■プロフィール

joplus

Author:joplus
「もっと世界を見てみたい!」
という単純な理由で、
世界経済危機をものともせず…
否、ただ歯止めがかけられず、
会社を辞めて旅に出た浅はかな男。

でも、いつ終わるかわからない人生、
やりたいことをやりたい時に、
楽しめるだけ楽しまないと♪
…と、勝手に開き直ってる若造です。

たくさんの「違い」に出会うため、
風と気の向くままに歩き回ります。
キーワードは、「自然体」。
できるだけナチュラルな心で、
「違い」で溢れた世界に浸って来たいと思います。

(画像 : photo by たびかめ氏)

■最新記事
■最新コメント
■最新トラックバック

■カテゴリ
■月別アーカイブ
■RSSリンクの表示
■リンク
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | --:--:--
仏教聖地探訪
再び、インドへ戻る。
その国境へ向かう夜行バスに乗った時の僕は、浮かない気分だった。

決して、ネパールに居た時間の全てがつまらなかったわけじゃない。
ただ、いつに無く消化不良感が残っているのは確かだった。
トレッキング以降感じていたズレの部分を、
最後まで修正し切れずに終わりを迎えてしまった…、わかりづらいけど、そんな感じ。

こんなテンションで、インドを楽しめるだろうか?
バンコクからデリーに飛んだ時の、あの高揚感が今は無い。
あの時は、無心でギラつく人の渦の中に飛び込んで行けたけど、
情けないことに、あの強烈なエネルギーと渡り合える自信がすっかり失せていた。

しかし、国境を越えた瞬間、「あれ?」って思った。
ここ最近引きずっていた(嫌なズレの感覚と、それを修正できない自分への)イライラ感が、
どこかへ飛んで行ってしまった気がした。
国が変わって心機一転、単純に気持ちが入れ替わったのか?
それも全く無いとは言えないけど、
国境を踏み越えた時の僕の心境の中に、ほぼそういう期待は無かったと思っている。
ほとんど無意識のうちに、インド側の空気に触れた途端に、
パッと足の重さが消え去ったように感じたのだ。

中国からラオスに入国した時の、あの感覚に似ていると思った。(→ こちら を参照)
自分でも実に意外な話なのだが、
僕はネパールよりインドの方と波長が合うのだろうか?

この両国を訪れる前は、逆だろうと思っていた。
ほぼ確信的に、そう思っていた。
「インドからネパールに入ると、その穏やかさに癒される。」
多くの人がそのように語っていたし、
賑やかな街より静かな田舎を好む僕が、
ネパールの方を強く気に入るのは間違いない!…はずだったから、不思議でしょーがない。

ただ一つ、前回インドに居たのは10日間ほどで、
さらにそのうち半分は、インドでありながら穏やかなチベット圏のダラムサラで過ごした。
まだ何かに疲れるほどインドを味わったわけじゃなかった。
もっと時間が経ってからネパールに来ていたら、また違っていたのだろうか?
けど、皆が言うほどネパールが穏やかじゃなかったのは確かだと思うんだが…。

まぁいい、完全に予想外だったけど、
何にしても気分良くインドに戻れたのは、悪くない流れじゃないか。
このフィーリングを信じて、突っ走ってみるのも面白い。テンション復活!

僕が今回利用したのは、ビールガンジ(ネパール側)-ラクソウル(インド側)の国境ポイント。
前回のルペディア(インド側)-ネパールガンジ(ネパール側)国境よりはメジャーと聞いていたが、
ハッキリ言って、こちらもいい勝負のローカルっぷりだった。
例の強盗多発地帯であるスノウリ国境を避けてこちらに来たわけだが、
拍子抜けするほど平和な雰囲気そのものであった。

この国境をインド側に抜けたツーリストの多くは、
まずはバスで約6時間ほど南へ、パトナーの町を目指す。
そこで別のバスや列車に乗り継いでもう一息南へ行けば、
仏教における最高の聖地の一つである、ブッダ・ガヤーに着く。

数日前までは、僕もそのルートに乗るつもりだった。
…が、本来こじんまりとした静かな町であるブッダ・ガヤーに、
現在は大量のツーリストが押し寄せていて、
宿も見つからない(or 超スペシャルシーズン価格になっている?)との情報が入った。
理由は、年明け間も無く行われる、ダライ・ラマ14世による「Teaching」だ。
それに向けて、既に町の宿泊キャパをオーバーするほどの人が集まっている、ということらしい。

ここでも書いた通り、僕は先月にダラムサラで行われた「Teaching」に、
実にタイミング良く参加させて頂くことができたのだが、
何の巡り合わせか、再び僕の予定していたルートと時期にドンピシャで合ってしまったのだ。
しかし、今回はどちらかと言えばバッドタイミングである。
今もう一度「Teaching」を受ける気は無かったし、
人で溢れたブッダ・ガヤーというのは、魅力を感じなかった。
結局、ブッダ・ガヤー訪問は諦めることにした。
ちょうど仏教に関心が沸いてきたところだったので、非常に残念だったのだが…。

そして次の目的地へ向かったところ、そこで出会った方から新たな情報を得た。
ここから日帰りできる距離にも、仏教の聖地とされる場所があるとのこと。
(よく読むと手持ちのガイドブックにも載っていたのだが、それによると、)
ブッダ・ガヤーが、ブッダが悟りを得た地ならば、
サールナートは、ブッダが初めて説法をした地だそうで、
いずれも四大仏跡の一つとされている。
うん、即決!早速翌日に行ってみることにした。

