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joplus

Author:joplus
「もっと世界を見てみたい!」
という単純な理由で、
世界経済危機をものともせず…
否、ただ歯止めがかけられず、
会社を辞めて旅に出た浅はかな男。

でも、いつ終わるかわからない人生、
やりたいことをやりたい時に、
楽しめるだけ楽しまないと♪
…と、勝手に開き直ってる若造です。

たくさんの「違い」に出会うため、
風と気の向くままに歩き回ります。
キーワードは、「自然体」。
できるだけナチュラルな心で、
「違い」で溢れた世界に浸って来たいと思います。

(画像 : photo by たびかめ氏)

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本当の終盤へ…
ベトナム最大の都市・ホーチミン(旧称 : サイゴン)の市街は、
プノンペンのそれを凌ぐ交通量。
噂には聞いていたが、昼夜を問わずバイクの大洪水だ。

蒸し暑く騒がしいこの町で、僕は実質2日滞在したのだが、
2日のうち1日は、1つ用事を済ませることで終わってしまった。
用事と言っても、「日本へ郵便物を送る」という、ただそれだけのことなのだが…。

まず、郵送する書類を拡大コピーする必要があったので、コピー屋を何軒かあたる。
値段を聞くと、ある店では1枚1,000ドン(=約5円)、ある店では1枚5,000ドン(=約25円)。
25円て…、ぶっかけ飯1杯100円もしない物価の国で、日本より高いワケあるかい!

なんとか無事に書類を揃え、お次は郵便局へ。
「この書類を、日本まで」と伝えて値段を尋ねたところ、
回答された金額は、ガイドブックに書いてある相場よりちょっと高い気がした。
郵便料金は重量制なのだが、その時僕の目には、
窓口の姉ちゃんが書類の重量をキッチリ量ったようには見えなかった。
そこで、もう一度書類を量りの上に載せてもらい、その数字を僕にも見せてもらった。
さらに、姉ちゃんの手元に見つけた重量と値段の対比表と思しきものを指差し、
改めて値段を聞いてみた。
…2度目の回答金額は、当初の言い値の3分の2。
あんたら、公営の機関でしょうが…。
とりあえずこれで発送してもらったが、こんなんでちゃんと日本へ届くのか不安になるわ…。

ベトナムで「ボッたくり」が多いことは、旅人の間では有名な話になっている。
実際、屋台で麺1杯食べるにも、店によってだいぶ言い値が違ったりする。
もちろん、そういった場で値段交渉を強いられるのは他の国でも無かったわけじゃないが、
この国ほど「相場」が掴めない国も無いなぁ~と感じる。

何を買うにもいちいち値段を確認して交渉…、それは多少疲れを伴う作業だけど、
この国の場合は、それがそこまで嫌でもない。
他の国で感じた「ボッたくり」とベトナムのそれがちょっと違うなぁと思うのは、
ここで値段の上乗せをされているのは、必ずしも外国人観光客だけじゃないこと。
僕が見る限り、どうやら地元の人でもそれぞれ払っている金額が違うように見えるのだ。
…と言うことは、ここでは「相場」というものがそもそも存在していない、とも考えられる。
そう考えると、少し気楽になるのだ。
仮に隣の客より高い値段を自分が払っていたとしても、元から「適正金額」なんて無いんだし、
自分が納得して払ったんだからそれでいい、と開き直ることができるから。
「ボる」「ボられる」という概念も、
この国のやり方に当て嵌めるには適当な言葉じゃないのかもね。

僕がホーチミンで唯一「観光」をした場所は、ベトナム戦争証跡博物館。
その名の通り、かつてこの地で繰り広げられた戦争の様子を今に伝える場所。
まさにその戦争後に生まれた「社会主義国・ベトナム」が作った博物館ゆえ、
アメリカ批判的な一面が展示内容から見え隠れしている気がしないでもなかったが、
それはそれとしても、ここは重たい歴史の事実を確かに見せつけてくれる。

プノンペンのトゥール・スレーンに引き続き、ズシッと来る内容だった…。
ここで最も強烈だったのは、枯葉剤の影響で生まれた奇形児たちの写真。
あの被害を受けたのは、「ベトちゃんドクちゃん」だけじゃない。
それは考えてみれば当たり前のことだけど、
ここに来なければ、僕はまず考える機会が無かったかもしれない。

ここに来てまた1つ、僕が知らなかったことを知った。
わずか数十年前に、日本と同じアジアの中で起きていた戦争について、
僕はほとんど何も知らなかった。
けど、ここに来る前から、旅を続ける中で自覚はしていた。
僕は本当に無知な人間だということを。
ベトナムの、歴史のことだけじゃない。
言葉も、気候も、文化も、宗教も、僕はまだな~んにも知らないに等しい。

