■プロフィール

joplus

Author:joplus
「もっと世界を見てみたい!」
という単純な理由で、
世界経済危機をものともせず…
否、ただ歯止めがかけられず、
会社を辞めて旅に出た浅はかな男。

でも、いつ終わるかわからない人生、
やりたいことをやりたい時に、
楽しめるだけ楽しまないと♪
…と、勝手に開き直ってる若造です。

たくさんの「違い」に出会うため、
風と気の向くままに歩き回ります。
キーワードは、「自然体」。
できるだけナチュラルな心で、
「違い」で溢れた世界に浸って来たいと思います。

(画像 : photo by たびかめ氏)

■最新記事
■最新コメント
■最新トラックバック

■カテゴリ
■月別アーカイブ
■RSSリンクの表示
■リンク
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | --:--:--
最南端のゴール
海が見えたぁ~!!

ものすごく久々のような気がしたので振り返ってみたら、本当に久々だった。
実にヨーロッパ以来、半年以上振りに見る海!
心地良い潮風には、懐かしさすら感じる…。

南インドの、その南の端に位置する町・カニャークマリ。
つまり、ここはインド亜大陸の最南端。
そう、あの逆三角形型をしたインド地図の、一番下の先っちょ。
東に海(ベンガル湾)、南にも海(インド洋)、西にも海(アラビア海)!なのだ。

青に囲まれる、ヴィヴェーカーナンダ岩。
青に囲まれた岩@カニャークマリ
ヴィヴェーカーナンダとは、どーんと立っている像のモデルの方の名前。
ここは、有名なヒンドゥー教の宗教家である彼が、瞑想に耽った場所なのだそうだ。

ここカニャークマリもまた、ヒンドゥー教の聖地の1つ。
人々は最南端の海岸で東の海から昇る太陽を待ち、
日の出と共に清らか(本当にキレイ)な海水で沐浴をする。

太陽を待ち侘びる人々。
光を待つ人々①@カニャークマリ
光を待つ人々②@カニャークマリ
光を待つ人々③@カニャークマリ

海岸周辺に、数千人は詰めかけていたと思う。
ここは本当に小さな町なのだが、どこからそんな大量の人が現れるのか…?不思議だ。

ヴィヴェーカーナンダさんも待っている?
朝を待つヴィヴェーカーナンダさん@カニャークマリ

そして、光がやって来た…!
ある1日の始まり①@カニャークマリ
ある1日の始まり②@カニャークマリ

低い雲からようやくチラリと顔を出した赤い陽は、
その光を待ち侘びていた人々の歓声と拍手で迎えられた。
清らかな大海原より、また新たな1日を届けに昇って来たお天道様。
その偉大なる恵みに感謝する。
ヒンドゥー教徒でない僕でも、その喜びは感じることができた。

そして、沐浴が始まる。
夜明けの海水沐浴①@カニャークマリ
夜明けの海水沐浴②@カニャークマリ

実は、こんなに賑やかなんだけど…。
集団沐浴@カニャークマリ

陽が昇りきった頃には、沐浴場は海水浴場に?(今回は、オールパパラッチで。)
海水浴タイム①@カニャークマリ
海水浴タイム②@カニャークマリ
海水浴タイム③@カニャークマリ
海水浴タイム④@カニャークマリ
大人も子どもも、無邪気そのもの。
その純粋な喜びの表情を見ていると、なんだかホッとさせられた。

真っ白教会。
真っ白教会@カニャークマリ
空の青とのコントラストが最高。
もうちょっと高い位置から見下ろせれば、この裏に迫る海の青も同時に眺められるんだけどな~。

特に南インドの西部にかけては、
歴史的にヨーロッパとの交易が盛んだったため、キリスト教徒も多いそうだ。
かの大航海時代と呼ばれる時代に、
ポルトガルのヴァスコ・ダ・ガマさんがインド航路を開拓したのは有名ですな。
彼が到達したのが、アラビア海沿岸にあるカリカットという町(マイソールから約100km南西)だそうだ。

そして夕方、太陽が西の海へと向かって傾き始めると、
再び大勢の人々が海岸に集まり、消え行く光を見届ける。

もう定番(?)のシルエットフォト。
夕暮れシルエットタイム@カニャークマリ

最後の輝き。
ある1日の終わり①@カニャークマリ

水平線へ消える、オレンジボール。
ある1日の終わり②@カニャークマリ
ある1日の終わり③@カニャークマリ
今日も1日、ありがとう!

