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joplus

Author:joplus
「もっと世界を見てみたい!」
という単純な理由で、
世界経済危機をものともせず…
否、ただ歯止めがかけられず、
会社を辞めて旅に出た浅はかな男。

でも、いつ終わるかわからない人生、
やりたいことをやりたい時に、
楽しめるだけ楽しまないと♪
…と、勝手に開き直ってる若造です。

たくさんの「違い」に出会うため、
風と気の向くままに歩き回ります。
キーワードは、「自然体」。
できるだけナチュラルな心で、
「違い」で溢れた世界に浸って来たいと思います。

(画像 : photo by たびかめ氏)

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空を思い出した日
八重山での最後の1日。

石垣島の港の旅客ターミナル前で、のんびり弁当を食べていた時のこと。
向かいに見える人工島に、オレンジ色の翼がチラリと覗くのが見えた。
急いで弁当を食べ終えると、
僕はすぐさま宿から乗ってきたママチャリに跨り、
人工島へと渡る橋に向かってペダルを漕ぎ出した。

橋の向こうに渡ったのはこれが初めてだった。
人工島は、ほぼ全体が公園として整備されていて、
その真ん中にある広い芝生に、翼は横たわっていた。

南からの海風が、安定した強さでまっすぐに吹き込んでいる。
なるほど、ここは練習場所としては最高だ…。

しばらくすると、休憩に行っていた翼の持ち主が戻って来て、
再び練習を再開した。

グランドハンドリング~☆
グラハン@石垣島

本来、パラグライダーは空を飛ぶ遊びだけど、
飛び立つ時や上空にいる時の微妙なグライダーの操作を予め身に付けるために、
こうして地上でグライダーを浮かせて練習することを、
グランドハンドリング(略して「グラハン」)と呼ぶ。
凧揚げのようにも見えるし、操り人形のようにも見えるかな?(笑)

これがね~、意外と楽しいんだな。
中途半端なコンディションで飛ぶよりは、
僕はこのグラハンで遊んでいる方が好きかもしれない。
うまくやれば、平たい地面でも軽く浮くことができたりするし、
風が安定していれば、座ったり寝そべったりしながら遊ぶこともできる。

ほら、ちょっと浮いてる♪
夢中で遊ぶ人①@石垣島

とっても楽しそうな人。
夢中で遊ぶ人②@石垣島
我ながら、生き生きしてるな…。

ここで練習していた方に話し掛けて仲良くなったので、
「やってみる?」と言って頂いて…。
はい。正直言って、その言葉を待ってました。(笑)

ここ数年で出会った人の中には、
僕がパラグライダーをやっていたと言っても「本当か?」と思われている方もいるかと思い、
珍しく自分の写真も載せてみた次第。
(グライダーをお借りした上、写真まで撮ってもらったという図々しさ…。ありがとうございました。)

ただし、誤解されないように書いておくけど、この写真はとっても悪い例。
砂浜のように足元が柔らかい場所ならばともかく、
良い子は練習の時もヘルメットを被りましょう。
Tシャツやハーフパンツではなく、長袖長ズボンを着用しましょう。
サンダルなんてもっての他!

しかし、僕はここ数年グライダーに触っていなかったので、本当に楽しかった。
お借りしたのが初中級者向けの機種だったこともあって、
ブランクの割には思い通りに扱えたしね。

グライダーの持ち主の方は、普段は石垣島の北の半島にあるフライトエリアで飛んでいるそうだ。
(この日は山の風が良くなかったため、海辺に練習に来たとのこと。)
エリアの近くまでは一度自転車で行ってみたが、
あの色の海を眺めながら飛ぶんだから、タマラナイだろうなぁ。
うん、次回再訪する時は、絶対にグライダー持参で来るぞ~!

