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joplus

Author:joplus
「もっと世界を見てみたい!」
という単純な理由で、
世界経済危機をものともせず…
否、ただ歯止めがかけられず、
会社を辞めて旅に出た浅はかな男。

でも、いつ終わるかわからない人生、
やりたいことをやりたい時に、
楽しめるだけ楽しまないと♪
…と、勝手に開き直ってる若造です。

たくさんの「違い」に出会うため、
風と気の向くままに歩き回ります。
キーワードは、「自然体」。
できるだけナチュラルな心で、
「違い」で溢れた世界に浸って来たいと思います。

(画像 : photo by たびかめ氏)

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そして、これから。
光を待つ人々。
光を待つ人々①@九十九里
光を待つ人々②@九十九里
光を待つ人々③@九十九里
光を待つ人々④@九十九里

2011年の夜明け。
2011年の夜明け①@九十九里
2011年の夜明け②@九十九里
2011年の夜明け③@九十九里
千葉県・九十九里にて。

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ここ数年、「楽しむ」ことを毎年の目標にしてきたのだが、今年からは変えていこうと思った。
新しい目標は、「幸せになる」こと。

海外、日本と1年半以上に渡って歩き続けながら、たくさんの「幸せ」に触れてきた。
そして今改めて、自分にとっての幸せのカタチをイメージしてみる。

キレイな景色を眺めること、気持ちいい汗を流すこと、美味しいビールを飲むこと、
人の笑顔に触れること、僕も声を出して笑うこと、安らかに眠れること…、
具体的に挙げれば、いくらでも出てくる。
それらをどんどん整理していくと、「幸せ」を得る上で最も必要となる条件が見えてきた。

「健康」は、最も重要と言ってもいい要素の一つだと思った。
心と体、両方の健康を保つには、生活する土地環境が大事になってくると考えるのだが、
ところで僕は都会が苦手な人間であることについては、もうお分かり頂けるかと思う。
特に東京は、たまに遊びに来るなら悪くないが、長年暮らす場所としては考えられない。
ここで心と体の健康を保ち続けられる自信が無い。
…と、現在も東京都民でありながら強く思っている。

半年以上に渡り、転々と歩き続けてきた日本の旅には、
実は「住みたい土地を見つける」という裏テーマを初めから設けていた。
僕の場合、自然にその方向は地方へ地方へと向かって行くのだが、
別にただ田舎でのんびり暮らしたいというわけじゃない。
僕は、自分が好きな土地にしっかりと根を下ろすことで、新しい「地元」を作りたい。
そのためには、その土地のことを深く理解し、地域社会に溶け込まなくてはならない。
現代の、特に都会で薄れてきている「繋がり」を持つことは、本来は当たり前のこと。
新しい土地で繋がりを広げていくのは時間と根気が要ることかもしれないけれど、
僕はそういうものを大切に紡いでいくことで、
たとえ小さくても繋がりの強いコミュニティを作っていきたい。

次に、「仕事」。僕の中で、「幸せ」に必要な要素の2つ目。
現状、衣食住を自力で作り出せない以上、単純に「お金を稼ぐ」という目的も無視できない。
でもそれ以上に、働くことによって「社会と繋がる」ことの意義が大きいことを実感している。
もう2年近くもほとんど働くことから離れた生活をしてきたが、
仮にこれからも仕事と長旅を繰り返すような人生を送れたら、それもまた刺激的で楽しいとは思う。
そんな生活は「不安定」かもしれないけれど、
じゃあ今の世の中で「安定」って何だ?そんなものがどこにある?とも思うし。
「安定」を求めるとかではなく、僕はじっくり一つの仕事と向き合うこと自体に意味があると考える。
仕事を共にする仲間や、地域や、社会としっかり繋がっていくことで、
初めて得られるものがあり、同時に生まれる喜びや幸せがある。
それはきっと、「旅」を続けているだけでは得られないだろうな、と。

それから、これも「働きたい」気持ちを強めた理由の一つなのだが、
純粋に誇りを持って働く人が、誰よりカッコいいと思えてきた。
生き生きと仕事をする人達の目は、旅先で何度も印象に残ったことの一つだから。