博物館内の、ある展示の前で足が止まった。
それは、巨大な世界地図。
ベトナムが今日までに国交を結んでいる国々を示したもので、その数、167ヶ国。
見たところ、世界中のほぼ全ての国の名がそこにあるように見えた。
ちなみに、日本との国交が開けたのは1973年9月21日。167ヶ国中、63番目だそうだ。

けど、その地図を眺めながら僕が感じていたのは、ベトナムとは全く関係の無い別のこと。

地図の上に、僕がこの旅で歩いて来たルートを描いてみた。
1年近くをかけても、たったこれだけか…。
そう感じるほどに、描かれた範囲は本当に小さくて狭い。
単純に訪れた国の数で見ても、僕はまだ世界の6分の1程度しか見ていない。
そしてもちろん、その訪れた国だって、隅々まで歩いたワケじゃない。

こうして世界の広さを見せ付けられてしまうと、
「全てを見てみたい」なんていう欲は、あっさり諦められそうだ。

まだ入国したばかりのベトナムには申し訳ないのだが、
僕はもう、この旅に満足していることに、この場所で気付いた。
今の歳にやりたかった、やるべきだった旅は、
「な~んにも知らない自分」を知るためにあったのだろうと、わかった。
たったそれだけのことだけど、それを身に染みて実感することが、
僕のこれからにとっては何より大事なことだったのだと思う。
テーマにも掲げた世界中のたくさんの「違い」に出会う中で、
知らなかったことに、1つ1つ気付かせてもらって来た。
そして、「知らない自分」を強く実感できた今、
もうこの旅は、いつ終えても良いと思えるようになった。

もちろん、行ってみたい場所は、世界中にまだまだたくさんあるよ。
そこには、きっとまた新しい出会いが待っていて、新たに気付かされることもあるだろう。
だけど、今の僕では、本当はもっと気付くべきものがいっぱいあるはずなのに、
知らないが故に見落としてしまうものも多いような気がするんだ。

知らない自分に気付いた今、僕に必要なのは知識。
まずはそれを身に付けることが、僕がこれからやるべきこと。
そして、その場所は日本だ。

知識を付けて、その現実を自分の目で見てみたくなったなら、
その時が次の旅のタイミングなんじゃないかな。
知識と現実の差を埋めるための旅…、そんなテーマで歩いてみたい。
そうして歩き出した旅ならば、今の僕には気付けない、より多くのことを見て来られると思うから。
それとは別に、何か別の目的が見つかって、再び旅に出たくなることもあるかもしれない。
もちろん、それもいい。
ただ、いずれにせよ、もう「次」を急ぐことはない…。

今の旅でやるべきことが達せられた、
そのことを実感できたことで、少なからずホッとしている。
旅の期間はあと1ヶ月程残っているけれど、
ここからは、難しいこと抜きにのんびりしてもいいかな…。
1つだけ、「無事に帰ること」。この目標だけは最後まで忘れずに、ね。

ホーチミン市街、整列ライダーズ。
整列ライダーズ@ホーチミン

洪水発生。
バイクの洪水@ホーチミン

需要はたっぷり、カラフルメット。
カラフルメット群@ホーチミン

惣菜+ライス。(2人分)
惣菜+ライス@ホーチミン
左から、豚バラ肉と高菜の炒め物、煮魚、イカ入り野菜炒め、牛肉サラダ。
カンボジアに続いて、ホーチミンの料理の味付けも、
辛くなく油っ濃くなく、日本人好みと言えるものが多かった。
特にここの煮魚の味付けは、日本の家庭の味そのもので、懐かしくてたまらなかった。

フォー。
フォー@ホーチミン
言わずと知れた、ベトナムの米麺料理の代表格。
…と言っても、米麺は東南アジア全般で食べられるし、
ベトナムだからこその特徴があるのかどうのかは、よくわからず。
朝メシに、お酒の後に、さっぱりツルッと気軽に1杯。

サイゴンビール。
サイゴンビール@ホーチミン
その名の通り、サイゴンの地ビールでしょう。
1本しか飲まなかったけど、苦味やコクのバランスが取れていて、けっこう気に入った。
他に赤いラベルのものも見つけたけど、こちらは未トライ。残念。

------------------------------

そして、連絡事項が1つ。
日本への帰国予定日が確定しました。

3月9日、です。

1年365日は1週間だけオーバーすることになるのですが、
そのぐらいの欲はお許し下さいな。

どこから帰るのか、その最終地点はあえてまだナイショで。

ひとまず帰国後2週間ぐらいは、東京の実家でニートになっている予定です。
近郊(関東エリアぐらい?)にお住まいで時間のある方は、
遊びに飲みに誘ってやって下さい。喜んで駆け付けます。

