■プロフィール

joplus

Author:joplus
「もっと世界を見てみたい!」
という単純な理由で、
世界経済危機をものともせず…
否、ただ歯止めがかけられず、
会社を辞めて旅に出た浅はかな男。

でも、いつ終わるかわからない人生、
やりたいことをやりたい時に、
楽しめるだけ楽しまないと♪
…と、勝手に開き直ってる若造です。

たくさんの「違い」に出会うため、
風と気の向くままに歩き回ります。
キーワードは、「自然体」。
できるだけナチュラルな心で、
「違い」で溢れた世界に浸って来たいと思います。

(画像 : photo by たびかめ氏)

■最新記事
■最新コメント
■最新トラックバック

■カテゴリ
■月別アーカイブ
■RSSリンクの表示
■リンク
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | --:--:--
後半戦スタート
チベット族自治州の旅のスタートに選んだのは、興海(シンハイ)という町。
狭い街の中を歩いていると、視線が痛い。
チベット族の人が多いとは言え、まだ漢民族や回族(ムスリム)の人の姿も見かけるから、
外国人であることはわからないと思うんだけどな…。
単純に、ヨソ者の旅行者が珍しいのかな。

しかし、必要以上に警戒されている感じで、
無言でジロジロ見られるのはあまり気持ちがいいものでもない。
そこで、仏教徒らしく見せれば、多少は警戒が和らぐのでは?と考えた。
一番お手頃に身に付けられる仏教グッズ(?)と言えば、やっぱり数珠でしょう。
早速街の民族用品屋に足を向けてみた。
店の兄ちゃんに、「どこから来たんだ?」と訊かれたので、
日本人で、数珠を探していて、ゴンパ(寺)にも参拝に行こうと考えている旨を説明。
すると、奥の方から木製の朱色の数珠を持って来てくれた。
ちょっと埃被っていたけれど、きれいな色だ。気に入った。
値段を訊こうと思ったら、
「送給你(ソンゲイニー = プレゼントするよ)。」と、嬉しそうに渡してくれた。
遠い異国の仏教徒が参拝にやって来たことを歓迎してくれたのだろうか?
本当は仏教徒じゃなくて申し訳ないけれど…、大事に使わせてもらうよ。ありがとう。

さて、ガイドブックによると、興海から約30km離れたセルゾン・ゴンパ(中国名・賽宗寺)までは、
朝早くに乗合タクシーが出ているらしい。
…が、張り切って早起きして探し回ってみたものの、車は見つからない。
タクシーの運ちゃん達曰く、その朝イチの車は「無くなった」ようである。
僕が入手したガイドブックの内容は3年程前の情報なので、まぁそれは仕方ない。
「じゃあ別の時間に出る車はあるのか?」と訊いて回ると、
「夕方に出る」という答えもあれば、「無い」という答えもある。
しかし、仮に夕方に車が出たとしても、今日中に興海の町に戻って来るのは時間的に厳しいだろう。
「寺の周辺に泊まる場所はあるのか?」と聞くと、これまた「ある」と「無い」と真っ二つ。

どっちが正しいのか…、
いや、どっちも正しいのかもしれないし、どっちも違うのかもしれない。
昨日まであったものが今日無くなることもあるだろうし、
今日は無かったけれど明日はあるってことも有り得る。
ここは中国、そんなところ。
どの情報を信用するかは、ほとんど賭けに近い。

しばし悩んだ結果、今回は勝負を避けることにした。
ここで無理しなくても、寺はこの先にもたくさんある。
さ、決めたらさっさと次へ動こう。
次の目的地の同徳(トンドー)行きのバスチケットを買いに行くと、
今度は「バスが故障したから今日は出ない」ですか、そうですか…。

見事な肩透かしを喰らい、トボトボとバスターミナルを出て来ると、
屯していた乗合タクシーの運ちゃん達がわらわらとやって来た。
運良く、同徳行きの車を発見。
値段もバスとほぼトントン、やれやれである。