さて、問題は何を仕事にするか?
「タイムリミット」の時点で、裏テーマの「住みたい土地」はほぼ見えていたのだが、
仕事に関してはハッキリしたものが見つかっていなかった。
ただ、せっかく新しい土地に入って行くならば、いわゆる地域密着で、
仕事そのもので周りと深く関わることができたらいいな、という思いがあった。
また、作り出す商品やサービスが、できるだけシンプルに人のためになる方が、
純粋に誇りや喜びを感じられるだろうと考えた。
何か大きな仕事がしたいとか、たっぷり稼ぎたいという欲はあまり無い。
小さくてもいいから、確実に自分の力を育てられ、社会の力になれる、そんな仕事…。

漠然としたイメージはできても、具体的なことが見えなくて、少々もどかしい日々が続いた。
この厳しいご時世で、贅沢言わずにまず働くべきなのか?とも思ったが、
僕の不器用な性格上、本気で「やりたい!」と思えなければ、
いずれにせよ選考で通らないだろう…。

そうして考えているうちに、とあるイベント会場にて、ひょんなことから出会いは訪れた。
ある仕事をされている方に、その場で直接お話を聞くことができたのだが、
本当に不思議なぐらい、瞬間に「あ、これだ。」と思ったんだ。

その場で、興味があれば実際の職場で体験ボランティアができるという話を頂いたので、
善は急げとばかりに、話を聞いた翌週にも早速飛び込んできた。
そこで、初めのフィーリングがやはり間違っていなかったことを確信した。
あんなワガママで漠然とした希望に沿う仕事なんて、
自分でも見つかるかどうか半信半疑だったのに…、縁というのは本当に面白いヤツだ。
もう自分の運を褒めてやりたくなった。

その後、採用選考の機会を頂いた後、この度その仕事での内定を頂いた。
4月から、僕は北信州の地に暮らすことになる。

前回の記事で、紅葉シーズンの松川渓谷に行ったことを書いたが、
あの辺りを含む北信州地域は昔から惚れ込んできた土地の一つで、
まさしく「住みたい」と願っていた場所だった。
一番好きなのは、美しい日本の四季を最も味わえる場所ということかな。(あくまで僕の感想)

僕を雇って頂けることになったのは、
長野盆地のど真ん中、広大な田園地帯の中にある、障害者福祉の施設(社会福祉法人)。
そこで僕は、「田園福祉」の指導員となる予定。
具体的には、障害を抱えている方々を農業者として育成することを目的とした施設で、
彼らの作業のフォローを行いつつ育成指導を進めることが主な業務となる。

自然と深く関わる「農」の仕事については、
自然好きとして「健康」を考える意味でも、以前から興味深い世界ではあった。
地方に住むことを真剣に考え始めてからは、仕事の選択肢として尚更強く意識してきた。
ただ、できるできないの現実問題は別として、
将来的に農業一本で(要するに、専業として)生きてやろうという気持ちにはなれなかった。
「自然」と繋がる仕事に魅力は感じつつも、同時に「人」とも強く繋がる仕事がしたかったから。
自然と向き合うことで得られるもの、人と向き合うことで得られるものは、
どちらも得難いものだということを、これまで生きてきた中で強く実感してきた。
だからこそ、仕事を通じてその両方と関われるならば、最高にやり甲斐を感じられると思った。

「福祉」については、ほんの最近まで全く意識していなかった世界と言っていい。
まず、資格が無ければできない仕事だと思っていたのが一つ。
(未経験でもやれる仕事があることを、今回初めて知った。)
それから、高齢者への介護的な仕事のイメージの方が強かったのが一つ。
(僕は決して老人嫌いでは無いけれど、人の「世話をする」ということが苦手。)

僕が今回飛び込むことになった世界では、「障害者」と呼ばれる人達と向き合うことになるが、
施設にいる彼らと一度接してみて、すぐにわかったことがある。
彼らは、「被介護者」ではないということ。
仕事の立場的には自分が「指導者」になるとしても、彼らはあくまで共に働く「仲間」だと。
彼らの仕事ぶりを見ていると、実に高い能力で作業をこなす人も多く、
世間で「健常者」と呼ばれる僕らが及ばない力や知識を持っていたりもする。
中には知的障害等によって、満足に口頭での会話ができない人はいるのだが、
それも初めから苦ではなかった。
これは、中国での仕事や長旅での経験のおかげだと思う。
言葉が通じない世界でも、「会話」ができることは何度も体験してきたから。
そして何より、彼らの多くは仕事に対して純粋で強い意欲を持っている。
そこには、未知数の可能性を秘められているから、
彼らの力を引き出していくために向き合っていくことは、すごくワクワクさせられる。
また、一方では僕も彼らによって力が引き出されていくのを感じた。
一緒に力合わせて働いていくのに、こんなに頼もしい仲間はいない。