そうそう、これは何だかわかるかな?
日暈@石垣島
日暈(ひがさ)と呼ばれる、
太陽の周りに虹のような円弧ができる自然現象。
上空の薄雲が光の屈折を起こすことで起きるのだそうだ。
僕がグラハンで遊んでいた午後の数時間、空ではこの日暈が輝いていた。

無邪気な27歳、ここでも遊ぶ。
太陽でお遊び①@石垣島
太陽でお遊び②@石垣島

ビーム!
太陽でお遊び③@石垣島
太陽でお遊び④@石垣島

元気玉ぁ~!
太陽でお遊び⑤@石垣島

---------------------------------

なんだか、最後が一番下らない日記になってしまった気がするけど…。

与那国や西表のように、
「嫌われてるんじゃないか?」というぐらい天に見離された島もあれば、
波照間のように、フィーリングがバッチリ合う島も見つかった今回の旅。
八重山も初めてなら沖縄も初めてだったけれど、
日本でも「旅!」という感じの旅歩きができたのは、
僕にまだ長旅の頃の感覚が残っていたからということもあるけれど、
それ以上に、この土地の持つ特有の風土のおかげのように思う。

ソウルや上海より距離的には遠くても、
パスポート無しでさくっと飛行機に乗れたりする時には、
やはり気分的には石垣島に行く方が近いかな…とも思えてくる。
日本の中にありながら、存分に「旅」を感じさせてくれた場所。
きっとまたすぐに、あの島の空気を吸いたくなる時が来るんだろうな…。

「島」らしさ全開の道。
空と海へ続く道@石垣島
そう、こんな道が、またすぐに恋しくなるさ~。
(今でも、既にちょっぴり恋しいけど…)

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旅日記-日本 | 15:15:31 | トラックバック(0) | コメント(0)
忘れかけていた労働と喜び
不思議な巡り合わせが立て続けにやって来た波照間島。
実は同じ日に、第3弾のサプライズが用意されていた。

夕方、「アイスを食べに行こう!」というNさんの提案で、売店に出掛けた。
店の外のベンチで、どこか懐かしいソーダ味のアイスを舐めていると、
通りがかりの島人のおっちゃんに話し掛けられた。
そして5分後には、翌日のサトウキビ刈り作業をお手伝いさせて頂くことに決定していた。

この時点で、石垣を発つ日(21日)まで残り10日あったが、
ぶらぶら島を巡るのはだいぶ満足していたし、
かと言ってずっと石垣に居ても退屈しそうな気もしたし、
どこでどう過ごそうかな~?と考えていたところだった。
そこへ「やってみないか?」という突然のお誘いが舞い込んで来た。
島の仕事を体験させて頂けるなんて、願ってもないお話だった。
NさんはNさんで、元々サトウキビ刈りに興味があったそうで、
2人揃って即OKしてしまった。

後で聞いた話だが、今年はキビが豊作である上、
納め先である島の製糖工場の稼動開始が例年より遅れたことで、
キビ刈り作業も開始から遅くなってしまったらしい。
例年ならば、12月にはスタートして4月中旬には終わっているはずが、
全体に約1ヶ月近く後倒しになっているようだ。
4月も後半に入った島は、晴れるとかなりの暑さになるため、
作業効率が悪化して、さらに終わりが遠のいてしまう…という悪循環になりがち。
そんな状況なので、「猫の手も借りたい」ということで僕らに声が掛かったのだろう。

キビ刈りの仕事は、朝8時から夕方17時まで。
休憩を除いて1日7時間半、空の下での肉体労働である。

作業内容は、トラクターや手斧で切り倒したサトウキビを、
不要な葉っぱを鎌で削ぎ落とし、トラックに積み込めるようにまとめるというもの。
作業そのものは、ベテランの方とはスピードで大きな差が出るものの、
誰にでもできると言ってもいいと思う。
但し、肉体的にはかなりハードである。
1回の休憩まで約2時間、1本でも重たいキビを引っ張り上げて左手のみで支えながら、
右腕は延々と鎌を振るい続ける…。
旅でたくさん歩いているおかげで足腰はだいぶ強くなっていたものの、
一方でロクに使われていない僕の上半身の筋肉は、1日で見事にパンパンになった。