途中の峠から見た風景。
初めての黄河
これが、実は初めて見た黄河。
曇って少しボヤけているのが、逆に黄河のイメージに合う気がする。

同徳へやって来たのは乗り継ぎのため。
次の目的地の拉加(ラージャー)へは、
瑪沁(マーチェン)行きのバスに乗って途中下車する。下調べは完璧なのだ。
…が、同徳のバスターミナルに行ってみると、壁の時刻表に張り紙が。
瑪沁行きは「暫停」(←読んで字のごとく、休止中の意)ですか、そうですか…。

とりあえず腹ごしらえを済ませ、さて、また乗合タクシーを探すかなと思っていたら、
拉加の手前30kmにある町・河北(ホーベイ)行きのバスがやって来た。
バスターミナルには、河北行きも「暫停」と書いてあったのだが…。
全く、何を信用していいんだか…。(←とボヤきつつ、半分面白がってる自分)
河北は、拉加や瑪沁へと続く幹線道路沿いにある町。
そこまで出られれば、車探しも楽になるだろう。ということで、乗車決定。

バスの発車まで時間が合ったので、同徳の街をぶらぶら。
町外れで見つけたチョルテン(仏塔)。
青空に白チョルテン@同徳

そして、巨大なマニ車。
巨大マニ車@同徳
この中には経文が入っていて、1回しすると経文を1回読んだことになるのだそうな。
大きさは様々で、このような1人で回すのに体力を使うものから、携帯用のコンパクトタイプまである。
ちなみに、チベット仏教では必ず時計回りに回す。

河北に着いたところで、この日はタイムアップ。
日が暮れてきたので、ここで宿を取ることにした。
バスの運ちゃん達が、自分らが泊まる招待所(←中国での安宿の一種)に案内してくれた。
お世辞にもキレイとは言えないが、宿の人も良いし値段も文句無しだったので、ここで決定。
その流れで、運ちゃん達と一緒に夕飯へ出掛けた。

食後に1枚。
食後の運ちゃん達@河北
最初バスに乗った時はみんなカタい顔をしてたのに、すっかり柔らかい表情になってくれた。
中国の(主に漢民族の)人たちの場合、
イスラム圏のように、初めからウェルカムな雰囲気で笑顔を向けてくれる人は少ないけれど、
ちょっと話をするとすぐに打ち解けてくれる人もたくさんいるんだよね。

ところで、地元の人と会話をする中で、いつも回答に困る質問がある。
1つは、「宗教は何か?」という問い。
これは特にイスラム圏で訊かれることが多かった。
以前にも日記に書いたけど、「無宗教」と答えたら、
「Poorな人だ。今からでもいいから、神を信じなさい。」と言われてしまったり…。

そしてもう1つが、「(仕事をしていた頃の)給料はいくらか?」という問い。
今回出会ったバスの運ちゃん達にも訊かれた。
日本の会社で働いていた僕が頂いていた給料の額は、彼らの何倍も多いはず。
ウソは吐きたくない。物価が違う以上、仕方が無いことなんだ。
…でも、なんだか正直に伝えるのは気が引ける。
最近は、正確な額を言わずにはぐらかすことが多いな…。
他の旅人の皆さんは、どう答えているのかな?

さて翌日。思惑は大ハズレ。
朝早くから街道に出て拉加方面への車を探すも、そもそも車通りが少ない。
せっかく捕まえても言い値が高かったり、思わぬ苦戦を強いられた。
結局ヒッチに成功したのは、ようやく車の通りが増えてきた11時頃。約3時間待った。

そして辿り着いた、ラジャ・ゴンパ(拉加寺)。
西寧を出て3日目にして、ようやく初めてチベット仏教の寺院にやって来た。

正面入口。
拉加寺正面門

本堂。
拉加寺本堂
よく見ると、僧の上着が脱ぎ捨てられているのが見えるかと…。
これ以外にも、境内にパイプ椅子や布きれが放置されていたりした。
チベット僧の皆さまは、意外とルーズなのかも?

