その間に1つ駅に停車しており、バッグを置いた向かいの席には別の客も座っていた。
「ほんの数秒目を離した隙に…」なんて話もよく耳にする中で、
無事手元に戻って来たのはかなり好運だったと言って良いのかもしれない。
いくらなんでも、気を抜き過ぎだ…。深く反省。

そんな緩さなので、ここまで何も盗られずに旅を続けられてるのは奇跡なのかもしれないが、
一方で、忘れたり落としたり、失くしたものは数知れない…。
旅立ち早々イスタンブールのネットカフェに、
デジカメのメモリーカードをパソコンに差し込むためのアダプターを忘れたのに始まり、
プラグ変換アダプター、Tシャツ、タオル、サングラス、筆記用具一式(2回)…etc。
貴重品を失くしていないのは幸いなのだが、
早くもボケて来てるんじゃないか!?と呆れるほどの忘れっぷり、なんとかならないものか…。

さて、列車はピッサヌロークへの到着予定時間を過ぎたが、まだ走り続けている。
どうせ遅れるのはわかっていたけれど、
車内案内も無いので、次に停車する駅がどこなのかがわからない。
僕が列車が駅に入る度にキョロキョロと忙しなく動き回っていると、

「Can I help you?」

可愛い声に僕が振り向くと、ニコニコと女の子が手招きしているではないか!
願ってもない、タイの現役女子大生(3人組)との交流がスタートした。

夕暮れ前の日差しに、負けずに眩しい笑顔たち。
眩しい女子大生トリオ@チェンマイ~ピッサヌローク

聞くと、彼女らも僕と同じピッサヌロークで降りるらしく、
これで降車駅を間違える心配は無くなったので一安心。
お互いの紹介をしたり、一緒に写真を撮ったり、しばらくはしゃいでいたら、
会話の流れで、「ピッサヌロークではどこに泊まるのか?」という話になったので、
「まだ決めてないよ。着いてからゲストハウスを探すつもり。」と正直に答える僕。

「それなら、私の家に泊まっていく?」

…な~んて展開になるわけはなかったが(笑)、
一緒に宿探しを手伝ってくれるという話になった。
ピッサヌロークの駅前にバイクを停めてあるらしい。
そう、まさかのタイの女の子とバイク2人乗り!である。(でも僕が後ろね。)
さらなる願ってもない展開に、1人完全に舞い上がる僕であった。

女子大生ライダーズ。
女子大生ライダーズ@ピッサヌローク
(右から2番目は、バイク駐輪場のおばちゃんね。)

しかし、列車が遅れたために、既に空は暗くなってきた。
僕はいつものように数軒宿を見て回ってから決める予定だったので、ちょっと時間がかかる。
そこまで彼女らに付き合わせるのは申し訳ないと思い、
安宿の集まっていそうなエリアまで送ってもらったところで、お別れすることにした。
もちろん、撮った写真を後で送るという約束で、
ちゃっかりメアドを交換したことは言うまでも無い。

いやはや、確かに予期せぬ出会いを期待して乗り込んだ3等列車の旅だったけど、
ここまで楽しめるとは思ってなかった。
昨日まで悶々としていたのがウソのような晴れやかな気分で、
夜市で賑わうピッサヌロークの街へと宿探しに繰り出して行った。

…が、この長~い1日はまだ終わってはいなかった。
(長くなり過ぎるので、次回へ続く!)

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旅日記-タイ | 23:50:23 | トラックバック(0) | コメント(0)
茶を啜りつつ悶々と…
東の果てにあるラオスとの国境(チョーン・メックという町)からタイに入国して4日後、
僕は北の果てのミャンマーとの国境にも程近い、山あいの田舎町に来ていた。

朝早くにタイへ入国した初日は、
バスを乗り継いでウボン・ラーチャターニーという町まで移動し、
さらにこの日のうちにバンコク行きの夜行列車に飛び乗って13時間。
バンコクで1泊した後、翌日の夜行バスで北部一の都市であるチェンマイへ。
早朝到着したチェンマイでは、続いて昼発のローカルバスに乗り換えてさらに北上すること4時間、
タートンという小さな町に着いたところで1泊。
そして翌日朝に乗合ワゴンに乗り込み、山あいの田舎町ことメーサローンに到着…、と。