1日の始まりと終わり、その両方を最後まで見届けられる場所は、
世界中を探してもなかなか見つからないだろう。
ここが聖地とされる理由も、
ヴィヴェーカーナンダさんが瞑想の地として選んだ理由も、わかる気がするなぁ~。

------------------------------

そして僕は今、カニャークマリから少し西へ離れたトリヴァンドラムという町に来ている。
タイトルは「最南端のゴール」だけど、正確にはここがインドの旅の最終地点となる。

いちおう、インドを僕なりに総括してみたいと思ったのだが…、
これほどまとめづらい国も他に無いんじゃないかな?
なんと言っても人口は11億人、国土も巨大で、多彩な色を持つ国だ。
恐らく、100人訪れれば100通りの感想が生まれるんじゃないかと思う。
(それは、インドに限らず他の国も同じかもしれないが…)
…なんて言い訳したところで、既に好き放題言いたいことを言いまくってるんだよな。(笑)
今回もあくまで僕の感想ということで、思ったままを書いちゃうことにする。

まずは後半で訪れた南インドについて、
一般に「北より南の方が旅しやすい」と言われるのは正しいと思った。
既に前の日記で触れた通りで、英語が通じやすかったり、交通の便が良かったり、
それに、治安の面でも北より良いんじゃないかと思う。
夜でも明るい町が多かった。それは実際の明るさもそうだし、雰囲気的にも。
僕が訪れた町では、よほど路地に入り込まなければ、
夜に出歩いても何ら問題は無さそうだった。
北でも、デリーやコルカタなどのツーリストの多い繁華街は問題無いけれど、
少し道を外れると、無意識に緊張させられることがあった。

というように、旅しやすい南インドではあるのだが、
一方、長く滞在してみたいと思う町も見つからなかった。
それは必ずしも居心地の良し悪しだけじゃなく、
例えば北部のコルカタのように、もっともっと歩いてみたくなるような、
強い刺激で溢れている場所も見当たらなかったのだ。
別に不満が残っているわけじゃないのだけど、
どこの町に行っても2~3日居れば十分な気がしてしまった。
だから今は、今回一度来られたことでもう十分な気がしている。

それから、訪れる前から気にしていた「人の良さ」については、
北も南もそんなに変わらないような気がするんだけど…。
これはたぶん、北だろうが南だろうが、訪れる場所次第なんじゃないかな?
南に来ると、ツーリストエリアと呼べるものがほとんど存在しないので、
その分鬱陶しい客引きなどに出会うことが少なくなり、
穏やかな印象を持つ人が多いのではないかと。

逆に、北インドでもガイドブックに載っていないような小さな町へ行ってみれば、
きっとまた違った印象を受けるんだろうな~と思う。
僕が見る限り、インドでは、どんな町でも(質はともかく)何らかの宿は見つけられそうに見えた。
行き当たりばったりでバスや列車を途中下車し、
地元の人々だけが歩く町をぶらりぶらり…、そんな旅も可能だと思う。
今回の旅では、そういう歩き方がほとんどできなかったのが残念。

しかし、そもそもインド人の印象自体、これがもう本当にまとめようがない。
あまりにも色んなタイプの人間が混在していて、
「インド人は、こんな人間が多い」といった傾向を挙げることすら難しいように思う。

これは、インドという国全体の印象に関しても同じ。
好きになれた面も、嫌いになった面も、僕の中でごちゃごちゃになっている。
ただ、好きとか嫌いとかの次元を超えて、
強烈に何かを考えさせてくれるものが、このインドには確かにあった。
だから、その刺激を求めて「また来たい」という気持ちはある。

前の日記でも触れたが、僕にとってその刺激を味わった代表格がコルカタの町だった。
また、コルカタからは遠いけど、最高に居心地の良かったダラムサラもまた行きたいし…。
(今回訪れた中で、あの町だけはインドであってインドではない、と思ってる。)
なので、もし次があるなら、僕はきっと北インドを選んで行くことになるだろうな。