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旅日記-ベトナム | 16:30:38 | トラックバック(0) | コメント(11)
暫定世界一のスマイル
いつどこで誰と交換して貰ったのかは忘れてしまったが、
旅の途中で、僕は1冊のフォトエッセイを手にした。
作者は、アジアの旅好きな女性。内容も、全てアジアの写真だった。

その中で、一番印象に残ったのが、最後の1枚。
そこに写っていたのは、カンボジアの子ども達の満面の笑みだった。

実はここカンボジアも当初は旅の予定に入れていなかった僕が、
行ってみようと思ったキッカケは、そこにある。
自身でも遺跡不感症を自覚していた僕にとって、
アンコール・ワットだけでは、カンボジアに来ようとは思えなかった。
本当の理由は、「あの笑顔に会ってみたい」と思ったこと。それだけだった。

アンコール遺跡群の観光を1日で切り上げた後に、
2日間、アテも無く自転車や徒歩でシェムリアップの郊外に出掛けてみた。
そこで見つけたこの国の素顔を、少しだけ載せたいと思う。

カンボジアの素顔。
カンボジアの素顔①
カンボジアの素顔②
カンボジアの素顔③
カンボジアの素顔④
カンボジアの素顔⑤
カンボジアの素顔⑥
カンボジアの素顔⑦
カンボジアの素顔⑧
カンボジアの素顔⑨

元々の動機が子ども達の笑顔にあったのもあって、
子どもの写真がほとんどになってしまったけど、
本当はね、老若男女問わず、みんなが僕を温かさ全開で迎えてくれた。
僕がニコッと手を振る(← 「気持ち悪い」とか言わないでね?)と、
どこまでもナチュラルで優しい笑顔で、挨拶を返してくれる。
それでなくても、普通に歩きながら見ているだけでも、
この国の人達は本当に表情が柔らかいなぁ…と感じさせられる。

そんな大人達の表情は、僕にはうまく撮れなかった。
もちろん、カメラを向けると喜んで応じてくれる人もたくさんいるんだけど、
どうしても皆さん張り切って(?)構えちゃうんだよね…。
一緒に向き合って、一緒に笑っている時の笑顔が一番最高だったから、
途中から撮るのは諦めちゃった。
興味の湧いた方は、是非自分で確かめに来て欲しい!

どこまでも穏やかで、優しくて、温かい。
その雰囲気は、以前ラオスを訪れた時に受けた印象ととても良く似ていた。
この国を好きになるには、僕にってはそれだけで十分。

前回の日記のトゥール・スレーンはその後に訪れたわけだが、
当たり前だけど、あの部屋いっぱいに並んでいた写真には、笑顔は見当たらなかった。
ほんの30数年前に、あの素敵な笑顔が奪われていた時代があったことに、
やるせない思いが募った。

一方で、今のカンボジアを生きる人々の笑顔に込められた力強さを思った。
あの苦痛と悲痛で満ちていた時代を乗り越えてきたからこそ、
より一層の笑顔を持って、彼らは生きているのかもしれないって。

何度も言うように、世界の全てを見たわけじゃないけれど、
少なくとも僕の中では、この国のスマイルは世界一だと思っている。
アンコール遺跡群と共に、世界に誇る財産として、
これからもずっとずっと失われずに残っていって欲しいなと思う。

オマケ。雲玉模様。
雲玉模様
(シェムリアップ行きの飛行機にて)

もう1つ。プノンペンの夕焼け。
夕焼けミラー@プノンペン
そろそろ夕飯でも行くか~と部屋を出たら、この光景が広がってて驚いた。
空も水面(湖面)も、完璧に染め上がっていた。

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旅日記-カンボジア | 17:05:09 | トラックバック(0) | コメント(4)
狂気のあった場所
カンボジアの首都・プノンペンの市街は、車とバイクの洪水のようだ。
見どころも少ないので、この街は素通りしてしまう人も多いと聞く。
僕も、この騒々しい町自体に特に惹かれるものがあったわけじゃないのだが、
1つだけ、ある博物館を訪れる目的があった。

そこでは、何千枚と並べられた、白黒の顔写真が待っていた。
僕と同い年ぐらいの兄ちゃん、
日本で言えば「定年」に近そうなおじいさんおばあさん、
まだ小学生にも満たないような幼児、
乳飲み子を抱えた母親、
その1つ1つの眼が、こちらをじっと見つめている。

強烈だった。

彼ら彼女らの写真は、この場所へ投獄された時に撮られたものだ。
約32年前、今は博物館となっているその建物は、監獄として使用されていた。
かつてのポル・ポト政権は、ここに罪無き民間人を投獄し、
約2万人とも言われる人々を拷問、処刑したとされる。

写真に写るそれぞれ表情は、
時に哀しみに映ることもあり、
時に怒りに映ることもあり、
時に絶望に映ることもあり、
時にそれら全ての感情を失っているように映ることもあったが、
実際に当時、ここで目の前にあるレンズと向き合っていた彼ら彼女らは、
いったい何を想っていただろう?