何故こんな強行移動を決行するに至ったのか、詳細はまた次回の記事で書くことにしよう…。

バンコク滞在中に、たまたまタイのガイドブックを手にする機会があって、
メーサローンという町の存在はそこで初めて知った。
「標高1,400mに位置する涼しい気候」、
「少数民族の村が個人でトレッキングできる範囲に点在」、
といった文句に惹かれた次第である。

そのガイドブックの情報によると、
かつて第二次大戦後の内戦で、中国共産党に敗れて国を追われた中国国民党軍のうち、
台湾へ逃れられなかった部隊(主に雲南省にいた者たち)が、
ミャンマーを経てタイ北部の地に住み着くこととなった。
このため、タイ北部には中国文化が残る町や村が点在しており、
このメーサローンもその1つなのだそうで。

例えば、町の入口。
漢字でメーサローン
メーサローンに漢字を当てて、「美斯楽(メイスーラ)」。(門構えも中国風だね。)
こんな感じで、町の各所で中国語の書かれた看板をたくさん見かけた。

町を歩いていても、元中国人と思しき人々らが中国語で会話しているのを耳にしたりする。
また、元中国人でなくても、片言の普通語を話せる人が多いようだった。
食堂に入って、どう英単語とジェスチャー注文しようか(タイ語はさっぱりなので…)考えていると、
流暢な普通語で、「何にするんだ?○○か?××もあるぞ?」と訊かれてしまった。
僕の頭はもうとっくに中国語モードではなくなっているので、
いきなりそう来られると焦ってしまい…、舌がもつれまくった。

そんなこの町の名産は、お茶。
丘の地形を利用して中国茶の栽培が行われている。

茶畑の風景。
段々茶畑①@メーサローン
段々茶畑②@メーサローン
段々茶畑③@メーサローン

こんなモニュメントも…。
飲茶モニュメント@メーサローン

さてさて、僕は別に久々の中国の雰囲気に浸りたくてここに来たわけじゃなかったはず。
そう、涼しい気候の中でトレッキング!
…のはずだったが、全然涼しくな~い!
上に写真を載せた町の入口の門のところにデジタル温度計があるのだが、
昼は30度を軽く超えてましたがな…。(さすがに夜は涼しくなって快適だったけど。)
それでも、歩きには行った。
行程の半分近くを休憩に要する、超スローペースで。
トレッキングと言うよりは、散歩レベルの優しい道だったのが救いかな…。

ガイドブックの情報通り、少数民族の村は道中何ヶ所も見つけることができた。
でも、何だろう?なんだかピンと来ない。
彼らが身に纏っている服装は、たしかに特徴的なものもあった。
でも、市場を歩いても農村を歩いても、
その生活スタイルの特徴だとか違いってものが、僕には見えて来なかった。
僕は何となく、「少数民族」って言葉に惹かれてしまっていて、
彼らがこの国にあって何か特殊な生活スタイルや文化を持っているのだろうと、
勝手な期待を抱いていた。
でも、じゃあ僕がタイの「多数民族」を知っているかと言えば、まだ何も見てないんだよな。
それなのに、何が違うも同じも見えてくるわけがなかった。

…と考えたのが一つ。
もう一つは、旅が長くなってきて、元々鈍めである僕の感性がさらに鈍りきってしまい、
見るべきものを見過ごしてしまっているんじゃないか?ということ。
時々リフレッシュを挟みつつ、ごまかしごまかしここまで来たけれど、
やはり旅の初めと比べ、周りで起こる色んなことに鈍感になってるのは間違いない気がする…。
(半分ぐらいは、暑さのせいだと思いたいのだけど…)

例えば、こんなこともあったな。
東南アジアに来てからというもの、
夜になると、宿の壁を這い回る「ヤモリ」を頻繁に見かけるようになったのだが、
そういえば僕は、今まで生きてきてヤモリに出会ったことなどなかったはずだ。
旅を始めて間もない頃だったら…、
「で、出た~!噂のヤモリちゃん出た~!気持ち悪い~!部屋に入って来たら寝られない~!」
などとビビリまくり、恐る恐る扉を開け閉めした上、
壁や天井を入念にチェックしてから布団に潜り込む自分がいたかもしれない。
それが、初めて見た時でさえ「あぁ、ヤモリか…」ぐらいにしか思っておらず、
「あれ?そういえばヤモリって見たことあったっけ?」と後日気付く始末。
思いっ切り良い方向に解釈するなら、
何にも動じない逞しさが身に付いてきたってことなのかもしれないが、
無感動な人間になってしまった気がして、ちょっとショックだったな…。