聖地サールナートまでは、オートリクシャー(東南アジアの「トゥクトゥク」と同じ3輪タクシー)を利用。
これ、絶叫マシン好きにはお勧め。下手な遊園地よりスリルを楽しめる。
車やバイクや自転車や牛(←インドらしい)の洪水の中を、
巧みなハンドル捌きですり抜けて行くのは、まさしくプロの技だ。
…まぁ、たまに事故っているのも見かけるけど。(笑)
ミラー越しに運ちゃんの顔を覗くと、
先程まで値段交渉をしていた時のヘラヘラ顔からは想像もつかない表情に驚く。
つり上がった目は、完全に「勝負」に入っている。
彼らにとって、これは戦いなんだ。町はレース場なんだ。

20ルピー(=約40円)のジェットコースターを降りれば、
そこはもうサールナートの中心広場だった。
広場のど真ん中には、巨大な赤茶色のストゥーパが立っている。
大昔、6世紀に造られたもので、高さは31mもあるそうだ。
…そんな歴史あるものとは露知らず、
裏門から遠目に眺めて満足し、入場料100ルピー(=約200円)をケチった自分…。
見たところツーリストよりも仏教徒の参拝客の方が多かったし、これは入っておくべきだったか…?

周辺を散策していると、各国の寺院がぽつぽつと建っている。
個人的には、ストゥーパよりこちらに興味があって、
国ごとの寺院の雰囲気の違いを見てみたかった。

例えば、「中国寺」はこんな感じ。
中国寺@サールナート
(チベットを除いて)中国で寺を見に行ったことはほとんど無かったが、
なるほど、こんな雰囲気だったかなぁと。

一方、「日本寺」。
日本寺@サールナート
ここに来て、ホッとしている自分がいて、驚いた。
日本にいる頃、寺にも宗教にも全く関心が無かった自分が、
日本式の寺を見て「いいな」と思うなんて、初めての経験だった。
この旅に出て、色んな宗教に触れてきて、自分の中で何かが変わった?

木彫りの味。
木彫りの味@サールナート

余裕の笑み。
余裕の笑み@サールナート
これは日本にいた頃から変わらないけれど、
僕は木の香りがする場所やモノが好きだ。

こちらは、「ビルマ(ミャンマー)寺」。
ミャンマー寺@サールナート

ミャンマー式、仏さま。
おばあさま?@サールナート
大変失礼だけど、「おばあちゃん」みたいだと思った。
和やかで親しみの湧く表情だなと。
これを見たからってワケじゃないんだけど、
僕にとってミャンマーは、今最も気になっている国の一つ。

灯火。
灯火@サールナート

------------------------------

さて、本日は大晦日。

…だよな?間違ってないよね?
と、不安になるほど、インドの町には全く年末の雰囲気が無い。
この国には、新暦の正月に年越しや新年を祝う習慣は無いようで、
恐らく、明日もいつもと変わらない1日になるのだろう。
そんな中で、今日で2009年が終わるということを、無理矢理意識してみる。

去年の今夜は、上海の駅近くで、友人達と火鍋を囲んでいた。
中国もまた、新暦の正月を祝う習慣がほとんど無いので、
その時はもちろん楽しかったけれど、静かと言えば静かな年越しであった。

1年前のあの日が、今、すごく遠い。
たった1年前のことだというのが、信じられないぐらい。

あれから、たくさん歩いた。
想像もしていない出会いが、いっぱいあった。
それらが恵んでくれた現実の充実感が、過去を遠くに感じさせるのかな。
けれど、旅に出る前の日々がどんなに遠くなってしまったとしても、忘れてはいないつもり。

僕の2009年初の目標は、「去年より楽しむ」だった。

うん、今年も楽しかった!

そう自信を持って言えるのは、何よりも、この元気な体のおかげ。
僕を今日ここに至るまで運んで来てくれた、全ての出会いと運に感謝!

大切な人たちが、皆元気に今を迎えられていることを願いつつ…、
さぁ来い、2010年!良いお年にしてやりましょう!
スポンサーサイト


テーマ:海外旅行記 - ジャンル:旅行

旅日記-インド② | 19:50:36 | トラックバック(0) | コメント(3)
コメント
ご無沙汰でした。


いろんな国流の寺院があるって、面白いなー。

こうして見てみると、キリストやイスラムが権威を誇示するように巨大かつ豪華絢爛な建造物をこぞって築いたのに対して、仏教寺院は控えめに、思想を体現すべく作られているという感じがする。ビルマ式は誇示してるけどw
宗教=哲学の一派。少なくとも本来はそういうもののはずだから、控えめなあり方っていうのは好感が持てる。ちょっと仏教を見直した。

まあ、僕は神道派なんだけれども。
2010-01-10 日 17:51:18 | URL | ツキシロ [編集]
>ツキシロさん
ども、ご無沙汰でした。
そういう風に考えると、国や宗教ごとの建築様式の違いも、
歴史背景と密接に関連しているのが見えてくるんだろね。
僕には勉強が必要です…。帰ったら高校世界史の教科書を開かねば。
2010-01-10 日 20:48:34 | URL | joplus [編集]
そうだね。きっと歴史背景を知ると面白いだろうな。
それと、地形、地質、気候。砂漠に木造建築はないわけで。
そういうのを勉強して初めて、見えてくるものってきっと多いよね。

僕にも勉強が必要です。
でも教科書はどうしても眠くなるんだよなあ。
2010-01-15 金 01:23:59 | URL | ツキシロ [編集]
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。