しかし、それ以上に最大の敵は、日射だった。
僕らが初めて作業に参加した日は、島の人でさえ堪えたと言う、今年一番の暑さだった。
日陰など無い空の下で、島の強烈な日差しと30度近い気温の中で2時間動き続けていると、
さすがに眩暈がしそうになった。
僕は気合いのみでなんとか作業終了まで立ち続けたが…、
特に後半の作業スピードはガタ落ちで、足手まといになってしまったのは明らかだった。

僕らを雇ってくれたおっちゃん(以下、おじぃと呼ぶ)は当初、
2日間の予定で声を掛けてくれていたのだが、
1日目の作業終了後に、「明日はもうやめておきなさい」との言葉が…。
それは僕らの体調を心配してのことだったのだが、
僕には、「クビ」を言い渡されたように感じてしまった。

悔しい。ここで引き下がりたくはない。そう思った。

「キビ刈りはキツい」という話は聞いたことがあったし、
別にナメていたつもりはないが、それでも今日の僕はバテた。
だけど、ヘロヘロになりながらも1日やり通したことで、
ようやく掴めてきた作業の流れがある。
幸い、翌日は曇りで気温もぐっと下がる予報だった。
明日なら、今日よりもずっと戦力になれる自信はあった。

体調も崩しかけていたNさんは休むことになったが、
僕はおじぃに頼み込み、もう1日作業に参加することを了承して頂いた。

翌日は予報通りで涼しい北風も吹き、「作業日和」と呼べる天気だった。
コツが掴めてきたのもあって、昨日とは段違いのスピードでキビを積めているのがわかる。
両腕はひどい筋肉痛だったが、この日は楽しさが苦しさに勝った。

休憩時間に、一緒に作業をしていたおっちゃんがくれたおにぎりの味、
仕事後に、おじぃと飲んだビールの味。
その美味さ、その喜びを、僕はいつの間にか忘れかけていたかもしれない。

波照間島の場合、サトウキビ刈りの作業は数世帯の「組」を作って行っている。
キビの畑は各世帯が個人で所有・管理しているのだが、
作業については、上に書いた通りの方法故に人手をかなり要するため、
数世帯の人員を総動員し、1~2日毎に、各家の畑を順々に刈り取っていく。
お互いがお互いの畑を手伝うことになるこの仕組みは、
いい意味で刺激にもなるし、とても温かいものだった。

2日間、僕に声を掛けてくれたおじぃの畑の刈り取りをしたので、
次は1日休みを挟んで、別の家の畑を作業する予定になっていた。
そちらのご主人からも「ウチの畑も手伝って行ってよ!」と声を掛けて頂いて、
結局僕はこの後、さらに3日間作業に参加させて頂いた。
(その3日も、涼しく快適な天気で気持ち良く作業を終えることができた。)

それにしても、島の人達は本当に元気だ。
雇い主のおじぃは、今年で70歳になると言うのに、
ぶっとい腕で、僕なんかよりずっとスピーディに作業をこなしていた。
他にも、70代のおばぁちゃんが一緒に作業してたな…。

おじぃは、以前は島の製糖工場に勤めていたそうで、
それだけでも暮らして行ける程の年金もちゃんと貰えているようだった。
それでも、なぜまだ働くのか?と訊ねたことがある。
答えは簡単だった。
「働く喜びを感じていたいから」だって。

おじぃの好意で、2日目の作業を終えた次の日から、
おじぃの家に泊めて頂くことになった。
来月から息子さん家族が帰って来て住むらしいのだが、
今は広々とした家に1人暮らしということで、部屋はたくさん空いていた。
寝る場所を頂けるだけでも有難いのに、
結局、滞在中は食事からお酒まで全部面倒を見て頂いて…、申し訳ないぐらいだった。

与那国で泊めて頂いた家でもそうだったが、島の暮らしは実に開けっぴろげである。
家に鍵など掛けないとは噂で聞いていたが、全くその通り。
ある時は、売店まで買い物を頼まれたのはいいが、
「これを持ってけ!」と財布ごと投げ渡される始末。
ヨソモノで居候の僕を、そんなに信用しちゃっていいの!?
僕は逆に気が引けてしまい、結局買い物に出る時にはその財布を置いて行ったのだった…。
それ以外は、食事などは遠慮すると逆に怒られる(苦笑)ので、
いつも有難くお腹いっぱい食べさせてもらったけどね。