話を戻して、さらにもう一つ考えた。
これは仮の話だけど、もしタイの他の地域を先に見ていたとしても、
少数民族の暮らしって、僕が思うほど違う世界ではなかったのかもしれない、と。
「たくさんの違いに出会う」ことを目的にこの旅を始めたけれど、
最近は、「違い」に拘り過ぎず、「同じ」と感じたらそれでもいいし、それも面白い気がしてきた。
特にアジアでは、人の顔付きでも食事でも、日本と「同じ」か非常に近いものがたくさん見つかる。

ちなみにだが、今まで歩いてきた中で、
逆に最も日本の感覚から遠い世界だなぁと感じてるのは、中東のイスラム圏。
けど、その中でも、彼らもやっぱり「同じ」なんだなぁと感じさせられることもあった。

豚肉を食べずに羊肉を食べてたって、食べるってことは「同じ」。
トイレで紙を使わなくたって、用を足すってことは「同じ」。
ケータイに並ぶ文字や数字が違ったって、電話をするってことは「同じ」。
顔付きや肌の色が違ったって、遊び回る子どもの笑顔は「同じ」。
そりゃそうか。「同じ」人間なんだもんなって。(なんか極論みたいだけど…)

何より、「同じ」を感じた瞬間って、なんだか嬉しいんだよな。

…えーと、脱線したせいで何が言いたいのかわからなくなってきたぞ。
要するにだ、僕の感性は実際鈍りきっているかもしれないし、
結果的に明らかな「違い」など見えて来ないのかもしれないけれど、
だから焦って一気に端まで攻め込もうとするんじゃなく、
タイって国をもっとじっくり見てみなきゃなって思ったんだ、うん。
その結果、今の僕が素直に感じられたことを大切にすればいいのだ、きっと。

名産のお茶を啜りながら、宿のテラスでそんなことを悶々と考えていた僕。
さて…、じゃあ次はどこへ行くのが良いだろう?
完全に下調べ不足の自分が悪いのだが、
タイに関しては本当に行き当たりばったりなんだよな…。やれやれ。

宿で淹れてくれたサービス烏龍茶。
あったかウーロン@メーサローン
こんなところで美味いウーロンが飲めるとは…、あぁ落ち着く♪

いちおう、少しだけ撮った散歩中の写真も。
悶々としたまま歩いてると、自分でも何を撮りたいのかよくわからなくなるんだよな…。

朝市の様子。
朝市@メーサローン

売り物をつまみ食い中…。
つまみ食い@メーサローン

丘の上の豪華ストゥーパ。
ゴールデンストゥーパ再び@メーサローン

生活感たっぷり。
生活感たっぷりハウス@メーサローン

小さな狙撃手たち。
パチンコ少年ズ@メーサローン
そういえば、自分はパチンコ遊びってしたことなかったなぁ…。

いい夢見てる?
いい夢見てる?@メーサローン

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旅日記-タイ | 17:15:23 | トラックバック(0) | コメント(4)
山好きの島滞在
これまで訪れてきた場所を見てもわかるように、
「海か山か?」と聞かれたら、僕は迷い無く「山!」と答える人間なのだが、
「島か山か?」と聞かれると迷ってしまうぐらい、島が好きだったりする。
(島にも山はあるわけだから、島と山を比べるのは変かもしれないが…)

ラオスの南端、カンボジアとの国境近くに、大小数千の島が点在するエリアがある。
ただし、島と言っても海に浮かぶ島ではなく(ラオスに海は無い)、
正確には、大河メコンに浮かぶ「中洲」のことなのだが、
海の島だろうが川の島だろうが「本土」から離れた島ならではの雰囲気があればそれで良し。

僕が訪れたデット島は、歩いて1周しても2時間足らずの小さな島なのだが、
近年旅行者に人気を集めているようで、
船着場の周辺にはバンガロー風の宿がズラリと並んでいた。
メコンに面した部屋のテラスでハンモックに揺られ、
緩やかな流れを眺めながら柔らかい風に吹かれ、うとうと…。
…って、これじゃまたサワンナケートの二の舞になってしまうではないか!
(それはそれで気に入ってる過ごし方なんだけど。)

幸い(?)デット島では少々曇りがちだったため、
日射にクラクラすることも無く快適に散歩に出掛けることができた。

島を貫く一本道で。
島を貫く一本道で@デット島

登下校の時間。
登下校の時間①@デット島
登下校の時間②デット島

ゴム跳び。
ゴム跳び①デット島
ゴム跳び②@デット島

その見物人。
ゴム跳び見学@デット島

裸の少年、どこへ行く?
裸の少年、どこへ行く?