プノンペンの中心から少し離れた郊外に、
今は住宅に囲まれながら静かに建っている、トゥール・スレーン博物館。
僕は何より建物の部屋いっぱいに並んだ顔写真が強く印象に残ったのだが、
他にも、拷問や独房に使用された部屋をそのままに残されていたり、
当時そこが狂気に満ちていた様子を今に伝えている。

敷地内に4棟ある建物のある一角に、いくつかの落書きがされているのを見つけた。
内容がどうあれ、この場所に落書きをすること自体、その神経を疑問に思うのだが、
僕はふと、その中の1つに目が止まった。
それは中国語に英文を交え、こう書かれていた。

「我们想从今天我们国家 full of peace. 02/04/08」

訳すなら、「今日から私達は、私達の国が平和で満ちていることを実感する。」
…といったところか。
この地で行われた悲惨な光景を見せつけられ、
今の自分らが暮らす国の平和に気付き、それに感謝した。
それは一見すると、立派なことだ。
けどね…。

この落書きが、中国に住む中国人によって書かれたものだということを前提にするけど、
(中国本土で使われている簡体字で書かれていたし、
 日付の後に書かれていたサインも中国人名と見てほぼ間違いなかったので)

ふざけんじゃねぇよ。

もし、これを書いている瞬間を目撃していたら、
僕はそいつをぶっ飛ばしたかもしれない。
確かに、僕がかつて住んでいた地域もそうだし、
見る地域によっては、今の中国は十分に平和を感じられるだろう。
だけど、僕が見てきた中国は、間違っても「full of peace」なんかじゃなかった。

僕がさらに許せないのは、この日付だ。
まだ記憶にある方もいるのではないかと思うが、
2008年3月10日に、中国領チベット自治区のラサにて、
今日で最大の騒乱が起こっている。
この落書きがされた日は、それから1ヶ月も経っていない直後なのだ。
現実と真剣に向き合っているならば、
間違ってもこの落書きにあるような言葉は出て来ないはずだろう。

こんな馬鹿が、悠々と旅行して遊ぶ金を持ち、
今のあの国を動かすのかと思うと…、
僕は心の底から腹立たしくて、失望した。
もちろん、そんな連中ばかりではないことも知っているけれど…。

(以下、後日補足)
ここまでの文章を読んで、ある人からメールが来た。
「『02/04/08』はどう読むのか勘違いしてしまった。国際的にはどう書くのか悩んでしまった。」と。
入出国のカードを記入する時、チェックイン時に宿帳を記入する時、
旅をしている中では、「日/月/年」の順序で記入することがほとんどで、
いつしか僕もそれが当たり前になっていた。
だから、この落書きの日付も「08年04月02日」として全く疑ってもいなかったのだが、
けど、よくよく考えたら、中国はどっちだったっけ…?

もしかしたら、僕の勘違いの可能性もあるのですな。
だとしたら、メッチャ恥ずかしいし、一部謝罪しなきゃいけない話だけど…、
仮に日付の話を除いたとしても、僕がこの落書きに感じたことは変わらないので、
この記事は、あえて消さずに残しておきます。

------------------------------

そして、真面目な本題とは全く関係の無い、カンボジアのメシの話。(笑)
マレーシアに引き続き、ここも米が主食でありますので、
またも惣菜+ご飯の食事が基本になっております。

その1。
カンボジア的惣菜&ライス①
白菜と豚肉のスープと、豚挽き肉の佃煮、かな。

その2。
カンボジア的惣菜&ライス②
鶏肉のしょうが炒めと、タケノコ入り肉野菜炒め。

その3。
カンボジア的惣菜&ライス③
豚肉とナスの炒め物と、豚肉とピーマンとパイナップルの炒め物。

その4。
カンボジア的惣菜&ライス④
鶏肉とパイナップルの炒め物と、トマトの肉詰め煮込み。

その5。
カンボジア的惣菜&ライス⑤
魚のスープと、鶏肉入り野菜炒め。

誰かが、「カンボジアの食事はイマイチだった」と言っていたのだけど、
僕はこの意見を全否定させて頂こう!
濃厚な味付けで時に油っ濃いタイやマレーシアの料理より、
さっぱり薄味ながらもスパイシーさが目立ったラオス料理より、
カンボジア料理の味付けはずっと日本に近くて、親しみやすかった。
辛くない、濃くない、そして魚が豊富(写真は肉が多いけど…)。
間違いなくヘルシーだし、ここではガッツリ食べても太らないかも☆
(その分、ビールで取り返してたけど…)

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旅日記-カンボジア | 16:50:40 | トラックバック(0) | コメント(2)
遺跡観光、最終章
アジア最大の遺跡 vs 「遺跡不感症」。