5日目の作業を終えた翌日、午後一番の船で、僕は波照間を発つことに決めた。
この日も、僕がお手伝いさせて頂いた組はお休みではなく、みんな黙々と汗を流していた。

前夜にあったお酒の席で、僕は皆さんの写真を撮らせて頂くことを了承頂いていた。
あるおっちゃんは、仕事中に通りすがりの観光客にカメラを向けられるのは、
あまり気持ちが良いものではないと話していた。
彼らの仕事は観光の見せ物ではないのだから、当然の意見だと思う。
僕もそれはなんとなく空気で感じていたから、
今まで散歩中にキビ刈りのシーンを見かけても、
本当は撮りたいけれど、どうしてもカメラを向ける気になれなかった。
けれど、今回皆さんと知り合って「通りすがり」ではなくなった僕は、
晴れて了解の上でカメラを構えさせて頂くことになった。
(こうなると、今度はヘタな写真は撮れない気がして、勝手に緊張してたなぁ…)

波照間の仕事人たち。
サトウキビ刈り①@波照間島
サトウキビ刈り②@波照間島
サトウキビ刈り③@波照間島
サトウキビ刈り④@波照間島
サトウキビ刈り⑤@波照間島
サトウキビ刈り⑥@波照間島
サトウキビ刈り⑦@波照間島
サトウキビ刈り⑧@波照間島
サトウキビ刈り⑨@波照間島
サトウキビ刈り⑩@波照間島
サトウキビ刈り⑪@波照間島

バングラデシュでも感じたが、
真剣に仕事をしている人の姿は本当にカッコ良くて、
その表情にシャッターを切る瞬間は、実に気持ちいいんだよな~。

波照間島は、農業(サトウキビ)で生きている島だ。
逆に言えば、積極的に観光に頼らずとも、
(少なくとも今のところは)生きていける環境があるとも言える。
決して便利ではなく、物質的に豊かとは言えないかもしれないが、致命的な貧しさも無い。
だから、島の人々に訊くと「今のまま」を望む声がほとんどで、
実際にそれがある程度可能な条件が整っている。

それは、幸運なことかもしれないと思う。
貧しさ故に観光に頼らざるを得ず、
本来その土地が持っていた良さを失ってしまったケースもたくさん見てきたから。

石垣行きのフェリーに乗り込む時、
この旅に出て最も強く別れの寂しさを感じていたけれど、
次に来る時もきっと、この島は変わらぬ魅力で迎えてくれるだろうと思えるから、
僕は安心して波照間を後にすることができた。

この島で待っていた、数々の不思議で素敵な出会いを、僕はきっと忘れない。
そこに僕を導いてくれた波照間島と、
おじぃを始めお世話になった島の皆さんに、心からありがとう!

---------------------------------

ここで、お世話になった波照間のおじぃから頼まれたお知らせを。

波照間島でサトウキビ刈りの仕事を体験してみたい方を募集中です。
お手伝いしてくれる方には、
水道光熱費込みで部屋を無料で貸してくれるとのこと。

期間は、毎年12月頃~4月頃まで。

もちろん、日当もちゃんと出ます。
興味のある方には、参考までに僕が今回の体験で頂いた金額はお教えしますが、
単純に金額だけで比べるなら、街でバイトをしていた方がずっと良いです。
恐らく、お金目当てでやるような仕事でないことはわかって頂けると思うけど…。

けど、例えば「1回行ったらまた次の年も行かなきゃいけないかも?」とか、
そういう意味での重みを感じる必要は無いと思います。
島が若い労働力を欲していることは事実ですが、
僕がお世話になったおじぃの場合は、それだけを求めているわけじゃなくて、
純粋に外から来た若者との交流を楽しんでいるんですよね。
なので、「とにかく一度やってみたい!」という気持ちひとつあれば、温かく迎えてくれるはずです。
僕のような短期のお手伝いでも、もちろん大丈夫と思います。