ファイティングポーズ。
ファイティングポーズ@デット島

収穫シーズン。
収穫シーズン@デット島

典型的なラオス農家の図。
ザ・ハウスオブラオス@デット島

こちらは典型的なダメ豚の図。
ダメ豚の図@デット島
これは朝撮ったのだけど、夕方再び通りがかった時も全く同じ体勢で寝そべってた。
翌日、ようやく動いてるのを見たと思ったら、食事中…。

小池に一輪花。
池に咲く一輪花@デット島

モース探究家の影響?
モースじゃなくてバタフライ@デット島
でもこれは、分類的には「バタフライ」かな。

ただの木と、キレイな空と。
ただの木①@デット島
ただの木②@デット島
ただの木③@デット島

雄大、緩やかなるメコンのイメージ。
緩やかイメージ@デット島

この島でちょっと困ったのは食事。
屋台など無いからいつものように惣菜を買って食べることもできないので、
仕方なく宿が兼ねているレストランを利用することになるのだが、
やはり主に欧米の旅行者向けのメニューになっていて、
ラオス料理らしきものがほとんど見当たらない。
「なんでラオス料理のメニューを置かないのか?」と、宿のおばちゃんに尋ねてみた。
おばちゃん曰く、「ラオスの料理はスパイシーだから…」と、
要するに僕ら旅行者の口には合わないだろうと思っているようだ。
そりゃ激辛はちょっとツラいものがあるけども、
僕が食べてきた屋台メシの中には、辛くない料理もたくさん見つけることができた。
ルアンパバーンでは、一皿5,000Kip(=約55円)で盛り放題のビュッフェ形式の屋台があって、
そこはノンスパイシーのラオス料理を取り揃えて、欧米人もたくさんやって来ていた。
なかなか現地のメシに馴染もうとしない欧米人も多いようだけど、
実はどこでどうトライしていいかわからない人も多いんじゃないかなぁ?
ラオス料理、もっと自信を持って提供してくれてもいいと思うのだけど…。

そんな中で選び出したメニュー。
生春巻き&カオニャオ@デット島
生春巻き&カオニャオ(モチ米)。
ライスペーパーはラオスでも時々見かけるけど、本場はやっぱりベトナムなのかな?
シャキッとした野菜がいっぱい詰まってて、自分もシャキッとした(気がする)。

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ラオスは、今までに行ったどの国よりも旅しやすい国だと思った。
特に北部の主要な町には必ずツーリストエリアが存在して、
宿もレストランもツアー会社もネット屋も簡単に見つけることができる。
観光地化が進められたのが比較的近年だからなのか、
とにかく宿の質は高くて快適だし、それでいて値段も周辺諸国と変わらない水準(らしい)。
宿やツアー会社ではバスチケットの手配もしてくれるし、
場合によってはバスターミナルまでの送迎まで請け負ってくれる。(もちろん英語OK)
僕はあえてそのサービスは利用せず、
自分でバスターミナルへ行って地元の客向けのローカルバスを使っていたが、
バスターミナルの窓口にも必ず英語の話せる人がいて丁寧に対応してくれたし、
ローカルバスやトゥクトゥク(荷台に客を乗せて運ぶ3輪 or バイクのタクシー)の運ちゃんでさえ、
片言の英語を話す人がたくさんいたのには驚いた。

一方で、ある面では旅しづらい国だとも思う。
と言うのは、ガイドブックに載っていないような小さな町を訪れようと思うと、非常に難しいからだ。
観光地にもなっているような主要な町を結ぶ路線以外に関しては、
まだまだ公共交通が未発達である。
また、例えば中国のように「地元の人向けの宿」がほとんど存在しないため、
幹線道路上であっても、観光地化されていない小さな町に滞在することは難しく、
それこそ誰か個人の家に泊めて頂くような手段を取るしかなさそうに見える。
バス移動の途中で、素朴な田舎町の風景を目にするたび、
途中下車したくなることが何度もあったのだが…。