契約上、着任から1年間は試用期間として働くことになる。
全くの未経験から雇って頂けたことに感謝しつつ、
まずは1年後の正社員登用を目指して、バリバリやってやろうと思う。

最後にもう1つ、僕にとっての「幸せ」に必要と考える3つ目は、「家族」。
あくまで私感なのだが、旅先で出会ったたくさんの人達の中で、
僕の目に最も幸せそうに映ったのは、いつも「家族」の姿だった。
どんなに世界を見ても、どんなに名誉ある仕事をしても、どんなに知識を増やしても、
それらによって、どんな喜びを得られたとしても、
自分の大切な家族(奥さんや子ども)と共に人生を歩んでいる(歩んできた)人には、
もう直感的に「敵わない」と感じてしまうのだ。
大切な人だからこそ、共に生きる中で苦も楽もいっぱい生まれてくるはず。
それらを全部ひっくるめて、独りのままでは決して得られない「幸せ」があるのだと信じている。

これから新たに始める仕事が身に付いてきて、
新たに暮らす土地における繋がりが無事に作れてきたならば、
そこで新たに自分の家族を作れたらいいなぁ…。
でもまぁ、それはもう少し先の話になるかな。予定は未定ということで。(苦笑)

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これで、僕の「旅」は一旦卒業となる。
一昨年の3月にイスタンブールへ飛び立ってから今日まで歩き続けてきて、
今ここに至れたことには心から満足できているから、気持ちはとてもスッキリしている。
全ては、旅の中で出会った人達と、温かく見守ってくれた人達がずっと支えになってくれていたから。
本当に本当に、感謝している。

まだ具体的にどういう風にかはわからないけれど、
これからの生活で北信州という土地にしっかり根を下ろすことができたならば、
今度は「地元」に生きる者として、訪れてくれた人をもてなしていけたらと思う。
旅先で僕を温かく迎え入れてくれた人達のように。
支えてくれた全ての人達へ感謝しながら…。

今までの「旅」とは少し違う道にはなるけれど、これで歩みを止めるわけじゃない。
「轍なき散歩道」は、どこまでも先へと続いているから。
その時その時の出会いの縁を大切に、日々の変化を愛おしみながら、
これからも風の向くまま、歩き続けて行こう。

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この記事をもちまして、当ブログの更新は終了させて頂こうと思います。
最後の最後まで長文になってしまいましたが、読んで頂けた方には本当に感謝です。

いずれ気が向いたら、また別の形で情報発信することもあるかもしれません。
ただ、もしブログでやるならば、今度はもっとユルい内容にしようかな…。(苦笑)

最後に書いた「もてなし」の話は、まずは友人知人の皆さんへ始めてみたいと思いますので、
是非時間ができましたら北信州の地へ遊びにおいで下さい。お待ちしております☆

それでは…
長い間、本当に応援ありがとうございました。
そして、これからも温かく見守って頂ければ幸いです。

ではではまた☆
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旅後日記② | 04:30:00 | トラックバック(0) | コメント(4)
コメント
ならば
もてなされに行こうかな。
2011-01-29 土 10:39:20 | URL | たびかめ [編集]
偶然にも、世界一周の帰国後に、信州を新たな居場所にした知り合いがいました。
自然が好きな身としては、信州は素晴らしい選択のひとつだと思います。

とりあえずの、旅の終わり、おつかれさまでした。
かっこいい締めに、感動。涙ものでした。
日本なんてどこに居たって近いもの。
北信州なんてすぐそこです。

いい話ができそうですね。
早く会いたいな~
2011-01-30 日 23:26:58 | URL | うっちゃん [編集]
>たびかめさん
とりあえず、住処を探しておきます…。

>うっちゃんさん
帰国早々、長文を読んで頂いてありがとうございました。

東京から長野まで、高速使えば3時間かからないですから、本当に近いもんです。
登山基地にもフライト基地にもできる立地ですので、ぜひご利用下さい☆

とりあえずその前に、東京でお会いしましょう。
準備等でちょくちょく信州へ行くこともありますが、基本的にはまだ都内におりますよ。
2011-01-31 月 11:29:55 | URL | joplus [編集]
>joplus
本格的に移ってしまうのはいつ頃なのかしら?

東京にいるなら会いやすいね。
北信州でも3時間なんて近いもんだ。
信濃平に飛びに行けるし、北アルプスは近いし。

よろこんでお邪魔させていただきます。
2011-02-01 火 09:36:51 | URL | うっちゃん [編集]
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