うーん、世紀の大一番って感じだ。
これまで、各地の名だたる遺跡に対してことごとく「不感」であった人間に、
アジアの誇る大遺跡がどう映るか?
これは面白そうじゃないか。
…って、他人事じゃなく自分のことなんだけどさ。

アンコール・ワットと、その周辺の遺跡群。
カンボジア観光におけるハイライト…と言うより、
この国を旅行することとアンコール・ワットに行くことはイコールの人も多いんじゃないか?
エジプトではルクソールの遺跡群をそっちのけてサイクリングし、
インドではタージ・マハールをすっ飛ばした人間としては、
極めつけにアンコール・ワットをスルーするという暴挙(?)もちょっとだけ考えたが、
さすがの僕でも、ここだけは行っておこうと思った。
(尤も、その動機は上のようなしょーもないものだったが…)

言わずもがな、アンコール遺跡群はカンボジア最大の観光資源なわけだが、
さすがにその値段設定は強気である。
遺跡群の入場料は、1日券がUS$20、3日券でUS$40、7日券でUS$60。
高い。高いけど、この国の場合は他に観光資源が乏しく、
これが恐らく同国最大の収入源でもあることを考えると、
中国の観光料に比べればカワイイもんだ…。
人々の精神的な支えになっているという意味も含めて、
この遺跡がこの国にあったことは、良かったなぁ…と思う。

…とか言いつつ、買うのは1日券というケチな自分。
いや、だって、まさか「遺跡不感症」が治るとも思えなかったし、十分かなって…。

遺跡群は、実に広大な範囲に広がっている。
アンコール・ワットとその周辺のエリアだけでも広い上、
一番遠い遺跡まではさらに数十kmも離れているため、
全部見ようと思ったら、とても1日じゃ足りない。
僕は自転車を借りて、1日でアンコール・ワット周辺を回りきったが、かなりの駆け足だったと思う。
遺跡が好きな人で、彫刻や壁画をじっくり見て歩く場合は、
このエリアだけでも最低2日は欲しいと思うだろう。

僕の場合は…、案の定、1日で十分だった。
午後にも差し掛かる頃には、正直言って飽きてきた。
どこを見ても、似たようなものに見えてきちゃって…。
結局、アジア最大の遺跡をもってしても「不感症」は治らず、か。

けど…、ちょっとだけ感じたところもある。
もし、この遺跡内には、僕以外に人も車もいなかったとして、
それこそ僕が現代で初めてここに足を踏み入れた人間であったなら、
僕が受けた印象は「感動」なんてレベルのものじゃなかっただろうな、と。
ひっそりとした森の中、小鳥のさえずりと、木々のざわめきだけが聞こえて来る中で、
あの壮大な建築物が目の前に現れたら…、僕はどうしただろう?
その圧倒的な光景に固唾を呑み、高まる鼓動を抑えながらも足を踏み入れただろうか?
…いや、僕は逃げ出したかもしれない、と思う。
確かにそれは、壮大で神秘的…、
だけどそれ以上に、呑み込まれてしまうような不気味さを感じる気がするんだ。
「千と千尋」のように、そのままどこか違う世界に迷い込んでしまうような…。

そんな幻想を抱かせる雰囲気が、確かにそこにはあった。
ただ、そういうロマン(?)に浸るには、実際の遺跡は人も車も多過ぎる。
森に囲まれたこの遺跡は、今まで見てきたどの遺跡よりも静けさが似合うと思うから、
尚更それが鬱陶しく感じてしまった。…実にワガママな話だけど。

アンコール・ワット。…の、裏側かな。(たぶん有名なのはこの反対側)
大遺跡の裏側@アンコール遺跡

森の中にひっそりと佇む遺跡もあれば…、
森の中にひっそり@アンコール遺跡

森の中からどーんと現れる遺跡もあり。
森の中にどーん@アンコール遺跡

兄弟のように並ぶお顔もあれば、
3連フェイス@アンコール遺跡

優しく微笑むお顔もあるけれど、
微笑み@アンコール遺跡

時に不気味に迫って来る。
不気味フェイス@アンコール遺跡

これが、別世界への入口。
幻想世界への入口@アンコール遺跡
幻想世界への入口②@アンコール遺跡

石の上にも、ウン百年。
石の上にもウン百年①@アンコール遺跡
石の上にもウン百年②@アンコール遺跡

もう1つ、アンコール・ワット遺跡群とは別に、ベンメリアという遺跡も見に行ってみた。
これまで色んな人の評判を聞いていると、総じてアンコール・ワットよりも好評だった場所。
アンコール・ワット観光の基点であるシェムリアップの町から80kmも離れているので、
訪れる観光客も比較的少なく、より幻想的な雰囲気を楽しめる、というのが理由のようだ。
…といった評判に流されて、今まで何度も失敗している気がするので、
もう期待などは抱いていなかったが、この旅での遺跡観光も、恐らくこれがラスト!
ということで、懲りずに行ってみることにしたのであった。