ツーリストエリアで自転車を借りて、未舗装道を奥の方まで走って行くと、
店で貰った地図のさらに先へ、山とジャングルの世界に向かって細い道が続いていたりする。
この先にも、住んでいる人がいるのか…。
現在ラオスで働いている日本人の方に聞いた話なのだが、
ラオス政府によって山奥へ派遣された6人ほどの調査小隊が、
後日全員死体となって見つかった事件がわりと最近に起きているらしい。
この国には地図にも載らない秘境と呼べる場所がまだまだ残っていると思われるが、
そこは今も狩猟民族の暮らす世界で、一般人が安易に踏み込める場所ではないようだ。

さて、僕は北の端の中国国境から南の端のカンボジア国境の手前まで来たけれど、
結局、一般の旅行者が通るルートをなぞって来ただけだった。
そう考えると、「轍なき散歩道」って感じが無いし、何か物足りなく感じてしまう。
ラオスのノービザ滞在期間の15日が切れるまで、もう1日余裕があった。
翌日の夜までにパクセー(デット島に来る際に乗り継ぎに寄った町)へ戻って1泊し、
翌々日の朝イチでラオスを発つ予定だった。
当初はその1日もデット島で過ごす予定だったのだが、
ハンモックに揺られてのんびりしているのも良かったけれど、
最後にもう一つ刺激を求めて、1日早く切り上げて島を出ることにした。

デット島からボートで本土に戻ったところに小さな町があって、
来た時に1軒ゲストハウスがあるのを確認していた。
この町は旅行者もみんな素通りだし、雰囲気も素朴で悪くないのだが、
そのゲストハウスを覗きに行ってみたところ、
あまりにもスタッフのやる気が無く、泊まる気になれず…。
部屋の良し悪しや値段も大事だけど、個人的には「宿の人」も大事なポイントだと思うんだよな。

パクセーに戻るにはこの町でミニバスを捕まえれば良いのだが、
そこそこ大きな町であるパクセーよりは、どこか田舎の町でもう1泊したかった。
ここまでの道沿いにいくつか小さな町があったのを覚えていたので、
どこか宿を探しながらぶらぶら歩いてみることに。

いくつかの雰囲気の良さげな町を訪ねたが、しかし宿が見つからない。
そんな気はしていたけれど、本当に無いんだな…。
昼の12時ぐらいに歩き出したのに、17時を回って、もうじき日が暮れる。
この時間になると、もうパクセー行きのミニバスも走って来ない。
…ちょっと気まずくなってきたぞ。
最後に、まだ明るいうちに1つ町を見つけた。
これ以上、暗くなってから歩き続けるのはさすがに危険に思えた。
もし泊まるならば、ここしかない。
…が、願いも空しく、この町にも宿は無かった。

うーむ、刺激を求めていたとはいえ、本当に久々に追い込まれてしまった。
選択肢の一つとしてまず野宿が浮かんだが、
芝生はどこにでもあるとは言え、
蚊も含めて虫がウヨウヨいるこの辺りでは、あまりよろしい選択とは言えない。
それ以上に、怖いのは犬だ。夜中に襲われたらシャレにならん。
どなたかの家に泊めて頂けたら最高だなとも思ったが、
事前に親しくなって泊めてもらうならまだしも、
外国人旅行者がこんな遅い時間にいきなりやってきた挙句、
「泊めて下さい!」と言って泣きつくのはいくらなんでも身勝手過ぎるなと思った。
…考えた結果、最悪は野宿を覚悟で、
まだ車の通りがあるうちに久々のヒッチにトライしてみることに。

運良く、2台目に通りがかった車が停まってくれた。
カンボジアへ客を連れて行った帰りのツアーバスで、
ツアー会社のスタッフであるドライバーと助手の2人は共に英語もバッチリ。
パクセーの中心部にある彼らのオフィスまで、
無事に連れて行ってもらうことができたのだった。

どこか田舎の町でもう1泊という狙いは外してしまったけれど、
宿を求めて歩いている最中にたくさんの人と挨拶を交わせたし、
完全に言葉の通じない中で、道や宿の場所を尋ねてやり取りをしたのも久々だった気がする。
自分でも何やってんだろう?って1日だったが、
ちょっとした(いや、十分か?)刺激は楽しめたし、結果オーライということで。

この夜、僕は久々に夢を「見なかった」。

宿探しの道すがら、出会った人たち。
宿探しの道すがら@デット島周辺

パクセーにて、お別れの夕陽。
お別れの夕陽@パクセー
もう何回か見ているから今日はいいかなと思っていても、
この時間になるとつい、メコンの方に足が向いてしまう。
完全に日が沈むまで、1時間ぐらい河辺に座っていたかなぁ。

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色んなところで、妙に親しみを感じることの多かったラオス。
人や食べ物もそうだけど、もう1つ。

ラオス語で「日本」を何と言うか、知っている人もいるかな?
「ジャパン」でも「ジャポン」でも「ヤバーン」でもなく、

「ニッポン」。

明日は、タイへ入国します!