もし興味が沸いた方は、ここのコメント欄でもいいし、
直接メールでも構わないので、質問でも何でも僕まで連絡を下さい。
本気で波照間に行く気になった時は、おじぃに紹介させて頂きますので。

ちなみに僕は、おじぃの指令で、
「次は彼女を連れて来なさい!1人だったら来るな!」と言われてしまったので、
早く2人で行けるようになんとかせねば…。(汗)

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旅日記-日本 | 14:50:37 | トラックバック(0) | コメント(4)
巡り合わせの不思議
「那覇から羽田のチケットがあるんだけど、要らないかなぁ?」

波照間島の宿で知り合ったSさんが、急にそんな話を持ち出してきた。
朝ご飯はとっくに食べ終わっていたのだが、
晴れたり曇ったりのハッキリしない天気のせいもあって、
なんとなくゲストハウスの共同部屋でダラダラと過ごしていた時のことだ。

なんでも、それはSさんの友人の友人(だったかな?)が購入した往復チケットの復路分なのだが、
その男性が訳あって別の日に帰らなければならなくなったらしい。
そこで、捨てるぐらいなら誰かに格安で譲ってしまおうということで、
(どういう経緯かは忘れたが)Sさんがそれを預かることになり、希望者を探しているところだった。

「でも、石垣発じゃなくて那覇発だからねぇ~」と話すSさん。
前の日記に書いた通り、現在は八重山から沖縄本島へのフェリーが無くなってしまったため、
そのチケットを利用するためには、先ず那覇まで飛ばなくてはならないのだ。
確かに、ここ波照間島や石垣島に来ている人達の中に、
那覇~羽田間だけのチケットを欲しがるなんて都合の良い人はまずいないと考えるのが普通で、
もう捨てることになっても仕方ないぐらいの気持ちでいたのだろう。

しかし、そんな都合の良い人が、この波照間島にいたのだ。
そう、他ならぬ僕である。

そのチケットのフライトスケジュールを聞いた時、そんなことがあるのか…?と思った。

Sさんの持つ那覇発羽田行きのチケットは、
「4月21日 那覇 10:00発(スカイマーク便)」

一方、前の日記にも書いたが、僕の持つ石垣発那覇行きのチケットは、
「4月21日 石垣 8:30発(ANA便)」

石垣~那覇間のフライト時間は約1時間弱なので、
那覇空港到着は順調に行って9時半前ぐらい。
一旦荷物を受け取って再度搭乗手続をする(航空会社が違うので)には際どい時間に思えるが、
絶妙と言えば絶妙な時間でもある。
これは…、一体何なんだ!?

僕が那覇発の飛行機を予約していなかったのは、
既に書いた通り、まだその先も1ヶ月程旅を続ける予定でいたからだ。
その場合は、途中の島に寄り道しながら鹿児島まで船で渡り、
後は5月下旬までに陸路で東京へ帰ることを考えていた。
しかし、最近1つ頭を悩ませていたのは、ゴールデンウィークの存在。
行楽地が大混雑するであろうあの期間をどこでどうやり過ごすか…、
考えるだけでも面倒なことであった。
仮に東京に戻ったら、逆に連休を使って会いたい人もいるし、
本を読んだり調べものをしたり、やりたいこともあった。
だから、いっそのこと帰っちゃうか?なんて考えも、頭の片隅には浮かんでいた。

そこにこんな話が舞い込んで来たら、
どう考えても、僕のために用意された物としか思えないじゃないか!
しかも僕は、自分でもよく意味がわからず朝イチの便を予約してたんだよな…。
それも全てはこのためだったのかと、この時納得してしまった。