よく、インドを訪れた人は、
「二度と行きたくない」ほど嫌になるか、
「何度でも行きたい」ほどハマッてしまうかのどちらかだと言われる。
僕の結論は、いつもの天邪鬼らしく、「その中間」ということで。

混沌の中にこの世の全てが存在している…、そんな国だから、
どれだけ歩いても捉えきれないように感じることも、ある意味で当然なのかもしれない。
けど、きっとそれこそがインドの魅力なんだよね。

さて、僕に残されたインドでの滞在時間は、残すところあと12時間ほど。
明日の夕方には、再び東南アジアへ降り立つ。
いよいよ、徐々に日本へ近付いて行くなぁ…。

スポンサーサイト

テーマ:海外旅行記 - ジャンル:旅行

旅日記-インド③ | 19:45:34 | トラックバック(0) | コメント(2)
ヒンドゥーとの相性は…?
昼は確実に30度は超えているだろう熱射にクラクラし、
夜は無数に湧いて出る蚊に悩まされる。
これが日本と同じ、北半球の1月とは…。

再びタミルナードゥ州の東沿岸地方に戻って来ると、
高原であるカルナータカ州の内陸(マイソールなど)は、まだ過ごしやすかったのだなと気付く。
これじゃあ、日中はとても散策する気になれん…。

昼間から安宿のベッドに寝転がり、
ガタガタと音を立てて回るファンを見上げながら、ぼんやりと頭に浮かんだこと。

国や町が発展していくにあたって、気候の良し悪しってのも1つ大きなハンデになるよなぁ…。
所詮動物である人間が、暑さにダレるのは当然っちゃ当然のこと。
この猛烈な蒸し暑さの中で、気合いだけで仕事の能率を上げられるか?

気候条件は、水の豊富さ、土壌の肥沃さなど、その土地の豊かさに関わってくる。
だからこそ、かつて人々は時に豊かな土地を求めて争いを起こした。
…なんてことは、とっくの昔に学校で習った話なんだけども、
頭の悪い僕は、こうして気候の違いを体験して、初めてそういう歴史や現実にピンと来るのだった。

しかし、暑さの中でも、Yシャツにスラックスの西洋式正装で出勤するインド人の姿も見かける。
…が、足元を見ると、多くの人はサンダル履きだったりする。
それが何故か、革靴を履いているよりも、この環境では逆に自然に見えてしまったりする。
格好にこだわるより快適さを重視した方が、仕事もよっぽど捗るかもしれないし。
日本でサラリーマンのサンダル履きを認めろなんて言う気は無いけど、
こういうイイ意味でのラフさが、もうちょっと日本社会にもあって欲しいかな…とは思う。

さて、そんな暑さと関係があるのかどうかは知らないが、
タミルナードゥ州にあるヒンドゥー寺院の多くは、
昼過ぎから夕方16時頃までは門を閉じているところがほとんど。
僕がやって来たタミルナードゥ州第3の町・マドゥライも、
全インドでも有数の聖地とされるミーナークシー寺院が一番の見どころなのだが、
やはり一番暑い午後の時間は中に入れない。
寺院は朝にぶらっと歩き、それからお昼のミールスで満腹になった後は、
ふらふらと部屋に戻ってゴロゴロと…。痩せる要素、まるで無し!

ミーナークシー寺院のゴープラム(塔門)。
ド派手ゴープラム①@マドゥライ
ド派手ゴープラム②@マドゥライ
ド派手ゴープラム③@マドゥライ
寺院の東西南北4つの入口に、この巨大ド派手門が立っている。
門の外面にうじゃうじゃいる(表現が悪いけど…)のは、全てヒンドゥー教の神様。

東の門前で見守る、ナンディー像。
ド派手ナーンディー①@マドゥライ
ド派手ナーンディー②@マドゥライ
これまた派手な謎の動物は、いちおう(失礼だけど…)牡牛。
ヒンドゥー教の2大神格の1人であるシヴァ神の乗り物であり、
だからヒンドゥー教徒にとって牛は神聖なものというワケだ。
つまり、もしシヴァ神様が馬かラクダにでも乗ってくれていたならば、
僕がバラナシの路地裏で牛に追われることもなかったのだな…。(←しつこい)