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旅日記-ラオス | 14:25:41 | トラックバック(0) | コメント(3)
クラクラバテバテでグデグデダラダラ
ラオスに来てから、いや、正確には中国の景洪に入った頃から、
体が重たく感じることが多い。

…また太った!?
いやいやそうじゃなくて(それもあるかもしれないけど…)、原因は暑さ。
「今日こそは張り切って歩くぞ!」って思っても、
昼のクラクラしそうな日射を浴びると、途端にグデグデモードになってしまう。

サワンナケートで泊まった宿の2階のラウンジは、
風通し抜群の空間にゴザが敷かれ枕がおかれ、
暑い日中に横になってダラダラするには最高の環境になっていた。
「暑い」というだけで体が疲れているようで、寝ても寝てもまだ眠れる…。
ただ、寝ている割には疲れが取れてない。
普段あまり見ない夢を最近やたらと覚えているのは、眠りが浅いってことかな…?

しかし、情けない。
この旅に出てだいぶ体力が付いた気でいたけど、こうもイチコロに暑さでやられてしまうとは。
東南アジアの本格的な暑期に比べれば、まだ今は過ごしやすいシーズンのはずなのに…。
裸足で元気に走り回っている現地の子どもたちを見ていると、
やっぱり歳を取っているのかなぁと感じてしまう。

…って、いかんいかん!
ついこの前、元気に歳を取る宣言をしたばかりなのに、老け込んでどうする!

多くの旅行者はラオス北部に集中するようで、
南部に位置するサワンナケートまで来ると、街で旅行者を見かける回数もグッと減った。
まず、今まで訪れた町のようにツーリストエリアと呼べる場所が無くて、
安宿も町の方々に散らばっているようだった。
ここもまた何も無いっちゃ何も無いわけだが、
庶民的な雰囲気に浸るなら悪くない場所かもしれない。

ちなみに、サワンナケートはラオス第二の都市らしいのだが…、
ビルと呼べるものは見当たらないし、少なくとも「都市」ではなかったな。
その前に乗り継ぎで立ち寄った首都・ビエンチャンは、思っていたより大きな町だった。
「これが首都!?」って驚くほど小さい町だと聞いてたので、どんなもんかと思ってたけど、
まぁ確かに首都としては小ぢんまりしているとは言え、
日本の地方の県庁所在地ぐらいの規模はあるんじゃないかな?

昼間ダラけきっていたサワンナケートでは、夕方以降にちょこっと写真撮っただけ。
今度こそたっぷり写真撮ろうと張り切ってたのに…。

メコンの夕暮れ、再び。1日目。
メコンの夕陽①@サワンナケート

こちらは2日目。
メコンの夕陽②@サワンナケート
前日より霞がかっててぼんやりだけど、これはこれで好きだな。
なお、対岸に見えているシルエットは、お隣タイの町です。

緩やかな流れに暮れる夕陽をぼーっと眺めていると、
何もしてない1日だったのに、それだけで満足しちゃったり。
ラオスの過ごし方は、案外これで良いのかもしれない。

夕焼け見物、特等席。
夕焼けボート@サワンナケート

仏教国の教会。これもフランス統治下の名残かな?
夕色に染まる教会@サワンナケート

謎の球体。さて、何でしょう?
謎の球体①@サワンナケート
謎の球体②@サワンナケート
謎の球体③@サワンナケート

答え : メコンの夕陽(2日目)。設定を色々変えて撮ったらこうなった。

では、こっちはどうでしょ?
コア@デット島
ボム@デット島

答え。
フルムーン@デット島

こういうのを「カメラ遊び」っていうのかな?
時に、人間の目とは全く違う景色を見ているカメラの目。改めて面白いな~と思った。

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旅日記-ラオス | 13:30:37 | トラックバック(0) | コメント(0)

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