当たり前だが、Sさんの持っているチケットの名義は別の人のものである。
つまり、もしチケットを譲り受ける場合は、
その人になりすまして利用するしかない(もちろん、本当はNG)わけだが、
名義の人物は、「26歳 男」であった。
国内線の場合、基本的に身分証チェック等本人確認をされることは無いので、
この問題も、「27歳 男」の僕なら恐らくクリアできてしまうわけだ…。

もちろん、まだ旅を続けたいという思いもあったから、多少は悩んださ。
だけど、僕はこの偶然とは思えない偶然に従ってみることにした。
だって、その方がワクワクするから☆
帰った先に何かが待っているのかもしれない。
そのための巡り合わせなのかもしれない。
もし結果的に何も無かったとしても、そうやってワクワク感を味わえるだけでも楽しかった。
それこそが、まさに旅の醍醐味じゃあないか!

この一件があって、この日は朝から興奮していたのだが、
不思議な巡り合わせはさらに続いた。

既にお昼が近付いており、いい加減ダラダラし過ぎと思ったので、
同じく宿で知り合ったNさんと散歩に出掛けた。

学生の頃から日本も海外も各地を旅されてきたNさんが、
キルギスにも行ったことがあるという話は、前日の夜に既に聞いていた。
(Sさんと共に前日夜に宿で出会い、そのまま数時間3人で話をしていたので)
うろ覚えだが、キルギスという国が話題に上ったのは、
例の政権崩壊のニュースがキッカケだったかな。

ふと、あの国へ行ったのなら、同じ宿に泊まっていたかも?という想像が僕の頭をよぎった。
キルギスのように、旅行者も情報も他より少ない国の場合、
旅行者が集まる宿も限られてくるため、
同じ宿に泊まること自体は特に珍しいことではないのだ。
僕にとって、首都・ビシュケクで泊まったのが記憶に残る宿だったこともあって、
改めてその話題をNさんに振ってみることにした。

予想は当たりだった。
続けて、「(キルギスには)いつ頃行かれたんですか?」と尋ねた。
この時僕の頭の中では、宿のオーナー夫妻や子ども達のことを思い出していて、
Nさんが訪ねた時はどんな様子だったのかな~?など聞いてみたかったのだ。

そんなことがあるのか…?と驚くのは、この日2度目だった。

Nさんが記憶を辿っていくと、
ビシュケクを訪れたのは、昨年の8月頭頃だったことがわかってきた。
僕も同時に記憶を辿っていたのだが、
おいおい、まさか…?

僕の記憶の中で、あの時ビシュケクの宿にいた日本人と言えば…、
一緒に散歩をしたMさんと、仙台の写真屋さん、
それともう1人、世界のほぼ全ての国を旅して来たと言う大ベテランの方がいたのは憶えている。
(→ こちら を参照)

詳しく尋ねてみると、Nさんが「仙台の人」と一緒にビシュケクに来たことがわかった。
その人が写真屋さんだということをNさんは知らなかったが、同一人物に間違いなかった。
仙台の写真屋さんがビシュケクの宿に来たのは…、8月1日だ。
そうだ、夜遅くまで話し込んでいた、あの日だ。

あの日、隣の国・カザフスタンから入国したNさんは、
疲れ切っていたため、早く寝てしまったのだと言う。
そういえば、言われてみると…、そんな人がいたような気もしてきた。
まじまじとNさんの顔を改めて観察する(←失礼)と、
う~ん…、見たことがあるような気も…。

Nさんもまた、約7ヶ月半前の記憶を引っ張り出していた。
名前こそ知らなかったようだが、Mさんと旅のベテラン氏のことも思い出したようで、
ようやく、僕は確信した。

僕らは、初対面ではなかった!