ここの遺跡は、ある意味で素晴らしい「ほったらかし」っぷりだったな…。
遺跡内は通路らしい通路がほとんど整備されておらず、瓦礫が散乱している。
積み上がった石を乗り越え、狭い隙間をくぐり抜け、
「観光」と言うより「探検」じゃないか?と思うぐらい、なかなかハードな体験を強いられる。
でも、そこに発見する楽しさが生まれるから、イイんだろうね。
確かにアンコール・ワット周辺よりもずっと静かで浸れる雰囲気があったし、
ここの評価が高いことには納得できた。
僕の場合は、ここでも大きく心に響いて来るものは感じられなかったけど…。

ほったらかし遺跡。
ほったらかし遺跡①@ベンメリア
ほったらかし遺跡②@ベンメリア

大蛇。
大蛇@ベンメリア

これが空に浮かんだら、ラ○ュタだね…。
ラ○ュタ?@ベンメリア

------------------------------

遺跡の話はこの辺にして、
シェムリアップでは何が楽しかったって、夜のドリンクタイムですよ。
僕にしては珍しく、毎晩ツーリスト向けのBarに入り浸っていた。
と言うのも、この町では店同士の競争が熾烈なのか、
Barで提供するドラフトビールが、缶や瓶で買うよりも安いのだ!
その値段、1杯US$0.5~。
僕が今まで訪れた中では、世界一安い!
インドで年越しに飲んで以来、
実に1ヶ月以上も全く酒を口にしていなかった(高いし、質もイマイチだったし…)僕にとって、
ここはまさに天国だった…。

Anchor Beer!
Anchor@シェムリアップ
カンボジア国産ビールの1つ。
コクはちょっと弱めだけど、苦味もキレも適度で、
喉越しがスッキリしているので、飽きずに飲み続けられる味だった。

もう1つ、「Angkor」という紛らわしい名前の銘柄があるのだが、
こちらは風味やコクが「Anchor」よりさらに弱いのに、やたら苦くて炭酸が強い。
味わって飲む旨みは無いのに、
かと言って喉越しだけでゴクゴク飲み進めるとすぐに腹がパンパンになってしまう。
僕にとっては、一番苦手なタイプです、はい。

たぶん、ビールだけではほとんど店に利益が出ていないと思われるが、
料理は全く頼まず(高いから…)、毎晩ビールだけを飲んだくれていた僕は、
さぞかし迷惑な客に思われていたことでしょう。(笑)
でも、僕が行っていた店のスタッフ達は、
そんなことは全く顔に出さず、いつも愛想良く振舞ってくれて、本当に居心地が良かった。

ここでは、僕の飲んだくれに付き合ってくれた仲間もいた。
ツマミはいつも、それぞれの熱い旅トーク。
ほろ酔い気分に浸る中で、誰かが言っていたけれど、
長く付き合ってきた友達には話せないことが、
今日出会ったばかりの旅人には話せることがある。

例えば、僕らがこのBarで語った話題は、
初めはそれぞれの旅のルートで何が良かったとか、そんな軽い話。
でも、いつしか話は、貧富のことだったり、宗教のことだったり、
クソ真面目な方向に進んでいたりする。
酔いも手伝ってノリは軽いかもしれないけれど、
みんな真剣に自分の思いを語り、聞き入る雰囲気がある。
そんな中で、時に自分には無かった新しい考え方を見つけることもある。
特に普段1人で歩くことが多い僕にとっては、
より世界を広げるための、大切な時間でもあるのだ。
付き合ってくれたみんなには、本当にありがとうと言いたい。

そしてこの時間だけは、旅人だけが共有できるものなのかな…と思う。
旅をすることで考えさせられる様々なテーマ。それと、今いるこの国の空気。
それらを、「同じ旅人なら分かち合えるはず」という心理が、自然と働くのでしょう。
そして、そこには何とも言えない安心感があるんだな。

テーマ:海外旅行記 - ジャンル:旅行

旅日記-カンボジア | 16:30:23 | トラックバック(0) | コメント(0)
大都会な休息地
クアラ・ルンプール(略称 : 「KL」)の空港に降り立った時、
「帰って来た」ような感覚を覚えた。
その後町の中心へ移動すると、その感覚はさらに強くなった。

たぶん、その理由の1つは、空気。…いや、「匂い」かな。
僕は、「アジアの匂い」ってあると思うんだな。
もちろん、地理的にはインドもアジアの一部なんだけど、
インドはやっぱりインドなんだよな。(除け者にしたいわけじゃないよ?)