寺院とは直接関係無いけど、朝陽を浴びる建国の父。(ゴープラム脇にて。)
朝陽浴びる建国の父@マドゥライ

寺院内部には、象の像…ではない。こちらは本物!
本物象さん@マドゥライ

ここは、今まで訪れたいずれのヒンドゥー寺院よりも参拝者が多かった。
なんでも、1日に1万人以上が訪れるとか…?
それだけに、寺院内部に足を踏み入れると、
その人々のエネルギーからか、聖地たる雰囲気を強く感じることができた。

その雰囲気は決して嫌いじゃない。
が、どうやら全てのヒンドゥー寺院に共通なのだが、僕は何となく居心地が悪く感じてしまう。
実はこのミーナークシー寺院のあるマドゥライに来る前にも、
少し北のタンジャーヴールという町に寄り道し、
世界遺産にもなっているブリハディーシュワラ寺院を見学してきたのだが、
やはり何かが落ち着かなかったため、
予定を早めて、さっさとマドゥライに移動して来たのだった。

ブリハディーシュワラ寺院の本堂。
ブリハディーシュワラ寺院本堂@タンジャーヴール
約1,000年前、チョーラ朝という時代に建てられた代表的な建築なのだそうだ。
こちらの寺院は、今も生きた聖地というよりは、遺跡に近かったかな。
訪れている人も、巡礼者より観光客の方が多かったように思う。

どちらの寺院も、本堂やゴープラムの全面に描かれた神々の彫刻と、
そのスケールはスゴイなと思う。
…けど、それ以上の感想が湧いて来ないんだよな。
そこには、ヒンドゥー教徒の人々を惹き付ける何かが存在しているのだろうけど、
それが僕にはピンと伝わって来なくて、ウソでも手を合わせてみようかって気分になれなかった。
なんでかな?って、色々考えてみたけれど、残念ながらハッキリした答えは浮かばない。
また「相性」って言葉をここで使うべきなのかわからないけど、それがイマイチだったのかな?

ただ、そこで祈りを捧げる人々の姿に惹かれるのは、ここでも変わらない。
神との対話中…?@マドゥライ

佇んでいるだけで絵になってしまう、罪なおじさま方。
罪なおじさま①@マドゥライ
罪なおじさま②@マドゥライ

廊下は走らず!って、学校で教わらないのかい?
廊下は走らず!@マドゥライ

紅白ガートの3人娘。
紅白ガートの3人娘@マドゥライ

ヒンドゥー教に関しては、フィーリングだけではピンと来なかったからこそ、
逆にもっとその中身を知ってみたくなった。
教徒達の篤い信仰に、あの神々がどう応え、
彼らにどんな救いや安らぎを与えているのか…、そんなところも探ってみたい。

オマケで、ある日の朝食メニュー。
イドリー&ヴァーダ@マドゥライ
手前の白い円盤型のものは、イドリーという米の粉の蒸しパン。
甘味が無い代わりに酸味があるのが独特で、
僕はこれをバラナシの屋台で初めて食べたのだが、正直なところイマイチだと思った。
…が、南インドに来てリトライしてみると、
写真右の器に入っているようなソース(豆や野菜のカレーなど)と合わせて食べるものだと知った。
これで一気にハマッてしまい、今や僕のお気に入り朝食メニューである。
原料が米のためか、軽いのに意外と腹に溜まる。
(今でも、単品味付け無しで美味しいものとは思わない。バラナシで食べた時は、それだったのだ…。)

奥の横長の器に入っているのは、ヴァーダという豆のドーナツ。
これも甘くなく、揚げ立てのサクサクを上のイドリー同様にソースに付けて食べることが多いのだが、
ここではダール(豆のカレー)をぶっかけた状態で出してくれた。
サクサク感の代わりに、ダールのスープが染みてジュワッとなっており、これまたイケる。

朝メシはこのイドリーやヴァーダ、前回載せたドーサーなどで軽く済ませ、
昼メシはミールスでガッツリと、
夜メシはあまり腹が減っていなければ朝と同様の軽食で、
あるいはしっかり米が食いたい時はビルヤーニー(これも以前載せた、インド流ピラフ)、
といった食事パターンを取ることが多かった。
たぶん、これが南インドのローカルの人々に倣った食生活だと思うのだが…?

テーマ:海外旅行記 - ジャンル:旅行

旅日記-インド③ | 19:15:28 | トラックバック(0) | コメント(2)

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。