Nさんの記憶には、こんなシーンが残っていた。
僕もすっかり忘れていたのだが、
あの日の夜、僕ら(Mさんや、他の欧米人など)はスーパーで買って来たスイカを外で食べていた。
そこに、外出していたNさんが帰って来た。
その時に、Mさんから「良かったらどうぞ」とスイカを勧められたらしいのだが、
疲れ切っていたNさんは、(本人曰く)愛想悪くそれを断ってしまったのだそうだ。
僕はその時Mさんの横でスイカにかぶりついていたはずで、
言われてみれば、僕もそのシーンを横で見ていたような気もするんだよな…。

さらに2人の記憶を辿っていくと…、
部屋(ドミトリー)でNさんが使ったベッド両隣には、
右にMさん、左に僕がそれぞれ寝ていたことも判明。(笑)

僕はすっかり興奮気味で、Mさんの携帯に電話を掛けた。
(日本に帰って来て間も無く、僕は約束通りMさんと再会を果たしていた。)

Mさんも、写真屋さんと一緒に宿へやって来た人がいたことを憶えていた。
翌朝早くに発ってしまった僕は、あの時Nさんと会話を交わすことはなかったのだが、
翌日の昼頃まで宿にいたMさんは、Nさんと少し会話(挨拶程度?)もしていたらしい。
僕と電話を代わったNさんは、愛想悪くスイカを断った件を謝っていた(笑)が、
Mさんはスイカを勧めたことは憶えていなかったようだ。

遥か遠い国で、ほんの一瞬すれ違っただけの2人が、
こうして日本の最果ての島で、再び巡り会った。
顔見知りに偶然再会するというシチュエーションでも十分にすごいが、
ほとんどお互いの記憶にも残っていなかったのに、
会話の中で「再会だった」事実に気付いたということが、尚すごいと思った。
たまたま同じタイミングで波照間島にやって来て、同じ宿を選んだとしても、
そこでゆっくり話し込むまでの関係にならなかったら、
今回が「初対面」になっていたかもしれないのだから…。
それは、宝くじでウン千万円を当てるよりも確率の低い出来事だったかもしれない。

Nさんが言った。
「こういうことが起こるから、旅がやめられなくなっちゃうんだよな~」

そう、時にこんな不思議な出会いが待っているから、
まだ見ぬ新しい出会いに心躍らせて、人はまた旅をしちゃうのかもね…☆

そんな不思議な体験が待っていた波照間島。
石垣島から高速フェリーで約1時間の距離にあるこの島は、
有人島としては日本最南端にあたる。(「無人」の最南端は、沖ノ鳥島)

南の果て。
日本・南の果て@波照間島
「西」に続き、2つ目の日本の端っこに到達。
この勢いで、「北」と「東」も行ってしまおうか…?

波照間島には、山が無い。
海から島の内陸に向かっては緩やかな傾斜になっているだけで、
島のそこかしこにサトウキビの畑が広がっている。
外周には立派に舗装された道が通っているが、
数十分歩いても全く車を見かけなかったりもする。
僕が昔からイメージしていた「島」に最も近い、ゆったりとした空気のある場所だった。
フィーリングがピッタリ合ったのだろう。
八重山に来て、僕が一番居心地良く感じた島がここだった。

石碑。
石碑@波照間島

ヤシの実ひとつ。
ヤシの実ひとつ@波照間島

ゴツゴツ岩。
ゴツゴツ岩@波照間島

吸い込まれそうな高台。
吸い込まれそうな高台@波照間島

丘の休憩所。
丘の休憩所@波照間島

僕の好きな道。
僕の好きな道①@波照間島
僕の好きな道②@波照間島

止まれ。
止まれ@波照間島

シロヤギ3兄弟(?)。
シロヤギ3兄弟(?)@波照間島

オマケ。笑うサンゴ石(砂浜の拾い物)。
笑うサンゴ石@波照間島

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あまりにも話がデキすぎていただけに、
これは誰かの陰謀で、飛行機が落ちるんじゃないか?なんて不安になったりもしてたけど、
無事に21日に羽田に降り立ち、今に至ります。
間に合うか?とドキドキしていた乗り継ぎも、思ったよりは余裕でしたね。

本文中に書いた通りで、5月下旬に東京で用事があるので、
それまでは近場(の範囲が広がってきてるけど…)をウロウロしていることにします。
またその次は、6月後半に福岡で用事があるので、
その前後は九州方面をぶらぶらしようかな?と考え中。

このブログについては、引き続き気まぐれ更新ということで。

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