匂いも色々だけど、一番わかりやすいのは、
食べ物の匂いがまず大きく変わった。
ずーっと居るとわからなくなっていたけれど、
インドの空気には、やっぱりスパイスの香りが効いていたんだなぁと気付いた。
一方こちらは、ちょっと甘じょっぱい醤油系の炒めた香りがふわぁ~っと漂っている。

もう1つの理由は、KLの町のキレイさ。
インドから来たせいで、尚更そのギャップを感じたのもあると思うけど、
それにしても、こんなに大都会とは思わなかった。
そびえ立つビル群に、その間を縫うように走るモノレールなどの高架鉄道、
大型のショッピングモールに並ぶオシャレな店、カジュアルな若者達、
この町だけ見ていると、マレーシアは先進国にしか見えない。
その垢抜けぶりから、どこか上海や東京を連想させられて、
初めて来た場所なのに、気が付くと異国にいるような気さえしなくなっていた。

しかし、本当にここはイスラム教国家なのか!?
…と思うほど、町行く女の子の服装が本当にカジュアルだ。
半袖にショートパンツの子もいたりして、白い肌が眩しい!
(これも、インドから来たせいでギャップが強い。)
もちろんスカーフを被って歩いている女性もいるけれど、
彼女らの服も、薄手の長袖シャツにジーンズとか。
スカーフも、ピンクとかブルーとか明るい色が多くて、とてもオシャレに見えた。

また、イスラムではご法度のはずの酒もかなり自由に売られていて、
セブン・イレブンに行けば昼間から普通にビールが買えてしまう。
ただし、税金が高いのか、物価からするとかなり値段は高かった(日本より若干安い程度)。

町を歩いていて、地元の人に見つめられることも無い。
小さい子どもでさえ興味を示して来ないのは、
やはりこの国には華人が多いからで、僕の顔なんて珍しくないのだろう。
KLの町の中心には巨大なチャイナ・タウンがある(そこが旅行者向けの安宿街でもある)し、
食堂などに入ると、中国語で話し掛けられることも多かった。

舗装状態の素晴らしい道路には、高そうな車がたくさん走っている。
窓全開で乗降口から客がぶら下がっているようなバスは、もちろん無い。
日本ほどとはいかないまでも、車が歩行者にずいぶん優しくなった。
それをいいことに、歩行者は好き放題道を渡っているが…。(笑)
道にはゴミが散乱しているようなことも少ないし、ましてや小便臭さも無い。
ちゃんとトイレに行かなきゃ…。
(インドなどでは、本当に街中でトイレを見つけるのが難しく、
 特に郊外では、冗談抜きで青空トイレしか無かったりすることも多かった。)

暑さから逃げ込む場所は、木陰から屋内に変わった。
コンビニ、バスや列車の中、それに安宿でも、エアコンが全開に効いている。
そのせいか、到着2日目の夕方には、強い夕立がやって来た。
この町も、1つのヒートアイランドになっているのかもしれない。

チャイナタウン外れの「購物中心(大型スーパー)」へ入ってみると、
まさに日本のそれと変わらない印象を受けた。
食料品コーナーでは、キレイに整列された棚に、
キレイに色や形の整った野菜や果物が並べられている。
肉は、丁寧にパッキングまでされて…。
購入した品は、パリパリのビニール袋に入れてくれた。

2日間、KLの中をただアテも無く歩いた中で、
僕がとにかく感じたのは、都会の便利さ。そして同時に、退屈さ。
「都会には刺激がある」という意見について、それはそうだろうと思う。
街は物で溢れ、娯楽もいっぱい用意されている。
それでも、僕が一方で退屈さを感じるのは、都会には無い刺激があると思うから。

「購物中心」の匂いは、とても無機質な感じがした。
いつも市場で嗅いでいた、
果物の甘い匂いも、魚の潮の香りも、肉の生臭い香りも、そこでは感じられなかった。
また、匂いだけでなく、鶏の鳴き声や売買する人の声など、音もそこには無かった。
例えば、そういう刺激が都会では欠けているんだなぁ…と。
(断っておくと、僕は市場巡りも好きだけど、スーパー巡りも好きだったりする。)

僕がKLに滞在したのは、実質たったの2日間。
そして、マレーシアはこのKLのみを歩いて発つことになる。
元々マレーシアに来る予定は無かったのだが、
南インドから東南アジアへ戻るルートを考えた時に、
このKLを乗り継ぎ地点として思い付いたのだった。
そして、せっかく行くならということで、休息も兼ねて、
次のフライトまで中2日の滞在期間を作った…というワケ。

たった2日で、それもKLの町だけで、マレーシアの何かが見えただなんて思ってない。
僕自身、仕方がないとは言え残念に思っているのは、
辛うじて上述の市場までは行けたものの、
実際に人々が暮らしている、その生活を感じられる地域まで足を運べなかったこと。
これじゃ、マレーシアという国には来たうちにも入らないな…と。