これもマニ車。ズラーッと並んでいるのを全部回していると、けっこう右腕がくたびれる…。
マニ車整列@拉加

意外に小さな寺院だったので、小一時間で回れてしまった。
まだ時間は昼過ぎ。次の瑪沁まで行けそうだ。
1時間ほど歩いた先の集落で、再び車を探す。
乗合タクシーはすぐに見つかったが、夕方になればバスが通るとの情報もあった。
値段的には、当然バスの方が安い。
しかし、例によって本当に来るか来ないかは運なわけだが、
今回は勝負してみる(バスを待つ)ことにした。
街道沿いの売店のおばちゃんが、自信を持って「17~18時に来る!」と言い切ったので、
それに賭けてみるのも面白いと思っただけ。ほとんど気分で決めている。

ネット屋で暇を潰した後、17時前に街道に戻って来た。
17時半頃まで待っていたら、1人の乗合タクシーの運ちゃんが声を掛けてきた。
どうやらあと1人客が欲しかったようで、特別割引運賃で乗せてくれるらしい。
聞き込みで確認したバス運賃とほぼ同じ値段だったので、乗車決定。
結局バスの有無は不明のまま終わったけど、結果オーライ☆

1つ1つ書いていたらキリが無いので省いてしまっているけれど、
これらの待ちも含めた時間の中で、本当はもっと色んな人と色んなやり取りをしている。
上手くいったりいかなかったり、結果は色々だけど、
そうやって自分の道が繋がっていくのが感じられる。それがすごく楽しい。
ちょうど、「1年まで」と決めた期間の半分が終わった今、
旅の醍醐味の原点に帰れているような気がする。
後半戦も風の向くまま、流れを楽しんでいきましょう!
スポンサーサイト


テーマ:海外旅行記 - ジャンル:旅行

旅日記-中国② | 17:20:11 | トラックバック(0) | コメント(2)
コメント
よさそうな国やね。

あいかわらずコントラストが絶妙ないい写真だ。

大学の時の一授業で得たしょうもない宗教の知識なんですが、
宗教色の強い国ってのは、宗教は義務ではなく、権利に近いんよね。
やっと勝ち得た選挙権みたいなもんかな。
そんな大切な人類の権利を捨てちゃうなんて、なんて野蛮なんだってなちゃう。

それと、宗教が、それらの国の道徳的基盤になっている現実がある。
その国の治安と文化を、法律とともに守ってる。
無宗教と言うと、道徳的観念が薄く見られる。

じゃあ、宗教色の薄い日本に道徳がないかと言えば、そんなことないわね。

ひとつに、日本の仏教が、世界的に見て特別に、
強制力の少ないものだったことが、理由にある。
だからいまいち宗教を実感しにくいけど、
日本人の根底にある、共通した倫理や道徳は、そこからきてることが多い。

何が言いたいかといいますと、
日本の宗教は、一般的に、文化的イベントや道徳に溶け込んでいて、
見えにくくなってはいるけど、

チベットの人や、イスラム圏の人が言うところの、
宗教(道徳であったり、文化であったりの意味で)は
ちゃんと日本人にもあると思うわけです。

ですから、ジョー君は自信もっていいと思うわけです。
長々ごめん。
2009-09-10 木 21:58:46 | URL | ぼぉ [編集]
>ぼぉさん
いつも覗いて頂いてありがとうございますです。
色々問題もありますが、なんだかんだで僕はこの国好きですよ。

宗教色の強い国と言うと、イスラム圏の国を幾つか見てきましたが、
たしかに法律と同等かそれ以上の効力をもって、
人々の生活を根っこから支えているように思いますね。

日本には日本独自の文化や道徳観がちゃんとあるってことはわかります。
「宗教」って概念に対してちょっとカタくなってましたけど、
なるほど、そういう風に考えると、
「無宗教」だろうと、ちゃんと根っこはあるんですよね。
僕の好きな言葉、「頂きます」「ご馳走様」もその一つかな?
次からは、自信を持って回答できそうな気がします。

ぼぉさんには、いつも新しい考え方を見つけさせて貰ってます。
またのコメントお待ちしてます☆
2009-09-11 金 23:07:46 | URL | joplus [編集]
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。