いずれ機会を設けてまたちゃんと訪れることができるとしたら、
東のボルネオ島側に行ってみたいなと思う。
その時はぜひ、インドネシアと合わせて…。

さて、それはそれとして、
中2日を設けた一番の目的は、やっぱり食い倒れ!
これっきゃ無いでしょう~♪

チャイナタウンにて、朝飯はさっぱりとお粥から☆
朝粥@クアラ・ルンプール
味付けはしっかり濃厚で、たぶん、貝のダシを使っていたと思う。
スッと消化されながらも、しっかりとパワーをくれる至高の朝メシ。

こちらもチャイナタウンにて、焼鶏飯(シャオジーファン)。
焼鶏飯@クアラ・ルンプール
「チキンライス」を頼むと、蒸した鶏で出してくれる店が多いと思うのだが、
ここでは甘辛いタレを付けて焼いた鶏を出してくれた。
すごく美味そうに撮れた気がするんだけど、見た目通りとってもジューシー。
ご飯も鶏のダシ汁で炊いているし、
合わせて鶏ガラスープも付いてくるので、まさに鶏づくし!?

参考までに、以前タイで食べた「チキンライス」。蒸し鶏バージョン。
蒸鶏飯@クアラ・ルンプール

ミー・ゴレン。
ミー・ゴレン@クアラ・ルンプール
マレー風焼きそば。
「ミー」が麺で、「ゴレン」が炒めるの意味なんだって。
有名な「ナシ・ゴレン」の「ナシ」はご飯のこと。つまり、焼き飯だね。
お味の方は、かなり甘めで油っ濃い。
ちょうど上海の味付けがそんな感じで、その炒面に近いような気がした。
美味いんだけど、ちょっとお腹にもたれるのが難点?

暑い日中は、ジューススタンドが大活躍。
カラフルジューススタンド@クアラ・ルンプール
カラフルで、ケミカル?

東南アジアでは、僕はやっぱりこのぶっかけ飯スタイルの食堂が好き。
エコノミー食堂@クアラ・ルンプール
「ECONOMY RICE」って、うまく的を得てるな…。(笑)
残り物ばかりでちょっと美味そうに見えないかな…。
「どれにしようかな~」と見ながら悩むこと自体も楽しいし、
悩んでいるとおばちゃんが色々(わからない言葉で)勧めてくれたり、
「これとこれ頼むといくら?」
「ふ~ん、ならコレも頼むんからちょっと安くしてくれる?」
「ダメ?じゃあ、コレもうちょっと大盛りにしてよ☆」
…なんてやり取りができたりするのも楽しい。
頼めば味見もさせてくれるから、選ぶのに失敗することも少ない。

ぶっかけ飯その1。
ぶっかけ飯①@クアラ・ルンプール
タケノコと卵の炒め物に、ニガウリと魚の炒め物に、フライドチキン。

ぶっかけ飯その2。
ぶっかけ飯②@クアラ・ルンプール

牛肉のココナッツ煮込と、鶏肉団子の煮込み。
インドでのベジタリアン生活から一転、肉料理大解放!(笑)

ぶっかけ飯その3。
ぶっかけ飯③@クアラ・ルンプール
牛肉の甘辛醤油煮込み、キャベツの煮込み、チンゲン菜の炒め物。
上の「2」で少し反省して、栄養バランスを考えてみた次第。

そうそう、マレーシアはインド系の住民も多いようで、
KLを歩いていても、つい数日前まで南インドで見ていたような顔の人々をけっこう見かける。
そして、街にはインドカレーの店もあったりする。
それこそ、店の前の看板にはバナナの葉に載ったミールスの写真があったり…。
しかし、インドを出た途端、僕は全くカレーを食いたい気分にならなくなった。
どうやら、カレー好き体質に変わったわけじゃなかったようで…。
やっぱり各国料理は、「その土地で食うから美味い!」ってことが大いにあるしね。

食い物の写真ばかりで、
「本当にお前はマレーシアに行ったのか?」と疑われては心外なので、
いちおう証拠写真を1つ。

KLのシンボルこと、ペトロナス・ツインタワー。
大都市のシンボル@クアラ・ルンプール
メタリックな感じがカッコ良い。

さて、十分な休息を終えて、お次はカンボジアのシェムリアップへもうひとっ飛び!
ちなみに、インドのトリヴァンドラムからKLと、KLからシェムリアップ、
この2本のフライトの費用合計が約12,000円でございました。
航空会社は、かの有名なAir Asia。
「格安航空会社」と言うけれど、本当に安かったわ…。感謝感謝☆

テーマ:海外旅行記 - ジャンル:旅行

旅日記-マレーシア | 18:20:03 | トラックバック(0) | コメント(6)

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